22話 デッドオアマニー④
「まずは、可愛い子豚ちゃんたちの登場で〜す」
マリーが言うとともに五匹のかなり肥えた豚たちがプレイヤーたちの前に現れた。
その大きさは馬並みにあり、それはもう子豚どころではない。
「今回のゲームはプレイヤーたちがこの豚ちゃんたちに乗って、芝生の上を駆け抜けて行ってもらいますっ。
ルール詳細はこちらですっ」
・第二ゲーム"ヘビーウォーク"のルール一覧
①五人のゲームプレイヤーはそれぞれ豚に乗って、500メートルある芝生の先にあるゴールを目指す。
②ゲームが始まった途端、芝生内の地中にいる巨大ドブヘビがプレイヤーを狙い始める。
途中で止まると、喰われる可能性大。
③ヘビは一匹。
④道中には"リンゴ"が数ヶ所置いてあり、このリンゴを狙って、ドブヘが飛び出してくる可能性大。
⑤豚さんたちはトイレ我慢してるので、急かさないであげてね。
⑥上位三名に順位に応じた賞金が配布される。
以上がこのゲームのルールだ。
詰まる所、競馬のようなものだ。
ただ馬に乗らず、豚になるということ。
あとヘビが命を狙ってくる。
「で、ラメット。このゲームの必勝法ってなんだよ?」
アルトがラメットに先のこのゲームに必ずピットが勝利することを示唆するような発言について聞いた。
ラメットは鼻を鳴らしてそれに声を返す。
「ふっ……実はこのゲームの内容、事前にプレイヤーにも金をかけてる奴らにも知らされないんだが、俺たちはあらかじめ裏ルートで知っていたのさ」
裏ルートとはどんなものかアルトは気になったが、当然今日知り合ったばかりの者に教える訳がない。
いやそれを伏せても、ラメットは馬鹿みたいにアルトに話しすぎている。
あたかもアルトを仲間であるかのようにペラペラと。
二人は何か接点があるのかもしれない。
「まず一つ。あの豚ちゃんたちを見てみろよ」
(豚? あの便を我慢してる豚どもを?)
アルトは競技用の豚にそれぞれ乗ろうとしてる五人のプレイヤーの具合に目をやった。
ラメットの友人ピットを除く四人のプレイヤーはその豚のケツを赤子のオムツを替える母のような手つきで撫でながら、慎重に豚に乗っている。
「よしっ、そ〜とっ、そ〜とっ……」
「ブリッツッッッッ」
「おあっとっっ。すまんすまん、お尻緩めちゃったかな」
プレイヤーBボディンはその動物愛ゆえに、ケツがピンチの生き物の体に自分の体重を委ねるのがままならないようだ。
イタチごっこの状態が続いている。
「ほ〜ら、大丈夫だからゆっくり出してね。
そうそうそう……あっ、出ないの。
ゆ〜くりでいいんだよ、そっとそっと……」
こちらはプレイヤーAバイシャン。
お子さんもうすぐ生まれますよ〜とばかりに豚の腹を懸命にさすっている。
途中で出るくらいなら、今ブツを出してもらいたいという心持ちは分からないこともない。
しかし巾着袋は緩んではいるが、あと一歩というところでこじ開けられない。
「あの〜〜、そろそろスタンバイして下さ〜い」
「「「「あっ…………」」」」
気付けば、司会のマリーも観客もが、豚のケツと遊んでる彼らを睨んでいる。
蜘蛛の子を散らして、彼らはプレイヤーA〜Eの順で、スタートラインに並んだ。
心なしか土の中から、ドブヘビの腹鳴が聴こえてくる。
「それでは、みなさん、準備はいいですか〜〜!?」
「「「「「「いいとも〜〜!!!!」」」」」」
当たり前だが、これは客の応答。
プレイヤーの意思及び、選択の権利は一切尊重されていない。
観客の意思イコールゲーム開始の合図なのだ。
「ゲームゥゥゥ…………スターートッッッ!!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
グダグダな進行の中、遂にゲームが始まった。
その中で真っ先に咆哮し、先陣を切ったのはプレイヤーDのおデブちゃんアクシャだ。
デブが豚に乗って、走っている。
もうどっちが豚か分からない。
「あれっ、あの豚なんか普通に走ってるぜ。
ケツに爆弾抱えてる筈なのに」
「あらっ、言われてみればそうね。
あのアクシャちゃんって子少なく見積もっても、体重百キロぐらいはありそうなのに……」
「ふふっ、お前ら気づくのがおせ〜な。ほんっと、バッカ……!」
「ああ、分かった。お前が何かやったんだな?
