18話 リリリリリー
デルタールが狂乱し、地団駄を踏んでいるとき、天人とアルトは一人の少女の叫びを聞いた。
「ねぇっ、おかしいよっ! こんな値段っ、
これじゃあ、パン一つしか買えないよっっ」
五か六歳くらいの貧相な身なりの少女が市場の物売りの男に泣きながら、パンの値段に文句を言っている。
「アルトっ、あの子の首……」
「あぁ、あの少女首輪みたいなもんつけさせられてる」
少女はその首に犬がつけるようなトゲトゲの首輪をつけさせられていた。
その首輪は少女の首の肉に食い込んでいる。
食い込みすぎて、今にも皮膚を貫きそうだ。
絶えず値段に対して訴えかける少女に市の男はごつんとその商品棚を叩いて、少女に大喝した。
「うるせえっ、値段を変える気は毛頭ねぇっ!
そもそもお前みたいにゴミ溜めに住んでる輩が他の奴らと同じ値段で物を買えるって思うことが怠慢なんだよっ!!
わかった、そんなに欲しいならくれてやるよっ!!」
そう怒鳴り散らすと、男はその重い商品棚を少女の方に勢いよく倒した。
「きゃあっっ」
少女は商品棚の下敷きになり、持っていた硬貨が飛び散った。
少女はいたいいたいよと言いながらも、必死にその飛び散った硬貨を集める。
「ハハッ、傑作だなっ! お前らみたいなゴミはそうやって落ちた物を拾うのが性に合ってんだよっ!!
ハハハッ!!」
それを見ていた周りの買い物客は少女をかばうどころか、ゴミを見るような目でそれを避けていた。
少女は鼻をすすりながらも、なお懸命にその硬貨を拾い続ける。
その様はまさに地獄だ。
「アルトっ!!」
「あぁ」
許せない! そう胸を高ぶらせながら、天人とアルトは一発くれてやろうと男の方に向かった。
まだ幼い子供……あまりにも酷い仕打ちだ。
「おい、行くぞ天人っ」
「うんっ」
「待てっ!!」
「「えっっ!?」」
その二人の前に一人の青年の背中が現れた。
その青年は今にも少女に殴りかかろうとする男の前に立ちはだかった。
「何っ! なんだお前っっ!! 引っ込んでろ!!
いてっ、何すんじゃっっ!!」
「いたっ、痛い。ごめんなさい、やっぱやり直し……。
痛い痛いっっ!!」
「「……あれっ?」」
天人とアルトはその光景にその場に棒立ち状態になった。
突然、現れた背が高い青年が商売人の男をぶった。
一瞬男は怯んだもののすぐに反撃を始め、青年は返り討ちにあい、そのまま馬乗りにされボコボコにされている。
「痛いっ、ちょっ、いきなり殴ったのは悪かったって。
だけどいくら何でも殴りすぎ……」
「うるさい、ボケーー!!」
「ギャーーーーーー!!」
青年は白目を剥き始めた。
殴られることに対するリアクションが薄れていく。
あまりにもダサい。
その不甲斐無さが天人とアルトの心をも揺らがせていく。
(何あの人……僕らの握り拳はどうすればいいの?)
(あいつ、めちゃくちゃカッコわりーな……)
天人とアルトは殴られ続ける青年を見るうちに各々の目から涙が溢れてるのに気がついた。
(あれ、なんで泣いてるの僕?
ひょっとして……同情?
