20話 デッドオアマニー②
早くも一名の脱落者が出た。
それでもゲームはしたたかに続行される。
「くっ、これじゃ先に進めないじゃないか〜!!」
ローラが息をゼェゼェと切らしながら、ヘタレ込んだ。
今、巣から出てきている巨大ミツネコは一匹。
迫り来る化け猫の襲撃から、なんとか四人は柵の四角い四隅や中央の鉄柱により出来る僅かな死角を利用し、いっときいっときの難を逃れてはいる。
が、そんな一時の油断を許されない鬼ごっこがもう二十分は続いている。
(走りには自信がある……。でも、あの猫が地上に居座り続ける限り、上の巣までいくチャンスは見込めない……)
「うにゃにゃにゃにゃ〜〜〜」
「わあっっ!?」
ローラにミツネコが食欲を剥きだしに、進撃してくる。
何度も何度も鉄柱や鉄柵に頭をぶつけたその顔はもう愛らしい原型を残してはいない。
何だか、ミツネコからも荒い息遣いが聞こえてくるようだ。
「うっっ」
ローラは体を翻し、それをかわす。
ミツネコはそのまま鉄柵に激突した。
正方形の鉄柵全体にその激しい揺れが伝わっていく。
「「「「ふううううううっっ」」」」
鉄柵の中の四人は耳が引き千切られそうになるその金切音に耳を塞いだ。
四方を鉄柵に囲まれたその中では、音が鉄棒同士で反響する。
そのため外にいる人間が体感する何倍もの耳痛を中の四人は味わうのだ。
例えるならば、楽器のドラムの中に閉じ込められたといったところか。
観客たちは熱をあげる。
「いいぞっ! お前らっ!! 」
「これで一匹制覇だっ!」
(はっ……?)
柵外からの雑音の意味がローラには分からなかった。
と思いきや、すぐさまその意味を把握する。
(死んだのか……? あの猫…………)
ローラはそっと、鉄柵にぶつかった後ビクともしないミツネコに近づき、息を呑んで、その体に触れてみた。
(反応……ないっ!)
ローラはその蜜でベトベトな毛むくじゃらの体をいじくり回った。
引っ張り、引き抜き、蜜を飲む。
どの所作もミツネコの再起動には繋がらない。
「おいっ、本当に死んでるのか……そいつ……?」
ローラは後ろを見返った。
そこには他の三人のプレイヤーもミツネコの異変に気付き、ぞろぞろと集まってきていた。
「多分……死んでる、かな」
「そうか……うわぁ、あのまま足が棒になるまで走り続けるのかと思ったぜ」
今回の参加者の中で一番の運動神経の持ち主、ジョン・ガリバーをしても、もうガス欠ギリギリだったみたいだ。
ミツネコの死滅に放心の意を示した。
「ねぇ、ちょっとここは四人で協力した方よくないかい?
僕はもう限界だな〜」
協力してくれの間違いだろう。
ジョージは何重にも肉がダブった首の汗を拭いながら、そう持ちかけた。
彼はこの中で一番スポーツに適正のない体つきだ。
体重は傍目に見ても、百キロ越え。
しかも、五十歳前ときている。
もう半分、天に昇ってるような表情を浮かべているわけだ。
「俺もそうした方がいいと思うな、このゲームは難易度が高すぎる。
俺たちが個々に攻略しようとしてクリアできるレベルじゃないぜ?」
イケメンで面食い、オリバーもジョージの意見に賛成した。
そう、残るミツネコは四匹。
別にミツネコ全てを倒さなければいけないというルールはないが、あと二匹は除去しないと巣には突入できなさそうだ。
「そうだな、俺も賛成」
「僕も」
ジョンとローラも協力プレイに同意することにした。
今となっては四人の中には賞金よりも、自分の命に対する危機的感情の方が上回っていた。
自分の命に対する責任分散、これも彼らの結束を助長していたのではないだろうか。
背負う命は増えたにもかかわらず……。
「おっと!? 何やら四人が隅っこで固まり始めたぞ〜〜!? どうやらこのゲームを四人で乗り切るつもりのようだっっ!!!」
司会のマリーが四人の新たな動きを客中に伝えた。
観客は汚い野次を飛ばすことなく、それを見守る。
不定期に行われるこのデスゲーム"デッドオアマニー"、
これに用いられるゲーム内容は今まで過去のゲーム内容と被ったことが一切ない。
そのため、プレイヤーはゲームの攻略法を自ら模索する必要に迫られる。
彼らがどういう作戦を編み出すのか、これがこのゲーム最大のミソなのだ。
長考……いつ次のミツネコが襲ってくるか分からない中、
四人はあれやこれやと攻略の糸口を探す。
その緊迫した空気が会場全体に浸透していく。
この場でくしゃみでもしようものなら、絞め殺されるだろう。
そして十五分が経ったとき、四人は動き始めた。
だが、会場中の沈黙の泡は弾けない。
