25話 概念干渉系能力
ゴランノスが怒ったところで、その視界はバナナの黄色に染まっていて敵の姿を映さない。そんな風に無意味に両腕と尻尾を振るうゴランノスにあさむぎが接近する。そしてあさむぎがゴランノスの抵抗をかいくぐり、そのバナナまみれの頭部に神速の蹴りを放った。
その負荷にまず首の骨がゴキリと折れ、次いで首の皮が引き裂かれる。そんな風に取れかかった頭部に、間を置かずにもう一度負荷がかかる。その負荷によって頭部はゴムまりのように凹み、ゴランノスの背後の木にめり込んだ。間を置かずに掛けられた負荷は、あさむぎのもう一度の蹴りによるものでは無い。それはあさむぎの能力によるものであった。
〈連撃〉というその能力は名の通りに連撃である。あさむぎの一撃を対象に付与する。その原理としては、あさむぎの攻撃という行動が記録された時点で、その記録された情報を〈連撃〉という概念が引き出す。引き出された情報は、元の記録との齟齬というか穴を埋める為に、情報通りに作用しなければならないのだ。しかし、記録を正確になぞるには時間に干渉する必要があるがそれができないため(時間の操作も記録されるため、余計に齟齬が生まれる)、その結果対象の詳細さえあてはまれば良いという考えのもと、かどうかは分からないが時間は無視されている。〈連撃〉が発動するのは攻撃が終わったとされた瞬間なので時間的齟齬はそれほど大きくはならないという理由もあるだろう。〈連撃〉によって時間・空間的な変化は通常起こりえないものではあるが、記録に干渉する能力であるために使い方によっては何が起きるかわからないものである。とはいえ使用しているあさむぎ自身はその原理をしる由もなく、自分の攻撃が二連撃になるものだと思っている。本来、何連撃にもなりえるがそのたびに記録される情報にはずれが生じるため段々と歪ができてしまう可能性もある。本能的に二連撃とした方が良いと思っているのならばその方が良いだろう。
因みにこういった、能力が概念として働く能力系の総称として概念干渉系能力というものがあり、〈連撃〉もこれに類するものである。この間死んだ男性用心棒の〈赤い閃光〉は一応、創造系能力とされている。生み出された槍の能力、〈斬撃延長〉は概念干渉系能力である。これも本来、延長に際限の無いものであるが、概念が人によって創られるものである以上、集合無意識によって概念そのものに制限がかかっていたりもする。概念干渉系能力を持った人間が、その概念を余すことなく使おうというのならそれは世界の敵となるだろう。話を戻してシャルヴィス・X・インフェルノの〈煉獄〉は結界系能力に類し、フワ・ベルガモットの〈穿つ十字架〉は象徴系能力に類する。象徴系能力というのは特殊な分類で、ある象徴に依存して能力を発動するものだ。フワの場合、十字架がなければ光線は出せず、十字架を認識していればある程度離れていても光線を出力させることが出来る。そして象徴から発動される現象は、使用者の象徴に対するイメージ的な何かが反映されたものだという曖昧な見解がなされている。
首のとれたゴランノスは盛大に血飛沫を噴き上げて、ゆっくりと倒れた。高く噴き上がった赤い雨は、自然に逆らうことは出来ず、やがて地上を赤く染めていく。あさむぎはそうなることが分かっていたようで、既に距離をとっていた。血を見ることは覚悟していたが、こんなのは聞いていない。誰が掃除するというのだこの惨状を。
「ちょっと!ミリアになんてもの見せるのよ!もっとスマートに出来たでしょう!」
花火がそう言ってあさむぎに食ってかかる。
「その、少々張り切ってしまってつい」
しょんぼりとそう言って申し訳なさそうにあさむぎが謝ってくる。私はその謝罪に対して冒険者になる覚悟をはかってくれたのだと好意的な解釈を提示することでその場を収めた。
それにしてもこの後モンスターの処理やらはどうするのだろうと思っていると、いつの間にか、えるもが血溜まりのところで何かしようとしていた。えるもはどこからともなく刀を発生させると、その刀の切っ先を血溜まりにつけるのだった。すると血溜まりの血は刀に吸われて、また、地面にしみこんでいたゴランノスの血もその刀に集まっていく。それが終わると次は死骸の心臓部分に刀を突きたてる。やがて刀が抜かれた死骸は幾ばくか軽くなったのではないだろうか。そんな死骸に今度は摂理がやってきて、ペタと死骸に手を触れた。
えるもに話を聞くと、能力によって血を吸う刀を出せるらしい。
宵月えるもの能力は、〈赤い閃光〉とは違い創造系能力ではない。大別されるのは召喚系能力である。えるもの召喚する刀は〈桜爛〉という銘である。その刀は勿論、他の召喚系能力によって召喚される物たちがどこから来るものなのかは、未だかつて明かされたことの無い謎である。能力というのは宿った時におおよその扱い方が感覚的にわかるものであるが、召喚系能力者はまず召喚の仕方だけが分かり、召喚したものを手にした時、その物の扱い方がわかるという。なぜ感覚的に扱い方がわかるのかもまだわかっていない。




