15話 グリジアルス王国
現在グリジアルス王国が有するダリュウズ・アイ
・"だいだら" (両眼)
・"マンティコア" (両眼)
・"雪女" (両眼)
・"人魚" (両眼)
・"人狼" (両眼)
これら計十個
ウェストルス湾岸戦争からあくる日、グリジアルス王国
の王城……グリジアルス城では戦後処理と、昨夜無惨な死を遂げたメタリンボスの王位を引き継ぐ者は誰にするのかという、議題をもとに会議が行われた。
「昨夜のユーランド王国との戦い……これは犠牲を最小限に抑え尚且つ、一つとは言えど、敵国のダリュウズ・アイ、"雪女"を奪取することに成功した我が国の勝利といえよう……。
まずは、その点において、グリジアルス軍を讃えたいと思う」
この会議に軍部からはグリジアルス軍最高司令官であり、
"だいだら"の使い手、ドルガ・ゴルドルを含み統術師たちと
月眼を持たない一般兵たちを束ねる、隊長たちが出席していた。
亡きメタリンボス王の側近であり、今回の会議の議長を務めるナポンに続いて、会議に出席した特権階級の貴族、また内相を始めとした国家機関の最高責任者達が彼らに拍手を送る。
「ところで、ユーランド軍の軍艦の進行をいち早く察知し、それを迎え討つことに貢献した"人魚"の統術師、
カナン・リルルリと今後"雪女"の両眼を受け持つこととなる
リノン・アマンドの姿が見えないのだが……」
キョロキョロと席を見渡すナポンにドルガは嘆息して、申し伝えた。
「カナンはまだ寝ている、育ち盛りだからな……
あとリノンだが……この会議室が若干カビ臭く……
とてもじゃないがいられないという理由で欠席した」
「はぁ〜、カナンはともかくとし、私はこの会議室がカビ臭いとはおもえないがなぁ……」
そう言い、がくりと頭を下げるナポンの両隣の席の者が、そそくさと間の距離を置いた。
ナポンが座っている、茶色い木で作られたはずの椅子の脚が霜さながらに真っ白く染まっている。
「あと、こちらはまたカナンからだが、今回戦争に助力したサメたちへの恩賞をお願いしたいすると……」
「またかっ、それは絶対事項なのかっっ?
日々のサメの餌にこの国の予算がどれほど削られてると思ってるんだっ!」
「しかし、本人がそう言って聞かないんだ、大目に見ろよ……」
「くっ……わかった。近いうちにそちらは何とかしよう……あとは今回の戦争で亡くなった兵士たちの遺族への
弔慰金の配当、これも数日内に済ませておこう……
そして……」
ナポンは腕を組みなおした。
周りの者たちも襟を正す。
ナポンは話を次に進めた。
「ここからが本題……メタリンボス王が亡くなったこの国の今後の体制をどうするのか……」
「あの……次期王位はウメボス王子に決定なのでしょうか?」
「あぁ、王の一人息子……致し方あるまい」
その名前が挙がった途端、部屋に息ができないくらい不穏な空気が立ち込めた。
ウメボス王子、彼の評判は最悪だった。
父メタリンボスが体重百五十キログラムというスリムな体格を維持しているのに対し、このウメボスの体重は300キログラムをゆうに超えていた。
毎日、自室のベッドの中に引きこもり、侍従に持って来させる皿いっぱいの、脂ののった鶏の唐揚げとしか口を交わさない、そんな男だった。
そんな男が王としての政治に興味を持つわけがない。
「つまり、実質的な王に代わる最高権力者を決めなければならない……」
ナポンは一同を見渡す、挙手する者がないか……。
我こそはっ、この人こそがっ、と名乗り出る者がいないか待った。
誰も手を挙げない、当然のことだ。
特権階級の貴族といっても所詮、高貴な一族の血やコネクションを利用し、遊蕩三昧な日々を送っているだけ、
国家機関の最高責任者たちと言っても所詮、
権力を牛耳っていたメタリンボス王に従っていただけ。
彼らの政治的知識はバカ息子ウメボスと大差ない。
「誰も意見がないのなら、こちらから推薦したい者がいるのだが……」
ナポンはドルガを指差した。
皆の注目が彼に集まる。
「ドルガ・ゴルドル……彼を推薦する。
彼は"だいだら"を操る国の英雄であり、名声もある」
「しっ、しかしっ、彼は軍の人間……」
「だからこそだっ、彼は国のために命をかけている……
それを視覚的根拠を持って国民に示しているではないか。
机の上でできもしない、役にも立たない机上の空論を語るあなたたちとは違って……」
「確か……にそうだが……」
「なんなら、国民投票でもやってみようか?