司会のマリーでさえも手に汗にぎり、四人の一つ一つの動きに神経を尖らせた。
それはこの場にいるもの全てに言えることだ。
中には自分が金をかけたことなど、忘れ全員に残って欲しいと思う者も……いない。
そこまで人情にみなぎる者は客の中にいなかった。
金を賭けてない三人を除いて。
「いいか……手筈通り行くぞっ!!」
ジョンの掛け声とともに四人はそれぞれの行動に移った。まず、ジョージは鉄柱の元に待機。
他の三人はそれぞれ別方向の鉄柵の位置へと向かう。
鉄棒と鉄棒とが網目状に張り巡らされている鉄柵の隙間には手を出したり、足をかけるには申し分の無い隙間がある。
三人はそこに足をかけ、それこそ大急ぎで柵を登り始めた。
(よしっ、なんとか登り切った)
ローラは柵のてっぺんまでよじ登り、他の様子を見張った。
ジョンとオリバーもてっぺんに辿り着き、目で合図を送った。
「よしっ、じゃあ行くぞっ!!」
ジョンは叫ぶとともにムササビの如きジャンプで五メートルの柵の上から鉄柱の下から三メートルの位置にある巨大ミツネコの巣に飛び移った。
巣がグラグラと揺らぐ。
「じゃあ、僕も行くぞ〜〜!!」
下にいたジョージも声を上げた。
そして、手元から先鋭で巨大な爪を取り出した。
これは死んだミツネコから頂戴したものだ。
「「うおおおおおおおおお」」
ジョンは巣を体全体を使って巣を大きく揺らし、ジョージは鉄柱に爪を食い込ませ、ギリギリとした音を鳴らすことで不快音を生み出す。
その巣に響き渡る不快音と激しい揺れに、巣の主はゆっくりとその姿を現した。
「「「うんにゃああああああーーーー」」」
巣の無数にある穴から三匹のミツネコがにゅるりと体をくねらせて出てきた。
どこかの軟体動物みたいに。
そのうちの二匹は巣から出て行ったはずのミツネコが下で横たわっているのを発見し、鉄柱をつたり、下へと降りてきた。
(よしっ、作戦通り……)
二匹のミツネコが倒れてるミツネコの所に駆け寄るのを確認し、ジョージはそれとは真逆の柵の端まで足早に移動していく。
これで二匹のミツネコを別のところに向けることに成功した。
(よしっ、これで僕の役目は終わりだ。
って、あれ…………)
ジョージは鉄柱を見上げた。
予想外のことが起こっている。
自身の役割を終え、一服しようと腰を下ろしたばかりのジョージ。
彼のケツがまた地から離れる。
(まずい……ジョンくんのところにミツネコが……)
ミツネコの巣の上部、そこにしがみついていたジョンは歯をガタガタと鳴らしている。
本来ならば一匹は巣に残るとしても、他のミツネコ三匹は死んだ仲間のところに向かっていくという計算。
そして普遍的に人を含め、動物はすぐに死を理解できない。
それ故に、下にいる二匹のミツネコは死んだミツネコの血をペロペロと舐め、傷を癒そうと尽力しているのが見受けられる。
(なんで……こいつは俺に向かってくるんだよっっっ」
巣から三匹ともでてくれた。
これは計画通り。
予想外のこと、それは一匹のミツネコがその注意をジョンに向けたこと。
(くそっ、やっぱり揺らすのは余計だったか?
どうするどうする!?)
周りの柵を見る、そこでは唖然とし言葉が出ないのか、呼吸を忘れるローラとオリバー。
下には肝をつぶし、立ったまま地蔵みたく固まっているジョージの姿。
そして、今目の前にはじゅるじゅると、よだれをそそる巨大ミツネコ。
(どうするどうするっ!?
このまま巣の中に入る?
いや死ぬだけだ。
飛び降りる?
いや三メートル、確実に骨が折れたところを狙われる。
柵に飛び移る…………?)
ジョンは下にいるジョージの方を向いた。
ジョージは必死に手を合わせて、ジョンがミツネコから免れることを祈っている。
ジョージはその能力の低さゆえに、命をかけるに最もかけ離れた役割についた。
この祈りは中でも、危険な役割に当たったジョンへのせめてもの詫びだったのだ。
(ジョージ、お前……)
ジョンは他の二人に目をやる。
二人とも祈ってはいない、柵につかまっているというのもあるだろうが。
けれども、それ以前に目をつむっている。
これをジョンは二人が自分の命を見限ったと捉えた。
決してその場限りであった結託、当然といえば当然だが、
信頼関係などこれっぽっちもない。
それでも、人は心が痛むのだ。
自分は見限られた……こんなにも尽くしたのに……こんなにもお前らを信じてやったのにと。
そう思い、途端に悲劇の主人公になる。
そうして、皮肉にもその悲しみを含んだ怒りはジョージに向けられることになる。
(ジョージ、お前も俺のことなんてどうとも思ってないんだろ?
