15話 空腹な大悪魔
私は夜の間、眠らずに進もうかと考えていた。大分寝てしまったし、夜間の方が人間は活動していない。また時間を無駄にしないという意味でも、夜に移動するというのは理に適っていると言えるだろう。白巻たちは夜行性でもないので、ここでさよならするとしよう。一日中歩かせてしまって、眠る時間も歩かせるのはあまりにもかわいそうだ。過労死させてやるわけにもいかない。道端にたむろしていたとはいえ、集団自殺志願集団というわけでもないだろう。
白巻たちにさよならと伝えるが、一緒に行きたいと言ってきかない。しかし既に白巻たちは眠いようで、駄々をこねつつも動きが鈍い。そのまま置き去りにしようとしたが、睡魔を振り切ってダッシュで距離を縮めてくる。仕方がない。白巻たちは私が運ぶとしよう。
白巻たちに説明し、許可を貰う。白巻たちは了承した。そしてミリアの周囲の空間が揺らぎはじめる。その揺らぎは白巻たちを一匹残さず喰らい尽くして、後には何も残っていなかった。ミリア以外。
夜なので、幾分か気温が低いが、関係なく歩いている。白巻たちに運ばれている間に大分進んでいたようで、このまま道をはずれて歩いていくと多分明日の昼すぎには次の街に到着することだろう。それとも夜のうちに、少し走るか。朝ごろにつくように調節すれば朝食も良いものを食べることが出来るだろう。よしそうしよう。ただただ歩いているというのも案外退屈だ。何か読み物でもあれば良かったが、あいにくと持ち合わせてはいなかった。
ミリアはおおよそどの程度の速度で走ればちょうどよくなるかを考えて、走り出した。その速度は、計算したにしては随分早く、ミリアは一歩目から音も無く掻き消えるようにして100メートル程進んでしまった。ミリアは一旦止まって首を傾げる。どうも上手く調節できなかったらしい。ミリアがもう一度踏み込んでみると、今度は地面を滑るように10メートル程進んだ。上手くできたのかミリアはそのまま走り出した。次第に夜の闇が増していく平原だったが、時折飛び掛かってくるモンスターを置き去りに、ミリアはなんか粒子のようなものを放出する白い髪をなびかせて流れ星のように疾駆するのだった。
空が白み始めてきた。このまま走っているともうすぐついてしまいそうなので歩きに切り替えることにする。白巻たちはまだ眠っていることだろう。もう少ししたら出そう。そんなことを考えながら歩いていると、ふと岩に背を預けて苦し気にしている人影を見つけた。道を大分外れている場所だから、何か事情がありそうだ。ふむ、人助けというのをしてみようか。
近づいてみると、中年くらいのその男性はハッと顔をあげ、安らかな笑みを浮かべた。
「とうとうお迎えがきたのか。それにしても天使がくるとは思っていなかったな。なあお嬢さん、それとも君は地獄の使いなのか?それも悪くないができれば天国が良いな」
かすれた声でそんなことを言うこの男性は、見たところ極度の空腹状態のようだ。特に施術は必要なさそうなので、鞄からあるだけの食糧を取り出す。その前にまず水を与えた方がいいだろう。
「これ、どうぞ」
そういって水筒を差し出すと、やっと現実的に現在起きていることを認めたのか、驚いたような顔をした。
「いいのかい、お嬢さん。おじさんと間接的に接吻することになってしまうが」
そんなことを言うので、おじさんに手で受け皿をつくってもらい、そこに水筒の水を注いであげた。文句あるまい。
「幼女に与えられた水。それももしかしたら一度口をつけた可能性もある。国宝級だ。飲んでしまっていいものだろうか。しかし段々零れ落ちてしまう。芸術だ。私はこの作品に介入していいのだろうか」
ぶつぶつと何か言って飲もうとしないので、おじさんの手を包んで、その口元まで誘う。おじさんはこちらをうかがってくるが私は笑顔で水を飲むのを促す。おじさんも覚悟を決めたのか、水に口をつけて、こくこくとその乾いた喉をならした。そのあと食糧も食べるように促すと、今度は文句も言わずに食し始めて時折水を求めるので、差し出された両手に水を垂らすが、その度何事かを逡巡するおじさんの手をそのたびに運んでやるのだった。
「本当に助かったよ。君は命の恩人だ。まさか大悪魔たるこの私が空腹に倒れるなんてとんだ笑い種だな。そういえばこの体は食事が必要だったのを忘れていたよ」
「これからはできれば一日三食、食事をとるようにしてね」
「ああ、命の恩人の言うことだ。しっかり守るとしよう。それにしてもお嬢さんは本当に天使じゃないのか?」
「違うよ。そういうおじさんは本当に大悪魔なの?」
「ちょいと呪いを受けたもんで今はこんな姿をしてはいるがね。そうだ、何かお礼がしたいんだった。何か欲しいものとかあるかい?手に入るものであれば手に入れてみせよう」
「特に無い」
「そうかい。無欲だなんてやはり天使だ。うむ、君にはこれをあげよう」
おじさんが取り出したのは禍々しい小さな笛だった。
「いつかほしいものができたらそれを吹くと良い。私が叶えてあげよう。そのころにはきっと私は本来の姿を取り戻していることだろう。あっ、それ口付けてないから安心して」
そんなことはどうでもよかった。




