25話 デッドオアマニー⑦
(やったわ、まずは一人……)
マリーはアーベルが失格になったことに胸を撫で下ろした。
このゲームは根気が勝負。
鉄板のすぐ横に氷水がスタンバイされていたのは一種の誘惑だったのだ。
(残りの四人も必ず落とさないと……)
マリーは自分が今日一番手に汗握ってるのに気がついた。
実はマリー、このデッドオアマニーが終われば、この仕事を辞そうと決めていた。
(この仕事辞めれば、大幅な収入減になる。
でもこれを続ければいつか……私が食い尽くされるわっ!)
マリーは現在リリリリリーの全てを取り締まるという職務を担っていた。
もしギャンブルで大勝利を起こさせれば、一気に責任者であるマリーは転落。
そんな綱渡りをしていたのだ。
その綱がさっきのピットのクリアにより、大きく揺れた。
それはマリーのこの役に対する自身を揺るがせた。
もう潮時だと。
(私にはもう無理。他の仕事の当てもない……でも……)
マリーは客の中に自分が唾をつけた何人かの男たちを見出した。
彼らは皆マリーの息子であり、マリーからプレゼントを賜った者たち。
マリーがいざという時のために保険をかけた者達だ。
マリーから貰った特注の装飾品をめいめいが身につけている。
銀色に光るレザー調のブレスレット、アーモンドのついた指輪、ダイヤモンドでできた眼鏡など。
それらは全て男たちがマリーの飼い犬であることのサジェッションの役割をしている。
(そう仕事を辞めたら、一時の身の置き場として彼らの所を転々とすればいいわ。
そうしてお金を貯め直す。私の体を資本にして……。
それもきっと幸せ、だから……壊さないでっ!!)
マリーは次の挑戦者エルマがスタンバイしているのを顧みる。
自分はきっと幸せをつかめるっ!
彼らさえクリアしなければ……ドロドロの胸中をしまって、マリーはゲーム開始を促した。
「ゲーム……スタートッッ!!」
エルマがカードケースを背負い、身をかがめる。
クラウチングスタートを決めようとしているのだろう。
手を芝の上につけた。
だが、客の中から不穏な声が生じる。
「おい、あいつ一枚もスモールを手に持ってないぞっ!」
「本当だっ! どうするつもりなんだよ?」
「まさか、あいつ……」
そうだ、そのまさかだ。
エルマは大きく息を吸い込んだ。
そうやって、強大な叫び声をあげる。
「うおおおおおおおおおおっっ!!!」
エルマは半狂乱的に腕を振り上げ、ラージへと突っ込んでいった。
踏み入れた足からジュワッと蒸気が立つ。
だがそんなことには目もくれずエルマは八十メートルの道のりを一気に突っ切っていく。
「うわっ、あいつヤベェッ!!」
「クッ、クレイジー!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお」
エルマは身体中からドロドロと皮脂をたらしながら、ただがむしゃらに走った。
ところが、残り三十メートルというとこで自身の体の異変に感づく。
「あれ、俺の…………足?」
エルマは自分の足を見て、驚愕した。
膝丈までしかない。
膝より下の足が無い。
咄嗟に後ろを見る。そこにはエルマの足だった肉片が、バターのように今走ってきた鉄板の上で焼かれていた。
「全部……溶かされていたのかよ……俺の足!!」
その通り。エルマが走ってる最中、無防備な足はもろに大熱にさらされた。
そうして、エルマの足の皮膚は骨ごと、足の裏から溶かされていたのだ。
まるでパンにバターを塗るように、鉄板の上で。
とろ〜りとろけて。
ああ……美味しそう。
「うっ、くそっ」
ショックのあまり急に体の主軸が傾いたエルマは露骨にその体をラージの上に倒した。
身を焼き尽くす熱がエルマの上半身を襲う。
「ぐっ、ぐわああああああああ」
「エルマさんっ!」
ラージの鉄板の横でアーベルを介抱していた天人はエルマの異常事態を察知した。
死にかけの蜘蛛みたいに鉄板の上から這いずり降りてきたエルマに天人はタライいっぱいの氷水を持って一目散に走ってくる。
「大丈夫ですかっ!?」
「天人……」
エルマは体全体麻酔にかけられたかのように、痛みも何も感じなかった。
そして自身の足を見る。
すり減ってしまった自分の足。一千万ゴルベリという目の前の大金にすり減らした自分の足。
惨めな結果にとめどなく涙が出てくる。
「天人っ、俺ぐやじいっ!! 俺は白飯ってもんを食べる金が欲しかっただけなのに、なんでこんな目みなきゃなんね〜んだよっ!!」
「エルマさん……」
(僕が食べさせてあげるよ……エルマさんに白飯を!)
