24話 デッドオアマニー⑥
「アルト、これ……」
天人は観客の中にまみれるアルトに手を伸ばし、スプラッシュ柄のしなしなの布を握らせた。
アルトは触った感触ですぐにその布の中に何が入っているのかを察した。
「……おいっ!? お前……」
「ごめんっ、一応預かっといて……!」
天人の持つ三つのダリュウズ・アイ。
それがその布の中身だった。
(なるほど、競技によっては紛失しかねないからな)
アルトにそれを渡すと天人はもう他のプレイヤーと並んでいた。
今のアルトは天人というゲームプレイヤーを観戦するただの客の一人。
その客に声をかけたのはデルタールだった。
「あらん、その下穿きの柄……センセーショナルね〜〜」
「えっ、何言ってんだ、あっ……」
アルトがそれに気づいたとき、マリーのアナウンスが流れた。
「ただ今より、プレイヤーの紹介を致します」
プレイヤーが揃ったのを確認し、マリーが順に彼らの名を呼びあげた。
驚くくらいにゲンナリしたマリーの声がそれぞれのプレイヤーに降り注いだ。
プレイヤーA アーベル・アーベレ (三十四歳)
備考 愛する妻の薬を買うために出場 子なし親なし
プレイヤーB エルマ・バルト (三十二歳)
備考 明日の飯を買うために出場 最後の食事は三日前の
スルメイカ三匹
プレイヤーC アマト・ヤドリメ (十五歳)
備考 新しいパンツを買うために参加 派手なパンツは内に秘めたる闘争心が内発したもの
プレイヤーD ラルフ・ゲスナー (八十八歳)
備考 一生で一度だけでも焼酎が飲みたいと出場 腰が九十度前に曲がってるので、最早歩く三角定規
プレイヤーE ヨナス・ゴリッツ (二十九歳)
備考 愛する妻を手に入れるために出場 編み出した口説きのテクは全て経済力に破壊されている
以上の男性五名が最後のゲームプレイヤーたちだ。
各々が夢、欲望を抱えている。
中には死活的なものもあるが。
「それでは……ゲームルールの説明に参らせていただきますっ」
マリーが言うとともに芝生に敷かれてるのとは別に百枚ほどの大量の鉄板が、運ばれてきた。
その鉄板は縦一メートルくらいで横の厚さは僅か一センチほどだ。芝生の上の物と比べると、大したことないレベルだが、それでも大きい。
それとまた、その大量の鉄板を収納するのか巨大なカードケースも同時に運ばれてきた。
「まず、軽くこのゲームの意向を実践してみましょう」
マリーが指をパチリと鳴らすと係の男が大量の鉄板の一枚を抱え、芝生の上の巨大鉄板の上まで持ってきた。
そして、それを巨大鉄板の上に放り投げる。
すると、投げられた鉄板のところからジュワッと蒸気が舞い上がった。
「おっ……うわっちっち!!」
その蒸気を顔に浴びた係の男はあぢゃ〜とその場から跳び上がった。
一方観客たちはまるで小型雲の出現におお〜と舌を巻く。
「はい。この通りこの芝生に敷かれた巨大鉄板"ラージ"は、人の皮膚なら一分もかからないくらいで焦げ尽くすほどの熱を既に持っています。プレイヤー五名にはこの八十メートルあるラージの上を走って完走していただきます。
この小型鉄板"スモール"を使って」
そう、そのスモールこそ持ってこられた大量の鉄板である。何百度もの熱があろう鉄板の上をプレイヤーたちは裸足で走らなければならない。
もちろん、そんなこと不可能だ。
走りきる前に足の裏の骨が焼かれてしまう。
というか、ラージの上に立つことすらできない。
そんなゲームのカギとなるのがこのスモールなのだ。
「プレイヤーたちにはこのスモール二十枚を背負って、ラージの上を走ってもらいます。
プレイヤーたちはこのスモールをラージの上に投げることが可能。
そうやって、ラージの上に足場を作ってゆくのがこのゲームのキーポイントなのです。
巧みにこのスモールを使った者に勝利が下るのです」
(もちろんこのスモールはすごく重いし、そう簡単には使えないけどね……)
そのとき、マリーが意地悪い笑いを浮かべたのに気づく者はいなかった。
皆が内容を聞き、成る程と首を鳴らしている。
マリーの軽い所作など上の空だ。
「それでは、細かいルール詳細はこちらとなります……」
・ファイナルゲーム"マネースライド"ルール一覧
①このゲームには全プレイヤー裸足で参加。プレイヤーたちは八十メートルある巨大鉄板"ラージ"の上を駆け抜ければ、ゲームクリア。