駄目だ、余計にこの人が不憫になるじゃないかっ)
(うっわ、弱えって、罪なんだな……)
「痛いな……もう怒ったぞこのやろっ」
血だるまになった青年はゲハゲハ血を吐きながら立ち上がった。
(最悪の醜態だ……けれどもこの少女だけは……)
青年は血だらけのその姿に怯えている少女を抱き上げた。
「あっ、あのっ……」
「心配するな、もう怯えることはないさ……」
(いや、お前に怯えてるんだよ……)
アルトがやれやれとその場に座す。
(見せてもらおうじゃねーか、血だらけのお前がこれからどうやってこのおっさん倒すのか……)
青年は少女を抱えたままぎょろりと商人の男を睨みつける。
それを男も細い目で睨み返す。
その場にひと時の沈黙が流れた。
やっと茶番が終わったようだ。
アルトと天人も息を呑み、その成り行きを見守った。
「逃げるぞーー!!」
「「「へっ!?」」」
青年はその場から火の粉を散らして、逃げ出した。
逃げる青年の腰には何個もパンがまかれている。
「って、待てっ。このパンドロボーっっ!!」
慌てて男もそのあとを追う。
取り残された天人とアルトにはもう呆れるとか、憤るとかいう感情も起こらない。
「「なんだこれ……」」
その後、デルタールを起こした二人は財布を落としそうな間抜けそうな人を探し歩いた。
だけれども、その財布から出てくるのは、しけたはした金だけだった。
勿論、落とした人もしっけしけな奴だ。
「駄目だな、この調子じゃ、拉致があかネェ」
「私のお色気が聞く相手もパッタリといなくなっちゃったしね」
「あぁ、釣れたら全財産もぎ取れるんだけどな、いっそ強盗でもしようか……」
「ふひっ、それいい」
飢えた腹はアルトとデルタールのハートを喰らい尽くしていく。
不謹慎ながらも、アルトはハビリスの村人の気持ちがわかるような気がした。
「って、天人はどこだ?」
アルトはキョロキョロと周りを見回すが、そこに天人はいない。
初めての買い物だと子どものように(まだ年齢的に子どもだが)はしゃいでいた天人は気づけば、アルトとデルタールの視界から消えていた。
「ったく、あいつ迷子かよ、勘弁しろよな」
「まあ、いいじゃないアルトちゃん、そんな天人ちゃんのピュアなところが私好きよっ!」
(ゾクッ!!)
「おーい、アルトー!」
声がする方をアルトが振り返るとそこには馬車の荷台に乗せられ、笑顔で手を振る天人の姿があった。
「なあ、デルタール。
俺には天人が誘拐されてるように見えるんだが……」
「ふふっ、馬鹿ね。あの天人ちゃんを連れて行ってるのは
"リリリリリー"の…………
って、"リリリリリー"!!?」
デルタールはすぐさまその馬車を追いかけた。
しかし、その馬車はもうテントが立ち並ぶ町の彼方へと見えなくなってしまった。
追いかけてきたアルトがデルタールに問いただす。
「おいっ、どうしたんだよっ? 急に駆け出して……
天人を誘拐した奴らって、そんなにヤベー奴らなのか?」
取り乱すアルトの言葉をデルタールは否定した。
しかし、その顔はいつものように笑っていない。
「天人ちゃんは連れて行かれたのよ……この国のカジノ施設"リリリリリー"に」
「えっ、じゃあ天人は何かのゲームに参加させられるのかっ」
「ええ、天人ちゃんは連れていかれたのよ。リリースライズ教の教えのもと行われる大金のために命を懸けるゲーム、“デッドオアマニー"のプレイヤーとして……」
○
その頃、天人は馬車を降り、目の前の巨体なテントを見上げていた。
他のテントとは比べ物にならないならない大きさ、サーカス団みたいに派手な装飾、その敷地面積は恐らくハビリス村よりも大きい。
(ここが、リリリリリー。本当にここで大金が貰えるのかな……)
天人は馬車の男に誘導され、らんらんとスキップしながら、その巨大テントの中に入った。
その中には軽く千人は超えるであろうワイアラ王国の人々が集まっていた。
