20話 祭は終わるから祭
一日の終わり、祭も終盤ということもあってか街は盛大に賑わっていた。大通りは勿論のこと、枝のように分かれていく小道でも様々な客商売が展開されておりそちらも平素より繁盛しているようであった。街を練り歩いていると、この祭はありきたりといえばありきたりな豊穣を願ったものだというのがなんとなく感じられた。人々が口々に言っていた「めでたい」というのが、豊穣を祝う祭であるならいざ知らず、豊穣祈願祭で用いられるのはどういった了見だというのだろうか。まあ祭はめでたいものだという考えがあるのはわかるが、祭の本来の意味に対するものでは無く、祭という存在に対しての言葉になってしまっている。こういった変容が年月とともに広がっていくというのは、人間という種族では仕方がないことなのだろう。人間は変化していく生き物であるから。種族的特性が人間の形成する文化や技術、それらを含んだ文明にまで影響するのは、そしてその影響が目に見えやすいのは、人間の数が多いからだろう。数は武器でもあるが、ある面では情報なのだ。個人個人がバラバラの情報を有していても、全体を見るとおおよその情報が読み取れてしまう。そして全体としての結びつきが強ければ強いほどに、性質としても一概化してしまえるようになる。逆に結びつきが弱ければ、解くのは簡単になってしまう。戦術的優位をとりたいのであれば表立った少数精鋭を機能ごとにいくつか作り、また裏方にも少数精鋭を取りそろえるとよいのではないだろうか。ともかく目立つ個がいるのならば、目立たない群れが頑張るべきなのだ。完成された武力は兵器だけだ。人は成長していくべきである。うむ、わけのわからない思考もいつも通り働いている。どうでもいい。
そこら中から漂う良い匂いに振り回されつつ私は祭を楽しんでいた。祭には特にやることもないようで、人々は終始食べて飲んで騒いでの三拍子であったが、ひと時の夢を楽しみ尽くすという気概で祭に臨んでいるようだった。とはいえ人間、明日は仕事があるもので、夜が更けていくとともに人も疎らになっていく。残る者は朝起きれなくなる覚悟のある奴だけだ。
私はもうすぐ終わろうかという今日を揺蕩っていた。大通りを練り歩き続けたので、この存在を何度も目撃したという人間も大いにいることだろう。明日からも私がいることに対する免疫というか慣れにもなったに違いない。これで明日はあまり大きな注目を浴びることは無くなるだろう。私がどう動こうと勝手ではあるだろうが、その一挙手一投足に注目されてはかなわない。それにこの街で起きている事件の存在をないがしろにされてしまうのは危険である。この祭の日は犯人が出没しがたいだろうから、人々に慣れてもらう今日が祭でちょうどよかった。
祭を謳歌してしまったミリアには、宿に泊まる金銭など残ってはいなかった。16歳が夜明けまでふらふらと大通りを彷徨うわけにもいかず、とりあえず宿を探して出世払いできないだろうかと聞こう、とミリアは考えたのかトボトボと歩き始めた。小石を蹴りながら、祭の余韻を味わいつつゆったりと歩いていると、赤色のぼんやりした光に眠気を誘われたのか、うとうとと首の情緒が危ぶまれてきた。やがて油断したミリアは蹴っていた小石に足元掬われて、すってんころりんしかけたが、誰かに後ろから支えられた。
林檎の芳醇な香りがする。私はぼうっとした思考でそれを意識した。
「大丈夫ですか?」
女性の声に呼びかけられる。緩慢な動作で振り向き、ご尊顔を拝見させていただくと、笠を被って黒い浴衣を着た黒髪ぱっつん少女だった。顔ではなく格好のほうに目が行ってしまったのも仕方あるまい。浴衣の柄は蟹だし、足元は下駄でもサンダルでもなくなぜかロングブーツなのだ。極東の少女なのだろうが、極東の祭でも目立ちそうな装いである。
「立てますか?」
少女はにこにこと可愛らしい笑顔で話しかける。
「うん」
そういったものの私は眠くて眠くて仕方ない。そのようなわけで今寝ることにした。おやすみ。がくん。
「おや?あれ?眠ってしまったのですか?・・・・・・困りましたね」
そう言いながらも少女はミリアを見捨てるつもりはないらしく、そのまま抱き上げる。そしてそのまま歩き出す。どうやら家がこの近くにあるらしい。ミリアを抱っこしたまま歩いていると通りすがりの誰かに視線を食らった。なんとなく恥ずかしいと思った少女はおんぶにしようと思い、いったんミリアを放そうとした。だが離れない。その様子を誰かがクスリと笑った。少女は赤面して浴衣にしがみつくミリアの手を外そうとした。だが離れない!うーん、うーんと頑張ったが離れないので少女は諦めて大人しく歩き出した。
「それにしても綺麗な子ですね。貴族様でしょうか」
少女が独り言をいう。独り言は、そばに誰かいようとも、己への言葉であるから独り言である。少女が抱っこしているミリアの髪が夜風になびいて、そのどこか光を放つような髪が少女の目に入る。
「多分天使様の光ですね」
などと一人で勝手に納得して、うふふと笑っていた少女は、猫に威嚇されるのだった。




