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26話 パップパブン




もう真夜中。天人、アルト、デルタールの三人はやっと目的地に着いた。


「着いたわ、ここよっ!」


「えっ、でもここお店みたいだよ」


天人はデルタールが案内してくれた場所に困惑した。

"パップパブン"、そうかかれた看板が入り口に掲げられているテントだ。

中からテントのチャックが閉められており、開けることができない。


「アマネさ〜ん! アマネさ〜ん!」


デルタールは夜だということなど全く構わずにバンバンと看板を叩き、中のアマネという人が起きるように騒いだ。

しかし、応答なし。

まあ起きていたとしても、真夜中にオカマが家のドアをバンバン叩いていたら、開けるかどうかは微妙だが。


「もうやめろって、デルタール。そもそも、そのアマネって人がお前の顔覚えてるかどうかも微妙なんだろ?」


「まあ……そうだわね」


アマネはそうたしなめられ、看板を叩くのをやめた。

デルタールはできればここに頼るのを避けたかったらしい。

不本意といった感じでここに来ることを提案したのだった。


「覚えられてないかも……」


「おいおいおい」


でも、こんなやりとりをしていても仕方ない。

アルトはそう思った。

何しろ、彼はこの中で一番体力を消耗している。

"天狗"で大きな技を連発してからの"ユニコーン"を使った二人の治療。

それらはアルトの体を追い込むには十分な素材だった。


「別にあてはないの? デルタールさん」


「でもここが唯一私を受け入れてくれるところになり得るのよ」


デルタールは引こうとしない。

天人とデルタールを横目に、アルトはその堂々と繰り返される同じ口論に愛想を尽かした。


「アルト?」


「悪い、天人。俺ちょっとここで休んどくからさ、話決まったらおこしてくれよ」


そう言って、地面に腰を下ろしたアルトは、強く張っていた弦が切れるように瞬く隙に眠り始めた。

ただ彼の脳内では延々と天人とデルタールの声が反響していた。

それが返って、少しやかましい子守唄代わりになったのかもしれない。


そうして次にアルトが目を覚ましたのは次の日の朝だった。



「おい、あんたらっ……あんたらっ!

一体私の見せての前でどういうつもりなんだいっ!?」


誰かが何かをせき立てる声が聞こえる。

しかしそれはアルトを起こすほどのものには有らず。

アルトは寝返りを打った。

そして寝返った先に感じる感触に違和感を覚える。

いや、既視感か。

何か柔らかいものが自分の顔に当たっている。


「んもうっ、アルトちゃんったら、大胆よね〜」


そのおっさんの声でそれが確信に変わる。

柔らかいこれはいい歳こいたオッさんのケツだ!

デルタールのケツだっ!!


「ウオェェェェェェ」


「ウオェェ、じゃないよっ!!」


「いだっ!」


アルトはさっきから一人で喚いてる女に頰をぶたれた。

それで一気に目が覚めた。

目の前にいるのは茶色い肌に、顔体ともに少しぽっちゃり気味。

それでいて、服の中から薄っすらと強靭な筋肉が見える。

上手く言えないが、毎日カレーを作ってそうな見た目。


「ってぇな! 何すんだよ、おばさんっ」


「人の家の前で寝ておいてなんだいっ!?

その言い草はっ……って、その横で寝てるオカマ、デルタールじゃないかいっ!?」


そのおばさんはアルトの横で寝ているデルタールに駆け寄った。

そしてそのときに寝ている天人の腹を踏むつけた。


「ふっ、ふがぁっっ!?」


(あ〜あ、かわいそ)


「デルタールっ! おいっ、あんたなんでこんなところにいるんだいっ!?」


そのおばさんに揺り起こされ、デルタールは急に目覚めた。

そして眼前にいる人物に絶句する。


「アッ、アマネ……さんっ」


「アマネさんっ、この黒いおばさんがそうなのかよっ」


「黙りなっ、クソガキッ!! 私はこのカマに用があるんだよっ」


「……げふっっっ」


そう言われ、顔面に思いっきり拳を入れられたアルトはまた眠りについた。

消えゆく意識の中で二人の会話が聞こえる。


「あんたなんで帰ってきたんだいっ? デルタールっ!?」


「あっ、あの、実は急に帰郷する機会ができちゃったの、だから……」


「おっ、あんたまさか……まだ看板娘をやってくれるのかいっ!!?」


(看板娘っっ!!?)


