16話 ユーランド王国
現在ユーランド王国が有するダリュウズ・アイ
・大ガマ (両眼)
・鬼 (左眼)
・天狗 (左眼)
・フランケンシュタイン (右眼)
これら計五個
「なっ、なんだっ!? この失態はっ!!
過去最悪の結果ではないかっ!!
四個だぞっ!? 四個もダリュウズ・アイを奪われたのだぞっ」
ウェストルス湾岸戦争の翌日、ユーランド王国でも同様に行われた戦後会議でカルロ王は怒号を放っていた。
「だから、言っただろう? 叔父さん。
今回の出撃には反対だって……」
「黙れ黙れっ!! 奪われたダリュウズ・アイの内の
三つはお前の弟が持って行ったんだろうっ、カルトっ!!
ガノンっ、お前も何か言ってやれっ!!」
カルロ王は軍の隊長として会議に出席していたガノンに
同意を促した。
だが、ガノンは泰然とした態度をもって、それを拒否した。
「王、おらはカルトさんが言ってることの方が正しいと思うだ。
今回の戦争はまだ現在統術師としてそれを扱う者が見つかっていないダリュウズ・アイがいくつもある状態での戦争だっただ。
国民の命を背負った上で仕掛ける戦ならば、それ相応の準備を取り行って臨むのが道理……王、あんたはその道理に背いただ」
「おっ、ガッ、ガノンっ、口を慎めっ、お前も免職されたいのかっっ!!」
普段なら絶対に王の政治に対して、不平を述べることのないガノンがカルロ王に噛み付いた。
カルロ王は動転して、議場を見渡した。
王を弁護しようというものは誰一人もいない。
「くっ、もういいっ! この会議は終わりだっ!!
胸くそが悪いっ!!」
「ああ、終わりだ。
叔父さん、あんたは終わった……」
「なんだとっ!!」
突然、不可解なことを言い出すカルトにカルロは席を立って、掴みかかろうとした。
だが、逆にカルトはその腕を取り、背中へと縛り上げた。
「ぐっ、痛っ、痛い、痛いっ!
はっ、離せカルトっ!!」
カルトはパッとその手を離した。
カルロは痺れる腕を伸ばしながら、唾を飛び散らかした。
「カルトっ、 貴様、甥だからといって調子に乗って!
言っておくが、お前なんぞ……」
「あぁ、親族とも思っていないんだろう、自らが殺した兄の子供だもんな……」
議場全体がざわめき出す。
カルロは必死に疑念を抱き出す彼らに向かってかぶりを振った。
「ちっ、ちがっ、違うっ! おっ、お前……何で?」
「何もかもズボラなんだよっっ、カルロっっっ!!」
そう言い放ち、カルトはカルロに今朝の新聞を投げつけた。
"カルロ王、破れかぶれの出兵命令、犠牲者多数
ダリュウズ・アイの大量焼失、
王権、カルト王子に交代かっ!?"
「なっ、何だこれは……」
「そのまんまだ、あんたの時代は終わった。
これからは俺がこの国を治め、守っていく。
目先のことばかり考える短絡的な政策でなく、これから先の未来を見据えた政策でなっ。
おい、このゴミをつまみ出せ」
「待っ待て、カルト、おっ、お前実の叔父を陥れるつもりかぁっ」
「……あんたは実の父親を殺したじゃないか」
カルロは兵士たちに引きずられて、議場から連れ出されて行った。
そして、カルトが配偶者も子供もいない、カルロに代わって、正式に新たな王となることが決まった。
ーーーーー
会議後、カルトは王城内の医療室に赴いた。
「母さん、父さんの仇をとったよ……」
その部屋のベッドで窓から静かに外の景色を眺めるカルロの母ウランはそのカルロの報告を聞き、肩を震わせて、怯え出した。
「なっ、何を言ってるのっ。まっ、まさか殺したの……!?」
「いやっ、そうじゃない、けれどもっ」
「やめてっ、もう嫌っっっ!! 殺人鬼の家族を持つのは……!!」
「母さん……」
父ハオラバが国の裏切り者という濡れ衣を着せられ、その国民の怒りの矛先はその家族へと向いた。
毎日のように彼らを罵る手紙が送りつけられ、城の周りにカルロたちハオラバの家族の公開処刑を望むデモが起こったこともあった。
そんな環境の中、成長したカルロは国の軍の3番隊隊長として、次々と功績を築き、国民たちの信頼を取り戻していった。
だが、彼らに壊された母ウランの聖母のように優しき心は二度と元には戻らなかった。
「母さんっ、母さんっ、俺は……」
「嫌っ、出て行ってっっ、人殺しっ!!」
どんなに語りかけようとしてもウランは聞く耳持たない。
諦めたカルトは病室を涙を拭いながら、退出した。
(母さん、いつか必ず治してあげるよ、だったら……
俺は人殺しにでも何でもなるから……)
○
「ガノン隊長っ、流石ですっ。僕感動しちゃいましたっ」
会議後、ガノンがカルロに向かって言った言葉に感動したという一人の兵士が、ガノンにその旨を伝えた。
「あぁ、そうかぁ。だけんども、おらは別にあんたが言ってくれるようなことや賞賛を望んでたわけではねぇ。
……では失礼するだ。
これから友人の墓に今回の戦争のことを報告しに行かなきゃなんねぇ」
ガノンはその後も、次々と現れる兵士たちのガノンへの称賛をさらりと受け流しながら、ダンボートが眠る城外の墓地へと向かった。
しかし、城を出る前にトイレに行こうと思ったガノンは
そのとき、聞き捨てならない言葉を耳にした。
「ねぇ〜、聞いたぁ?
