102話 過ぎ去った
「えー。まず、ミリア様から見た僕は車椅子で移動するアリスに似た顔の人間。これは合ってるかな」
私は首肯する。
「リンネから見た僕は、うーん。大人のお姉さんって感じで合ってる?」
「え、うん、そうだよぉ?」
それがどうしたのだと。そんなふうにリンネちゃんは答えた。認識が、ズレる。
「車椅子で移動してないよね?」
「うん、立ってるけど」
そう、車椅子に座っているラヴィと目線を合わせながら言った。視覚ではなく認識そのもの。それがズレている。
それはまあわかっていた事だ。元々〈最親〉という偽の能力は必然的にそういう側面を生み出すものだったのだから。
「これ、実は僕の能力とかじゃなくって~。ただの帳尻合わせなんだよね~。帳尻合わせってえっろ。あ、いや何でもない!マジでマジで!!なんも言ってないケド!?」
私も何も言ってないぞ。
「コホンちょ。えーと世界がさあ、ん?ああコホンちょ?いやー最近さー咳払いにも語尾を付けるのがトレンドじゃん?え~知らない~?流石にちょっと遅れてるかもぽん。あ、これも知らない感じか。嫌なコト言う時はマスコットが使いそうな語尾を付けて相手に与える不快さを軽減するんだよね。理解、出来たぽんか?」
私は何も指摘してないのに勝手に語りだした。ちょっと不快になったので脅す。これが私の台パンだ。
ボッ。ああ、床に穴が空いてしまった。これは大変だ。地下には色々、なんかパイプとか通ってるんじゃないか?直そう。直った。
ん?震えてどうした?
「世界って、あの、ひずみだらけじゃないですか。それで、はい。僕が。僕が存在してるのはその、あれです。えーと。埋め合わせっていうか、いや違うな。うーん、まあ穴埋め?です、はい」
「こういう、役目って言うのかな。それを担ってる人間ってのは結構いるんだけど、僕はまあ特別かな。通常この役目を自覚して生きている人間ってのはいない。ただ修正寄りの能力を持っているってだけ。それを使命的に行使するような奴はいない。ただ能力を持っていて、それを自由に使っているってだけなんだ。本来それでいいんだ。世界のゆがみひずみを直すってのは。でも、この国は状況が違う。ゆがんだまま歴史が積み重なってしまっている。修正されないまま堆積したバグ。それはもうとっくに歴史の一部になってしまっている。それを、万が一にでも修正してしまったら」
ラヴィはそこで言葉を区切る。
なるほど思ったより大きな爆弾を抱えていた。修正すると過去が変わり、現在にも多大な影響が出るというわけか。だが、そうはならないのではないだろうか。
まず前提として、過去に干渉することは不可能。不可能なのだが、ちょっと考えてみよう。仮定として時間を超越することができる能力があるとして、主観で過去に行ったとする。その場合、客観ではその場から人一人が消えただけ。主観において過去を変えて、現在に帰ったとする。主観では変わった世界に到着するだろう。だが、客観としては誰かが永遠に消えたというだけなのだ。主観と客観、観測がある限り、過去を変えた場合は世界がもう一つ生まれるだけ。どちらの世界でも時間は流れ続けるだろう。
いや待て、過去に行くのではなく時間の巻き戻しならどうだ?それならば客観を無視しうるのではないか?都合よく主観だけが記憶を保ったまま時間を巻き戻す。そうすると、ああこうすると未来に戻れないんじゃないか?観測者がいないのだから。主観が、変えた世界を観測し続けるしかない。それでいつか元の時間に追いついて、なんらかの差を観測することでようやく主観にとって過去は変わったと言えるわけだ。こっちのほうが優しい感じがするな。世界は一つのままだし。 けれど巻き戻った時点でその過去は現在になっているのだ。かつてあった現在は消失するから。イメージとしては、Y字路で右に進んだが行き止まりだったので引き返して今度は左に進んだ。ちょっと不完全な例えだがそんな感じだ。ほら、引き返すって行動にも時間は伴っているだろう。まあいい。あまり考えないでくれ。
何の話だったか。ああ歴史の修正か。万が一にも修正なんてされないだろう。もう過去の事だ。確定していて確立されていて隔絶された時間空間。それが過去だろう?
まあそもそも時間なんていう大きすぎる概念をどうこうするなんてどう考えたって無理だ。よって今思考を巡らせたことについては全て無意味だったと言わざるを得ない。忘れよう。考えても答えが出ないときは一旦置いといて、暇な時に考えればいいのだから。必死に答えだけを求めるのではなくその途上にある物事にも目を向けなければな。どうでもいい。
「世界が滅ぶよ」
「滅ばないと思うよ」
ラヴィが溜めて出した言葉を、私は即座に否定した。




