69話 誰かが居た
朝。目を覚ますと隣にアリスはいなくて、キッチンの方からトントントンと包丁の音がした。良い匂いを辿るとアリスが朝ご飯の支度をしている。
「おはようアリス」
「おはようミリア。よく眠れた?」
「うん」
「そう。よかった」
会話はそれで終わって、私は少しムズムズして椅子に座った。動いているアリスを眺める。落ち着いた所作で、慣れた様子で料理を作っていく。箸で卵を溶き、フライパンに流し込んで、折りたたむ。そんな様子をただただ眺めた。
「ミリア、食べましょう」
いつの間にか出来上がっていたみたいだ。私は朝食を運んでテーブルに着く。向かいにはアリスが座る。
「いただきます」
「召し上がれ」
そう言って微笑むアリスの顔を写真に残したくて、けれどマナーが悪いと思ってやめた。
今日も朝から気温が高い。アリスと外に出てみれば、泳ぎたくなるような青空に大きな雲がぷかぷかと浮いている。空に飛び込んでフロートのように浮かんでいる真っ白な雲を蹴散らしてやりたいのをこらえてアリスについて歩く。ハラリとなびく金色の髪が、陽光を浴びてきらきらとさんざめく。夏だ。
高層ビルに入っていくと、そこにはギルドのような受付があった。アリスはそこで何かサインを書いた。それが終わると受付の人に軽く頭を下げて、私を伴ってエレベーターへ向かう。アリスはエレベーターに何かをかざした。するとエレベーターはすぐに到着して、私とアリスはそれに乗って地下へと降りた。
「うわああああ!!!おいおいやめろってバカ!!シャレにならんってえええ!!!」
「いいからすぐ済むから3秒で終わるからっ」
エレベーターのドアが開いたら、リスカがカナトのズボンを下ろそうとしていた。そういえばカナトがリスカの家に住むことになったんだったか。それにしても何をしているのだろうか。
「貴方たち何をしているの?」
アリスが聞いた。
「あっ、ボスぅ!あっ、ミリアちゃんもいる!」
「ボスッ!!助けてっ!ズボン、ずり落ちちゃうよおおお!!」
グイグイとカナトのズボンを引っ張るリスカ。半泣きで助けを求めるカナト。そんな様子にアリスはため息をつくのだった。
「で、どうしてあんなことになっていたの」
二人を引き離して、アリスが質問をする。
「俺、寝ている間に腿の辺りを虫に刺されちゃったんすよ。そんで痒くなって搔いてたら、こいつがいきなり」
「だってぇ、あたしの家で起こったことだろ?じゃああたしの責任じゃんか。だから軟膏でも塗ってあげようと思って。それに大親友なら体の隅々まで把握してないとおかしいでしょ」
「何言ってんだ?おかしいのはお前の頭だよぉ!!!軟膏くらい自分で塗れんだよバカ!!それから体の隅々まで把握してたら大親友じゃねえから!!!それはただの変態なんよ!!」
「あ、やっぱりあたし頭おかしいよね。ごめんね?こんな奴に大親友なんて絡まれてうざいよね。もう友達ですらないよね。ただの変態粘着地雷メンヘラストーカーだよね。分かってるよ、自分が気持ち悪い女だってことくらい。だってカナト君が家にいるのが嬉しすぎて盗撮しまくったもん。もうパソコンに専用ファイル作ってあるし、お風呂とトイレのはちゃんと動画で撮ってあるよ。脱衣所で私の下着チラッと見てたの可愛かったなぁ。それにカナト君意外と大きいんだね///キャッ言っちゃった///あたしったらはしたない!それに寝顔もすごく可愛くて我慢するのが大変だったんだよ?警戒して寝てくれないかと思ってたのにあっさり寝ちゃうんだもん。ほんと純粋で可愛いなあカナト君。あたしが隣で寝てたのにも気付いてなかったんでしょ?何回も涎かけちゃってごめんね?」
彼女はニタァっと笑った。
「ちゃんと拭いたつもりだったけど腿についてたんだ。暗くてよく見えなかったから。乾いてかぶれちゃったのかもね。ふふふ。それにしても朝起きて部屋覗いたらいなくなってて悲しかったよ?おはようのお世話もしてあげようと思ったのに」
「だからお前、さっきから何言ってんだよ。なんでお前の家に俺がいるんだよ」
「え、だって昨日カナト君と一緒に帰ったじゃない」
「昨日は俺、学校行ってて休みだったぞ?学校終わったら家に帰ったし」
「じょ、冗談、だよね?」
「嘘じゃねえよ。だって俺夜中起きて虫と戦ったもん。間違ってもお前の涎なんかかからないぜ?」
「じゃ、じゃあ、あの人は、誰?」
「俺が知るかよ」
そう言ってカナトは軟膏を塗りに行った。
ガクガクと震えるリスカ。その背中をさすってあげる。
「み、ミリアちゃん。ミリアちゃんも昨日見たよね、カナト君のこと」
「うん」
「そ、そうだよね。やっぱりいたよねカナト君」
確かに見た。そして会話も聞いていた。昨日カナトを見たというならクリアスターとシガレットとシャリテにも話を聞いたらよいのではないだろうか。リスカにそう提案した。
「カナ君?昨日はいなかったよね」
「で、でも昨日私たちと話していたじゃない」
「そういえばリンちゃん、途中から一人で喋りだしてちょっと怖かったね。あまり病んじゃだめだよ?」
「う、嘘・・・」
残りの二人もクリアスターと同じようなことを言った。結局昨日カナトが居たと思っているのは私とリスカだけだった。5人中3人が、そしてカナト本人も自身がそこに居なかったと証言している。
「嘘よ、皆で私をからかっているのよ。だってミリアちゃんは見たのよね?会話も私がしたのと合っているし」
そう私とリスカは同じ会話を記憶していた。そのことだけがリスカの恐怖心を抑えている。もし誰もいなかったら、壊れてしまったかもしれない。
「さあ仕事仕事」
そう言ってデスクに向かうカナト。思い出してみると昨日のカナトと声も顔もまるで違うのである。リスカはその点には気が付かないみたいだ。それが何故なのかは全く見当がつかない。
その日リスカが恐る恐る自室のパソコンでカナトの専用ファイルを開いてみると、そこには誰も映っていない部屋の写真や動画しかなかったそうだ。
夏はまだ始まったばかりだ。