いずれも、かなりの富裕層だと見える。
(すっ、すごい……まるでパーティ会場みたいだ)
パーティに行ったことがない天人にもわかった。
ここはエンターテイメントの至りだと。
そこではブラックジャック、パーカー、ルーレット、ダイス……様々な賭け事が行われており、あちこちで歓喜又は悲壮な叫びが飛び交っている。
そして、そのテントの天井には巨大な垂れ幕が自身の存在をアピールしている。
"負けたならば、倍の額を支払えっ!! 絶望とともに
勝ったならば、倍の額を受け取れっ!! 狂喜とともに
大いに楽しめっ!! リリースライズ教の教えのもとに"
その垂れ幕には金色でこう書かれていた。
そう、ここはワイアラ王国最大規模のカジノ施設、
"リリリリリー"、
リリースライズ教の教えのもと、賭けに勝利した者はその勝利に対する施しとして、大金を受け取れる。
負けた者はその負けたことに対する施しとして金を請求される(これは施しとは言わないが)。
「まっ、まさかここで勝たないといけないのっ!」
天人に不安がよぎる。
今の天人ではそもそも金をかけることができない。
つまり、不戦敗だ。
「違う、違う。お前は別の事をするんだ、
賭け金無しで大金を手に入れられる最高のカジノをな」
「えっ、本当ですかっ!」
天人は飴玉を買ってもらった赤子のように目をキラキラさせながら、男に控え室と言われる部屋の前にまで連れて来られた。
そこで、受付の女性らしき人にペラペラの白紙とちゃっちいペンを渡された。
「ここに御氏名の記入をお願いいたします。
お名前を呼び上げる際に必要となりますので」
ぶっきらぼうに口紅のついた唇をくちゃくちゃ噛みながら、話す若い女性に天人は気を害しそうになった。
が、そんなことでこんな転がり込んできたビッグチャンスを無駄にするわけにはいかない。
(はいはい、宿目 天人っと)
天人は自分の名前を書いた紙を女性に手渡した。
だが、深い溜息とともにその紙は即返却された。
チッと女性が舌打ちする。
「お客様、ふざけておいでですか。
なんですか、この文字。
冷やかしに来たのであれば、スタッフにつまみ出してもらいますよ」
天人は不服そうにその紙を見た。
そして、またやってしまったと頭を抱えた。
(あぁ、しまった。宿目 天人って書いてある。
なんでこんな自分でもよくわからない字書いてしまうんだろう)
天人は紙にアマト ヤドリメと書き直し、女性に提出し直した。
ハァと女性はため息をつく。
さぞかしボケた少年にイラついたのだろう。もう口紅の残っていない唇を噛みながら、控え室の部屋を開いた。
天人は興奮する気持ちを抑えながら、その部屋に足を運んだ。
(やった!! ついに大金が手に入るチャンスがっ。
いやっ、絶対に手に入れるっ!!
見てろよ、アルト、デルタールさんっ。
指をくわえて、待ってろってあれ…………?)
有頂天になっている天人を迎え入れたのは物凄い負のオーラだった。
哀愁、緊張感、歪んだ闘争心……それぞれが凄まじいオーラを放つ十四人の男がその椅子さえもない控え室にいた。
年齢的には十から六十代くらいまで。
その異様な雰囲気以外に天人は不自然な点に気がついた。
(この人たち、みんな本当に金を持ってなさそうって言うか、こんな場にそぐわない人たちっていうか……)
そこにいる男たちは皆貧弱な体格とボロ切れのような服を着た者たちだった。
天人は自分が何かとんでもない間違いをしているのではないかという気になった。
(駄目だ、ここは普通じゃない、一刻も早く……)
天人はドアを叩き、出してくれと叫んだ。
けれども聞こえてくるのはさっきの女性と馬車で天人をここまで連れてきた男の会話だけだった。
「見せ物は揃ったか?」
「はい、これで十五人。三ゲーム分揃いました」
