51話 あくましぬ(しなない)
ローリスキーと一緒に操縦室に来た。ノックする。
「どなたでしょうか?」
「ミリア、と」
ちらと見てローリスキーに名乗りを促す。
「私だ」
「?ああ、ローリスキーさんですか。どうしたのですか?」
「深海の生き物、見に来たの」
「・・・どうぞ、お入りください」
ガコンと扉が開く。私は機械質な扉を興味深そうに触っていたローリスキーの手を引いて中に入る。
ジュドは入ってきた私たちをちらと見て操縦に戻った。
「視界をあまり塞がないようにしてくださいね」
私はうん、と返事をしてローリスキーの手を放し、ジュドの膝上に座った。昨日はいつの間にか座っていたので今日は最初から座っておこう。
丸い窓からは相変わらず暗い景色。潜水艦のライトで照らされた前方には大きな岩が犇めいているようだ。生き物は見えない。ローリスキーに生き物を見せてあげなければいけないというのに残念だ。ふと振り返ると、彼はジュドの座る操縦席の後ろから丸窓を眺めていた。
ミリアに連れられて操縦室に入ったのだが、ミリアが私の手を放してこのジュドという男の膝に座ってしまった。うらやま憎々しい!おのれすました顔をしおって、内心どんなことを思っているのか想像に難くないぞ!ミリアの臀部を大腿部で感じおってえぇ!!あっ、ミリア!奴の大腿部をその手で触るなんて!繋いだおててもう何にも触らないって約束した(してない)じゃないか!僕というものがありながら!はっ、待てよ。これはもしや私の嫉妬を煽るための行動!そうだそうに違いない!だとすれば全ての辻褄が合う(合わない)!ということはこの男は、実は良い奴なのか?だってミリアに協力しているんだものな。まあ後で殺すけれど。だって僕のミリアに触れたから。
マテ。イツカラボクのものになったんだ?
私は僕じゃない。私は大悪魔、、、だ。では僕は、誰だ?私は僕だったのか?それとも私が僕になっているのか?いや、そんなことはどうでもいい。問題は私がミリアにふざけた感情を抱いたという事実だ。こういう時にどうすればいいかは知っている。速やかな自害。
心臓の音が止まった。そう気が付いた時にはミリアはジュドの膝上から滑り降りていて。ミリアの背中から出た真白の光にローリスキーは飲み込まれていた。
時間にして一瞬。ミリアはローリスキーの異常を消し去った。それは彼にかけられていた呪いだったり、人格、精神の異常だったりだ。人間の体ならば心臓停止で死ぬだろうが、呪いを消せばそこにいるのは悪魔なわけで、恐らく臓器など無い概念存在だ。この状況を好転させ得る最善の手だった。
今の一瞬で、自分が元通りになったのだと大悪魔は悟った。心臓を止め、ミリアがすぐに振り向いて、僅かに知覚することが出来たのは、白。眩ささえもない完全な白。その後に残っていたのは、確固たる大悪魔だった。
ジュドはいきなりミリアが膝から降りて、驚いた。そしてミリアが向いた操縦席の後ろ、ローリスキーの方に彼も振り向いて驚いた。たった一瞬で、ローリスキーが化物になっていたからだ。
それは、宙に芽吹く蝶を片方の目で見ようとしてその先にある遠くにある海に敷かれた線路が凍えるように赤に染まっていくけれど窓からは犇めく烏の群れだけが金剛の彼方に帰る場所を探していつかまた会いましょうと囁いてそうで哀れな迷子が深き森に迷ってしまってそこには黒猫と魔女しかいなくて空虚な笑みも乾いた笑いも全て鏡に映って気持ち悪いのだが故に残暑には寂寥で甘い砂糖を延々と食べさせようと思い儚い苛立ちの赴くままに木の枝を湖に入れたくてペンを執り体の節々に閃光が走り去っていくのを確認しつつ玄関には敬礼を廃墟には懺悔を残してどこかに意味を見出すためにケーキを眺めてきっと無機で自堕落な想像をカチカチとほんの少し煩い時計の針に返納したならどれほど美しいだろうかと考え抜いてみると案外答えなどというものは事前に申請が必要なもので生活の音の中にいくつか卵の黄身さえも割れてしまうような乱雑さで馬の二度蹴りをまともに受けるのはそこに羽虫が飛んでいたからという理由にほかならず正しさを世間はひた隠しにしているけれどベランダから小石を蹴飛ばせば港町はいつもと変わらずに船が出るものだしこんにちはがはにかみと共に屈託は無く簡単な心理テストでも情報はいくらでも引き出すことができるのではないだろうかと普遍的で怠慢な現代を鑑みていたがつま先から伝わる地面の感触は大抵当たり前だとすら思わないものでだからこそ我々が普段目にする雲の腹も太陽と異なる視点だと気が付いたので曖昧な世迷言を吐く少年少女だって眠れば夢に飲まれるのだから立方体にだって見えない部分があるのだと配電盤から電気を通す前に部屋の掃除を怠ってはならないように山の斜面を駆け登る一陣の風が滝を抉り空中へと質量をまき散らすのも無理はないのではないかと空想しあるいはゼロから数え上げた己の指の数が一本足りないのは頭の湯加減を見直すべきなのだがとはいえ予め剪定されていた植物を想像の埒外から別の形に辿るのは難しいだろうからこそ世界を祝い陽の当たらない場所に火を放ち這い出てきた虫を掬って救い巣食うのがきっと噛み砕くには惜しい甘ったるい飴玉をいつまでも舐めて塵芥ほどの後悔という感情に手指を這う悍ましさに滲み出す汗が渇きを生むように空が黒ければ黒いほど地面は光を灯すものだ。