②五人のプレイヤーはそれぞれ一枚五キログラムの鉄板"スモール"二十枚を入れた、リュックサック式巨大カードケースを背負い、ゲームに臨む。
③スモールは八十メートルあるラージの上にあらゆる手段で載せることが可能。
④スモールには一枚につき、五十万ゴルベリの価値があり、完走時のスモール残り枚数につき、賞金が貰える。
つまり、ゴール時の残り枚数がゼロの場合、賞金はなし。
⑤ラージの上からのコースアウトを一度でもした場合、残りスモールの数に関わらず、失格。
⑥ゲームにはプレイヤーAから順に一人ずついどむ。
以上がこのゲームのルールだ。
(へ〜、なるほど。スモールの使い過ぎはいけないのか……)
天人はうんうんと頷いた。
よくできてる。
ゲームをクリアしたい、でも賞金は減らしたくない、プレイヤーたちはそんなジレンマに駆られることになるだろう。
ある意味、前二ゲームには無い難しさがこのルールにあった。
「天人ちゃんっ、無理しないでじゃんじゃん鉄板投げていいからねっ!?」
「そうだぞっ、天人っ!! とりあえずクリアしろよっ」
デルタールとアルトが天人に喚起する。
天人はその注告にグッと、親指を立てた。
(大丈夫だよ、アルト。ここで、大金とって、アルトにも見せなくちゃ。僕は役に立つって!)
天人はアルトに心を打ち解けていってもやはり芯として残る後ろめたさを抱えていた。
自分はアルトの役に立てているのかどうか。
元々は神王眼に目をつけられて、アルトに勧誘された天人。
あくまでも自分は一種の道具、アルトの目的のための。
そんな思いが天人の中にはまだあった。
自分が役に立たないことが分かれば、アルトがどう思うのか、そんな拭うことのできない不安が天人の中にはあったのだ。
もしかしたらアルトは失望し、始まったばかりの旅が終わるかもしれない。
天人はそれがどこかで怖がっていた。
(おい、天人……大丈夫か?)
アルトは突然重い表情を浮かべる天人に違和感を感じた。
しかしまあ緊張してるだけだろう、ただの杞憂。
そう決めつけ、視線を他に向けたときデルタールが気の抜けた声を出した。
「あら……何かしらこれ……」
「え、何だよ?」
デルタールがさっき天人から預かった布の中に文字が書かれた紙切れのようなものが入れてあったのに気づいた。
アルトはそれを取り上げ、内容を読むと小さく叫んだ。
「おいっ、これって……!!」
アルトとデルタールは顔を見合わせ、咄嗟にその場から駆け出した。
リリリリリー内のある場所に向かって。
誰にも気づかれないように速く。
○
一方、観客が見つめる熱気の中、プレイヤーAのアーベルはカードケースを背負い、スタート地点についた。
だが、アーベルはゲームが始まる前にその体勢を崩す。
「うっ、おめえっっ!!!」
重たい……重たいのだっ!
カードケースとスモール二十枚を合わせた総重量は百キロを超える。
この重りを背負ったまま走らなければならないのだ。
(やっぱり始まる前にっ、こんなので走れるのっ!?)
天人はなんとか立ち上がったアーベルを肝を冷やしながら見守る。
それをマリーは準備完了と取り、すぐさまコールした。
「ゲームゥゥゥ……スタートッッ!!」
わーーーと歓声を浴びながら、アーベルが始動する。
……筈だったが、アーベルがまず取った行動はカードケースに手を伸ばすことだった。
(冗談じゃないっ! こんなもの背負ってたら、走る前に潰されちまうっ!! 背に腹は代えられねぇっ)
アーベルは背中のカードケースからスモールを計八枚、一枚ずつ慎重に取り出した。
背中にあった負担の四十キロがアーベルの手に移る。
(四百万……くううう〜〜!!)
アーベルはまず一枚スモールをラージの上に投げ込む。
スモールは二メートル先のところまで飛んだ。
わりと、飛んだことに客の中から拍手が湧く。
まるで赤ん坊が歩けたのを褒めているみたいだ。
(ラージの全長は八十メートル……これを飛び切るしかない……!!)
アーベルは後ろに下がり、助走をとる。
百キロ近い重しをつけた上での二メートルジャンプ。
安易に跳ぶ訳にはいかない。
でも早くしなければ、ラージの高熱がスモールに電熱してしまう。
「うありゃあっっ!!」
アーベルはそのまま宙に跳んだ。ラージの上に差し掛かった瞬間から体が熱気に包まれ、汗が噴き出す。
アーベルは何とか前後のバランスを取ることで着地したが、その心臓はバクバクとしていた。
「おおっと、アーベル選手、ジャンプに成功!
