53話 なんでもなかったかのように
その悪魔は、外形を捉えることが出来なかった。黒いもやもやを纏った漆黒だ。少しだけ沈黙があった。
ミリアは悪魔に近づいた。手の届く距離まで。声が届くように。
「死なないで」
悪魔が蠢く。もぞもぞと黒いもやもやが形を成していく。
それはやがてローリスキーの形になって黒が晴れていく。目を開けた。
「あーあー。ゴホン。死なないというのは難しい。悪魔の素は人間なのだから人間が絶滅するようなことがあれば我々も緩やかに」
「違う。自殺しないで」
「っ、何故だ?君は私が悪魔だと知っただろう。何故そんなことが言える」
そんなことは初めから知っていたことだ。そう名乗ったではないか。
「いなくなると寂しいから」
「君は、君は、、、ははは。君の言葉を受け止めよう。そして問おう。君は何者なのかを」
何故死に反応出来たのか、あの光は何だったのか、どうして呪いを消すことが出来たのか、精神の異常が消えたのか、何故悪魔に怯えないのか。そんなことを彼の瞳は問うている。だがそれに答えることは出来ない。秘密主義でやっていこうと思っているのだ。
「私は」
だからこれしか言えない。
「ミリアだよ」
それから言葉をかわして、お昼まで深海生物を探した。
「それにしても悪魔に何の反応も示さないとは恐れ入ったよ、ジュド君」
ローリスキーがそんなことを言った。彼が人間に興味を持つのは珍しいのではないだろうか。まだ短い付き合いなのでわからないけれど。
言われてみれば確かにそうで、ジュドは私とローリスキーのやり取りをただただ見聞きしていた。腰を抜かしていたとか気を失っていたというわけでもなさそうで凄い人なのだなと思った。
「いえ、驚いたのですがミリア殿がなんとかしていた様子だったので」
「ジュド君は意外と能天気なんだな・・・。まあ私の悪魔的特性としては欲しい物がある人間は私に作用されやすいから、ミリア君と同じで物欲がないのだろう」
物欲。欲しい物なんていくらでもあるが、欲になるほどではないのかもしれない。何としてでも欲しいものは今のところない。
「それにしたって悪魔だぞ!もっと喚き散らすだとか狂乱して崇め奉るとかそういうリアクションが欲しかったんだよなー、こっちとしては。それなのにさー、二人とも無反応でさー、私のこと見てくるから恥ずかしかったんだよね。おじさんショックだったょ」
「よ」の発音がおかしいので、彼なりの冗談だろうか。まあ彼は悪魔なのでより深い絶望を与える為に今はこうして大人しくしているのかもしれない。けれどもそれでもいいと諦めて仲良くなれたらいいと思う。
昼食の時間になり、食堂へ向かう。メニューは流石にカレーではなくてパンと肉料理だった。スープもある。レイニーが居たので、向かい側に座った。
「あらミリア。何か生き物見つけられた?」
「なんで知ってるの?」
「ジュドに聞いたの」
「大きいタコがいた。あと長いのがいた。あと」
そんな風に他愛もない話をしつつ昼食は進んだ。
「ミリア、ちょっと変わった?」
何が?そんな顔をした。
「積極的になった気がするわ!人付き合いとかそういうの。それとも人見知りしていただけ?」
そんな言葉に自分を省みてみた。まあ顔を見るようになって少し愛着でもわいたのかもしれない。話し相手が居れば退屈しなくて済むし。
「別に」
私はそんな風にごまかしておいた。
昼食後、今度はレイニーも誘って操縦室で海を眺めた。目的地付近になって段々と浮上していく潜水艦からは、海の景色が沈んでいくように見えた。暗さは次第に薄れていき、海は本来の青を取り戻していくようだった。
やがて、船は海面に浮上した。丸窓から見える景色は砂浜。太陽光で眩い。
「到着しました。」
ジュドはそう言って操縦桿を手放した。




