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17話 ワイアラ王国






(家が……燃えている……僕のすぐ前で……)


パラパラと天井から木屑がこぼれ落ち、燃える木の柱が崩れ落ちる。


「助けてっ、助けてったら!!」


燃える炎の中、一人の少女が泣き叫んでいる。

その顔には大きな火傷を負っている。

そこに一人の青年が現れ、少女を固く抱きしめた。


「大丈夫、兄ちゃんがきたぞっ、ほ〜ら」


その青年は少女の額に自分の額を重ね合わせた。


「大丈夫、大丈夫だ、これからも……俺が……)


「お兄ちゃん……ありがとう……」


炎が二人を包み込んでいく。

いつしか二人の声は途絶えていった。





「ハアッ、ハアッ……」


目を覚ました天人は自分がまた、夢を見ていたことに気がついた。

背中にはじわりとした汗が浮かび、両手には散々握りしめたのか、できたての豆が三粒ずつ含まれていた。


天人たちはグリジアルス王国を無事脱出したその晩、何もない草原の上で野宿することに決めたのだ。

周りでは、アルト、デルタール、二頭の馬が草の上に寝そべり、寝息をかいている。


(また夢……頭がじわっとする、もしかしてこれも昨日見たのと同じ、過去の記憶?)


考えても結論が出ない。

夢に出てきた二人は天人には全く面識の無い者たちであった。

出てきた少女も昨夜の子とは違う。


(もういいや……寝よ……)


思い詰めても、根も葉もない推測がどうどうと巡っていくだけ。

天人はまた寝ようとした。けれどもこんどは心臓が怯えるようにバクバクと鳴る音がそれを邪魔する。

ふと昨日体験した数々の出来事が天人の頭の中をよぎった。


(本当に色んなことがあったな……昨日は……)


何も知らないただ死ぬのを待つ愚かな子ども。

天人は以前の自分をそう称した。

自分はアルトに誘われなかったら本当に何も為さずに終わっていたかもしれない。


(何も知らなかった、国同士の戦争がどれだけ凄惨だということも、ハビリス村の人たちみたいに必死に巨大な力に抗おうとする人がいることも……、

これから僕は進む道はもっと過酷かもしれない……)


昨日の回想にふけり終えると、天人はクルリと隣でガーガーと寝ているアルトの顔を見て、小さい声でこうささやいた。


「それでも……僕は感謝してるんだ、君には」


(僕にチャンスを与えてくれたこと、五年間誰もが疎ましがって話しかけてこなかったこの僕に君が夢を語ってくれたことも。

僕は君にとって、ただ君の目的を達成するのに必要な一つの備品なんだろう。

君が必要とするのは、僕の中にある"百目"を操る力だから……。

それでも君といると僕は楽しいんだ……)


天人はデルタールの顔も覗き込んだ。

寝ている時の顔は還暦を迎えそうな、おっさんだ。

自分は二人じゃない、そう思うと、天人は今度は安心して目を閉じることができた。




天人たちが現在所有するダリュウズ・アイ


・フェニックス (両眼)

・ユニコーン (両眼)

・かまいたち (左眼)

・鬼 (左眼)

・フランケンシュタイン (左眼)

・天狗 (右眼)

