1話 ある日森の中
村を出てから暫く歩くと森が見えてくる。広大な森で、道はあるのだが森を抜けるまで歩いて一日かかってしまう。そのため道の途中には大きな宿がある。そこで森を通る人々は一泊して朝方、宿を発つ。
その森は普通に危険なモンスターが生息しているため通常は護衛なんかを雇うのだがミリアには必要ない。とはいえ何故村人たちは、16歳と言っているが明らかにもっと幼く見える少女を一人で送り出すことに一切の疑問を、矛盾を、抱くことができなかったのか。謎だ。
森の入り口。わかりやすく看板が立っている。森の中では右側通行だそうだ。現在の時間は朝なのだがそれでも森の中は随分と暗いようだ。一応、鞄にランタンとかロウソク、マッチなどの暗い所も安心道具一式を入れておいてよかった。ロウソクに火を灯してランタンにセット。さて森に入ろうか。
随分と騒がしい。奇怪な鳴き声がそこかしこから響いてくる。見上げると、道の左右から垂直方向へ伸びる木々がその枝を複雑に絡みつけ合って空をふさいでいた。森の道は高低差は殆どないため比較的歩きやすい。
しばらく歩くと辺りは闇で、手に持つランタンが唯一の光源となった。これで森が静かだったらいいのにとミリアは思ったが、生態系を破壊するわけにもいかないので自らの聴覚を切った。空気の振動はミリアに音を伝えることなく森に響く。
広大な森の、暗ーい道。静寂と、ぼんやりとした暖色の明かりを纏った白い髪の少女がゆっくりと歩を進める。今少女が感じている世界は少女だけのものであった。
どれほどの時が経ったのだろうか。全くわからないが、歩いていれば宿が見えてくるだろう。さてそろそろ音を拾うか。ん?気が付かなかったが後ろに人がいる。悪いな何も聞こえていなかった。
ミリアが聴覚を回復させると、後方から話し声が聞こえてきた。
「こいつ耳が聞こえないんじゃねぇか?」
男の声だ。中年といったところか?
「そうみたいだな。見たところ迷子でもないようだし、宿を目指してるんじゃないかな」
もう一人いる。こちらは若い。
「目的地が一緒なら荷台にでも乗せてやりたいが、どうやって説明すればいいんだ?」
荷馬車か何かで宿に向かっているところに私が道をふさいでいたのか。悪いことをしてしまった。謝ったら許してくれるだろうか。
「たしかに人攫いか何かに誤解されそうだな。しかし道には出て来ないとはいえモンスターがうようよいる森だ。一人きりは危険だろう。驚かしてしまうかもしれないけど声をかけてくるよ」
ミリアは足を止め振り向いた。それに気が付いた男が手を振りながら駆け寄ってくる。ミリアの前で立ち止まる男。男が何かする前にミリアは口を開いた。
「すまない、耳を塞いでいた。通行の邪魔をしてしまったようで申し訳ない」
ミリアが謝ると、男は笑顔で
「なんだそうだったのか。確かに鳴き声は喧しいからね。気にしないでいいよ」
「でももし近くにモンスターがいたら危ないから今度からは大人と一緒に来るといい」
「ところで宿に向かうなら一緒に行かないか?荷台で悪いんだけど君のことを放っておくわけにもいかないからね」
そんなことを述べた。ミリアは自分に非がある以上断れず、同行する旨を承諾することにした。
若い男と中年男性は冒険者のパーティーで、森の先の街に拠点を移すことにしたそうだ。なんでも、今その街では何やら事件が起きており冒険者で賑わっているらしい。ミリアもその街でギルドに登録して冒険者になるつもりだ。因みにどんな事件が起きているのか聞いたが、二人は答えてくれなかった。きっと凄惨な事件なのだろう。
しばらく荷台で揺らされていると、だんだん辺りに光が入ってくるようになってきた。道が徐々に広がっている。それから少しして大きな宿が見えてきた。
その場所は空も開けていて周りも静かだ。宿は3階建てで、床面積がかなり広そうである。これ程大きい必要があるのだろうか。宿の周りの空間にはこれまた大きな馬小屋や同じく大きな噴水、広大な花園などがある。宿の外観も随分と豪華だ。相当潤っているらしい。畑やら鶏小屋なんかもあり、ある程度の食材は自給自足で補っているようだ。
馬車の車両置き場にも豪華そうな車両たちが権力争いするように並べられていた。どうやら偉い人間たちがここをよく利用しているらしい。少し気になったので冒険者である二人に尋ねてみると、権力争いなのかは知らないが貴族の子供が成人すると、その子供に数人の護衛をつけてこの宿に1か月程滞在させるのが結構前からの流行だそうだ。そんな理由でこの宿は貴族御用達の宿になっている。ミリアは厄介事の気配を如実に感じ取り辟易した。
冒険者の二人と一緒に宿に入ると内装も豪華だった。ロビーは天井が3階まで吹き抜けで、煌びやかなシャンデリアが吊ってある。床も鏡のように磨かれた石材が使われていた。しかしそれは貴族の目につく所だけである。