14話 誓い
「ごめん、遅くなって……あと、さっきはごめん……」
アルトのそばに来た天人は頭を下げた。
戦士への弔い……それを教えてくれたアルトへの感謝と先の愚行への謝罪の意がそこに込められていた。
「分かればいいさっ。俺も偉そうなこと言っちまったと思ってるし……」
「えっ、あっ、そうだよね。
僕も思ったもん、お前はどこぞの猛者だっ、てね」
「ひっ、一言多いんだよっ! お前はっ! ったく……」
(すげえぜ……こんなガキどもが…………ふふっ、俺みたいなおっさんは……同じ土俵にも立てね〜か……)
互いを弄し合う天人とアルトをサピスはどこか切ない表情で眺めていた。
「お前ら…………ゆるさねぇ〜」
吹っ飛ばされたダリスはなんとか立ち上がり、また突進する構えをとった。
「アルト、サピスさん、僕が終わらせるよ……」
天人は角を向け、突っ込んでくるダリスに走って行った。
そして衝突する直後に、天人はダリスの胴に手を回し、何メートルか突き動かされながらも、なんとかその動きを止めた。
「てっ、てめえ……うっ、うおおおーー」
天人はダリスの体を掴んだまま、その翼を羽ばたかせ、空に舞い上がった。
「ぐっ、何をっ、離しやがれっっ〜〜」
「大丈夫、もう離すよ……」
天人は地上から何十メートルも離れた高さからダリスを離した。
「ぐっ、うぐぐ……」
風圧で、声さえも思うように発せられない。
ダリスはどうすることもできず、そのまま地面へと落下した。
激しい砂ぼこりが舞う。
アルトたちはダリスが墜落した場所へと向かった。
「すっ、すげえぜっ。俺があんなに手こずったダリスが最後はこんなにも無惨に……」
「すっ、すごいわっ、アルトちゃんも天人ちゃんも……」
サピスとデルタールが感嘆する中、アルトはダリスの目から飛び出した"ユニコーン"の左眼を回収した。
(よしっ、ダリュウズ・アイだ。計画のおじゃんはこれで埋め合わせよう……)
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」
天人が息を切らした状態で、アルトたちのところに着陸してきた。
「初めて、本格的に戦ったけれども……やっぱり…………
まだ経験不足だな……僕……」
「俺も相当こたえてるよ。
統術師候補生なんて、ただ十五歳になったからそう呼ばれてるだけでお前も、統術師として選ばれた俺でさえも、まだまだ実践が足りないんだ……」
アルトも天人同様、先ほどの戦闘で心身ともに衰耗しきっていた。
「お前ら……ほんっとうにありがとう。助かったぜ。
それに比べて、俺は……」
「サピスちゃんっ」
「「サピスさんっ!」」
サピスはその場に崩れ落ちた。
右胸からの出血量はもう命を失う瀬戸際まできていたのだ。
そのとき、地響きとともに獣の荒れ狂う叫びがその場にいた四人を震え上がらせた。
「ウオオオオオオオン!!」
「今度はなんだっ!?」
アルトは音が聞こえる方を見た。
「グルルルルルルル……」
腹を空かした狼……"人狼"のダリュウズ・アイに心を乗っ取られたエレクトスが、まさに天人たち四人に食いかかろうと歯の間から唾を流しながら、それでもゆっくりと歩いてくる。
「おっ、親父っ!」
「えっ……おっ、親父って……まさかあれがエレクトスさんっ!!?」
天人はその変わり果てたエレクトスの姿を見て、驚愕した。
昼間、天人に優しくしてくれていたエレクトスの面影はどこにもない。
あさましくさえも思える。
「……助けないと…エレクトスさんをっ……」
天人はなんとか、傾いた体を立て直すと、エレクトスに向け、交戦するように身構えた。
だが、アルトがそれを制した。
「駄目だっ、天人っ。やめておけっ」
天人は驚いた表情でアルトの方を見た。
「でっ、でも……エレクトスさんがっ」
「馬鹿っ!! あれを見てみろっ!!
あれは両眼を持っているっ、今の俺たちが到底かなう相手じゃないっ!
ましてや、俺もお前も、もう……」
アルトはガタガタと体を震わせている。
逃げないと、逃げないと殺される……アルトの中にはそれ以外に何もなかった。
死にたくない、ただそれだけ。
「うるさいっ!」
天人がアルトの手を振り払った。
「ダリュウズ・アイを手に入れたからもう退散しろって言うのっ!?
