23話 デッドオアマニー⑤
「ここで、また一人脱落っ!!
残るプレイヤーは三人だあっ!!」
この時点で、プレイヤーが賞金を得られることは確定した。
これがただ金をかけたカーレースならば、緊張の糸をほつらせる愚者も現れるだろう。
しかし、このゲームにおいてその行為は死に直結する。
「まずい、まずいぞっ!? もうすぐ後ろにっ」
「うわぁぁ……ヘビの中に人の形が二つ見える……」
(おいっ、まだかよっ!? ラメットっ、ムンク!?)
アクシャと違い、血液がサラサラで脂っ気も少なく、骨も細かったマニシュはドブヘビちゃんのお腹の中でスムーズにに溶かされた。
その間にプレイヤーたちが稼げたヘビとの距離はおよそ二百メートル。
だがしかし、細男の味を占めたその怪物はさらなる高みを求めて、三人を追いかけその距離を詰めてくる。
味のエキスパートがここに誕生した。
「くっそーあのデカヘビ、グルメみたいに目ぇ輝かせやがって……って、うおっ?」
「うっ、うひゃっ!?」
「おっ、おいどうしたんだよ? お前らっ!?」
ピットは突然聞こえてくるバイシャンとボディンの拍子抜けしたような声に不覚にも、思いっきり体の態勢を後ろにそらしてしまった。
「うおっとっとっと……」
その振動に思いも寄らず、豚の上から振り下ろされそうになる。
ピットの豚は言うまでもなく、ヘビから逃げのびる為に決死の逃走を図っている。
その速さは今となれば、振り落とされるくらいになっていた。
それでもまだゴールに着かないのはなかなか豚が真っ直ぐにに走ってくれないからなのだが。
「くっ、あいつら豚から落ちてる……!!」
ピットは見た。
バイシャンとボディンが芝生の上で倒れてるのを。
ピットの豚と同じ速さで走っていたならば、結構な衝撃が落ちた二人を襲ったはずだ。
それを証拠に、二人は今ミミズが体操するみたいに体をぐねぐねとくねらせている。
打撲したところを癒そうとしてるのだろう。
「うう、何やってんだよっっ?」
「ああ。本当に何やってんだよ……?」
「「あのバカ豚っっ!!!」」
バイシャンとボディンが声を合わせて、それぞれの豚を怒鳴りつける。
「プギャ、プギプギッッッ」
「プギャァァァ!!」
「わーっと、なんと公衆の面前で豚さんたちが〜〜……恋をしてしまった〜〜!!」
マリーがキャ〜と、拳を握りしめ歓喜の悲鳴をあげた。
そして会場全体に感激が走る。
奇しくも、バイシャンとボディンが乗っていた豚たちはオスとメス、しかも以前から互いを意識し合う中だったのだ。
その関係にこの切羽詰まる状況が吊り橋効果となり、ピリオドを打ったのだ。
二匹は火の粉が上がるように熱中した会話を弾ませた。
「プギャッ、プギャッ」
「プギギッ!? ブギッギ……」
「…………プギャ」
「ブッキャ〜〜!!」
……彼らはこういう会話をしていた。
「おらさ、ずっとあんさんに惚れてただ〜〜」
「本当っ!? 私も今猛烈に貴方に惹かれてるわ、熱すぎて……溶けちゃいそう……」
「…………溶かして……やるだ……おらが!!」
「きゃ、きゃあああああ〜〜!!」
二匹はそのまま手を繋ぎ、足をルンルンと鳴らしながら、二足歩行で芝生の中から出て行った。
「ここにまた、次世代のカップルが生まれました!」
マリーがふるふると涙を滲ませる。
客からも賞賛の声があがる。
思いもがけない生命の奇跡に心打たれたのだ。
「おっ、おい! 俺たちはどうなるんだよっ!?」
「そっ、そうだっ! 早く代わりの……うわあああ!!」
ソーセージみたいに転がっているバイシャンとボディンを追いついた巨大ヘビが追いついた。
そして麺でもすするように二人を平らげる。
「ゲ〜〜〜ッップ!!」
ヘビちゃんがバッチグーとばかりに満足げに口からガスを吐き出す。
どうやらお気に召したようだ。
食べた後は真上を向き、しばしの余韻に浸っていた。
だがそれにも浸り終えると、メインディッシュに向けて、行動を再開し始めた。
「うっ、遂に来たか。くそぅ、ゴールは目の前なのに!」
その時ピットはゴールまであと五十メートルというところまで差し迫っていた。
しかし、あと少しというところで豚が左に行ったり、右に行ったりとゴールまで行ってくれない。
芝生の外に出てしまうというコースアウトは免れているものの、このままでは追いつかれてしまう。
(くっ、くそっ! ここに来てっ…………ラメット!?)
ピットはその姿を見て、目が飛び出そうになった。
ラメットがいるではないか!!
