10話 はめられた!!
天人とアルトが部屋にある道具漁りに夢中になっているとき、ケリーたちが料理をしている部屋から低い話し声が聞こえてきた。
木の壁がスポンジのようにスカスカのせいで話し声が漏れているのだ。
「あっ、隣の部屋の声が聞こえるよ……」
「じゃあ、さっきのも向こうに丸聞こえだったらしいな」
天人とアルトはさっきした自分たちの会話も筒抜けになっていたのかと思い赤面する。
そして二人揃って、その話し声にそっと耳を傾けた。
「やっぱりあの畑の作物も全てやられていたのか……」
「ごめん、父さん。でもこれだけの木の実を……」
「いや、お前が謝ることじゃない。場所が悪かったんだ。
恐らく、他の村人に取られたんだろう……」
(村人……? グリジアルス王国の周りには村なんてないと書いてあった筈だが……)
アルトはケビンの言葉を疑問に思った。
グリジアルス王国の資料には記載されてなかった語句が聞こえたからだ。
「そうよ、貴方は落ち込まなくていい。それに貴方は素晴らしいご馳走を手に入れてくれたじゃないっ!!」
「ねぇ、母さん、父さん……。やっぱり僕、嫌だよ。
だってあの二人は命の恩人なんだもの……」
「今更何を言ってるんだ、ケリー。あの二人はお前が連れてきたんじゃないか」
「そうよ。それにあの二人が私たちの血肉となって初めて私たちの命の恩人と言えるんじゃない」
その言葉に天人は全身が冷たくなっていくのを感じた。
血肉? 自分たちが彼らの血肉となる?
たしかに彼らはそう言った。
(そういえば、この国の平民は人を喰うって……)
天人はアルトの言った言葉が頭でこだまするのを感じた。
何でそんな大事なことを忘れていたのか。
(どうしよう、早くここから……)
その時、当のアルトはその壁もどきの木の板を腹から煮えたぎる怒気とともに思いっきり蹴りでぶち抜いた。
「ヒィィィィ!?」
ケリー親子が肩を寄せ合ってその割れるような音におののいた。
「お二人さん、お腹が減ったからってうちの家の部屋まで減らさないでくださいよ〜」
「よく言うぜ。筒抜けだっつーの」
アルトがケリーの胸ぐらをガッと掴み、宙に持ち上げた。
「まさか、命の恩人を食おうとしてたとはな……」
「ウググアァァッッ、ゲボッ、ガハッ!!」
ケリーが両足をばたつかせながら苦しそうに悶える。
「アルトッ!!」
天人はケリーを掴むアルトの腕をばっと振り払った。
床にドスンと落とされたケリーは苦しそうに咳き込んでいる。
「なっ、何するんだよっ! 天人っっ!」
アルトは今度は天人の胸ぐらを掴み、怒鳴った。
天人の思惟が理解できない。
「この人たちの格好を見てよっ!!この人たちはきっと食べるものがないんだよっ!!」
「はあっ!? じゃあ何だっ?
俺たちは黙ってこの可哀想な人に食われろってことか冗談じゃねえっ!!」
「……いやその通りだっ!!」
「何っっ!?」
アルトがさっと後ろを振り向くとその右肩からブシュッと血が噴き出した。
右肩に直径三センチほどの穴が。
「ぐああ!!?」
肩を抑え倒れこむアルトの後ろにはケビンが火縄銃を持ち、血走った目で仁王立ちしていた。
次の球の準備をしている。
「アルトっっっっ!!!」
天人はしゃがみ込みアルトに寄り添うものの、肩を抑え苦しむアルトを見て臆するしかなかった。
(どうしよう、このままじゃアルトが。
って言っても、この乱れきった状況……一体どうすれば……)
「……もう一発必要みたいだな…………」
ケビンが再びアルトに銃口を向ける。
だがケビンは別の銃声が響くのを聞いた。
「何っ!?」
ケビンは部屋の壁を見た。そこにはネズミが通れるような穴があいている。
「っん、つうっ!?」
ケビンは次に自分の胸を見た。そこにも穴が開いている。
「……そんな……馬鹿な……」
ケビンは口から吐血し、そのままパタリと倒れた。
そのとき、銃を連射する音が怒涛の如く部屋の中に流れ込んできた。
「きゃあ〜!!?」
「かっ、母さんっ!!」
その弾がケリーと母親マリの体に次々と入り込んでいく。
二人はばたりと床に崩れ落ちた。
(この銃音、まさかさっきの、とにかく早く逃げないと……)
天人はアルトの体を引きずり、そのまましゃがんだままゆっくり奥の部屋へと進んだ。
そのとき、玄関のドアがバキリと蹴り壊される音が聞こえた。
(なっ、やっぱり外から撃ってたのか……!!)