まさか、アルトがそんな意気地なしとは思わなかったよっっ!!」
「なっ、なんだとっ、お前っ〜……つぅっ……」
「うっ、痛い、イタタタタタ……」
アルトが天人に殴りかかろうとしたとき、二人の左目に刺されるような痛みが走った。
「あっ、ダリュウズ・アイが……」
天人とアルトのダリュウズ・アイが目から飛び出した。
「ほらっ、言っただろっ?
ダリュウズ・アイを操れる肉体的体力がなくなったってことだよっ!」
「で、でも……このままだと……」
エレクトスはあと少しというところまですぐそこにきていた。
そのとき、サピスが声を上げた。
「わかったっ! 天人っ、アルトっ。お前ら、デルタールを連れて逃げろっ」
自身を囮にし、他を生かす。
サピスにはこれ以上の案が思いつかなかった。
けれども、この言葉が天人をより錯乱させた。
(サピスさんを囮に……そんなの出来る訳がないっ……
せっかく助けてもらったのに、命の恩人を……見捨てるなんて……)
天人はサピスの言葉を無視し、もう一度ダリュウズ・アイを取り込もうとした。
「ばっ、やめろって言ってるだろっ!
なんでお前は……」
アルトが天人のダリュウズ・アイをひったくった。
「ちょっ、返せっ、アルトっ」
(わからない……なぜ……邪魔をするの……)
天人は水気を失った葉のようにその場にうずくまった。
そして、その横で倒れているサピスにずっと聞きたかったことを口にした。
「ねぇ、サピスさん……なんでそんなにすぐ命を張れるの……家族のため……村のため……僕たちのため……
なんで自分の命を台無しにするの……」
マリス、ケリーを殺した男、彼らに共通すること……、他のために命を張ること……その答えを天人はサピスに求めた。
また答えは返ってこないかもしれない。
だがそんな天人の心中とは裏腹に、サピスはその答えを示し出してくれた。
「台無し……台無しにするかはお前らが決めることだ……
俺は、お前らのために死んでもいいと思っている。
俺がいなくてもいい……守ったもんがただどんな形であれ生きていれば、死んだ価値があったと思える。
命を張るってのはそういうことだぜ……」
(他に生きていて欲しい、もう自分が死んでいても……)
天人の中で全てが繋がっていく。
マリスのこと、あの男のことも全て……サピスの言葉が繋げていく。
そして、天人はふらっと体勢を崩した。
「ちょっ、天人っ!! なんだよ、こいつ……笑ってやがる……」
天人は安堵したように目を閉じていた。
死んではいないが。
「アルトっ、もう行けっ、デルタールもっ!」
アルトとデルタールは天人を抱え、その場から離れて行った。
天人もアルトも最後までサピスの名を叫んでいた。
ただ、デルタールだけはサピスに何もいうことなく、その場を後にした。
(言っちゃったら、忘れられなくなるものね……
サピス……あなたは私が愛した八人目の男だったわ……)
そのデルタールの後ろ姿を見て、サピスは過去彼と会ってからの記憶が走馬灯のように思い出されていた。
(あばよ、デルタール……)
*ー*ー*ー*ー*
デルタールが初めてサピスに出会った六年前の日。
「なんだっ、お前。大丈夫かっ、ここは危険だぜっ!?」
「うぅ、もうだめっ、だめだわ〜ん」
「仕方ねぇ、俺の家に来いよ」
一週間後。
「おっ、お前っ。いつまでいるんだっ、さっさと帰りやがれっ」
「いやんっ、もう、お、ら、ん、ぼ、う。
私の帰る場所はこ〜こだっ」
「うっ、離れろっ、オカマがっ。気持ち悪いぜっ!!」
一ヶ月後。
「うぅ、ガンダ……」
「泣いちゃだめよん、サピス。
あなたのむ、す、こ、だからだいじょ〜ぶ」
「あっ、ありがとう……デルタール。立ち直れたぜ」
「そう、じゃ帰りましょう、家に……」
「あぁ、帰ろうぜ、最近親父も何かいろいろ心配してるしな」
一年後。
「もうここにも、馴染んできたわあ〜、あぁ、風が気持ちいい〜」
「そうか、そのよかったぜ」
「あら〜? どこ見てるのかしら〜?」
「どっ、どこも見てねぇぜっ、気持ち悪りぃ」
「まあ、いいわ。さっさと帰りましょう、我が家へ……」