エリス隊長……あっ、もう今は免職されて、隊長でもなんでもないんだけど、もうユーランド軍から追放されたらしいよ〜」
「ほんっと、いい気味だわ〜〜、いつもいつもさ自分の出世振りを話しふらして、まさに歩くメガホン!!
三十越えのババアのくせして、カルロ王の正妻の座も狙ってたのよ、きっと。
まぁ、今なら結婚できるかもね。
だって失脚したオジンとババアだもん、お似合いだわ〜」
二人の女性統術師候補生がエリスを罵り、笑いあっていた。
ガノンはそれを聞き、ドスリと二人の前に立った。
二人はぶるりと唇を震わせて、顔を固まらせた。
「「あっ、あっ、ガノン隊長っ。御無沙汰しております。
あのっ、今回の会議での発言お聞きしました、
とっ、とても素敵……」」
「お嬢さん、とってつけたようなお世辞は逆に相手の逆鱗に触れるだぁっ」
「「ひっ、すっ、すいませんっ、失礼しますっ」」
二人の女性は尻尾を巻いて、その場から逃げ出した。
(あの二人は恐らく、エリスさんの同期…………
嫌味の一つも無理はねぇか、もう十年以上、統術師候補生として、訓練所にいるだかがら)
ガノンは便器の前に立った。
さっきの胸くその悪い一件のせいか、なかなか出るものが出ない。
ダリュウズ・アイを奪われた……しかも二つも……
これがエリス失脚の誘因となった。
そのほかに公徳心の欠如した複数の男性との関わりがあったことなども挙げられたが、なにしろそういう噂の絶えない女だったので、その件についてはうやむやにされた。
(エリスさんとは、腐っても二年の付き合い、おらが弁護すんべきだったかなあ)
ガノンはズボンのファスナーを閉め、手を洗いに向かった。
その瞬間、ガノンの耳に鉄同士が擦れるような不協和音が響いた。
(なっ、なんだあっ? この音は……!)
ガノンはその音がする大便用の個室に向かった。
鍵が閉められた個室の中からギギギギギギと頭の中が痒くなるくらい不快な音がする。
しかも、その個室のドアの下からは、大量の水が流れ出している。
ガノンはドンドンと、その個室のドアを叩いた。
「誰だあっ!!? こんな音を出して……耳が痛いかんら、やめてくだせぇっ!!」
そう言うと、その奇怪な音はピタリ止まった。
そして、間髪入れることなく、バタンとそのドアが開き、ガノンの豚鼻を叩きつけた。
「いっ、いってぇだあっ、
一体あんたはぁ!」
その人物の正体を見て、ガノンは絶句した。
豚鼻が剥がれ落ちる。
「お久しぶりでございますね、ガノンさん…………
ふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふ……」
ガノンは尻もちをつき、後ずさった。
エリス……その人物の正体はたしかにエリスだった。
「エッ、エリスさん。あんたどうしたんだあ?
昨日までのあんたとはまるで違う」
「ふふっ、城の清掃という仕事を仕ったんです。
ふふっ、見てこの清掃服、可愛いでしょう?」
エリスが持っていたモップをバケツに入れ、かき混ぜる。
その姿はかつて、全女性が求める"美"の象徴とさえ、言われた誉れ高き女戦士の原型を一切とどめていない。
もはやエリスの容貌は世間の目を気にせず、町に出るすっぴんのおばさんだった。
(ギギギギ言ってたのは、このモップと便器が削れる音だったんだな……)
ガノンはモップの金具部分と全体の右半分が消しクズと化した便座付き便器を見て、そう推測した。
異常だ……エリスは完全に壊れてしまった。
「ふふっ、ガノンさん〜、あなた少し、小汚いわね〜、
お掃除してあげるっ」
エリスがモップをクルクルと回し、ガノンに歩み寄ってくる。
(まっ、まずいだぁ。エリスさんは正気でない、ならば……)
「あらあ!!」
「キャアアッッ!!?」
ガノンはひゅるりとそのでかい体を動かし、アリスの顎を足で蹴上げた。
エリスが宙に飛び上がる。
(にっ、逃げるしかないだぁ!!)