そこから部屋に入ってきたのは泥だらけに汚れた服を着た
大柄の男だった。
腰には火縄銃を持つケビンが不憫に見える程、立派な機関銃をぶら下げていた。
「大人二人に子ども一人、運べるのは二人……」
男は天人とアルトに気づく様子もなく、意識のないケビンとマリを荷物のように肩にあげると、そのままのっそりと家を出て行った。
ケリーはそれをただヒクヒクと涙ぐみながら、それを見ている。
(あいつも人喰い……?
とりあえず助かった。でも、このままだと……)
天人はアルトの体を壁にもたれ掛けると、家の外へと飛び出した。
「待てっ!!」
男はピタリと歩みを止め、天人の方を振り向いた。
そしてチッ、と舌打ちをすると低い声で言った。
「何だ、あんた? この家のものか?」
「違う、そうじゃない。でも、その人たちは置いて行って欲しい」
「何だ、家の中にまだ一人いるちっさいが……そいつを喰えばいいだろう?
じゃあな、俺は急いでるんだ」
再び男は背中を向けた。
その忌まわしい背中に天人は罵声に似た叫びを浴びせた。
「僕は人喰いじゃないっ! お前と一緒にするなよ!!
この悪魔がっ!!」
そのとき男はドスンとマリとケビンの体を肩から落とした。
そして、天人の方へとズシリと向かってくると、また低い声で言った。
「お前、この村のものじゃないのか……?」
天人はただ無言のままでいた。
鳥肌が身体中を覆っていくのを感じながら。
すると目の前の男の挙動がなぜか他人事に思えてくる。
「死ねっっ!!」
男はダイヤのように硬い拳を顔を大きく歪ませながら、天人の顔に打ちつけた。
「うわぁ!!」
天人はその訓練所のゴルド教官の拳よりも遥かに強い拳を受け、なお立ったままでいた。
その目はまだ男を睨みつけている。
その天人の軽蔑するような目を見て、男は目の端から涙を流すと、吐き出すように怒鳴った。
「俺はっ、俺はっ、悪魔と呼ばれてもいいっ!!
だが、だとすると俺の息子は悪魔なのかっ!?
何も知らず人の肉を美味しそうに……生きるためにほおばる俺の息子は悪魔かっ!!?」
男の目から涙がとめどなく溢れ出す。
(えっ、なんで? なんでこの人が泣くの?)
天人はその目と男の言葉に何を答えればいいのか分からないまま、ただ男の目を見据え、立ちすくんでいた。
「何も……何も知らない奴が正義を気取るなっ!!」
男はそのままケビンとマリの体を拾い上げると、そのまま道をゆっくりと歩いて行った。
天人はただ呆然とした表情を浮かべ、ただ腹の底から溢れ出す巡り巡る感情に囚われていた。
(人を喰う……それでしか生きながらえない?
それ以外に食べるものがない?
人が生きるために命を摘む……その対象がただ人間だった……?)
天人は人を喰うことを悪と定義した上で、男に自分の中をほとばしる怒りをさらけ出せた。
だが今、その根幹がまるで触覚を失った虫のように行き場所を失っていた。
(あの人は間違ってない……でもそう思うのはなんで何だ?