そうやって手を合わせてるのもどうせこれから死ぬやつに対するなんとかってやつなんだろ?)
ジョンの心に黒い花が咲いた。
根は白く、花びらは真っ黒な花が。
(俺はタダじゃ死なねえっ!)
ジョンは柵に飛び移った。
そして、そのまま地上へと飛び降りる。
(ええっ? ジョンくんっ!?)
すぐそばに降りてきたジョンにジョージは心にもなく後ずさった。
ジョンの目、その目はジョージに対する侮蔑と憤りに黒く染まっている。
「ハハッ、偽善者がっ、安心しろよ。
俺は死なねえ、死ぬのはおまっ…………!!?」
「うにゃあああ〜〜〜〜」
ジョンの頭がミツネコの口にすっぽりと収まる。
「あっ、あっ……」
ジョージは目の前が真っ白になっていくのを感じた。
うどんをすするようにミツネコがジョンをたいらげる。
(あっ、はははっ。これは悪い夢だ。
子供の時によくみたなぁ〜、こんな夢。
自分が死にちゃいそうになっちゃうやつ。
見た見た、それだそれだ)
「ズポッ…………!!」
ミツネコがジョージを頭からほうばった。
それを見て会場がざわめく。
(そんな、ジョージさんもジョンくんも……)
柵の上から、その一部始終を見ていたローラは頭まで這い上ってくる絶望に、柵から落ちそうになった。
ジョンと一緒に地上に降り、ジョンとジョージを食べたミツネコは他の地上にいるミツネコと合流した。
(あと、巣に残るのは一匹……)
「おおっと、ここで二人のプレイヤーが脱落っ!
残るはプレイヤーC、Dの二人となったーーー!!」
マリーの興奮した実況が耳に流れ込んでくる。
その中に死者に対する弔いの意はまるで含まれていない。
まあ、仕方がないことだ。
柵の外の者にしてみれば中で行われてることはまるで映画のような者なのだから。
当事者の苦痛や死の恐怖、そんな者を根こそぎ剥ぎ取った
ショーが柵の外の客たちに提供されているのだ。
「おおっ、いいぞっ!! あと二人だーーーー!!」
「行けっ!! 頑張るんだぁっ!!」
ここにきて、残りの二人の脱落を望む声も出てくる。
全員脱落、それに金を賭けた者たちだ。
「くそっ! 僕らはお前らの快楽のためじゃないっ、
自分のためにやってるんだっ!!」
ローラの声は誰にも聞こえなかった。
戦意喪失…………共に戦う仲間を得たことで、ローラを纏っていたなんともいえない安心感が剥がれていく。
(いやだ、もう駄目だ……)
代わりにローラを包み込んでいくもの、それは圧倒的な絶望感、目の前に広がる広大なる死。
それがローラに備わる喜怒哀楽すべての感情を覆い尽くしていく。
(あっ………………)
気づけば、ローラの手には何も握られていない。
落ちていく、墜ちていく、堕ちていく。
ローラは地上五メートルの高さから真っ逆さまにおちていった。
「うにゃ? うにゃにゃ、うっにゃ〜!!」
ネズミの死骸を背負っておちてきたローラに気がついた地上にいた三匹のミツネコがそれに飛びつく。
ローラは悲鳴一つあげることなく、ミツネコの餌食となった。
「ローラッッ!?」
前触れもなく、柵から落ちていったローラへの懸念から、オリバーも柵から落ちそうになる。
ミツネコはローラの体を引っ張ったり、咥えたりして、そのご馳走を奪い合う。
「おおっと、ここでまた一人脱落っ!