もはや、途中からエリスのことを怨霊のように感じていたガノンは一目散にトイレから逃げ出した。
「まっ、待て待て待て待て待て待て待て待て……私の顔を……私の顔を……
ガ〜ノ〜ン〜、待ちやがれ〜」
エリスはモップを持ち、立ち上がろうとした。
しかしながら、壊れた便器から流れ出したおびただしい水がそれを許さなかった。
エリスは滑って、顎をバケツの淵に強打した。
そしてその日、そのトイレを使うことを誰もが避けたという。
ーーーーー
もう日が沈もうとしている頃、なんとか、命の危機を免れたガノンは町のはずれにあるダンボートの墓地にたどり着いた。
「ダンボートっ、遅くなって悪かっただぁ。
これは土産だ」
ガノンは墓石の頭から、持ってきた五キロの樽の中の酒を浴びせた。
墓石が酒と同じ、深緋に濁っていく。
「ダンボート、最近はおらもちゃんと元気にやってるだあ。
豚様方への食事はこれから新しい王がこれまでよりもちゃんと配慮してくれるようになっただ。
その王と言うのが……」
「そう、俺だ」
ガノンは後ろを振り向いた。
そこには色とりどりの花束を抱えたカルトが立っていた。
「カルトさん……いや、カルト王……」
「いやっ、カルトでいい」
カルトはダンボートの墓にその花束を供えた。
「俺は前の馬鹿みたいに権力で部下や国民を威圧するようなことはしない。
勿論、洗脳もな……」
カルトとガノンは墓の周りをゆっくりと歩いた。
「なあ、ガノン」
「ん、なんですかい」
「グリジアルスへの出兵を今後一切辞めると言ったら怒るか?」
ガノンは歩みを止めた。
「王ならば、そんなことを聞かんでくだせぇ。
一個人の感情でそんなことは……」
「わかっている。だが、さっきも言った通り、俺は前の王とは違う。
お前がどうしても倒したい相手がグリジアルスにいることは分かってるんだ、ガノン」
そう、ガノンは亡きダンボートと彼の死に際に必ず"だいだら"を倒すと約束した。
それがガノンが起こした失態への罪滅ぼしになると……。
「たしかにあるだぁ。おらには、しかし……」
ガノンはカルトに眼差しを向けた。
それは決して、王としてカルトを敬う目ではなく、今まで幾度となく戦ってきた戦友に向ける目だった。
「おらは、グリジアルスへの出兵ガノンどれほどこの国に負担をかけてきたのか知っている」
「そうか……じゃあ、決まりだな」
この国は変わる、カルトはそう確信した。
「「「わあっ、カルト隊長だ〜〜」」」
まだカルトが王になったことを知らない子供たちがカルトを見つけ、走ってきた。
「こらこら、墓の中で走っちゃいけないぞ」
カルトは子供たちを抱き上げ、海に近い空を見上げた。
(アルト、お前が恨んでいたカルロはもういないぞ……)
カルトの脳裏にアルトの顔がよぎる。
(だがそれでも、お前は父さんを殺したという"鵺"の統術師を追うのだろう……)
「どうしたの、カルト隊長?」
カルトの影がかかった顔を見て、男の子が不思議そうに訪ねた。
しかし、カルトの目はただ空を見上げていた。
(お前がそれで死んでも俺は一向に構わない。
いや、きっと死ぬだろう。
なぜなら……)
カルトが男の子を降ろす。
子供たちはカルトが何度話しかけても、反応しないのを見て、ガノンの方へと飛んで行った。
カルトは空を見上げいる。
もう、太陽が地平線の先に沈んでいる。
「なぜなら、綺麗に終わる物語があれば……それはただの物語だ……」
カルトは子供たちに手を振ると、そのままガノンをその場に置き、王城へと歩き出した。
偶然、又は必然か、日を同じくして、
長年対立を続けてきたユーランド王国とグリジアルス王国に新しい王権が誕生した。
これらが今後どのように作用し、世界を動かすのか、
それを知る者は、誰もいない。