いいから教えてくれよ、そのタネ」
「わっ、分かった。いいから離せっ、馬鹿っ!!」
あわよくば、アルトに首根っこを握り潰されそうになったラメットはなんとか息を繋いだ。
それでもその瀕死気味な状態で、彼は鼻にかけるような表情を崩さない。
「いいか、まず俺は優しい。だから、あの豚さん方にこれを与えてやったのさ」
「はっ、そっ、それは」
「タッ、タケッ…………」
アルトとデルタールの驚愕した顔にラメットはご満悦な笑みを浮かべた。
笑みを浮かべ過ぎて、シワで目が押しつぶされている。
「そうっ、即効性の便秘薬だ。無論、これを手に入れるのに出た出費は馬鹿にはならなかった。だが、これを使わね〜限り、豚さんたちに快便は訪れなかった筈だぜ。
しかも俺ってば、聖人のように優しいから五匹全部にこれを与えてやったんだぜ?」
ラメットがドヤとアルトの顎を引く。
流石にアルトもこのラメットの手回しのよさには感服せざるを得ない。
でも、その刹那アルトの頭の中で疑問が生じる。
「ん、でもゲームが始まる前のやたら豚がケツの部分モジモジしてたのはなんでだ」
「ん? さあ、なんでだろうな。マタニティーブルーじゃね」
「……お前一回死んでこいよ」
アルトはラメットを突き倒し、ゲームの続きを見る。
「ちょっ、俺なんかまずいこと言ったかって、ウオオオ……いてえいてえ、いてえっ!!」
頭が踏まれる。
足が踏まれる。
ゾウさんが踏まれる。
ラメットは仰向きに倒れ、起き上がろうとしたところを他の客にドカドカと踏まれ、意識を失った。
「この、ブルジョワどもがあぁぁぁぁ…………」
運がないというどころではない。
もしかしたら、彼は神に嫌われてるのかもしれない。
「それにしても、あの真っ先に行ったアクシャって子、かませもいいところね」
「……そうだな、こういうので序盤に出て行く奴だいたい死ぬよな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アルトとデルタールの視線の先で、アクシャが土から飛び出してきたドブヘビの餌食になっている。
ゴビー同様、すっぽりと枠に収まる感じに喰われたといったところか。
ところが、アクシャが乗っていた豚はヘビの餌行きを一緒に呑み込まれるどころでなんとか免れてる。
どちらにせよ、アクシャはかませ犬だった。
「ああっと、ここで早くもプレイヤーD脱落っ!!
……おおっと!? ここにきて、他のプレイヤーが一斉にスタートし始めたぞっ!!」
マリーが他の四人のゲーム開始を伝える。
四人のプレイヤーはこのアクシャが喰われてる隙にドブヘビとの距離を空けようと考えたのだ。
アクシャとの共倒れを回避した豚もその間に芝生の外へと逃げ出す。
「キッ、キシャアアアアアアアアアアアアーー」
たいそうなおデブであるアクシャは案の定ドブヘビの喉につっかえている。
ヘビは苦しそうに一旦アクシャを吐き出し、百回くらいよく噛んでアクシャを食し始めた。
これはこれでレアな光景だ。
(おいっ、上手くスタートを切れたぞっ、ラメットっ!!
えっ、おいラメットッ!?)
豚の上で揺れながらピットは観客がいる中にラメットの姿を探した。
だが、見当たらない。
当然だ、彼は今絨毯になって気絶してるのだから。
「くっ、ラメットが居ないんじゃ正攻法で行くしかねぇ」
ピットは豚のケツをバシバシと足で蹴り、スピードを出させた。
「おっと、これは卑劣な行為っ! ピット選手無慈悲にも便が溜まっている豚ちゃんのケツを叩いているぞ〜〜」
マリーの声とともに観客内から非難の声があがる。
これは動物虐待だ。
「くそっ、馬をムチで叩くのは虐待と言わねーで、これは虐待なのかよっ!?
便溜まらせた豚走らせようとする方がよっぽど趣味が悪いぜっ」
今現在、豚のトイレ事情を知っているのはプレイヤーではピット、その他はアルトたち三人だけだ。
……いや、もう一人いた。
「おいっ、ラメット。何やってんだよっ?
こんなところで寝てる場合じゃねえぞっ。
レースはもう始まってんだ」
寝ているラメットを起こす者がいた。
ラメットのもう一人の友人にして協力者、ムンクだ。
今にも叫び出しそうなくらい、ヒョロンとした容姿をしている。
「ばっ、ばかやろ〜〜〜。寝てた訳じゃねえよ〜〜」
「はいはい、分かったから、ピットが走ってるところまで移動するぞっ」
ムンクはラメットに肩を貸し、アルトたちがいるその場から、離れて行った。
でもそれにアルトとデルタールは気がつかなかった。
それもそう、今レースは白熱を喫していたのだ。
「おおっと、遂に巨大ドブヘビちゃんが動き出したぞ〜〜」
そのヘビが捕食に費やした時間僅か一分。
しかし、プレイヤーたちに与えた猶予一分はでかい。
本来、一般的な豚が走るスピードは時速四十キロ。
つまり、五百メートルならば、四十五秒あれば完走できるのだ。
だが…………。
「くっ、くそっ! 動けよっ!!」
「おっ、おいそっちじゃない逆走すんじゃねえよ〜〜〜」
「……めちゃくちゃ遅いなコイツ…………」
この豚たちは元々体重が重く、更に人を乗せている故に、本来の豚のスピードに遥かに劣る。
その上、馬のように人間の思い通りに進んでくれないので、真っ直ぐに進まなかったり、立ち止まったりする。
結果、この五百メートルという低く見えた壁が困難なものに思えてくるのだ。
「ちょっ、マジで早くしてくれっ、すぐそこまで化け物が来てるんだよ〜〜」
バイシャンは仏に祈るように泣きそうな声で豚の背にすがった。
そう、後ろからはゆっくりと巨大ドブヘビが地を這って進んでくる。
その差、僅か五十メートル。
この壁を超えなければ、迫り来る炎に飲み込まれてしまうのだ。
「はっ、早くしてくれラメット、ムンクっ!!