ドルガと皆さんの名前を並べて……」
軍の人間以外の皆がナポンの言葉にそのまま下を向いた。
それを見て、ナポンはドルガの横に座るナルスに目配せした。
しかしそこでナルスが目の前の長机を蹴り上げる。
下を向いていた者がびくりとし、ナルスの方を向いた。
「俺は……私は昨夜、壁の外に一人で向かった王を追って、亡きダリス殿とともに壁の外に出ました。
そこにいたのは反乱を起こした村人たちに土下座をし、涙ながらに和解を求める王の姿でした」
ナルスはそこまで言うと、手元から国産の目薬を取り出し、その目にぶちまけた。
透明な液体がナルスの頰を滴り落ちる。
「王の王らしからぬ姿、しかし、一人の人間が誠意を込め、頭を下げる姿を私は見ました。
皆さんはこの王の純粋なる思いが報われたと思いますか?」
報われなかった、王は死んだのだから。
皆がそういう表情を浮かべたのを見て、ナルスは続けた。
「私はそのまま殺された王の死に様を見て、確信しました。
どんな聖人でも、誰かの反感をかうことは免れて得ない。
……とどのつまり、物理的な力を持たぬ聖人はただの聖人……。
力と名声を持って、国を治める王にはなれないのです!!
そして、私はその王の器を持つのはドルガ・ゴルドル……
彼を持って、他にいないとここに断言いたしますっ!!」
ナルスは息を弾ませたまま席に着いた。
すると、議場のあちらこちらからズルズルとすすり泣く音が聞こえてきた。
ナルスのスピーチを聞いた者たちがその内容に感極まり、
何度も鼻水をすすっては、口からそれをだし、えずいていた。
(ふんっ、馬鹿どもが……所詮立派な肩書きだけを持った豚どもの集まり……うわべだけ、綺麗に装飾してやれば、
簡単に心を操られる……)
ナポンは泣き声が収まる様子がないのを見て、その会議を終わらせた。
無論、ドルガがこの国の実質的権力を持つことに全員一致で。
ーーーーー
「上手くいったな」
「あぁ、それもこれも立派なスピーチを披露してくれたお前のおかげだ、ナルスっ」
「ははっ、そんなことないですよ。
逆に演技に熱が入りすぎて、寧ろ怪しまれなかったか、心配に塗りましたがね……」
会議後、とある部屋でナルス、ドルガ、ナポンの三人が密会していた。
「王は実際に村人の説得に向かったんですよ。
ただし、俺とダリスさんの二人を連れてね」
メタリンボス王……彼は国民からの信望を得ようと、税を多く取り立てることもなく、頻繁に国民に向けた演説活動をしていた。
だが、国民が壁の外に出ることは許さなかった。
何しろ、外には壁内の良政に対するツケが全て押しつけられた村人たちが入るのだから。
「だから、ハビリス村の屑どもがいるところまで、付いて行って、そこで王を殺したんです。
濡れ衣作戦は成功しました。
王は自分が築き上げたものによって足元をすくわれたんですよ」
メタリンボス王が村人を説得しようとし、殺された。
この事実を疑う者はいないだろう。
「ただ唯一の失敗は"ユニコーン"のダリュウズ・アイが
奪われたということだな……手詰めが甘いぞ」
そう言ったナポンをドルガが殺気がこもった目でガッと睨みつけた。
ナポンは慌てて、弁解する。
「すっ、すまない。不服はない。
アルもこうやって出世できるんだからなっ、なっ?
