13話 俺たちっ、騙されてたんだ!!
「何だ……その化け物は……ありえねぇ、ありえねぇぜ、
ここでこんなデカブツがお出ましなんて……」
(両眼を使いは親父の方……
片目しか扱えない俺がこいつの相手を……)
サピスたちの体に、それを見るとともに激震が走った。
「グルルル……ググゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!」
その巨体は周りにある三メートル級の木の大きさを遥かに超えていた。
パッと見ると、その頭を覆う黄土色のタテガミと胴体から、ライオンにも見える。
しかし、その怪物がクルクルと回しているおよそ1メートルはあるであろう、針状に尖ったどす黒い尾はライオンのものとは非なるものだった。
「あ〜あ、この際紹介してやるよ。
こいつはナルス……
"マンティコア"の統術師だ」
ナルスはゆっくりとその顔をサピスたちに向けた。
そこには明らかに人間のモノとされる顔と山吹色に光る両目が埋め込まれていた。
「グゴアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「ったくっ、うるせぇな。いつもとは大違いだなナルスっ。
まあいい、そして今ナルスと共に壁から落ちてきた藻屑が……」
「なっ、何だと……!!?」
サピスたちはそれを見て、何度も目を疑った。
そこに倒れていたのは、他でもないグリジアルス王国の国王メタリンボスだったのだ。
「馬鹿なっ、これはメタリンボス……本物じゃ……」
「偽物じゃないのね……」
「おいっ、テメェッ! 笑えねえ、冗談だぜっ!!
どういうことだっ!!」
混乱するサピスたちにガリオはクスクスと笑いながら、
言った。
「なんてことはねえっ、俺たちにとってもこの虫けらは邪魔だったんだよっ。
それで、こうして殺したわけさっ!」
その言葉にサピスの中のつじつまがあった。
「じゃっじゃあ、てめらは俺たちのこの反乱を王殺害の密閉に利用しようと……」
「おおっ、そういう訳だ。めんどくせえ、説明をしなくて済んだぜっ。
虫けらのくせに頭はいいんだなっ!!」
このとき、エレクトスとサピスの頭は滞りない激情に駆られていた。
一度失いかけ、飛廉によって思い出されたハビリスの人間としての誇り……それが再び傷つけられたのだ。
言葉にできない屈辱……だがしかし、その屈辱と今の逆境がその場にいる全てのハビリスの男たちの心一つにさせた。
(((((なめるなよ、ハビリスの誇りを!!)))))
「親父っっっっ!!」
「ああ、この童だけは許しわけにはいかんのう。
なんどもわしらをコケにしおってからに……」
サピスはエレクトスの額にその角を当て、エレクトスの傷を癒した。
「あっ、卑怯だぞっ。ったくこのやろう」
「うるせぇよ、お前らはここで死ぬんだぜ……
行くぞっ!
親父っ! デルタールっ! みんなっ!!」
「「「「「「「おおうっっっ!!!!!!」」」」」」」
サピスたちはその二人の怪物に立ち向かった。
○
一方、天人たちは森に迷った末、やっと壁が見えるところまでたどり着いた。
銃声と悲鳴とが暗い森の中を響いてくる。
「やっと、たどり着いたな。ここからは馬を降りていこう」
アルトの指示で、天人たちは馬を降り音が鳴り響くところまで走った。
「ちょっと……待て……」
天人たちは今にも生き絶えそうな人間が何とか出しているのであろう、絞り出すような声を聞いた。
その声にいち早く反応したのは天人だった。
「あ、この人……」
「何だよっ、 知り合いか……?」
「……ケリーを殺した人だ……」
「……はっ……何だって!!?」
天人たちは木にもたれかけ、その右胸を始め、体全体が紅色に染まっている男を見つけた。
男は胸の傷をいたわりながら、蚊が息をするような声で話し始めた。
「お前ら……ここは危険だ……。俺はデケェ怪物に吹っ飛ばされてここまで飛んできた。
お前らガキが行ったところであれは……」
天人はその男の目を見つめた。
まだ、微かに動くその瞳を月が照らし出している。
「あなたは……子どものために生きなきゃならないんじゃないですかっ?
こんなところで……何してるんだよっ!!」
その男はキッと自分を睨みつける天人を見て、その頰を緩めた。
「ふっふっ、
俺の子どもは……俺が村の誇りを取り戻すために戦うって言ったら……すぐに賛成してくれたけどな……。
俺にとっちゃ……子どものために……悪魔になることも……村のために命をかけるのも……同じくらい大事……だからな……」
天人は黙ってそれを聞いていた。
でもやはり、天人には理解できなかった。
「何でだよっ!! 子どもと一緒に生きた方がいいに決まってるっ!! 残された者の気持ちを…考えたのっ?