全身なぜか靴跡だらけになっているラメットが観客の中に。
その横にはムンクの姿も見える。
(ピット、今お前をゴールさせてやるからな……見てろっっ)
「何カッコつけてんだっ! 早くしろっ」
ラメットの気色の悪いウインクを受け取り、ピットは目が崩壊しそうになる。
誰もそんなもの求めていない、ピットが求めるのはラメットにしか扱えないある力だった。
(行くぞっ、ピットっっ!!)
ラメットはばっと目を見開いた。
顔の筋肉が固まるくらい強く。
「きっ、きたきたきたっ…………うおおおおおお!!」
ラメットがしたたかに開眼した瞬間、風邪を切り裂くくらいの突風が、ピットの体を包み込んだ。
「プップキャアアアアアアーーーー」
風に押され、ピットの豚が音を出さないくらい速く、草原を駆け抜けた。
ピットは針のように耳に刺さる風に反射的に身を伏せた。
「くそう、耳いてえ〜〜。ラメットの奴加減が……おっとっと!」
ピットは地面に投げ飛ばされた。
芝生の上ではなく、煙ったい空気が舞う砂の上に。
「やった、やった……!! ゴールだ〜〜!!」
ピットが咆哮するのに呼応し、観客の中からも一部彼を盛大に讃える拍手が起こる。
無論、ピットの優勝に投資した者たちだ。
今ピットと彼らは立場は違えど、全く同じ勝利の杯を飲んでいるのだ。
「そんな……まさかクリアされる何て……完璧だったはず、完璧だったはずなのに!!」
マリーが観客たちの拍手を掻っ切り、声を荒げる。
それは会場中を沈黙の闇に陥れた。
「いやっ、嫌っ! 殺される! カリス様に……!!」
マリーは支柱を失ったテントのごとく、その場に崩れ込んだ。
ざわめく観客の声など一切合切入ってこない。
入ってくるのは自身の黒い呟きだけ。
"殺される……"
「マリー様っ!?」
うずくまったまま動こうとしないマリーに、ゲーム進行の予備員がマリーの元に駆けつけてきた。
彼の目に映ったのは、生気と正気を失いつつある、憔悴しきったマリーの横顔だった。
「マリー様っ!? しっかりして下さいっ!!」
肩を揺すぶられ、初めてマリーが我にかえる。
周りを見れば、心配顔をする者、最終ゲームへの移行に痺れを切らす者……様々な意を持った顔がマリーの目に飛び込んでくる。
兎にも角にも、マリーはゲーム進行の要。
彼女による時間の浪費は、マリーに対する観客からの悪印象にリンクする。
「たっ、大変申し訳ございませんっ。興奮のあまり、些か取り乱してしまったようですっ!
最終ゲームは同じくこの場で行いますので待機願いますっ」
マリーの指示に従い、観客たちは用意された椅子に腰を下ろし、芝生の上が整備される様子をみつめる。
強力な麻酔銃で撃たれ気を失うドブヘビちゃん、一度もゲームに絡むことのなかったりんごを美味しく頂くスタッフたち。
白熱したゲームとは裏腹にその目に入り込んでくる影像は鬱になりそうなくらい退屈なものだった。
しかしそれを横目に、ウハウハと胸を鳴らす者たちがいる。
さっきのゲーム、ヘビーウォークの勝ち組たちだ。
先頭で一番の大金を受け取ったピットは紙袋にその札束を入れて、ラメットとムンクに合流した。
「おうスゲーな、やっぱり。いくらだよっ?」
「多分、1億ゴルベリ近くはあるんじゃないか?
それよりもラメット、何で助太刀が遅れたんだっ?」
「あぁ、すまねぇ。ちょっと馬鹿な子供に会って……」
「言い訳するなよっ!!? お前がもっと早くに来ていれば他の四人も……」
「おいおい、それぐらいにしろよピット。
ラメットが俺たちの中で一番スラム街の人を思ってることはお前も知ってるだろ!?」
ラメットへの憤りをあらわにするピットをムンクがなだめる。
ピットは決してこの件についてラメットを許したわけではなかったが、これ以上ラメットを責めることに意味がないこともわかっていた。
熱湯に浸された氷が解けるように、ピットはその心の強ばみを解いた。
「まあ、ムンクの言う通りだな。俺たちはこの金をできる限り、膨らませないとならない」
「……そうだな、調子に乗って悪い、ピット」
「何言ってんだ。俺もピリピリしてたんだ。早く行こうぜ。お前の新しい服も買わねーとな」
「そうだぞ、ラメット。お前、少しは自分のために金使ってもバチは当たらないと思うぜ」
「……ありがとうな、お前ら」
三人はリリリリリーの店頭にあるカジノエリアに向かった。
これを元手に金を増やさなければならない。
彼らは空腹で死にそうだった。
○
「そういえば、さっき司会の女、カリスっつってたけど。
誰だ、そいつ?」
アルトはさっきマリーが見せた過剰な怯え方が心に引っかかっていた。
カリスとは?