残すはプレイヤーDオリバーだけだーー!!」
マリーが手拍子をし始める。
また、それに合わせて観客たちも手拍子を始める。
がっ、それに込める思惑は個人で全く異なる。
「むっ、無理無理無理。
こんなのできるわけないだろうっ!!?」
オリバーの同志たちは既に胃袋の中だ。
ベビーフェイスを持つイケメンだったオリバーの顔は、
今となってはオールドフェイスと化している。
「もう、作戦なんか台無しだぜ。もう駄目だ、駄目だ」
三匹の猫が地上に降り立った後、ミツネコからとった爪を武器とし、ローラ、オリバー、ジョンの三人で巣の中のミツネコを討つ。
これが本来の作戦だった。
だが、それも三人なら一匹ぐらい倒せるだろうという群集心理から来た楽観的な作戦。
いざ一人で立ち向かうとなるとその作戦が虚栄の類のものだったことに気づく。
どこかでミツネコの実力を蔑んでいたことに。
「もっ、もう無理だって。
ギブアップ……ギブアップっっっ!!!!」
勿論そんなことが認められるわけがない。
オリバーにはゲームクリア以外に生きる道が残ってないのだ。
「うっ、うああああああああああああああっっっ!!!」
オリバーは意を決して、巣へと飛び移る。
そして、巣の反応をうかがう。
「……………………」
反応はない。
改めて見てみると、よくわからない構造の巣だ。
オリバーは巣の穴から中を覗き、そう思った。
中には蜜がたっぷりと詰まっていて、奥がよく見えない。
「この中に……いるのか……あのでかいのが」
ミツネコは元々滅多にお目にかかれないご馳走。
それに逆に食べられてしまう。
想像したとき、オリバーはどこかむず痒い居心地になった。
(俺はミツネコなんて食べたことないけど、それでも食われるのはごめんだな……)
オリバーは巣の中に頭を突っ込んだ。
ところが、すぐに頭を引き抜く。
「駄目だっ、中の蜜がノリみたいにべっとりとしていて息ができないっ」
オリバーは自身の頭についた蜜を手で拭い取った。
甘い……今まで嗅いだことのない極上の匂いがオリバーの鼻の中を満たす。
頭についた蜜は雨に濡れた髪の水滴が丁度滴り落ちてくるように顔をつたってオリバーの口の中に入り込んでくる。
(あめぇ、すごくあめぇ。このまま、もう……)
死んでしまってもいいや、オリバーがそう思ったとき、彼はある異変に気付く。
(あれ、血の匂いがする……)
オリバーはそっと手で頭を触ろうとした、だが、その手からも血が流れてくる。
(あっ、なんだこれ……身体中から血が……夢……夢なのか……)
でもいいや、オリバーはそう思う。
(俺は満たされてるまるで母ちゃんの腹の中にいるみてえだ……もう何も感じない……気持ちいい〜)
ーーーーー
数分後。
「「「「「「「「うにゃ〜〜」」」」」」」」
「見てください皆さん、まるで地獄の光景です……」
マリーはその余りにもむごいオリバーの死に様にこのゲームが始まって、初めて目を伏せた。
本当ならば、この結果に喜んでいいはずの観客も目を塞いでいる。
数分前、オリバーは自身の頭から、また手からと次々に血が流れてくるのを感じた。
オリバーはもう脳内麻薬が異常をきたしており、その詳細には気づかなかった。
だが、周りにいる全ての観客は見ていたのだ。
巣から大量のミツノコが出てきて、オリバーにまとわりつくのを。
このときのミツノコは通常の猫と変わらない大きさである。
それらはまずオリバーの頭から体を覆ってゆき、遂にはオリバーの体が見えなくなるまでとなった。
それが何故、他のプレイヤーの死よりもむごいのか。
それはミツノコの捕食方法にあった。
巣から出たばかりのミツノコはその歯や爪が発達しきっていない。
つまり、観客たちはまじまじとオリバーの死を見ることになったのだ。
一瞬で死んだ他のプレイヤーと違ってまじまじと、オリバーの体がじわじわと喰われていく様を。
頭、手、胴体……体の端から中心まで、どんどんオリバーの体が無くなっていく。
このとき初めて観客にプレイヤーが感じる死の恐怖が伝わったのだ。
「こっ、これはひでぇ……」
「やっぱ、こんなゲーム……」
こんなゲームやめるべきだっ。
そう誰かが言い出しかねない空気が生まれていく。
「やっぱり、このゲームはっっ」
「ちょっと待って下さいっ!!!!!!」
まさに誰かが声を上げたとき、それを封じ込む声が湧いた。
マリー、皆が彼女の方を見た。
「みなさんっ、一体全体どうしたというのですかっ!?
これはゲーム、そしてプレイヤーたちはそれを全うし、
天に召されるという施しを受けたのですっ!
これのどこが今の空気を生み出す原因となりえましょうか?」
その場からどよめきが消える。
代わりに一種の沈黙が訪れる。
「おかしい……ぞっ!」
「そうだっ! 彼らの死を嘆くっ、これ自体が彼らへの冒瀆なんだっ!!」
「そうだっ! マリーちゃんの言う通りだっ」
会場全体が再びうおーーー、と熱気に包まれる。
更に熱い熱に。
もう既成概念に囚われていてはここにはいられない。
彼らはフィーバー状態になることで"尊い命"という概念をぶっ壊したのだ。
もう彼らを止めることは誰にもできないだろう。
「では次のゲームも盛り上がっていきまっしょーー!!」
「「「「「イェヤアアアアアアアアアアッッッ」」」」」
ゲームは次へと進む。