考えて、出たのが死ぬことなのっ!!?」
「おいっ!? 天人っ!!」
アルトは天人を制しようとした。
だが天人はその答えを聞くまで、断固として動こうとしなかった。
天人の中にはあの日のマリスが浮かんでいたのだ。
すると、男はその天人に興ざめするかのような目つきを向けた。
「……分からねえ……」
「何っ!!?」
「分からねえよ……今のお前には……」
天人はその男の胸ぐらに掴みかかった。
やめろ、いうアルトの言葉も無視して。
だが、男は依然とし、天人を軽蔑するかの如く天人をジトッとした目で見つめている。
そして、天人に首を絞められながらも言葉を続けた。
「やっぱり……無理だ……よ……今のお前には……いつか……わかる……なぜ人は悪魔になれるのか……何かのために……命をかけられるのか……いつか……わかる……お前にも……その時に……なれ……ば……」
「おいっ? おいっ!!」
「もうやめろ、天人。そいつはもう死んでる……」
アルトは男の見開いた両目にまぶたをかぶせた。
「ねえ……アルト。アルトにはわかった……?この人が言いたかったこと……」
アルトは天人に背を向け、"鬼"のダリュウズ・アイを取り出して答えた。
「知らない……ってか、分かっても今のお前には言いたくねえ。
戦った戦士をいたわれないお前には……」
アルトはそのまま戦いの場へと駆け出した。
天人は気にもたれかけながら眠る男に目をやった。
(ごめんなさい……)
天人は男の乱れた、服の形を整え、アルトの後を追った。
○
「ぐわあああ!!」
"マンティコア"の力を発動させたナルスはその巨体で暴れまくり、周りにいる男たちを次々と壁へ森へと突き飛ばしていた。
「お前らっ、下が流をだぜっ!!
下がって、銃で援護してくれっ!」
「おっと、周りを心配する余裕があるのか? サピス?」
「っっっ!!」
ガリオの鋭い角がサピスの顔をかすめた。
「大丈夫っ!? サピスちゃんっ!!」
デルタールが木の陰からその周りに気を配り過ぎているサピスの戦いを懸念する。
「グゴアアアアアアアアアア!!」
「おい、お主の相手はわしじゃ、デカブツ……!!」
暴れ回るナルスの背中にエレクトスはじゅるりと飛び乗り、その背中に自身の尖った爪を突き刺した。
「グルゴアアアアアアアアッッッッ!!!」
茶色い"マンティコア"の背中に冷たく赤い液体が流れ出す。
「今だっ、長老を援護しろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ドドドッッ、と周りにいた男たちが一斉にナルスの体に向かってライフルを乱射した。
その弾は"マンティコア"の硬い皮膚を鉄メッキが剥がれ出すように吹き飛ばしていった。
「みんなっ!! 目を狙うんじゃーー!!
目を破壊し、ダリュウズ・アイをはじき出せば、こいつは止まりおるっっっっ!!」
了解っ、と彼らがナルスの正面に回り込もうとした時だった。
ナルスはその男たちに顔を向け、凄まじい唸り声を上げた。
その地が張り裂ける轟音に近くの木々に、亀裂が生じた。
ナルスからわずか数十センチの距離までに近づいてきていた男たちの耳から、水風船が弾ける勢いで血が噴き出す。
「ぐわああああああああああっっ!!!
みっっ、耳がっ……耳がああ〜!!」
地面に両耳を抑え、のたうち回る彼らの頭にナルスはでかい爪を突き立て、その頭蓋骨を砕き割った。
「グゴアアアアアアアアアッッ!!……」
「やめろっ、やめんかっ!! やめろと言っておるのじゃっっっっ!!」
エレクトスは何度も爪を突き立て、ナルスの体に傷を負わせ続けた。
その傷がナルスにダメージを与えていないはずがない。
それでも、ナルスは自身の背中にはりつくエレクトスを目にかける素振りを一切見せずに、戦う者、戦意を失い逃げ出す者を無差別に殲滅していった。
「やめろっっ!! こやつらには……生きて待っている家族がいるんじゃあ〜〜」
そう、彼らハビリス村の男たちには生きて、勝利の知らせを待つ家族たちがいる。
彼らなしでは生きていけない家族たちが……。
だが死んだ敵の家族など誰が気にかけるのだろう……。
今日この場に来た百人余りの男たち……そのほぼ全てがこの"マンティコア"の力の前に屈したのだった。
「グゴアアアアア」
ナルスは飛び上がり、その背中を壁にぶっつけた。
「ぐぼあああああああああ…………」
ナルスの巨体と壁に板挟みにされたエレクトスはそのまま地面に滑り落ちた。
(こっ、これは……まずい……早くっ、早くっ……
意識を回復せねば…持っていかれる……心を……)
「……っ、親父っ!!」
「はあ〜何度言ったらわかるんだよっー!