それは恐らく人の名前。
アルトのその問いにデルタールが答えた。
「カリス、それはこの国の支配者の名前よ。
そしてリリースライズ教という邪教を持ち込んだ張本人。
当然このカジノ施設、リリリリリーは彼の元で経営されているの。
当然マリーって子も、カリスの息がかかった部下ということになるわね」
カリスについて話すデルタールの表情にアルトはまた暗いものを感じた。
しかしそれについて言及する訳にはいかない。
"人の過去を無理に詮索するものじゃない"
天人にそう言った手前、アルトがそれをするわけにはいかない。
アルトは話題をそらした。
「そういえば、ラメットのやついね〜な〜」
「……そうね」
会話終了。
(ラメットよ、お前は本当に役に立たなかったな……強く生きろよ)
アルトは話すのをやめ、その視線をゲーム会場にやった。
ふと目をそらした隙に、でっかいヘビは運び終わったようだ。
その汚らしい色をしたデカヘビはもういない。
その代わりに、五百メートルの芝生の上に今度は別の巨大な物体が置かれている。
「あれ……鉄板かよっ!?」
そう、鉄板。
八十メートル程の平坦な鉄板が芝生の上に直接ぺたりと置かれている。
「これが最後のゲーム……って全然わかんねぇなっ」
アルトは一人頭をかきながら、喋る。
(やっと出てくるのか……天人?)
○
その頃、近くにある小型簡易式テントの控え室の中で、マリーは酒をガブガブと口に流し込んでいた。
それはもう滝が滝つぼに落ちていくようにガブガブと。
しかし、いくら飲んでもマリーの塞ぎ込んだ心は晴れなかった。
「……突然のゲーム内容の変更、悪かったわね」
マリーは実行係の男にすまなさそうに詫びを入れた。
その青菜に塩状態であるマリーに男はカラ元気で答えた。
「大丈夫ですって、寧ろ用意するものが少なく済んで助かりましたよっ! しかしなぜこのゲームに変更したんです?
難易度の高いものなら他に沢山あるのに……」
マリーが選んだゲーム、それは場合によれば参加者全員が賞金を手に入れられるという内容のものだった。
マリーはふぅと、杯を置き、その訳を話した。
「なんてことはないわ。さっきのゲームで出た損害はおよそ1億五千万ゴルベリ。この金額はゴビーの遺産全部と私の貯金半分以上崩せばなんとかカバーできる。
でも怖くなったのよ、さっきのゲームで。
強敵は他にいるんじゃないかって」
ラメット、ピット、ムンクの三人はこのカジノ施設、リリリリリーで多くの金を巻き上げる悪魔としてカジノ側の人間の中で知られていた。
マリーはそれを知って警戒してありながらも、まんまと大金を持っていかれたのだ。
「賞金はたしかに当てが外れた他の客の賭け金からも賄われるわ。
それでも賞金の多くはカジノ側の金。
こうなった今、損失の可能性は最小限に留めなければならないのっ!」
「なるほど。だから金は持っていかれるかもしれないが、賞金は少なくなる見込みが高いあのゲームを……」
男は納得したように顎をしゃくった。
確かにあのゲームなら火事はボヤで抑えられる。
マリーは今それほど恐れているのか……と。
そしてマリーは一息ハァ〜と深呼吸すると、その場から立ち上がった。
「もう行かなきゃね。プレイヤーはもう入場し始めてるのかしら?」
「はっ、今すぐに」
「そう……」
マリーはテントのドアを開けたところで、外で餌を待つ野獣みたいにゲームの開始を待つ客たちに目を向けた。
そのまま、男にボソリと問いかけた。
「ねぇ……前の司会者は結局どうなったんだっけ」
そのマリーの問いに男は大変答えにくそうな苦い表情を浮かべた。
だが、ゆっくりとそれに答える。
「はい……猫に八つ裂きにされました」
「そう、確か前の司会者は男だったわね。結構いい顔の。
じゃあ、私を裁くのはあのリアナって子かしらね……」
マリーは空笑いを浮かべたまま、テントを出て、観客の前に姿を現した。
たとえどれだけの犠牲者を出しても、自分の命だけは守らなければならない。
その為にはこのゲームをやり切らなければならない。
これ以上、ゲームクリアを許してはならない。
そうしてマリーがテントから出てきた頃、アルトは同じく芝生の上に入場してくるプレイヤーたちをまじまじと見つめていた。
一人一人、相変わらずボロ服を着た男たちがぞろぞろと湧くように出てくる。
「天人っ!!」
アルトはいつになく大きな声を放った。
その声に久しぶりに聞いたような少年の声が答えた。
「アルトッ!? デルタールさんもっ!?」
「ふふっ、久しぶりね。天人ちゃんっ!」
デルタールは微笑みながら、天人に手を振った。
天人も笑顔で振り返した。
見るところ、天人に後ろめたく思うところは無さそうだ。
さっきまでのゲームを見ていないのだろうか?
これから始まる何かに胸を躍らせているように見える。
(天人、なんやかんやあって俺はお前の戦いを見届けることにした。だけど死ぬなよ)
アルトは手を振り返す代わりに天人を睨みつけた。
天人はそれをどう取ったのか、アルトを睨み返す。
最後のゲームのプレイヤー五人がここに揃った。
マリーが指揮をとる。
デッドオアマニー最後の戦いが幕を開けた。