そうしてくれないと俺、金をつかむ前に食われちまうよ」
ピットは未だに姿を見せない仲間に、その余裕のあった心がアリンコほどに縮んでいた。
もし、ラメットたちが来なかったら。
それはもう悪夢だ。
策略あってこそ挑んだこのゲーム。
もしこのままの何の加勢も得られないままゲームが続けば、たとえ今ゆっくりと歩いているピットの豚が全力疾走しても、ヘビのスピードに負け、追いつかれてしまうだろう。
「嫌だ。それだけは絶対に嫌だっ!!」
ピットは迫り来るヘビの尾を凝視する。
その尾は空気でも入れられたかのように大きく膨らんでいた。さらにヘビの造作に関係なく微々たるが動いている。
「生きてるんだ……アクシャのやつ……!!」
生きている……その体を噛み砕かれながらも……ヘビの体内で生きている。
アクシャのデブは生きてるのだ。
「ひっひっひっひっひっ…………」
「……!!」
不意に聞こえてきた、耳の中から入り込み心臓を冷やすような、虫酸を走らせる声にピットはぞわぞわとしたものを感じた。
隣ではピットと同じく、一向に走り出そうとしないトロトロと歩く豚に乗ったマニシュがすすり泣いていた。
「おいっ、おっさんっ!! あんたいい年して何泣いてんだよっ!! 男なら最後まで…………!?」
途中まで言い、ピットはまた背筋を凍らせた。
(こっ、このおっさん……漏らしてやがるっっっ!!)
マニシュの股の部分から黄色い液体がタラタラと流れ、彼の足と豚の体をつたって、ポタポタと芝生の上に滴っている。
マニシュが哀れというか豚が不憫だ。
「地獄だ、地獄だ…………」
マニシュがポツポツと繰り返す言葉に思わず、ピットも取り込まれる。
確かに地獄かもしれない。
釜茹で地獄、針山地獄、畜生道、この世界で言い伝えられている地獄はどれも同質の特徴を持っている。
それは今、アクシャが味わっていることにも言えるもの。
「地獄……ゲームオーバーの先に待ってるのは死んでなお、自分を苦しめる地獄……」
ピットがぽつんと呟く。
そうだ、それらに等しいもの、それは終わり見えぬ苦しみ。
窯の中で何千何万もの炎で熱せられようが、針に体を八つ裂きにされようが、どんな醜い姿で地獄をさまよおうが、終わりは無い。
何故なら死んでいるから。
"た……す……け……て……"
そうヘビの腹から聞こえてくる気がする。
アクシャもまた胃液に溶かされ、半ば死んでいる。
しかし、終わらない。
彼の重苦は終わらない、生きている限り、理性を保っている限り。
理性を保っていられるということはまだ希望を持っているということ。
そうやって、かすかに見える白い糸、希望に手を伸ばす。
目に見える虚像に手を伸ばす。
「うっ、もう駄目だ…………」
「おっ、おっさんっ!?」
おっさんは豚から転げ落ちた。
「おおっと、プレイヤーE豚ちゃんから転倒……うわっとそこにドブヘビが猛スピードで飛びかかってくるっ!」
興奮気味に話すマリーに周りの観客も、マニシュの行方に
神経を澄ます。
「おっ、おっさっ……ってうおっ!?」
「おほほっ、動いたぞっ!!」
「やった、やったよ、母ちゃんっ!!」
ピット、ボディン、バイシャンの豚が一斉に駆け出す。
ゴールに向かって。
それは別に彼らに従ったからではなく、命の危機を察知した野生本能からだった。
「おっさ〜〜んっっっ!!!」
ピットはマニシュに向かって叫ぶ。
しかしながら、ピットの思いは既にマニシュに伝わっていた。
(ピット君、君みたいな人は真っ先に死ぬ。
自分の命を大切にしなさい。
さもないと、このゲームで勝ち残れない……ありがとう)
実はマニシュはピットのことをよく知っていた。
ピットは知らないかもしれないが、マニシュはピットをよく知っている。
(最後まで……君を助ける側に回れなかったな…………
このゲームの賞金をもらえば、君にも……)
マニシュはその直後、ヘビの被食者としてアクシャと同じ道を辿った。
そしてマニシュのこの謝意をピットが知ることはなかった。