「あ、あぁ。親父も今日はデルタールが家に来て、1年経つ日だって、喜んでいるからな……なあ、デルタール……」
「ん? なあに」
「こっ、これからも……俺のために……みっ、みっ、みっ……
そ汁を毎朝出してくれっ!!」
「えっ……ふふっ、いいわよ。毎日作ってあ〜げ〜るっ」
今日。
「じゃあ、行こうぜ」
「えぇ、行きましょう。だいじょ〜ぶ。
怖がっちゃ、だ〜め」
「ははっ、相変わらず変わらねぇな、デルタール」
「ふふっ。私からしたら、サピスちゃんはちゃ〜んと、
変わって行ってるわよ」
「なっ、何言ってやがる。
じゃあ、行こうぜっ!!」
「ふふっ、は〜い」
ー*ー*ー*ー*ー
(何やかんや言って気のいいオカマだったな……あいつは……。
来たか、親父)
目の前に肉を見つけたエレクトスが低い咆哮とともに立ち止まった。
(はっ、まさか親父に殺されるなんてな……)
エレクトスが体勢をかがめ、サピスの顔にあと数センチというところまで、その鋭い歯の持つ獣の顔を近づけた。
(もう……終わりだ……だけどもういい……あいつらが生きるなら……怖くない……)
サピスは目を閉じた。
これでもう、何も感じない、何も見えない、そうやって死ねる。
……はずだった。
"………嘘つき……"
「…………何っ!!?」
サピスは目を開け、周りを見た。
そこには誰もいない。
誰もいない闇の中にサピスは一人横になっていた。
(何だっ、ここはっ。俺は一体……はっ……)
サピスは自分の体のあらゆる部位に生温い感触を感じた。
とっさに自分の体を見たサピスはその光景に心臓を冷やした。
「なっ、何だこれっ、手っ……!? やめろっ、嫌だ嫌だ嫌だ〜!」
サピスの体には、地面から伸びてきた無数の白い手が絡みついていた。
更に絡まったそれら手はサピスの体を下へと引きずり込んでいく。
その力は人力を超えていた。
離れろっ、離れてくれっっ!! そんなサピスを嘲笑うかのように手はどんどんサピスに絡みついてくる。
もう、声も発せられず、体も動かせられないほどに。
サピスの体を徐々に地面へとめり込んでいく。
「うっ、嫌だ、嫌だ、やめてくれっ…………
ごめんなさい……ごめんなさいっ!」
サピスを支えていたもの……。
それはハビリス村のために戦ったという満足感、
自身の命と引き換えに天人やアルト、そしてデルタールを助けられたという喜び。
それらが麻酔のように作用し、サピスの"死の恐怖"という痛みを和らげていた。
しかし、今それが切れた。
そして、サピスは生を求め始めた。
「いっ、痛い痛いっ! 助けてくれ〜!!」
麻薬の切れたサピスはその痛みに立ち向かわなければいけない。
何の装飾もされていない真っ裸な姿で……。
友、家族……誰もいない、死ぬときには。
誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰もいない誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も……。
「嫌だっ、死にたくないっ、死にたくないっ、死にたくないっ、やめてくれ〜!」
サピスの顔に鋭い歯型が刻まれていく。
それとともにサピスの頭蓋骨はパキパキと音を立て、砕けていった。
「……………………………………………………」
サピスの心は"無"へと誘われた。
痛みも何も感じない無へと……。
ーーーーー
「あぁ、ダリスさん、死んでしまわれたのですね……。
しかも眼を奪われて……」
人間の姿へと戻ったナルスはダリスの焦げついた死体を見て、呟いた。
「じゃあ、俺がアレのとどめを刺しておきますね、ダリスさん……」
ナルスの視線の先には、エレクトスがサピスの肉を喰らうという、痛たましい光景が広がっている。
「ハビリス村……別称、"人狩り族の村"。
だが、実際に人を喰らうのはほんの一握りの人間だったという……けれども……」
ナルスはサピスを喰い終え、よろめきながらこちらに面するエレクトスにライフルの銃口を向けた。
「……最後まで死に切れない、半端者に比べれば…………
彼らは真っ当だったのかもしれないですね……」