天人はぽんとエルマの肩に手を置き、その場から立ち上がった。
天人のスタンバイを観客中が餌を欲しがり騒ぐ猿みたいに催促している。
このゲーム……クリアせずには終われない。
天人は百キロ超えのカードケースを背負った。
おばあちゃん四人分の重さ。
この重さがなければ、エルマは完走できていただろう。
どちらにせよ、彼の走りは常人の域を超えていた。
「だい……じょ〜ぶ。なんのこれしき……!!」
口に出して強がってみるものの軽くなるわけではない。
寧ろその逆。
口から空気を出して、体の中の空いた部分に、カードケースに押し潰されそうな体の肉が入り込んでくるようだ。
とにもかくにも、押し潰されそう。
「オッケ〜〜です」
天人は係の男にニヤッと笑ってみせた。
その笑いが不気味に映ったのか、男は足早にマリーのところにそれを伝えに行った。
マリーは今にもぺちゃんこになりそうな天人を鼻で笑い、コールした。
「ゲーム……スタートッッ!!」
天人がそのマリーの声の波長に体を崩しそうになった。
それをすんでのところで立ち直す。
(駄目だ、もう限界。
よし、こうなったら……)
天人は五枚のスモールを取り出した。
そしてそれをラージの上に投げ、一枚同士の間が開かないように繋ぎ合わせる。
伝熱する前にはやくはやく。
その過程でちょっとだけ手先の皮が焦げた。
「おっと天人選手、気でも狂ったのか?
大事なスモールをこんなこんなことに使うなんて」
「よう、ボーズ。そんなことしても八十メートルには程遠いぜっ!?」
「やる気がないのなら、やめちまいなっ!
あんちゃんっ?」
マリーと客から天人の奇行への侮蔑や嘲笑の声が投げ込まれる。
中には金を返せと暴れ出す者もいる。
しかしそれらの喚きなど一切聞こえないよとばかりに天人は更に五枚のスモールをその先に繋ぎ合わせると、急いでスタートラインに戻った。
(ああ〜、手痛い。でも、これくらいのカモフラージュは必要だよね)
天人が最初の位置に戻ったとき、目の前のラージには十枚のスモールが一枚の鉄板のように並んでいた。
でも一番手前のものはもうかなり熱かったが。
天人の額からも潮が吹き出している。
(いけるっ! あとはもう……突っ切るだけっ!!)
天人はスモールの上を一気に駆け出した。
足の裏からじわじわと刺されているみたいな痛みが登ってくる。
でも、それは問題ではない。
問題は周りにばれないかどうか。
幸いにも、天人の姿は立ち込める蒸気で周りからは細かい所作は視認出来ない。
(今だっ!!)
天人はズボンの左ポケットに手を突っ込んだ。
そして、にわかに顔を青くする。
(無い……ダリュウズ・アイ……!!)
天人はここで"かまいたち"を使用するという策を練っていた。
そうすることで、周りの蒸気を纏ったまま風に身を任せ、ゴールまで一直線。
これがアドリブで今さっき編み出したシナリオだった。
(あっ……そうだった!)
天人はアルトにダリュウズ・アイを預けたのを今更ながらに思い出した。
どんなゲーム内容になるのか分からない。
だから、信頼できる者に託した。
まさかそれに足元をすくわれるとは。
(まずい、まずいよっ!! もうリタイアしないとっ!
でも……)
もうポケットに手を突っ込んだ瞬間、天人はラージの上へと飛び出していた。
天人の体が最高点に達し、徐々にラージの上へと落ちていく。
その間、全身が熱く溶けていくのを感じる。
(駄目だっ! 賞金はどうでもよかった、ただ二人の仇を討ちたかったのに……!!)
