3話 夕食は甘口カレー
無駄な思考の旅から帰還すると、時刻は19時ちょうどであった。タイミングよくお腹が空いてきたので早速食堂に向かうとする。夕食の時間だ。
今更だがこの宿泊施設の名称は「森の中心」というとってもわかりやすいものなのだが、宿泊施設の間では勿論のこと、レストランなどの飲食店の界隈でも有名な名称である。ここで提供される料理が絶品と評判な為だ。自給自足で賄われる食材はどれも新鮮かつ美味であり料理人の腕も確かと、一般客にも貴族にも有名なポイントなのだ。さらに食事の料金は無料である。この一点が宿泊費用が高くても、一般客から不満があがらない落としどころだそうだ。
施設の従業員の負担が大きそうで心配になる。経営戦略というやつなのだろうが、バランスは考えなければなるまい。特に駒のケアは重要である。経営は規模がでかくなるほどに綻びがうまれやすいのでとても大変だろう。現状この宿泊施設はまあまあ上手く回っているようだ。給金の多さによって、忙しさが、働き甲斐という幻影に変化しているのだろうか。
話が進まないので食堂に到着した。広い空間にはすでに美味しそうな匂いが漂っていた。数人の客が食事をとっている。さて何を食べようかと考えつつ、カウンターに近づく。
カウンターではお姉さんが注文を受け付けている。私はお姉さんに話しかける。
「すみません。鬼殺し半狂乱カレー甘口一つお願いします」
今日はカレーの気分だった。そしてやはりカレーライスは甘口に限る。そう思考して注文する。人にものを頼む態度だ。礼儀を弁えている。森ではちょっと動揺して忘れていたが、万物に敬意を払った言動を心掛けなければな。人間の信用度という概念は面倒だ。
「はーい。カレー甘口ね。量は普通盛りでいいかしら?」
私は無限の胃袋をもっているとはいえ、16歳の少女だ。大盛りは目立つ。普通にしておこう。
「はい。普通でお願いします」
「りょうかーい。カレー甘口普通一つ!」
お姉さんが厨房に指示を飛ばす。厨房も広い。混雑時も大丈夫そうだ。
「じゃあ座って待っててね。すぐ出来るから」
私はお姉さんの言葉にうなずいて近くの席に座った。まだ混んでいないから面倒事は起きないだろう。そういうことを考えると起こるから嫌なのだ。
「おい娘そこをどけ」
目の前で明らかに貴族な子供が二人の用心棒を引き連れ腕を組み私を見下ろしている。面倒な。貴族は食事を部屋に運んでもらえるはずなのだが?わざわざ降りてくるとは庶民の立場を体験するという遊びだろうか。将来有望だな。是非ともいい政治をしてくれ。はあ、仕方がないが席くらいお譲りしよう。
ミリアは無言で席を立ち、少し離れた席に座った。
「何をしている?ここは僕が貸しきるんだ。早く出ていけ」
初めからそう言ってくれ。しかし、はいわかりましたと言って出ていくわけにはいかない。鬼殺し半狂乱カレー甘口普通盛りがすぐに出来るのだから。だから邪魔はさせない。睨みつけてやる。じろっ。
「な、なんだその目は!出ていけと言ってるんだ!」
ふん。所詮子供か。ビビっているぞ。顔も赤いな。よっぽど血がのぼっているようだ。やはり15歳で成人なんて早すぎる。精神が未発達なのではないか?は~あ、ため息ため息。
「貴様ッ!!おいお前たち、こいつをつまみ出せ!」
遊びすぎたか。まあいい。用心棒は片やスレンダーな女性。片や普通体型の男性。流石に私のような少女に手荒な真似はしないとは思う。どちらにせよ出ていくつもりはないが。とりあえず話を聞こうではないか。
「悪いが嬢ちゃん。出て行ってもらうぜ」
男性用心棒が私に手を伸ばしてきた。話す気などないようだ。残念だ。そして私に触れるな。
空間が揺らぎ、ミリアに触れようとしていた手が消えた。肘から先が消滅している。
「は?」
男性用心棒から疑問の声があがった。説明しよう。ミリアが手を消滅させたのだ。男性用心棒はバランスを崩したのか後ろに倒れこむ。また空間が揺らいだ。男性用心棒が地面に手をつくと手があった。消えた手はあった。
「は?」
再び疑問の声があがったので説明すると、ミリアが手を再生したのだ。男性用心棒は何度も己の手が存在することを確認している。一度生まれた違和感は中々拭えない。自分の手はこの手だったか。本当にこれが自分の手なのか。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!赤い閃光ッ!!」
男性用心棒はやや発狂しながら能力を発動させる。その体から赤い霧が吹きだし、やがて槍の形になった。
<赤い閃光>は実験によって生まれた量産型の能力。血液を消費して武器を造ることができ、消費する血液量により強さが変化する。
闇の一端。量産型能力。やはり貴族には闇があるようだ。男性用心棒は、その身に危機が迫った時に能力を発動するように洗脳されていたのだろう。面倒だ。