馬鹿な、そいつはただのオッさんだ、ウェイターだとしても気色悪いぞっ! っと、いう気力もアルトにはなかった。

ただそのまま地蔵のこどく二人の会話が入り込んでくるのを受領していた。


(看板娘じゃなくて、青かんブス男だぞ。そいつは……)


声に出せないアルトの主張。

アルトはそのまま寝落ちした。



ーーーーー



「あらっ、天人ちゃん? 起きたのねっ」


「えっ、デルタールさん。あれっ、ここは……」


天人はデルタールと一緒に背もたれがついた椅子に座っていた。椅子には尻を載せるところにクッションが敷いてある。

こんないい椅子に座るのは天人の記憶の中で初めてだった。

また、天人とデルタールの前には大きな丸テーブルがあり、二人はそれを囲むように座っている。


「ここってもしかして……」


「そう、パップパブンの中よ。ここは喫茶店なのよ。

ほら、綺麗な店でしよ」


天人は何故かさっきから痛むお腹を気にしながらもパップパブン店内を一覧した。

店内には全部で六つの丸テーブルが置いてあり、それぞれに椅子が四つずつ備え付けられている。

また、店内の入り口から見て、奥には十人ぐらいが座れるカウンターがあった。

そしてそのカウンターの奥には店主や従業員が行き来するのであろう、別の部屋に続くドアがある。

薄い板による仕切りで、テントの中をいくつかの部屋に分割することができるらしい。


(すごい、テントの中でもこんなに変わらないんだ……)


天人はここがテントの中だということに改めて感服した。

ちゃんと洋風な内装もされており、テントの布の一部が透明なビニールなっているところから外の景色も見える。

そして店内にはいくつもの、中に入れられたろうそくで光るフロアライトが置かれていた。


「デルタールさん、ところでアルトは?」


「アルトちゃんっ……えぇ、アルトちゃんなら……」


「あのガキなら奥で寝てるよっ」


天人は体をビクつかせて、後ろを振り返った。

そこにはこの店の制服なんであろうピンク色の服を着た茶色いぽっちゃりが立っている。

天人はこの人がデルタールの知り合いのアマネなんだと即座に理解した。


「アマネさん……」


「そうさ、あたしがアマネだよっ」


「あっ、あのアマネさん。アルトは一体……」


アマネはその口を酸っぱいものでも含んだかのように歪ませた。

かと思うと、彼女の茶色い唇がブルブル上下左右に動き出した。


「あんたっ!!

ダリュウズ・アイの力縦続けに使ったんだってねっ!!?

しかも"ユニコーン"の治癒能力も使って!!

しかも、あんたもあんたでデッドアンドマニーに参加したそうじゃないのっ!!

あんなのに参加してちゃ命いくつあっても足りないよっ!!」


あまりのけたたましさに天人は返す言葉もなく、唖然とした。

流石、デルタールの知り合い。

オカマでこそないが、激情したときの迫力は男を見つけたデルタールに似通ったものがある。

天人はすっかり萎縮してしまった。


さらにそれに加え、デルタールが天人とアルトダリュウズ・アイの持ち主で更にそれを扱えることをアマネに話していたことにも驚いた。


(デルタールさんにはアルトが王族のことと、僕の神王眼のことは話してない。だからそれは大丈夫。でも……」


天人はじろりとデルタールの方を見る。

すると、デルタールはゴメンねと、ペロリと舌を出した。

どうやらいらぬ事を話してしまったという自覚はあるらしい。


「すみません、あのゲームへの参加は軽率だったと思ってます。

アルトにも迷惑かけちゃったし。

でも、それに参加したことでしれたこともあるんですっ、

スラム街で必死に生き抜こうとしている人たちの存在を知れたんですっ!」


「……"タウンPD"の奴らのことかい?」


「えっ?」


「タウンPDっ!! この国では家も持つことができない人が集まる居住区をタウンPDって呼んでるんだよっ!

間違ってもスラム街なんて言い方はやめなっ!

あたしが承知しないよっ!!」


アマネはテーブルをドンッと叩き、天人を威嚇した。

それでまた天人の体が萎縮する。

なんだか、身長とかも心なしか低くなっていくようだ。

それくらいこの店の雰囲気に相応しくない店主の燗癖ぶりに天人は心臓を冷やしていた。

その心臓を凍らせる勢いでアマネは続けた。


「それにっ、あそこはデルタールの出身地なんだよっ」


「えっ、デルタールさんのっ?」


天人は避けるかのようにアマネへの視線をデルタールに移した。

すると今度はデルタールが縮みながら、話し出す。


「実はそうなの、天人ちゃん。私はタウンPDで育った。

それで食べるものもなく死にそうになっていたところをアマネさんに助けてもらったのよ」


デルタールはそのときのことを思い出したのか、ほろりと涙した。

それに天人もほろりとする。

いつのまにかほろりとしあえる関係になった二人にほろりとする。


「それでウチで雇ってあげて、デルタール目当てのお客も増えたと思ったら……逃げちゃったんだよ、この子っ!」


アマネは少しもほろりとせずに悪態をついた。

そうしてデルタールは感傷に浸っていたところをいきなり引き摺り出された。

しかしデルタールの答えはアマネの感情を更に逆撫でただけだった。


「私、嫌になったんです。この国にいるのが……」


「なんだって? そんな子供じみた理由で、いい歳したおっさんが逃げ出したのかい? 馬鹿言っちゃいけないよっ!」


「だっ、だって、私は嫌でも思い出さされるのよっ?