急降下、落ちていく。
そのときだった。
「おいっ、天人っ!!」
(アルト……? ああ、走馬灯か……)
その天人の体を突然、吹き込んできた風が優しく包み込む。
天人はその心地の良さに天へと昇る心持ちになった。
(すごい、昇ってる。やった、僕は天国に行けるんだっ)
しかし天人を包み込んでいた風は彼を天には誘わなかった。
天人はそのまま風に乗り、鉄板の場外へと弾き出された。
「うわっ!!」
背中を強く叩きつける。が、芝生の上なので、さほど痛くは無い。
それよりも天人の注意を引いたのは周りの観客の様子だった。
「何やってんの……みんなっ」
天人の目に飛び込んできたのは互いに飛びかかり、殴り合う人たち。
ある物を懸命に奪いあっている。
(葉っぱ……?)
葉っぱ。観客たちは彼らの頭上を舞う無数の木の葉に向かって手をのばし、それを俺の私のと奪いあっている。
それはまさに闘争だった。
「私っ、私のだってばっ!!」
「何だよっ、俺が先に掴んだんだよっ」
「離してと……ああっ、破れちゃった!!」
その様はまさにカオスだった。
価値がないはずの葉っぱをかけて、半ば殺し合いに近い戦争が始まっている。
しかも価値があるはずのダイヤの指輪、真珠のネックレス、貝の首輪などはゴミのように彼らの足元を転がっているのだ。
まさしくこの世の終わりを見ているようだ。
「おいっ、天人っ!!」
「あっ……天狗?」
「天狗じゃねぇっ! 俺だっ、アルトだっ!」
天人の目に入ってきたのは、鼻をビョンと伸ばしたアルトだった。
天人はその姿を見て、すぐにこの状況を把握した。
「僕のメモ……読んでくれたんだね」
「ああ、読んだ。だからこうやって助けに来てやったんだよっ」
アルトは"天狗"のダリュウズ・アイを使用していた。
まず、その団扇で風を起こし、天人を救出。
そして、幻覚を見せることで客及びカジノの人間たちを錯乱。
あとはさっさとずらかるだけ。
「いくぞっ、天人っ」
天人はアルトの肩を借り、その場から立ち上がった。
ゆっくりと歩いてくその道々に気絶した人や千切れた木の葉が落ちている。
中には金目の物も落ちていたが、二人はそれを拾わなかった。
そこまで落ちぶれれば、もうこの会場の奴らと同じだ。
二人は人が暴れて段々と損壊していくその巨大テントを後にした。
ーーーーー
リリリリリーを出た二人はデルタールとの落ち合う場所に向かった。
もう辺りは日が沈み、暗くなり始めている。
この国の家は皆一様にテントであるが、それらは普通の住宅街と変わらず、びっしりとそれらが並んでいる。
大通りもあれば、狭い小道もある。
天人とアルトはその中のいわゆる裏通りなるところまで向かった。
そこにいたのはデルタール、そしてファイナルゲームに参加した他の四人のプレイヤーだった。
「おいっ天人っ! さっきこのオカマから話聞いたけどお前本当にいいのかよっ」
「そうじゃぞっ。わしなんてまだゲームにも参加してないのにっ」
アーベルとラルフが口々に言う。
天人はそれに艶笑した。
「いいんだよ、僕は何も出来なかった。
でもみんなは命を捨てる覚悟だった。
きっとこのお金はみんなが貰うべきものなんだ」
天人がそう言うと、デルタールはウインクして横に置いてある大きな四角い塊を見た。
そして、それに被せてあった布を取った。
ああ、すごい。
そこに出現したのは何千枚と積まれた一万ゴルベリ札の山だった。
天人はよだれが垂れそうになるのをぬぐいながら、どうぞどうぞと手をこまねいた。
「みんなでこのお金を分けて欲しいんだ。自分たちだけでなく、スラムの人たち全員で」
アーベルたち四人はうんとうなづいた。
少なくともここに五億ゴルベリはある。
ひとまずラルフとヨナスはその大金を持って、彼らの住処へと帰っていった。
「あんたらはその傷治さないとな」
そして、負傷したアーベルとエルマの傷を癒そうとアルトは"ユニコーン"のダリュウズ・アイを出した。
「アルト、君はさっきダリュウズ・アイ使ったばかりだ。
僕が……」
「いいって、お前も休んでろよ」
