11話 ハビリス村
次に天人が目を覚ましたのはもう日が沈む前だった。
「おっ、起きたか、天人」
「おぉ、起きよったか、少年や」
目を開けた天人の視界に入り込んできたのは天人の顔をじっと正視するアルトとエレクトスの強張った顔だった。
天人のまだ、虚ろな顔を見て、エレクトスはシュンとした声を出した。
「わしの息子がすまんことをしたのぅ」
天人は別にサピスのことを恨んではいなかった。むしろ、なぜ急に怒鳴ったのかその理由を知りたいと思っていた。
(うぅ、まだ鼓膜が震えてるような感じがする……)
その天人の考え込むように頭を抱える仕草をどう捉えたのか、エレクトスはいささか荒げた声を出した。
「じゃがな、あいつの気持ちはこのハビリス村への愛そのものをそのものなんじゃっ……!」
「えっ、えっ? な、何っ!?」
(何っ? 僕またいらないことしたのっ?)
急に話に熱を入れ始めたおじいさんに天人は尻込みした。
「じゃから、サピスの気持ちも汲み取ってくれと……」
「だから、なんですかっ!? その気持ちって!?」
ボケた老人同士がやりそうなやりとりにアルトはしびれを切らした。
そして、エレクトスのおじいさんになだめるような声で、自分にした話を天人にもしてあげるように頼んだ。
「外では村の奴らがわしを待っておる。それにあまり、気の悪い話はしたくないんじゃがのう……」
とは言っても、何も知らず、鼓膜を破られかけ、アルト曰く、"初めて"を猿人に奪われた天人をエレクトスも不憫に思っていた。
「わかった……。話してやろうかのう、この村の凄惨な歴史を……」
エレクトスはあぐらをかき、膝の上で杖を回しながら、ゆっくりと話し出した。
(一体何の話なんだ……?)
要領を得ないまま、天人は不本意にもエレクトスの昔話を聞かされることになった。
*ー*ー*ー*ー*
今から十年ほど前エレクトス達ハビリス村の村人たちは、大自然の中を何に縛られることなく、彼らの欲求が赴くがままに生きていた。
村人たちは木に実る色とりどりの果実、森の中を駆け回るシカやイノシシという野生動物を手に入れてはその日々のご馳走にしていた。
「親父っ! 今日は村の集会だぜっ! 絶対大物を狩ってやろうぜっ!」
サピスは村の長老エレクトスに代わり、村の自治を担う程の裁量を持っていた。
その機転から、サピスは村の集会のたびに森の動物の肉をご馳走として、出していたのだ。
「父さんっ、じいちゃんっ! 僕も行くよっ!!」
サピスの息子ガンダが手に火縄銃を持って飛び跳ねている。
「おお、いいぜっ、ガンダっ! じゃあっ親父、俺たちは先に行くぜっ!?」
「おお、先に行っとれ! わしもすぐに行くっ」
親子の仲睦まじい様子を見て、エレクトスはそのほうれい線に覆われた顔に微笑みを浮かべる。
だが、悲劇はその夜に起きたのだった。
月がいつもより輝いていたのは何かな予兆だったのかもしれない。
そして夜が来た。
「ふふっ、ここが、ハビリス村か、自然に囲まれた素晴らしい環境だな……」
その日の夜、グリジアルス王国の将軍ブルタスが馬に乗った兵を引き連れ、村にやってきた。
長年村人たちが恐れてきたこと、国のハビリス村への侵攻。
つまり、これが現実のものとなったのだ。
「何者だっ!? お前らっ!! この村を襲おうってんならタダじゃおかねえぜっ!!」
村に入り込んだ異分子に気がついたサピスはすぐさま村の男を引き連れ、その場に駆けつけた。
その怒りに満ちたサピスの目を見つめ、ブルタスは大いに笑うかのような声を上げた。
「おおっ、その目月眼かっ!? 素晴らしい……。
おいっお前らっ!! 残りを急いで探し出せっ!!」
「月眼……? 何のことだっ!? ……おいっ、待て、貴様らっ! これ以上村の中には行かせないぜっ!」
サピスたちは各々のが火縄銃や斧を持ち、ブルタス達に立ち向かった。