お前の相手は俺だっっ!!」
ダリスの角がドスッと、サピスの右胸に突き刺さった。
「うっ、うぐっ……!!」
サピスの口から血がこぼれ出す。
(駄目だ、このままじゃいけねえぜっ、早く止血しねぇと……)
「ハハッ、あまり人をなめるなよっ!」
ダリスは踵を返して、サピスのその腹部に後ろ蹴りをくらわせた。
馬の足と馬を超える脚力によって、放たれたその一撃はサピスを空に舞わせ、その体を壁の奥深くへとねじ込ませた。
「サピスちゃんっ!」
「ほう、いい男がいるじゃねぇか、お前とも遊んでやるよ……」
木の陰に隠れるデルタールに気づいたダリスがほくそ笑んだ。
「こっ、来ないでっ。いや〜〜、やめろっ、こっ殺すぞっ、ゴラァああ!」
「ふふ、殺してみろよっ、オカマ……!
お前なんて顔以外、どっこも怖くねぇんだよっっ!!」
ダリスは右腕のヒヅメをデルタールにたてかけた。
その瞬間、ダリスの耳に聞き覚えのない声が入り込む。
「待てっっ!!」
「……んっ、何だ……グホゥッ…」
ダリスの右隣に出現した金棒が盛大に、ダリスの顔へとめり込んだ。
ダリスの口から飛び出た、砕けちる歯の破片が宙に舞う。
ダリスはその勢いで膝から地面へと崩れ落ちた。
「アッ、アルト……ちゃん……?」
「サピスさん、借りを返しに来たっ!」
左目を紅色に染め、頭に鬼の角を生やしたアルトがダリスにその金棒を向けた。
「ばっ、馬鹿っ! これは俺たちハビリス村の戦いだぜっ!
お前たちに干渉する権利なんてねえぜっ!!」
サピスは右手を振り、アルトの撤退を促した。
そのアルトを、ダリスは小賢しいとばかりに睥睨した。
「ったく、卑怯な奴らだぜ、まさかこんな子ネズミを切り札にしていたとはなっ!」
ダリスはアルトに向かって突進していった。
アルトはそのダリスの頭に金棒を振り下ろし、それに対抗した。
ダリスの角の先端が金棒へと突き刺さる。
「っっ! まさかっ、鉄の金棒がっっっっ」
角が突き刺さったところから、ヒビは金棒全体へと広がっていく。
金棒は崩壊し、紙切れのように宙を舞い落ちた。
それを見たダリス態勢を立て直し、なおもアルトに立ち向かってきた。
「どうだっ!! 頼りの金棒も破壊したぞっ!!
今度は素手で受け止めてみろっ!!」
「はっ、誰がそんなあぶね〜もん、受け止めるか」
アルトは態勢を地面に傾け、その右手をズボリと地面に突っ込んだ。
「なっ、なんだとっ!」
突進するダリスの目に入ったのは、アルトが地面から新たな金棒を取り出す光景だった。
「こうやってどっかに手ぇ、突っ込むと出てくるんだよ、これがぁ!!
もう一度一発食わせてやるっ!!」
アルトは突っ込んできたダリスの腹に、思いっきりその金棒をぶち込んだ。
ダリスは空へと飛ばされ、近くの木に激突した。
「へへっ、ホームランだ」
ダリスはズルズルと木に沿って、地面へと這いずり落ちてきた。
「すっ、すげえぜっ。お前……」
サピスが右胸を抑えながら、アルトの元にやってきた。
「ああ、なんせ親父が使ってたものだからな……」
アルトが左目を撫でながら言った。
「そうか、おや……親父っ!!!」
サピスはエレクトスとナルスが戦っている方を向いた。
そこでは、壁にもたれ、動かないエレクトスにナルスが今にも牙を剥いて、襲いかかろうとしている。
「まずいっ、助けに行かねーと、親父がっ!!」
サピスはエレクトスの援護に行こうと、重い体を引きずって、駆け出した。
「行かせるかあっっっっ!!」
サピスに向かい、ダリスが角を向けて、飛び込んできた。
その腹は深く凹んでいる。
「くっ、くそっっ!!」
もはや、かわせない……それほどの間合いまで、ダリスの角はサピスのすぐそこまで来ていた。
「はははっ、ははははははっ。
ここで死ねえええっ!」
サピスの胸元にダリスが飛び込んでくる。
だがその瞬間、どこからともなく現れた熱風がダリスを包み込んだ。
「ぎゃっ、ぎゃああ……あちい〜〜」
ダリスは熱風とともに吹っ飛ばされた。
アルトはその熱風の持ち主に目を向けた。
「へへっ、それが"フェニックス"の力か、天人……」
そこには緋衣を纏うかのように美しい翼……そして、燃える炎とを体に宿した天人がそこに立っていた。