……間違っているのは……違うっ! 僕は間違ってなんか……)
そのときはっとアルトのことに気がつき、体を震わせた天人は急いでケリーの家に戻った。
床で血を流し倒れているアルトを天人は揺り起こした。
「アルトっ、しっかりしてよっ! アルトっ!?」
の肩から流れ出た血は既にその床にいくつもの大きな水玉を作り出していた。
天人の顔は応答のないアルトの様子を見て、徐々に青ざめていった。
「天人……さん……」
蚊の鳴くような声に天人はばっと後ろを振り返る。
そこではアルト以上の大量の血でできた水溜まりの上で吐き出すように言葉をふりしぼるケリーの姿があった。
「この先、僕の家の裏の前にある歩道を数分行けば……人が住んでいる……"村"、が……あります……どうか……そこで……アルト……さ……」
天人はそのまま生き絶えたケリーの死に顔を覗き込んだ。
その顔は引きつり、まぶたは赤くなっていた。
(ケリー………)
天人はその表情に悪意が存在しないことを確認すると、アルトを背負い、まるで棒切れの様にフラフラと言われた道を歩き出した。
ーーーーー
天人がケリーの言われた道を行くと、ケリーの家と同じような家が並ぶ"村"と思われる所に辿りついた。
(ここが、"村"……? とにかくアルト……を……)
天人は急に意識が遠のいていくのを感じた。
足元を見ると、天人の右足の一点から血が生地から溢れ出るクリームのようにとろとろと足をつたっていた。
(そうか……あのとき、弾が……)
天人はアルトを背負ったまま前のめりに倒れた。
その時天人は自身の呼吸音が耳に響かないことに気づいた。
「おいっ、誰か倒れてるぞっ」
「大変だっ、急いであそこに連れて行くんだ!
背おわれてる方は特にやべーぞっ!!」
誰かの慌ただしい会話が耳に流れ込んでくる。
天人は声を出そうとした。
だけど、その気力ももう失われただ血だけが生きているかのように天人の足からこぼれ出るだけだった。
それから数時間が経った。
「ああ、もう大丈夫だぜ。ただ、二人とも血を出しすぎだぜ。
昨日の肉を持って来てやれ……」
「えっ、でもあの肉は……」
「ああ、分かってるぜ、貴重な鹿の肉だ。
だが、それでこの子たちが助かるんだぜ?急げ!」
天人とアルトはとある家のひび割れた木の床に並べられていた。
もう一人いた男を使いに出させたゴリラのようにゴツい腕と顔をした男は、その僅かに吐息が漏れるだけの二人を男が神妙な表情で介抱している。
そこに獣の皮でできた分厚い上着を着た老体が玄関の木のドアからひょっこりと現れた。
「サピス、その子たちはもう大丈夫なのか?」
ゴリラのような男サピスは、天人とアルトの額に化石化したかのようにカピカピの濡れ衣を水で湿らせ、置くとスッと後ろを振り返った。
「ああ、大丈夫だぜ、おやじ。まだ暫く起きないだろうぜ」
サピスは父エレクトスに安堵の感情を含んだ溜息を漏らした。
エレクトスはその杖を壁にかけ、その前に歪んだ背筋のまま腰を下ろした。
そして天人の顔を覗き込んだとき、エレクトスは思わず変な声をあげた。
「どうしたんだ、親父? 気色悪いぜ、その声……」
「いや……この子の顔をどこかで見たような気がしたんじゃが……気のせいか……?」
ボケたようなことを言う父親にサピスは顔の筋肉を緩め、呆れたような顔をし、微笑んだ。
「おいおいおい! 頼むぜ、親父っ!
敵の中にもそんな見覚えのある顔があったら、躊躇しちまうんじゃねぇのか?」
エレクトスは両頬を赤らめ、肩をすくめて言った。
「いや、すまん。やっぱりわしの思い違いじゃったわい」
そのとき、暇を持て余していた杖をが壁から滑りこけた。
その呼びかけにエレクトスは重い腰を上げた。
「じゃあ、今から細かい計画を話すために村人たちを集めてくるわい。もう、昼も過ぎたしのぅ」
「それで、何人集まりそうなんだ?」
「あぁ、村の男ほぼ全員の九十八人じゃ、もう皆今日の夜に備えてくれてある」
「そうか、俺も今胸が高鳴ってるぜっ!! 俺たちの誇り……今日こそ必ず取り返すぜ!」
その後、そのエレクトスの家の周りに九十八人もの男が集まった。
彼らは皆、サピスとは違い、でまるで飯に何日もありつけなかったネズミのようであった。
だが、各々の目に宿る生気は永遠に消えることのない炎のように眩く光っていたのだ。
○
まだ目を閉じていた時、天人はふと自分の唇に柔らかくどこかザラザラとしたものが押し付けられているのに気がついた。
まるで鳥の滑らかな羽毛のような、まるで赤ん坊のプルプルのほっぺたのような感触のものを唇に押し付けられている。
(何だ……この感触は? これは……まるで……!!)