これら計八個




天人たちがグリジアルス王国を飛び出してから数日……、

彼らはいまだ次の目的地へとたどり着けずにいた。


「アルト、もうだめだ。お腹が空いて……それに暑いし」


「何言ってんだ、最初の方に食糧をほとんど食い尽くしちまったのはお前だろうが。

ったく、お前の無鉄砲さにはつくづくあきれる」


「なっ、アルトだって後のこと考えずバクバク食ってたじゃないかっ」


「はあっ!? 何だとこのっ……」


「まあまあ、二人とも、一番疲れてるのはこのお馬さんたちよ」


熱を帯びてきた二人の言い争いを天人の後ろに乗っていたデルタールが鎮火する。


天人たちはあらかじめ積んでもらっていた食糧を出発して2日目に食い尽くしてしまっていた。

文字通り、背中と腹がくっつきそうな状態。

二頭の馬もいまや人が歩くのと変わらぬペースで進んでいる。


「デルタールさん、本当にこの方向で合ってるの?」


「えぇ、合ってるわ、周りを見れば確実に近づいてるのがわかる……私の故郷に…………」


天人たちはオーセニア大陸にある四つの国において、グリジアルス王国に西に進んで一番近い国ワイアラ王国に向かっていた。

そして、そこはデルタールの故郷でもあるのだ。


(できることなら、二度と戻りたくなかったわ。

でも、あのままあの国に留まれば、私だけでなく、この子たちも危ない……

あぁ、こうやってジレンマに駆られる私って本当にお人好しだわ〜)


天人たちが進み続けること数時間、さっきから馬の歩みを遅めている地面の砂が一段と厚さを増していた。

彼らはとうにオーセニア大陸の砂漠地帯に入り込んでいたのだ。


「わっ、なんだあれっ? 人が倒れてる!!」


天人が進み行く先の砂の中で倒れ込んでいる人の姿を発見した。


「何だこれ? 一応人のようだが……酷く痩せ細ってるな」


倒れていた人は既に死んでいる状態だった。


「この人も旅人で飢えて亡くなったのかな」


「いや、そうじゃないわ」


デルタールがその死体の服や装飾品を検証し、そう断言した。


(全く洗われてないんであろう、しわがれて汚れた服に、

劣悪な環境で生きていたことを示唆してるあばらが剥き出しなった体型。

なにより私は、この人の体に染み付いている、ゴミの衣を纏ったのかのような悪臭を何度もかつて何度も嗅いだことがあるじゃない……)