だが、なにやら様子がおかしいぞっ」
(……あちい!)
アーベルはそのとき冷静に思考回路を閉ざされつつあった。
とてつもなく熱い。喉が何日も水を含んでいないかのように水分を欲する。
暑いのは何も熱のせいだけでない。
(えっと、あと七十八メートル。今二メートル進んだから……)
徐々に足元が熱くなっていく。スモールから熱が伝わってくる。周りが蒸気で見えない。
アーベルの頭がぬぼ〜としてくる。
のぼせるような、溶けるような、オーブンで焼かれてるような、そんな感覚。
触れてもないのにラージの熱さが手に取るように伝わってくる。
(駄目だ、こんな熱い鉄板絶対直に触れられない……ヤベェ、ふらふらしてきた……)
その一瞬、アーベルは気を失った。
体が前に倒れていく。
吸い込まれるように。
「…….……あぢいいいいっっ!!!」
アーベルは自身の左足がラージの上に乗っかっているのに気づいた。
熱さを通り越して、何も感じない。でも足の裏にヌメッとした感覚が広がる。
「うっ、うわぁぁぁぁ!!」
アーベルはばっと左足を上げてそのヌメりの正体を瞬時に理解。
ラージの上でジュウ〜と肉が焼かれている。
足の裏を見る。皮膚が失われ、骨の筋のみたいなものがうっすらと浮かび上がっている。
自分で自分を焼いていたのだ、鉄板の上で。
「ひっ、ひいいい〜〜!!」
アーベルは恐怖に理性と悟性を失った。
手に持っている残りのスモールを次々と投げて、ラージの上を跳んでいく。
そんな雑なやり方でも、アーベルは二十メートルほど進めた。
そこで弾切れ。
弾を補充しようと、アーベルは背中に手を伸ばす。
(早くっ、早くしないとっ! あっ、あちいっぢ!)
スモールに置いている足元から熱が伝わってくる。
早くしなければ、ラージの上と変わらなくなる。
その焦りがアーベルにとって、決定的な仇となった。
「……あっ!!」
体の重心が前に大きく傾き倒れて、アーベルはラージの上にその体前面全てを密着させた。
アーベルを地獄以上の苦しみが襲う。
「ああああああああああ!!!!」
これには流石にマリーも観客も声を出さず、呆然と見ていた。
今、アーベル早く六十キロの重りに押し付けられている。
何とか手をついて立ち上がろうとする。
だが、その手もすぐに滑る。
手もまたブヨブヨと皮膚がただれていき使い物にならない。
悶えるアーベルにマリーはニヤリと笑った。
(そうよ、そのままゆっくり沈みなさ〜い。この子ネズミ……)
しかし、その笑いはそれを見ていた一人のプレイヤーに掻き消される。
「アーベルさん、横だよっ!! 横に進めば、鉄板の上から脱することができるっ!」
天人だった。天人はアーベルにコースアウトを促した。
「ああ……うぅ……」
アーベルはゆっくりとそれに従い、コースアウトした。
鉄板の上からカタツムリみたいにニュッと出てきたアーベルをそこに用意されていた、大量の氷水が迎え入れた。
アーベルの体はジュウ〜と音を立てて、その傷を癒していった。
幸いにも損傷は浅く、足の裏以外酷く皮がめくれてるところは無かった。
「大丈夫っ、アーベルさんっ!?」
係の者たちと共に天人もアーベルの元に駆け寄る。
その顔は蒼白だった。
だがそれでもアーベルはただれた顔でにっとしてみせた。
「へへっ、大丈夫だよ。天人、心配するな」
「よかった、ほんとうによかったよ」
天人はアーベルの全てを終えたような笑顔に自分も思わず、ほおを緩めた。
天人はゲーム開始までに待機している間、そこにいる他の参加者に話しかけた。
これは一体、どんなゲームなのかと。
そして知った、これは命を懸けたデスゲームで、彼らは其々の宿願を胸にそれに挑んでいるのだと。
そして天人は迷うことなく、彼らの意志を尊重した。
アルトと同じく、彼もまた命を懸けることの意味を学んでいたからだ。
そのまま天人は互いに敵でありながら、他のプレイヤーとの思いを深めていったのだ。
それはある意味で結託に近いものだった。
「大丈夫だ、天人」
「うん、アーベルさん。そのくらいの傷なら奥さんも気づいてくれるよ」
天人はキッと司会のマリーを睨んだ。
そうして決めた。
必ずこのゲーム、クリアしてみせると。