だがブルタス達は馬を走らせ、立ち向かってくるサピス達を一蹴した。
ハビリス村最大の武器、火縄銃でさえもグリジアルス王国の最新の銃には敵わなかった。
「将軍、こんなにも沢山いましたよっ!!」
兵士達が、その月眼を光らせる村の老若男女を強引に引っ張り出してきた。その中にはエレクトスとガンダの姿もあった。
「親父っ! ガンダっ!!」
ブルタスにその頭を地面に抑え込まれたサピスは必死に家族の名を叫んだ。
「ほうっ、親子三代に渡って、月眼を所有しているとは面白いな……おいっ、この村の長はどこだっ!?」
「そこにいる俺の親父だっ! さっさと離せぇっ!!」
「さっきから、うるさいぞっ! お前っ!!」
ブルタスがサピスの顔を地面にめり込ませる。
「よさんかっ!! 話はわしが聞こう!!」
その息子への仕打ちに耐えかねたエレクトスが泰然とした表情でブルタスに歩み寄った。
だが、立ち上がったブルタスはそのエレクトスの胸に分厚い紙を押し付けると嘲笑うかのように言い放った。
「今日から、この村はもうグリジアルス王国の一部だ。
その紙には納めるべき税と今後のお前らの狩りや木の実などの採取に関する規制に関する詳細が書かれている」
そして、ブルタスは集められた月眼を持つ村人たちを満足そうに見た。
「そしてっ、村の長を除いた月眼を持つ者は全て連行しらと言われているっ!!」
「嫌だっ、やめてっ! やだよっ!」
「あなたっ! 助けてー!!!」
「マッマ〜、マッマ〜、マッマ〜!!」
村人たちが次々と否応無しに馬に乗せられて、連れて行かれる。
「おいっ!! すぐにやめろっ!!
やめるんだっ!! さもないとただじゃおかないぜっ……」
「安心しろ、お前など要らんわ」
ブルタスはサピスの顔を地面に沈めると、颯爽と馬に乗り、その場を去った。
「父さん〜!!」
ガンダの悲痛な声が聞こえる。だが、エレクトスとサピスはその声を慄然とした感情を持ってしか、聞き取ることが出来なかった。
ー*ー*ー*ー*ー
「ガンダは妻を早くになくしたサピスにとってかけがえのない息子じゃったんだ」
杖をガタガタと震わせるサピスの話が、やるせない思いとともに天人の耳に入り込んでくる。
最初はなんとなく聞いていた天人はその頃にはすっかりとエレクトスの話に引き込まれていた。
(このエレクトスさんの話、もしかしたら人狩りの男に繋がるかもしれない……)
天人はエレクトスから人狩りの話題が出てくるのを待った。
「グリジアルス王国はわしらの武器を没収しようとはしなかった。
何しろ、連れて行かれた月眼を持つ者どもが、人質としての役割も果たしていたのじゃからな。
じゃがその後、グリジアルス王国はわしらの採取していた木の実も動物も全て取り尽くしてしまったんじゃ」
その時の悔しさが未だ思い出されるのであろう。エレクトスは歯をそれが擦りおろされる程に噛みしめた。
「人々は課される税金と飢えに苦しみ、気を日を追うごとに、気を病んでいった。
また、狩りはハビリス村が何百年にも渡り、培ってきた伝統じゃった。
それが出来なくなった時、一部の村人は村を去るようになった。
国の支配から逃れるために。
じゃが、彼らを迎え入れたのは村にいた時よりもひどい飢え地獄じゃった。何日も、何ヶ月もろくに食べられずに家族が死んでいく。
彼らはいつかその銃口を人に向けるようになったんじゃ……狩りを目的として……」
エレクトスの杖が勢いを増して、ガタガタガタガタと揺れる。
(えっ、とどのつまりハビリス村の人たちが人狩りを行なっていたってこと?
ただ飢えをしのぐために……)
その時、エレクトスが怒りかはたまた恐怖に震えていたのか天人には分からなかった……分からなかった。
それでも天人は自身の憤りをエレクトスにぶつけずにはいられなかった。
「あなたはこの村の長老ですよね?
よくそんな被害者づらしてこんなこと語れますよね?
