31話 介入
悲鳴が発生したであろう路地に入ると、そこは薄暗くてさらには狭かった。そしてそこには倒れ伏している女性と、闇に紛れるような黒さの長いコートを着た男性がいた。その男性は身を震わせながら立ち尽くしているようであった。こちらに背を向けて、荒い息でぶつぶつと呟いている。初めからこの男性を犯人だと決めつけるのもよろしくないだろうという考えの下、私はこの男性に話しかけて何があったのかを聞いてみることにする。
「あの、何かあったのですか?」
そんな風に後ろから声をかける。すると男性はびくりと体をこわばらせて恐る恐るこちらに顔だけをを向ける。その割と若い顔がこちらを確認して安堵の色を見せた。そして徐々に口角がつり上がる。まるで新しい獲物を見つけたかのようだ。私は獲物ではないというのに。
「ああ、実はさっき恐ろしいことがあってね」
そんなことを言って、男性がわざとらしく自分の口を手で覆うのはその溢れんばかりの笑みを隠すためだろうか。
「そう実は僕の下半身がね、」
男性はコートをぎゅっとつかんで震える。それは恐怖のためではなくて、最高の瞬間を今か今かと我慢しているからか。
そしてその瞬間は今やってくる。
「ぼ、僕の下半身がッ!!こんなことになっちゃったんだぁぁぁっっ!!!!!わああああああぁぁぁぁああぁああ!!!!!!!HWOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!おぎゃあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!!」
しかしその瞬間を私は目撃していなかった。何故ならば私の前に誰かが割り込んできたから。その割り込んできて私の視界を埋めたその中年くらいの男性は、私が最近助けた自称大悪魔のおじさんだった。
「ほぎゃああぁぁぁぁあぁぁ!!!!にょちょげろんぽおおおぉぉぉぉおぉおぉぉおおおおお!!!!!!おんじゃうぃばなぽおおおお、ちょげえぇえぇえぇええええぇえええ!!!!!!」
私の視界の向こうで未だに奇声をあげている男性はこちらの様子など見ておらず、何も気付いていないようで、必死に痴態をさらしているみたいである。
この男がミリアに対して行っているのはきっと自己満足の為の行為であり、本当に見ているのは自分一人なのだろう。周りに見てもらいたいという気持ちは自己の快楽趣向からのものであり、そこに他者への感情は無い。自分の為に他者を利用するのだ。とはいえ自分の為に他者を利用している光景など、どこでも見受けられるものである。たいして気にするほどのことでは無いだろう。ミリアを道具のように使ったのは許されざることではあるが。
しかしこういった趣向はどこから湧き上がるものであるのだろうか。他者に見せつける喜びであるのか、それとも他者に見られているという羞恥による興奮を得たいのか、そういった感覚的な面でも目覚めた原因が分かたれるだろう。いずれにしても禁忌を犯すという点で、このような行為は犯罪と同一である。
数の多い人間ではあるが、誰か一人が何かをすれば全人間にそれを行いたいという衝動がある可能性があるということだ。様々な可能性を内包しているが故に、犯罪にも手が届いてしまう。哀れな種族でもあるのかもしれない。
そんな性質を知ってか知らずか人間は人間同士で監視しあい、道を外れたものは排除する。要するに汚い所を見せたくないのだ。露わにしたくないのだ。その汚れは人間という点で同じものであるから。そう、人間は人間をそれぞれ違うものとして見てはいるが、その実同じものであるのだと理解しているのだ。認めているからこそ、価値観を共有しているからこそ、道を外れたものを許せない。しかしそこで抱く感情は、道を外れ人間ではなくなったものへの軽蔑か。それとも道を外れ人間をやめたものへの憧れか。どちらにせよ人間という種族の檻は大層狭くて苦しいものであろう。
その檻の外にいるが、今は同じような姿をとらされている悪魔がこれから愚かな人間になにかをするだろう。