じゃあ、しっ、失礼するよっ」
ナポンは逃げるようにその部屋から立ち去った。
ドルガとナルスだけが残った部屋でドルガはナルスの肩を摑んで言った。
「取り返せよ……命に代えても……」
「はい、分かってます。命をかけて……」
○
「あらんっ、あんたも出なかったんだ〜、今日の会議」
昨日、戦場となった浜辺で一人たそがれているカナンに
原型がわからないくらいの厚化粧をしたリノンが声をかけた。
「うんっ、今からお友達を呼ぶんだ〜」
「……ケッ……」
純情な女を装っているリノンと違い、素から純真無垢なカナンにリノンは疎ましい感情を抱いていた。
「みんな〜来て〜あそぼ〜〜」
カナンが手をパンパンと叩く。
けれども、海からはいくら待てど、何の反応も返ってこない。
「ははっ、全然お友だち来ないね〜。
もしかして嫌われちゃったんじゃな〜い?」
リノンがカナンを煽り立てる。
「あははっ、これつかうの忘れてた〜〜」
カナンは両目に"人魚"のダリュウズ・アイをかざしながら、海へと飛び込んでいった。
宙に舞いながら、カナンの両足が魚の尾へと変化する。
カナンが着水する直前、海から何体ものサメが飛び上がり、カナンの体を受け止めた。
「きゃ〜、気持ちいい〜」
カナンを取り巻くお友だちはサメだけではない。
ウェストルス湾岸からその沖にかけてなら、
クジラ、クラゲ、タコ、何百メートルも深海にいる生き物まで、ありとあらゆる生き物を呼び出せる。
ただ、あまりにもお友だちが多いせいで、彼らの食事代はグリジアルス王国の国家予算の十%を独占していた。
「ね〜、リノンさんもおいでっ、て……ブッッッ
あははははっ、今日もすごい化粧だねっ」
リノンははっと自分の顔を覆った。
リノンはまた舌打ちをし、王国へと歩き出した。
カナンに悪意がないのがリノンにとって、余計に腹が立つ。
「何よっ、ただ若いだけで……はしゃいで……
あと十年もすれば分かるわっ、貴方は化粧水が手放せなくなるっっ!!
知らないって、ほんっとうに幸せだわ!!
私たちの年齢になればすっぴんでは決して……」
"そうよ、出られないわ。
貴方のその醜い蛙のような素顔じゃね……"
「だっ、誰!?」
リノンは肩を抱きしめ、その場で縮こまった。
(聞こえる……昨日からずっと……あの女の声が……)
リノンは手元から"雪女"のダリュウズ・アイを取り出した。
昨日、エリスから奪った片眼……それを見た時、
リノンには怨めしい声で彼女の悪態をつくエリスの顔が
いやでもちらつく。
"貴方はもう二十九歳……あのカナンという子は十八歳……
まだ張り合えると思っているなんて、なんておこがましいの!?"
(うるさいうるさいうるさいうるさい……)
リノンは両耳をバシンと押さえつけ、その場から離れた。
(なんなのよっ、もうっ。生き霊? 幽霊?)
「キャッッ!!」
リノンは浜辺の石に蹴ずまづき、転倒した。
「イタタタ、大変、どこかにアザでもできたら……!?」
リノン体全体から血が潮のように引いていく。
間違いない、そこは昨日リノンがエリスに化粧剥がしという制裁を与えたところだった。
昨日聞いたエリスの悲鳴が頭の中で蘇る。
"剥がすな剥がすな剥がすな剥がすな剥がすな剥がすな!"
「いっ、いや〜!」
リノンは転んだ時に淫らになったアイシャドウ、口紅、
つけまつげなど、一切気に入らないほど全力疾走で
浜辺から走り去っていった。
「リノンさ〜ん。あれもう帰っちゃったの?」
カナンはその若々しい、艶めかしいほっぺをぷっくりと膨らませた。
そして日が暮れるまで海のお友だちと悠々と泳ぎ遊んでいた。
飽きることなく、日焼けを気にすることなく……。
ーーーーー
次の日、全国民にウメボスが王に即位することが決定したこととメタリンボス王の死が公示された。
王の壮絶な最期を知り、各地で王を讃える運動が起こった。
「概ね、予定通りだな」
「あぁ、この国は俺だけなものになる」
ドルガたちは国民たちの反応に心弛びを覚えていた。
「ところで、ハビリス村に残っている女子どもたちの処遇はどうするんだ?」
ナポンはドルガに少しやんごとないと言ったで聞いた。
ドルガは口角を上げ、ナポンの背中に手を回した。
「ああ、もちろんメタリンボス王暗殺の計画を知っていたんだ。死罪は確定。
人の子は人、猫の子は猫、犬の子は犬、反乱の芽は全て摘み取らなくてはな……」
(あんたも大した悪党だよ……)
ナポンはガノンに、ハビリス村に兵を派遣する手続きを承った。
それはかつてメタリンボス王のデク人形となっていた姿と大差ない。
(ハビリス村、やっと国の汚点を拭うことができる……)
ガノンは城の上から、下を行き交う人々を見下ろした。
そこから見る人の姿など小さな豆粒に等しい。
(これから、変えていかないとなあ、この国を……)
ガノンは上等のワインを持って来させ、見おろす景色をつまみにそれを仰いだ。
グリジアルス王国は今、変革の時を迎えている。