エリスは二人に馬に乗るように促した、目的地はもうすぐそこだと言って。

そしてまた数時間が経った。


「見えてきた。ここが私の故郷、ワイアラ王国よ、天人ちゃん」


「ここが……国?」


天人の目に飛び込んできたのは砂の大地の上に立つ円形のテントの数々であった。

2メートル級のものから、四か五メートルはある巨大なものまで、様々なサイズのテントが点々と並び立っている。

まるで、皆が野宿をしているようだ。


「もしかして、さっきの死んでいた人もここの人なのかな?」


「いえ、ここに立っているテント……いたに住んでいるのは比較的裕福な身分の人たちだわ。

さっき砂漠で死んでいた人は多分……スラム街に住んでいたのよ」


「スラム街?」


「えぇ、テントさえも張れない貧困民が住んでいる居住区がこの国にはあるの」


「ふ〜ん」


それにしてもグリジアルス王国と比べると、ルーズな国だねと、天人は言った。

グリジアルス王国のように壁が国全体を覆っているわけでもなく、住民の居住区がむき出しになっている。


「まあ、この四方一面砂しかないし、地平線の先まで見渡せるから正直壁とかそんなものあった方が地形の利点を殺すことになるだろ?」


天人の浅い論は軽く弾かれた。


「二人とも、とりあえず食糧を調達しましょう。

そして、こんな国とっとと、出て行きましょ」


「デルタールさん、何が嫌な思いででもあるのかな」


「……知らね。でもそういうのはあんまり詮索するもんじゃねーよ」


三人は馬を降り、そのまま馬を連れて、立ち並ぶテントの間を歩いた。

大きなテントの中からはロレツの回っていない酒焼けした声がゲラゲラと踊っている音と騒いでいるのかドタバタとした騒音が聞こえてくる。

天人たちはそこをくぐり抜け、市場に着いた。


そこはパイプテントが横にずらりと連なっていて、その屋根の下で、商売人らしき男たちが服などの生活必需品から、食べ物までを売っている。


「ここよ、ここで数日分の食糧を……」


「デルタールさん、僕らお金持ってないよ」


そう、三人の手持ちはすっからかんだ。

鼻紙一枚さえ買えやしない。


「ってゆーか、ユーランド王国とは全然ちげーな、ここの風俗は……」


アルトが辺りを歩く人の身なりを目を丸くして見る。

彼らは大きな布を一枚巻いただけみたいな、民族的な服装をしていた。


「そうだわ、いいことを思いついたわ」


「「いいこと?」」


天人とアルトが口を揃えて尋ねる。


「ふふっ、あの二人を見てみなさい〜」


デルタールが指差した先では一人の若い男が前を歩くタプタプのお腹を抱えている裕福そうなデブのおじさんにぴたりとくっついて歩いている。

すると、前のデブが着ている服の中からぽろっと大きな何かを落とした。


(いただきっっ)


後ろの男はパッとそれを拾い、ニヤつき始めた。


「あっ、ドロボッ…!」


その一連の流れに介入しようとした天人をデルタールが天人の口を押さえて、中絶した。


「ウッグググ……」


「馬鹿っ、ちゃんと最後まで見ときなさい、こっからが要旨よ、ふふふ」


拾った男は前のデブにちょいちょいと話しかけた。

デブはけだるそうに後ろを振り向き、ウゲェッと男が拾ったそれを見て、顔の色を失った。


「ふふ、財布拾いましたよ〜」


怪訝そうに財布を受け取ったデブはその中身を改めた。

そして、バシリとその男の手に持っていた何枚かの紙幣を渡した。


「財布の中にはいってたのは一万ゴルベリ札五枚……

くっ、くぅ、ほら一万ゴルベリ札十枚だっっ!!

持ってけ、泥棒っ」


デブの男はその腹をいまいましそうにねじりながら、不機嫌そうに、金を手に入れた男は胸を躍らせながら、足早に去っていった。


ちなみにゴルベリとはこの世界の金の単位で、パン一つが百ゴルベリ、二千万ゴルベリあれば立派な木造建築の家、

三億ゴルベリあろうものなら一生遊び放題というのが相場である。


「どういうことだよ、今の茶番っ? あいつ拾った金の倍の額もらっていったぞ!?」


「ふふっ、当然の疑問ね、アルトちゃん。

これはあれはこの国でしか通じないやり口よ」


デルタールは二人に"リリースライズ教"について講釈を始めた。


"リリースライズ教"……それはワイアラ王国の人々に半ば強要されていると言ってもいい国教だ。

その教えはただ一つ、

"人に施しを受ければ、それ以上の施しを返せ"