ナルスが放った弾はエレクトスの眉間を貫き、エレクトスは音もなく倒れた。
両目からダリュウズ・アイが飛び出し、正気を取り戻したエレクトスは喉を滴らせる不快なものを感じた。
「おっ、おっ……サピス……」
「……まだ、死に切れてないのですね……」
ナルスはエレクトスにもう一度銃口を向けた。
偉大なる二人の戦士の命がここで散った。
○
その頃、天人たち三人はやっとのことで森を抜けた。
「ここよ……ここからはもうグリジアルス王国の領土ではないわ。
隣国との間にあるまだ未開拓の地……」
デルタールの言った言葉にアルトは馬を止めた。
背中に天人を背負い、馬に乗っていたデルタールもそれに従う。
「ここから先、何十キロと進めば……また新たな国へとたどり着けるってことか……」
アルトは目の前に延々と広がる地平線を見つめた。
ここから先の道のりが途方のないものに感じられる。
「もう……出るの? グリジアルス王国……」
デルタールの背中で目を覚ました天人はどこか名残惜しそうに後ろを振り返った。
さっきまでその中を走っていた森がまだ後ろに見える。
今から、天人たちが進む道は、石ころのみが生きているようなところだった。
「あぁ、そうだ。俺たちは先に進まないといけない。
サピスさんの思いを折らないためにも……」
アルトは懐から二つのダリュウズ・アイを取り出した。
"ユニコーン"の両眼……それが今日アルトたちが得た戦利品だった。
右眼は別れるときにサピスから託されたものだ。
「僕は……いつかハビリス村を……いつの日か必ず救い出すっ」
(そのために……僕が必要なもの……)
「アルトっ、ちょっとだけ時間をもらうね」
天人は馬から降りると、グリジアルス王国の方に向かって合掌し、何かブツブツと唱え始めた。
「おい、天人。何してんだっ……」
デルタールがすっとアルトの口に指を立てた。
そして、声を潜めて説明した。
「きっと、何か誓いを立ててるのよ……天人ちゃん、サピスの言葉を聞いて何か、感じたみたいだった。
ここで感じたことだから、ここでそれを済ませようと思っているのよ……後腐なくてすむから……」
そう、天人は誓いを立てていた。
マリス、サピス、ハビリス村の人間の生き様から培った
ことを基にして……。
(僕はいつか……必ず命をかけて守りたいと思える、
たった一つのものを見つける……だから……)
天人は自分の右腕を噛み切った。
そこから血が溢れるように出てくる。
「ちょっ、ばっ……」
アルトは今度は自分で口を塞ぎこんだ。
天人の誓いは終わっていない。
「僕は必ずっっ、強くなるっ。
もう後悔しないようにっ!」
天人はアルトにもデルタールにも聞こえる大声で叫んだ。
"大丈夫、お前なら、必ずやれる……"
天人はマリスの声が聞こえた気がした。
アルトは天人の誓いが終わったのを見ると、自らも馬から降りた。
「んっ? アルト? 何を……」
「なんだよ、俺も誓いを立てちゃいけね〜か?」
アルトは天人と同じく、合掌をし、誓いを唱え始めた。
すぐ横で聞き耳を立てている天人に聞こえないように小さな声で。
(俺は……さっきのときも、五年前"鵺"が現れたときも、
まず逃げることを考えていた。
どうやって生き延びるか……
だから、俺はそれでまた選択肢を失うかもしれない……
"鵺"とまたあったときに……
父さんの仇を討つという選択肢を……だからっ、俺はっ)
「つ……強い心を……手に入れる……」
「えっ、なんだって? 聞こえないよっ」
「うっ、うるせえっ!!
さっさと行くぞっ! 次の国に……」
(俺がさっきお前に逃げるぞと言ったときに天人、
お前はまだ戦おうとしていた。
それで分かったんだ、俺はそのとき既にサピスを見捨てていた。
父さんのときのように……
お前が気づかせてくれたんだ……天人っ)
アルトとと天人はまた馬に乗り、走り出した。
無論、デルタールも連れて。
2つの国の湾岸戦争から始まり、
村人の反乱にも出くわした長い一日……。
天人はこれ以上、うっそうたる日は二度と来ないだろう……そう思った。
王国の光が消えてく中、二頭の馬が三つの人影とともにその国を後にした。