アルトは左目にそれをかざし、額に角を出した。
そうしてそれをアーベルとエルマの額に貫通しないようにそっと添えた。
見る間に二人のただれていた皮膚は元に戻り、エルマのもげた足ももどった。
「お前ら、統術師だったのか」
「そんな大したもんじゃねーよ」
アルトはアーベルがそう言うのに首を振った。
未だに片眼だけでも、五分以上体力が続いたことがない。
両眼を使うなどもってのほかだ。
まだ統術師と宣言するには力量不足なのだ。
「そうか……それにしてもありがとよっ」
「ああ、俺たちちゃんとみんなに金分けるからなっ」
完治した二人はそのままラルフたちと同じ道を帰っていった。
「いいことをしたわね、天人ちゃん」
デルタールが感服したように天人を褒める。
天人はゲームの控え室にいるときに外から賞金の在り処について話しているのをたまたま耳にした。
それをメモに記し、アルトに渡すことで賞金を丸ごとかっさらうという大胆な作戦がすんなりと成功したのだ。
この発想はカジノ側の人間からしても盲点だったのかもしれない。
だが、天人はそれを一つも誇らしそうにはしていない。
寧ろ、その顔は曇っている。
「すごく……悔しいんだ。他の人たちも助けられなかったことが」
「何言ってんだよっ? お前はちゃんと助けたじゃないか」
「違うよ、僕は手に届くかもしれない人たちを見殺しにしたんだ。
最後のゲームに出た人以外はみんな死んだよねっ!?」
アルトは答えられなかった。
天人はもしかしたら一つ目、二つ目のゲーム結果を知らないかもしれない。
今天人は苦しんでいる。救えなかったことに。
だから、参加する必要の無いファイナルゲームにも参加したんだろう。
彼らは死んでいない、あえてそう言えば天人をいくらか救ってやれるかも知れない。
アルトはそう思った。
だが、それは出来ない。
そのために彼らの偉大な死を帳消しにすることはできない。(ピットは本当に死んでいないが)
「ああ、死んだよ。みんな命を全うしていた」
「そっか……」
「天人ちゃん、本当にあなたが気にすることじゃないわよ。だって、あなたは……」
「違うよ、デルタールさん」
天人はデルタールの慰みを遮った。
そのとき、天人の頭の中では僅かではあるが、話し合った他のプレイヤーたちとの思い出が張り巡らされていた。
「みんな、いい人たちだったんだ。みんな家族や仲間のことを思っていて……僕は彼らを救いたかったんだ!」
「天人……」
「天人ちゃん」
天人は地面に突っ伏して泣きじゃくり始めた。
アルトとデルタールもかける言葉が見当たらない。
天人が言ってることを認めてしまっている。
だからこそ何も言えない。
そして、天人が泡が弾けるようにぼそっと呟いた。
「僕は……あのときの誓いがもう折れそうだよ。僕にその力がないから」
「それは……」
違わない。
アルトもそう思った。
あのとき、ラメットに止められたとき、アルトに力が、圧倒的な大衆にも立ち向かえる程の力があれば、何か変わっていただろうか。
いや、変わっていた可能性があった。その可能性すらもつかめなかった。
自分の中にある力、それがあまりにも狭すぎた。
大きな思い、願いに対して余りにも自分が非力すぎた。
(もう、どんなことがあっても逃げない?
何馬鹿なこと言ってたんだよ、俺。
そんなこと今のにはできない。したくてもできねぇ。
もっと、もっとっ!!)
「強くなろう」
「えっ?」
「強くなろう、天人。俺は俺の、お前はお前の誓いを守るために」
(そうか……そうだよね。泣いてても何も変わらない。
そんなことじゃ、いつまでたっても父さんには会えない)
「わかった」
天人はそうして頭を上げた。
その目はいつも通りの神王眼の輝きを放っていた。
自分の中のうじうじとした部分も解き放ったみたいだった。
「ふふっ、そうよ。もうゲームは終わったんだから」
デルタールはそう言うと一人歩き出した。
天人とアルトも慌ててそれについて行く。
相変わらず一文無しの二人はデルタールの言う、ツテというものに頼るしかなかった。