ただこれだけだ。


「でも、これがあまりに過剰なのよ。さっきの太った男もこんな人が集まる市場じゃなければ、あんな二倍の額返さないかもしれないわ。

馬一頭を拾ったから馬二頭をよこせとか……またそれを断ったから、国の兵に牢にぶち込まれた人もいるのよ……」


「何だよ、それ……もはや宗教の教えの域超えてるだろ」


「でもさ、アルト。この教えを利用すれば……」


「そうよ、天人ちゃん勘がいいわね。

でも財布を落としたり、馬を拾ったりとかは滅多にあるものじゃない。

だ、か、ら、私に任せなさい〜」


デルタールはそう言うと、体をシャクトリムシみたく、クネクネ動かし、歩いているこれまた金回りの良さそうなデブ男にぶつかっていった。


「お前、何晒しとんじゃごっ!!」


「あっら〜〜、ごめんなさ〜〜〜い。あなたがあまりに男前だったからつい、体が惹かれちゃった〜」


デルタールは男のブヨブヨとした頰に手を回した。

男は黙ってデルタールの顔を直視している。

まるで、妖精に魔法をかけられた子豚のように。


「はっ、はの、こっ、こっ、こっ、こちらこそ、ずびばぜん」


男は顔鼻耳からブシャ〜と出汁を噴き出し、デルタールを抱き寄せた。


「あいつ、目イってしまってるぞ」


アルトが引き顔で、その光景を見つめている隣で天人はゲェゲェと、空の胃袋から何がを吐き出していた。

あの時の恐ろしい唇の感触が記憶が天人の中で蘇る。


「あっ、あの、えっと……」


「ふふふ、可愛いわ……ねぇ」


デルタールがその男の頰を優しく撫でる。


「ブ〜って言ってみて。子豚さんみたいに……」


「ブッ、ブ〜〜〜」


男が唇を突き出し、羞恥心など皆無など顧みずそう口ずさんだ。

周りを行き交う人が死んだ目でそれを見ている。

悪魔に取り憑かれた人間……彼らの目には男がこう写っていた。


「うボゲェ〜〜!!」


今度はアルトが二人の卑猥なやりとりを見て、胃液を吹き出した。

そして、アルトの足下で、先程から口の中で何十匹もの芋虫がうねるような不快さに、もだえてた天人の頭に胃酸の雨が降りかかった。


「ひっ、ひぎゃあああ!!」


天人は声とも言えないくらい、どこから音を出してるのかわからない奇声を上げた。

天人の顔の上で、ジュワ〜とした音が広がる。

本来、弱り目に祟り目といったその状況が、峠を越えてかえって天人に正常な思考を取り戻させた。


(ぼ、僕は誰……?

僕は宿目 天人……

僕は何者?

僕は旅人、父親探しに出た……

ここはどこ?

ここはワイアラ王国……

隣で死にそうなのは誰?

アルト・ユーランド、僕のと……)


「違う、違う、俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない……」


はっと気がついた天人にアルトの生気を感じさせない声が聞こえてくる。


「アルトっ、 しっかりしろっ!!

アルトっ、戻ってこいっ!!」


天人はエクソシストさながらにアルトの背中をたたき回した。

それでも、まだ呪文を唱えるみたく、ブツブツ言っているアルトの顔に天人は蹴りを入れた。

反転したアルトの体が、天人がさっき口から漏らした嘔吐物の水たまりにはまる。

アルトは自分の頭を撫でながら、ゆっくりと立ち上がった。


「はっ、俺は……」


アルトにも自制心が戻った。


(アルト、もしかして君は……)


天人はデルタールに豚のように調教される男とそれに酷く動揺していたアルトの様子から、ハビリス村のエレクトスの家でアルトに起きた全てを察した。


でも、それをアルトに伝えてはいけない。

もしかしたら、アルトは自分の記憶を抹消することに成功した唯一の人間かもしれないのだから。

その一方で、デルタールは相手の男に最後の一撃をたたみかけようとしていた。


「おじさ〜ん、そんなに私の体を触って、ただで済むと思ってるの? これはもう、ゆ、う、ざ、い」


「ふっふっ〜、どうぞどんな施しでもして返します」


「ありがとっ。じゃあ、これもらうわね」


デルタールは男の懐に手を回し、財布を抜き取った。

そして、男の耳元にフッと息を吹きかけると、男はその場に膝をつき、こうべを垂れた。

デルタールはその男には目もくれず、鼻唄を歌いながら、ルンルンと天人たらの元に戻ってきた。


「フッ、ちょろいわ。あの男は昔のお客様、カマフェチなの」


「えっ、お客様!?」


「あっ、なんでもないわ」


天人とアルトはデルタールに畏敬の眼差しを向けた。


((このオカマ、女よりもヤバイ……))


デルタールはそんな二人の眼差しをよそに財布の中を改めていた。

まるで、売春した若い女性みたいに。

天人とアルトはオカマの闇よりも深い恐ろしさを知った。


「って、千ゴルベリ札一枚だけじゃねーか!!

ふざけやがって、あの金持ちもどきがっっっ!!!」


唐突に男になったデルタールが般若が怒る形相で紙幣を握りつぶした。

その手から、もう使い物にならないくらい細かくされたゴルベリ札がパラパラと舞い落ちる。


((こっわ、この人、この国に置いていこっ))


今日はいつになく二人の気があう。




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