村人が銃口を人に向けるようになった?
エレクトスさん……あなたは間接的に幼い子供の命を奪ったんじゃないんですかっ!?
今日も一人の少年が人に打たれて死んだよっ!!
食糧として、この村に殺されたんだっっっ!!」
天人は相手が命の恩人ということも忘れ、エレクトスに怒鳴り散らした。
理解できない、そう天人には理解できない、自分とその家族を守るために人を捨て、人を喰らう獣の気持ちが。
エレクトスは震える杖と体を止めた。
そしてまた、湿った唇を動かし出した。
「そして、今日わしらがすることが五年前にあったんじゃ」
(僕がこれだけ質問しても答えてくれないのか、それとも言いたくないのか……いや、この人は人喰いなんかしていない……分かるわけないよね。
あの男の気持ちなんて……)
自分の質問を合切無視して話し出すエレクトスは天人にはもはや滑稽にも思えた。
この人は何にも悪くない……天人は自分がエレクトスにお門違いな質問をしたことに気がついたのだ。
しかも、あんなに喚き騒いで。
エレクトスは恐らくそれに気を遣ってあえて無視をしたという形をとっているのだろう。
天人は酷く自分をぶん殴りたいという心情に駆られながらもエレクトスの話の続きを聞いた。
「恐らくその男に会わなければわしらは今日村のために戦いはしなかったじゃろう……」
「男……?」
エレクトスの声がまた暗くなり始める。
天人はなんとかその声を聞き取ろうと、耳をエレクトスに近づけた。
「五年前、そう五年前……わしらの村から軍に連れて行かれた者たちが殺害されたんじゃ……!」
*ー*ー*ー*ー*
五年前、まだ日が出たばかりの朝、エレクトスは今日も森の中に残る木の実がないかを探し回っていた。
(ここも無理かのう……)
エレクトスはじっと自身の右腕を見つめた。その右腕にくっきりと残る歯型は恨めしそうにエレクトスを見つめ返す。
(まあ、そんな直ぐに見つかるならば……こんな装備を付け、森に来るなんてことにはなってないじゃろうな。)
エレクトスはブルタスが村を襲ってから数日後の出来事を頭の中から掘り返していた。
"俺たちはこの村を出て行く。ふっ、もう村でもなんでもないがなぁ"
ハビリス村が植民地化した途端、何人かの者は足早にそこを去り、森での狩人としての暮らしを再開し始めた。
グリジアルス王国からの重い支配から逃げ出すために。
"お主らハビリス村の者としての誇りはないのかっ!!?"
"馬鹿言えっ、王様の金ヅルになった村に誇りもクソもねぇよ……"
家族を支える為なら村を捨てる。それは、エレクトスには痛いほどに同情できた。
だが、村を出た者たちは決して救われたわけではなかった。
ある日、村を出た男が食べものを恵んでもらおうと、村に戻ってきたことがあった。
"頼む……何も……何も食ってないんだ……何日も……食ってないんだ。頼む、何か……ハァ、ハァ……うギャァ!!"