首輪を付けている人を見るたびに自分がタウンPDにいた頃のことをっ! 私はこの国にいる限り一生スラムにいるのと同じっ!! そう思ったのよっ!」


「首輪……?」


天人はデルタールが言ったその言葉が自身の記憶と連鎖した。

そして思い出す、市場で見た少女のことを。


「デルタールさんっ、首輪ってどういうことっ?

首輪をつける人って……!?」


その天人の質問に話したがらないデルタールに代わり、アマネがそれに答えた。


「タウンPDに住んでる人はねっ、ここら辺の貴族とかの富裕層が住んでるところに来るには首輪をつけなきゃいけないんだよっ」


「なんでそんなこと……」


「まず、富裕層の者たちが自分とその人たちとを区別するためだねっ。自分たちとそいつらは違うという汚いプライドがあるのさっ。

あと、金をふんだくるためさっ、ブルジョワどもとは違う法外な料金を取るのさっ、正規の値段でもろくな買い物が出来ないやつらからねっ」


「そうか、だからあんなパンのことで揉めていたのかっ……」


「だっ、だから思い出したくなかったのよ、ふえ〜ん」


デルタールはすっかり気が滅入ったのか、鼻をすすり出した。

オカマは気が動転したりすると男に戻るらしいが、デルタールは逆らしい。

ますます女々しくなってゆく。

そのせいで優しい言葉をかけようにも不気味すぎてかけられない。


いや、時々男にもなっていたか。


「デルタールっ、あんたあたしがあんたをあの場所から連れ出さなかったら、どうするつもりだったんだい?

一つ、言える。あんたは死ななかった。

タウンPDに住んでいないあたしでも分かる、あそこの連中はいい奴ばかりだ。

だから、デッドオアマニーとかいう狂ったゲームにも参加できるっ。

あんたはここで暮らしていくうちにいつのまにかあんたの故郷を腐った街と決めつけ、そこにいる仲間たちを心の奥で見下してたんだよっ、恥を知りなっ」


デルタールはそれを聞き、わっとゆっくりと垂れ流したありとあらゆる液体を体から吹き出させた。

アマネはそのデルタールの顔を優しくタオルで拭くと、奥の部屋へと連れて行った。


そして、戻ってくる。


「開店前だし、しばらくあんたとあたしだけだねっ」


さあ、気まずい時間の始まりだ。

何か会話を作らなければ、天人はそう思った。

が、天人が何か会話を設けようとする前にアマネが話をし始めた。


「実はね、本当はデルタールたちタウンPDの人たちに対する人々の態度はひどくなかったのさ。

あの男が来るまではね……」


「あの男……?」


「ああ、今思えばデルタールはその男が来てから耐えきれなくなったのかもしれないね」


天人はその会話にのめり込んだ。あの男……その男がデルタールを苦しめてるなら救ってあげたい、そう思ったのだ。

しかし、その正体は途方もない相手だった。


「カリス……カリス・ノヴァ。この国の支配者さ。

数年前、突如この国を襲ったその男は前国王を殺し、この国を乗っ取ったのさ」


カリス・ノヴァ、それはおよそ十年前突如ワイアラ王国に軍を送り、王もろとも国を滅ぼし、今この国を統治している男だ。

リリース・ライズ教、そしてカジノ施設リリリリリー、これらは全てカリスが持ち込んだものであるのだという。

そして国が乱れ、タウンPDの人々への差別意識が高まったのもカリスが来てからだということだ。


「カリス……ノヴァ」


国の支配者、その重々しい響きに天人はくらりとした。

デルタールさんを……救ってあげたい。

早くも断念しそうになる。

しかも、この国の宗教リリースライズ教、そしてリリリリリーもカリスが持ち込んだというではないか。

軽はずみに立てた目標が根元から崩れそうになる。

だが、天人を崖から突き落としたのは次に放ったアマネの言葉だった。


「あとデルタールはともかく、あんたとアルトって子は三日以内に出て行ってもらうからねっ。

尻の青い男にそそるものはないっ!

いとわろしっっっ!!!」


「えええっっ!!?」


天人は倒れ、奥の部屋へと運ばれた。


(そんなっ! 一文無しなのにっ!!)




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