「ならいい。万が一、怖気づいて逃げ出すものがないようにお前は引き続きここを管理しておけ。
俺はゲームの準備が完了したとゴビーさんたちに知らせてくる」
「わっかりました〜」
天人の耳に女性が鞭のようなものをピシピシと鳴らす音が聞こえてくる。
おっかない。
天人はがちゃがちゃとドアノブを回したが、一向にそれは開く気配がない。
天人は消沈し、その場にうなだれた。
この部屋にまた一つ負のオーラが生まれた。
○
一方、その頃カジノ会場リリリリリーの舞台では、二人の男女がその壇上に上がっていた。
男の方は繊細なヒゲとビール腹とちっこい身長を併せ持つ可哀想なくらいずんぐりむっくりとしたおじさん、ゴビー。
女の方はゴビーとは正反対な引き締まったウエスト、すらりと長い身の丈、そしてあまりあまる胸部を持つ女性。
喜と悲が満ちる会場を照らす彼女は天使か悪魔か世界が生んだ美女マリーだ。
会場からわっと拍手が押し寄せる。
マリーは顔を赤く染めながらその拍手に手を振る。
ゴビーはこのこの〜と肘でマリーの胸をつつく。
ゴビーの顔もマリーによって赤く染まる。
ゴビーは鼻血を拭きながら、会場にいる皆に向かって腹の底から声を張り上げた。
「みんな〜、今日もリリリリリーに来てくれてありがとぅ〜〜〜!! 今日も盛り上がってるかい〜〜〜?」
ゴビーが会場からの反応を待つ。
「パチパチパチパチ……」
味気ない握手が彼に送られる。
「えっ、なんで拍手しかも申し訳ない程度の……」
途端に陰キャラスイッチの入ったゴビーを遮り、今度はマリーが声を張り上げた。
「皆さ〜ん、盛り上がってますかぁ〜!?
今からこのリリリリリーの醍醐味、
"デッドオアマニー"を始めるよ〜、
その名の通り、命がけでゴミムシたちが金の争奪戦をする
究極のショーだよっ。
みんなも見て行ってくださいね〜」
待ってましたとばかりにわあ〜と感性が上がる。
マリーは笑顔でその歓声に応え、へこたれているゴビーを蹴り上げた。
「ったく、早くしろってのイキリ陰キャッ!!
客どもが痺れ切らして待ってるんだよっっっ!!!」
半ば涙目となりながらもゴビーは立ち上がり、そのバトンを受け継いだ。
「っはい、皆さんこれからこのリリリリリーの醍醐味、"デッドオアマニー"をっ…………」
「はっ、聞いてたっ!?
そこまではもう言ってんだよ、愚図っ!」
ゴビーは今度こそ泣きながら、その言葉を繋げた。
「あっ、大変申し訳ございませんっ。
では早速第一のゲームに参りますので、観客の皆さん、移動をお願い致します」
会場の皆はスタッフに促され、会場の奥にある別ステージまで誘導された。
そこには周りを巨大な柵で覆われた空間の中に大きな柱が立っていた。
その柱の真ん中には巨大な巣のようなものがまとわりついている。
そこでゴビーは気をとりなおし、また元気はつらつと言わんばかりに大声を出した。
その手には精神安定剤が握りしめられている。
ゴビーは少しでもマリーに毒づかれれば、もうメンタルがもたない。
「皆さんっ、張り切っていきましょうっ!!
準備はいいですか〜〜〜?」
「「「「「ブ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」」」」
ゴビーのメンタルが完全崩壊した。
何やってんだよとマリーがその進行を引き継ぐ。
「では皆さん準備はいいですか〜〜!!?」
「「「「「うおおおおおおお〜〜〜〜!!!!」」」」」
会場からはちきれんばかりの熱狂した声が湧き上がる。
マリーは口の筋肉を全身全霊の力で押し広げ、笑顔を作り出した。
まるで天使みたく。
「それでは参りましょう、最初のゲームです」
柱のある柵の中に五人のみすぼらしい服装をした参加者が放り込まれた。
五人とも背中に巨大な何かを背負っている。
「それでは始めましょうっ、レッツ、リリリリリー!!」
第一のゲームが始まった。