天人はゆっくりとまぶたを上げた。
「う〜ん、う〜〜〜ん、おいし〜わ〜!!」
天人は今自身の目の前の状況が理解できなかった。
横になっている天人の背中には母親が赤子を抱え込むような優しさを感じさせる腕がまわっている。
そして、天人の唇にタコの吸盤の如く吸い付いているのは、チンパンジーのような猿顔に、鬼気を感じさせる程のおめかしをした男であった。
「ひっ、ひ〜!!?」
天人は今まで自分が聞いたことのないような黄色い声を上げた。
「っもうっ! イノセントだわ〜! アっナっタっ! もっと私のラヴを与えてアっゲっルっ!!」
天人は更に自身に巻きつこうとしてくる、怪物を力任せに振り払った。
(こっ、これが森の獣……!!?)
怪物はそのまま、転がり後ろの壁へとその頭をぶつけた。
「っ何晒しとんじゃ、ごら〜!」
頭を打ってどこかのネジが外れたのか怪物は急に態度を豹変させ、天人に飛びかかってきた。
「お前が何してるんだよっっ!? デルタールっ!!」
そのとき、怪物の後ろから現れたゲンコツがその怪物の挙動を制した。
怪物は泡を吹き出し、前のめりに倒れると、その体をピクピク痙攣させていた。
その光景を見て、どことなくデシャヴを感じる天人にエネルギッシュな声が話しかけてきた。
「大丈夫か、お前らもう四時間ぐらい寝てたんだぜっ!?
一体何があったんだ?」
天人はゲンコツの持ち主である者を見上げた。それは心優しきゴリラ、サピスであった。
サピスのお前らという言葉に天人は不意にアルトのことを思い出した。
その天人の心を読み取ったのかサピスは右の壁に顎をしゃくった。
そこには膝を抱え、その全身を霊にでも取り憑かれたかのようにガタガタと震わせていた。
「俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない俺は何もされてない」
(アルト……?)
察してやれとサピスは天人の肩を叩いた。天人は何も見なかったかのようにポーカーフェイスでその視線をサピスに戻した。
「あ、あの、助けてもらってありがとうございます。その、僕たち実は……」
「他の国から来たんだろ?」
「えっ、なんでそれを?」
「おっ?やっぱりそうだったのかっ!? 思った通りだぜ!」
ハメられた……天人は弁解の余地なしと見て、首を縦に振った。
サピスは少しの反感をかう様子もなく、だが陽気な調子を崩して言った。
「なら、今からこの村を出ろっ! 今晩この辺は戦場になる可能性があるんだぜ!!」
(えっ、どういうこと?)
サピスの突然の言葉を上手く噛みきれなかった天人はその詳細を詳しく尋ねた。
「今夜、ここハビリス村の男どもがグリジアルス王国に攻め込むんだっ! だから逃げろっ!」
「でも、この辺もグリジアルス王国の領土……」
その刹那、天人はそのサピスの血相が一気に赤くなっていくのを見た。
拳をガッと握りしめながら。
(えっ、僕何か悪いこと言った?
もしかしてすぐ出て行くって言わなかったから怒ってるのっ!?)
その直後、サピスは天人の耳をガシッと掴むとそこに向け、怒号を放った。
「何も知らねえっ……何も知らねえやつが知ったようにデタラメを振りまくな!!
ここはグリジアルス王国なんぞじゃねぇ!
とっくの昔からここは偉大なるハビリス村の大地なんだぜっ!」
「……!!」
その感情が弾け出した声を耳いっぱいに浴びせられ、天人はまた意識を失った。
「あっ、すまねぇ」
そんな拍子抜けした声が天人のブルブルと震える鼓膜に響いた。
(何なんだ……この人……)




