105話 仮面の男
焦土。この一帯だけに爆撃の雨が降り注ぎ、辺り一面何も無い。遠くの方をよく見れば建物が続いているが、爆撃の余波でボロボロだ。そう、私を爆心地とした半径数キロメートルの焦土はかつて、というかほんの数分前までは5番区だったのだ。
私が私でなくなっている間のことはぼんやりと知覚している。騎士団と戦っていたのだ。騎士団だけ吹き飛ばしてしまえばよかったのだ。だというのに。彼は全てを吹き飛ばしてしまった。ペットとして扱われていた獣人もみんな。
そもそも。何故私はこんなことをしているのだろうか。人が死ぬのを良しとして。国を滅ぼすのを先導して。
私はただのアリスなのに。
「アリスはさ~、本当はただのアリスなんだよね。王族でも何でもないただのアリス。まあちょっと頭がいいくらいの女の子。普通の子。あの子は人見知りで引っ込み思案で優しい子なんだよね」
自身の未来に思いを馳せていたラヴィは、唐突にアリスについて語りだした。
「そうあの子の出自は1983年17番区のお医者さんのご家庭に一人娘として爆誕。うーんと。それでまあすくすく育って、飛び級しまくったわけ。そうこの飛び級があの子の人生における失敗だった。とんでもないのに目を付けられた。誰だかわかる?シャリテだよ。かく言う僕もあいつに補足されちゃってね。僕がやってることって全部、殆どあいつの指示なんだよね。本当だよ?信じてくれるよね?」
なにか、とんでもないことに巻き込まれているような。そんな気がするが気のせいか。というか今更か。
「アリスの<百器夜行>だってあいつが兵器に細工してそう見せてるだけだし、不思議の国のアリス症候群P型なんてのも存在しないんだよ。あれは僕が干渉してるけど。それだってあいつに脅されて仕方なく。え?そんなことが出来るならあいつもどうにかしちゃえばいいのにって?うんうんわかるよ。そう思うよね。でもねー、事情があるんだよねー。僕の疑似能力ってさ~、王族に効かないっぽいんだよね。あ、わかった?そうつまりシャリテって王族なんだ。まあそんなわけで僕はアリスを人質に取られた時点で打つ手がなくなったんだよ。本当は、従う必要も無いんだけど。あの子一人の命なんて僕にとってはどうでもいいものだからね。でも僕が今こんなことをしているのは、人間になりたかったからなのかな。あいつの口車に乗せられて、僕はそういう選択をした。いやー、あいつかなり口が上手い感あるよ。まんまと言いなりになっちゃったわけだし。ああそれで、まあ僕はあいつの正体っていうものを知っているんだけど、語ろうか?」
アリスは今までどんな思いで、こんなことをしてきたのだろうか。在り様を振る舞いを他人に強制されるというのはとてつもない苦痛だと思うのだが。あまつさえ犯罪の主犯格としてそれらを背負わされて。壊れなかったのだろうか。
それとも、もう壊れてしまっているのだろうか。
焦土でうずくまるアリスに、人影が近づいてくる。
その人影は、仮面を着けていた。
「ヘイヘイヘーイ、ボスぅ!こんな所でうずくまってどしたん話聞こか?っとその前に猫耳付けて毛づくろいのポーズとってもらっていっすか?拡散して皆に見てもらわなきゃなんで」
シャリテがおどけた様子でアリスに声を掛ける。その発言は相変わらず変態性を宿しており、到底王族とは思えない。
とはいえ、元々この国の初代の王は変態だったらしいので。そう考えると血縁であることは疑えないのかもしれない。シャリテはずっと猫耳とかランドセルとか言っていたし。
「ふ、ふざけないでよ!なんで、なんでこんなことを!?」
アリスが。ただのアリスが勢いよく立ち上がり、シャリテの胸ぐらを掴む。アリスの怒りを宿した瞳が、仮面の向こう側を見据えた。
「あれ、ラヴィさんに何か問題あったのかな。大分自我、ある感じですか?」
シャリテの、男の口調が変わる。ふざけたお調子者から、なんか、優男みたいな感じに。
「獣人の開放を謳っておきながら!獣人ごと殺して!あなたは、一体何がしたいのよ!!」
「復讐ですよ」
アリスの叫びに、男は簡単に答えた。
「僕がしていることは復讐です。国、王族、そしてあなたへの復讐ですよ」
「わ、たし?」
アリスの目に困惑の色が混ざる。
「あれ、疑問に思ったこと無かったんですか?何故自分がこんな目に遭わなければならないのかと。ああ、そうか。そういえば自我と、記憶の一部が制限されているんでしたっけ。ラヴィさんによれば、君は優しい子なのでこんな現実には耐えられない、と。それで使い物にならなくなっても困るので許可したのでした」
仮面をした男は淡々と、さも思い出したかのように語る。一度だって忘れたことのない事実を。
アリスに聞かせるかのように、その男は語った。
「そうですね。僕が何故、君を選んだのか」
空は秋晴れ。気分はどんより曇り空。灰色。誰の心も灰色。