その時の歯型が今もエレクトスの腕に残っている。
飢餓に狂った人間の行動は飢えた獣となんら変わらない。
目に見える肉を食とみなし、喰らいつく。
エレクトスは村を出た男の成れの果ての姿を思い出した。
動くものを食物と認識し、襲いかかってきた飢餓に狂いし、人間の成れの果ての姿を……。
数年前から、森に出かけた者が消えるという奇怪な事件ともう使うことのないはずの銃の音が森に響き渡るという現象が連続した。
そして、あるとき所々に食い残されたように肉片がこびりついた人のものと思われる骨が森の中から発見された。
エレクトスはそれを見たとき、静かに確信した。
"始まったのか、人による人狩りが……"
いつ、食人鬼と化した人々が襲ってくるか分からない。
そんな恐怖に怯えながらも、長老であったエレクトスでさえ、こうして食べ物を探さなければいけなかった。
「ここも駄目か……、こっそりと育ててた野菜も荒らされておるわい……!」
その時、肩を落とし、しょげこむエレクトスの耳に何者か、聞き慣れぬ声が入り込んだ。
「すいません、ここはどこですか?」
その声が聞こえたかと思うと、エレクトスは間髪入れず、腰にかけていた火縄銃を構え、後ろを振り向く。
そこには多少ビクつきながら、両手を挙げ、抵抗の意思がないことを示すまだ若き男がいた。
「おっお主、なっ、何者じゃっ!? この村の者じゃないなっ!?」
エレクトスが銃を放つ勇気がないことがないと、その震える口調から見切った男は手を下ろし、落ち着いた様子で、自身の素性を明かし始めた。
「俺の名は宿目 飛廉。あんたの言う通り、この村の者じゃない」
エレクトスは銃を下ろし、飛廉と名乗る男の顔をじっと見た。
その顔は以前、不幸に見舞われたかのようにどこか暗く、青ざめていた。
「本当に何の敵意もない。ただ、一時間……そうだっ、一時間だけでいい。俺をかくまってくれっ!!」
エレクトスは頭を下げ頼む男を見て、その打ち付けな頼みに狐に顔をつままれたような心持ちになりつつも、その男をほっておけず、家まで連れて帰ることにした。
ーーーーー
家に帰ると、息子サピスと数ヶ月前からエレクトスの家に居候し始めた、心はピュアな乙女の、自称"サピスのオアシス"デルタールがエレクトスを出迎えた。
「あらっ? オットッウッサッン!! おかえりなさい〜」
「親父、その男は誰だよ? 見たことねぇ面だぜ」
サピスは父親が連れてきた見知らぬ男を疑ぐるような目で見た。
「この人は飛廉というこの国の外から来た男じゃ、小一時間ここにいさせて欲しいらしい」
「まあっ! んもうんっ!! いい男じゃないん〜」
「やめろって! おこるぜ、デルタール!」
飛廉にオープンに擦り寄るデルタールをサピスがまゆん吊り上げながら、制止した。
サピスは息子ガンダを連れて行かれてからというもの、まるで魂を抜かれたかのように、狩りも何もしなくなった。
だが、この騒がしいデルタールが居候を見てし始めてからというもの、ことごとくサピスにベッタリと絡み込もうとしてくるデルタールにサピスも段々と閉ざしていた心を開き始めていた。
「んもうっ、サピスちゃんったら、すぐやきもち焼くんだからぁ!!」
「ちっ、違っ! 殺すぜっ、てめえっ!?」
まるで、昔から親しい友人のように気を置かずに、ベタベタと馴れ合い始めた二人を、エレクトスはまるで天使のように喜悦に満ちた目で見たものだった。
「飛廉さん、どうぞ中に入ってくれ。これでも他の家よりは広いつもりじゃ」
「恐れいります」
飛廉は部屋の中を一瞥した。
良く言えば片付いており、悪く言えば生活に必要な物が何ひとつ見当たらない。
「家具のほとんどは金に変えるために売ったんじゃ。
まあ、わしらはグリジアルス王国本土には入っちゃいけんからの。
検閲を通した時に大分取られたがわい、ハハハ……」
エレクトスは渇ききった笑い声を上げた。
その声が何もない部屋にひしひしと響き渡っていく。
グリジアルス王国本土は外部の者が侵入できないように亭々たる壁に囲まれている。
もちろん、エレクトスたちも部外者扱いだった。
「奴隷の性がこびりついたのか……」
「はぁっ!!?」
ぼそりと呟いた飛廉の声に反応したのはサピスだった。
サピスは飛廉の胸ぐらを掴み、その飛廉の体を壁に押し付けた。
「ちょっと何してるのよぅっ!? サピスっ!?」
止めようとするデルタールをサピスは部屋の壁に突き飛ばした。
「黙ってろっ!!……おい飛廉さん、俺たちはこれでも真っ当に生きてるんだぜ?
