弟思いの兄は母性をもってママになる
上島蒼……○○の兄。小柄で整った顔から女性に間違われる。タレ目となきぼくろが特徴。昔から弟思いで甘やかしすぎる自分を時々責める。今は兄離れをした弟に不満。17歳
○○……弟。
夕方六時。○○の部屋にノックの音が響く。
蒼「ねえ○○。部屋、入っていい?」
○○はベッドから体を起こすと、手に持っていた漫画を横に置く。
○○「なに? 要件は?」
蒼「いや、たいした用事じゃないんだけどね。部屋に入れてほしいかな……」
○○はけだるげに自室のドアを開けると、蒼は小さく手を振る。
蒼「まるで変わらないね。あ、この漫画まだ持ってるんだ。後で貸してくれないかな?」
○○「別にいいけど」
蒼は小さくガッツポーズをして、○○の本棚をまじまじと見つめる。
○○「今度は何?」
蒼「漫画、好きなんだなって思っただけ。僕もこれ好きだよ!」
蒼は背伸びをして本を取ると、ニコッと笑う。
○○「そう」
○○は蒼に目もくれず、ベッドに座ってはまた漫画を読み始める。
蒼は無反応に近い○○にムスッとする。
蒼「あれ、これって……」
蒼が背伸びをして覗き込もうとする。
○○はそれに気づき、とっさに漫画をベッドに投げる。
蒼「わっ!」
○○「見た?」
○○はとっさに蒼に差し迫り、手で目を覆い隠してしまう。
蒼はコクコクと首を縦に振る。
蒼「見た……」
○○は大きなため息をつくと、蒼の肩をつかんで顔をじっと見る。
○○「あのさ、親には内緒にしてくれない?」
蒼「い、言わないよ。お、男の子だもんね」
蒼の顔は真っ赤で今にも湯気で出そうになる。
○○「兄貴だって一冊や二冊は持ってるでしょ」
蒼「あ、あ、あるわけないじゃん!」
○○はとっさに蒼の口を手で押さえ、人差し指を立てて口に当てる。
○○「声が大きい」
蒼「ごめんね。つい恥ずかしくって……」
○○「兄貴、何でも一つだけ言うこと聞いてやるから本当に黙っててくれない?」
蒼「え、今なんて?」
○○「あーもう。一つだけ言うことを聞いてやるって言ったの。できる範囲だけどさ」
蒼「悩むなー……」
蒼が指を折って数えると○○は大きなため息をこぼす。
○○「一個だけだからな」
蒼「わ、わかってるよ! でも、一つに絞るのが難しくって……」
蒼「あ! ならさ、耳かきさせてよ」
○○「はあ!? 兄貴ってブラコンなの……さすがに引くわあ」
蒼「違うよ! 誰にも頼られなくて寂しいんだもん……」
○○「え、兄貴って学業優秀だから頼られそうなイメージしかない」
蒼「頼られるよ。でも、頼られているよりはなすりつけな感じがするんだ……」
蒼「これやっといて。とか、これ持ってきて。とか。どれも、僕である必要はないし、それよりも僕が必要だって言われたい」
○○「でも耳かきで兄貴じゃないとだめってことなくね?」
蒼「いいの、そこは。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
蒼は手に竹の耳かきを手に○○の部屋に戻ってくる。
蒼「ここに横になって」
蒼は座ると、膝をポンポンと叩く。○○恥ずかしそうに頭を乗せ、蒼を見ないようにする。
蒼「やっぱり大きくなったね」
蒼は愛おしそうに○○の耳のふちをなぞる。
○○「こそばゆいんだけど」
蒼「ごめんね。じゃあ、いれるね……」
蒼は慣れた手つきで耳かきをする。
○○は心地よさから目を閉じて蒼に身を任せる。
蒼「よし」
フッと耳に息を吹きかけられ、○○の肩が跳ねる。
蒼「ごめんね! 昔の癖で……」
蒼ははにかんで笑う。
○○は体を起こし、反対の耳を蒼にあづける。
蒼「懐かしくない?」
○○「……うん」
蒼「昔は僕がいいって○○は甘えてきたよね」
蒼「ごめんごめん。そんなにむすっとしないでよ」
蒼「ちょっと思い出しただけ。懐かしいなって」
蒼は鼻唄を歌いながら手を動かす。
○○「その歌、まだ覚えているんだ」
蒼「え、あ、うん。僕にとっては思い出の曲だもん」
○○「ふーん」
○○はまた目を閉じる。
蒼「……よし。終わったよ」
フッと息を払い、名残惜しそうに蒼は○○を見つめる。
○○は体を起こし、大きく背伸びをする。
○○「ありがとう。そろっとご飯だろうし先に行ってるわ」
蒼「あ、うん。お母さんにはちょっと遅れるって伝えておいて」
○○は分かったという風に手をひらひらとさせる。
○○「あ」
ドアノブに手をかけ、○○は何かを思い出したのか立ち止まる。
蒼「どうしたの?」
○○「いや、兄貴が耳かきを選んだ理由が分かった気がしただけ」
蒼「ま、またやって欲しかったら言ってね!」
○○「……考えとく」
――END
この耳かきシチュは兄弟限らず関係を選ぶことなく使える。中でも太ももにのしかかる頭の重さで成長を感じる幼なじみ(兄弟、姉妹など)の場面は尊い