それを……」
「サピスさん、エレクトスさんに聞いたが、あんた息子さんを取られたんだろう?」
サピスは胸ぐらを掴んだ右腕の動きを止めた。
飛廉のその言葉がサピスの胸の奥に眠っていた深い悲しみをえぐり出していく。
その刹那、木の割れるような音が狭い部屋に響き渡った。
「ボッキイイイイイイイイィィィィッッッッ!!」
「っっ!!? ……ふぐぐぐぐぐぐっ!! 何すんだ、テメェッ!!!」
サピスが殴られた勢いでその床に打ち付けた右頬を庇いながら、叫んだ。
急にサピスを殴った飛廉にエレクトスもデルタールも一瞬呆気にとられた。
「ちょっとっ、何してるのよっっ!やめっ……」
仲介に入ろうとするデルタールをエレクトスはさっと制した。
エレクトスは飛廉が殴った真意を知りたいと思ったのだ。
「あんたにこびりついた汚れを取り除いてやったんだよ……!」
「汚れっ!? 汚れなんかっ……!」
「いやっ、汚れてるさっ!!」
飛廉は腰をおろし、その顔をむっとサピスに近づけた。
サピスがギョッと背を震わせた。
飛廉はエレクトスが最初に見た、青ざめた男とは到底思えない程にその鼻をフーフーとピクつかせ、興奮していた。
「あんたは今、自分たちは真っ当な生き方をしていると言った。だが、本当にそうなのかっ!?
あんたらの暮らしはこんなものだったのか!?」
サピスは腰を上げようと、足を動かした。
だが逃すまいと、飛廉の両腕が瞬時にそれを阻止する。
サピスは歯をギリギリと鳴らしながらも、飛廉に言い返す言葉が脳内をひっくり返しても、見つけられずにいた。
飛廉はそのサピスがまた床に倒し込むと、その体を持ち上げ、玄関の足早にドアに向かった。
「もういい。俺は出て行きます。エレクトスさん、ありがとうございました」
「しかし、あんた……まだ……」
「ええ、もう十分です。もうここにはいたくない」
そう言い、家を出て行こうとした飛廉の背中にサピスは慌ててこね出した言葉を投げかけた。
「俺の息子は兵としてこの国にとられてるんだっ!
そうじゃなきゃ、俺だって……、この村を取り返すために戦っていたさ!」
しかし、サピスはその自分が放った言葉を瞬時に後悔することになる。
サピスの言い草は負け犬のそれそのものだったのだ。
だが、飛廉は振り返ると、サピスの目をじっと見つめた。
まるで品定めをする商人のように。
「分かった。ならこれをやる」
飛廉は懐から三つの何かを取り出し、サピスに投げ渡した。
「なんだ……これは……?」
サピスは渡された綺麗な玉をまじまじと眺めた。
「ダリュウズ・アイ……いつかお前らの大きな力になるだろう」
飛廉はそう言い残し、家を出て行った。
「まっ、待てっ!」
サピスは急いで、その背中を追った。
だが、もうその姿はどこにもなかった。
その時、エレクトスは飛廉の言葉を何度も心でなぞらえ、ある日の出来事を思い出していた。
それは初めて人狩りをしていた男を捕らえた時のことだ。
"俺は……村を出てから、それまで以上の飢餓に襲われた。
そして、ある日森の中を歩く一人の女を見つけたんだ。
……気づけば、その女を撃っていた、食う目的でさ。
その日の晩、俺は何度も何度も吐き出しながらも、その女の血肉を自分の体の奥まで倫理観と一緒に押し込んだんだ。
一度ついた心の汚れは消えない……、だがそれはまるで悪魔に取り憑かれでもしたかのように俺を人狩りへと駆り立てた。
人の潜在的な良心なんて、一度砕ければ二度と蘇らないんだなって思ったよ……。
俺の中で人狩りは肯定されていた。
そうすることで俺は、俺は、飢えからも解放され、狩りという誇りも取り返せたんだ。
そんな俺に比べたら、お前らなんか……お前らなんか……ただ食われる時を呆然と待つ痩せた馬のようっ……なっ……!"
最後まで男が言い終わる前に、その男に娘を喰われた男が火縄銃でその脳天を撃ち抜いていた。
しかし今、エレクトスは飛廉の言葉を聞き思った。
あの男の生き様は人間としては死んでいたかもしれない。
それでも、ハビリス村の人間としての誇りは自分たちはその男の足元にも及ばなかったんではないかと。
国にも服従せず、ハビリス村の誇りである狩りをもって獲物を仕留め、家族を養う。
それはハビリスの人間としての血筋を全うしたことになるのではないかと……。




