四話 荒野の墓標 4
太陽が空の半ばに留まる頃、ガベイは店に顔を出した。
部下を引き連れず、たった一人で。
フランドールはそれを認めると、グラスの半ばまでを満たしていたウイスキーを全て煽り、カウンター席から下りた。
二人の間で言葉は交わされず、しかし両者ともお互いのするべき事をしっかりと心得ていた。
町の大通り。
砂塵が足元を撫でて通り行く中、二人は距離を置いて向かい合った。
そんな二人を、示し合わせたように外へ出て来た町の者達が見守る。
無論、その中にはマスターとニエットの姿もある。
「待ちわびたぜ。この時を……」
テンガロンハットの鍔を上げ、フランドールは告げる。
「それはこちらも同じだ」
「お前が?」
懐疑的な目を向けて、フランドールは訊ね返す。
「俺は、お前のような奴を知っている。昔、シェリフスターを胸につけていた男だ。そしてそいつは、逃げ出した卑怯者だ!」
ガベイの声が大きく響くと、フランドールは顔を顰めた。
ぐっと歯をかみ締める。
洗いざらい、全てをぶちまけたい。そんな衝動に駆られる。
事実を貶されるなら、こんな悔しい思いはしないだろう。
だが、それが歪められた真実なら、話は別だ。
これ以上ない程に悔しさを覚え、行き場のない怒りが胸に渦巻く。
でも、決めているんだ。
この借りは、こいつで返す。
フランドールは銃に手を添えた。
お前が何を言おうと構わない。
だが、俺の中では、あの決着はまだついていない。
ガベイも銃に手を伸ばす。
だが、口を閉じる事はなかった。
「だから、俺の中ではまだあの日の決着はついてない。あの日から、俺の時間は止まってしまったままだ」
ガベイの言葉に、フランドールは驚いて目を見開いた。
こいつも自分と同じ事を考えていた?
まさか、それはありえない……。
自分を殺させたのは、こいつなんだから。
「悪いが、その決着の代役になってもらうぜ。あんたなら、十分にこなせる役だろうからな」
その言葉を最後に、ガベイの口は閉じられた。
フランドールも同じく黙り込む。
決闘の張り詰めた空気が、場を支配した。
フランドールは、昨日以上の強い緊張を強いられる。
ガベイの腕は知っている。
紛れも無く、実力の伴ったガンマンだ。
本気を出し切らなければ、勝つ事などできない。
この瞬間、フランドールから全ての憎しみが消え失せた。
因縁もしがらみも何もかも、全て忘れてしまう。
ただ、どう動き、どこを撃つか。そればかりを考える。
それどころか、それすらも忘れて、無心になりつつあった。
抜かれれば撃つ。
ただその考えだけは根底に残して、フランドールはただの一瞬を待ちわびた。
ガベイもまた同じ。
銃弾を撃ち込むべき相手へ、意識の全てを向けている。
風の音も、体に当たる砂の感覚も、既に消え失せた。
音さえも……。
「「クラークさん」」
奇しくも、フランドールの内から響くその声が、銃を抜かせた。
ガベイも反応して、銃を抜く。
だが、そこでガベイは一瞬、動きを止めた。
何故なら、当然こちらに向けられて然る相手の銃口が、こちらを向いていなかったからだ。
一発の銃声が響く。
しかし、実際は三発の銃弾が放たれていた。
お互いに向けられた銃弾が二発。
そして、屋根の上でライフルを構えていた男に一発が、放たれていた。
フランドールは二つの標的を狙いながらも、銃声が一発に聞こえるほどの早撃ちを見せたのである。
ライフルを持った男が、力を無くして屋根の上から倒れ落ち、どさりと道の真ん中に転がり出た。
観衆が小さな悲鳴を上げる。
そして次に、そんな悲鳴が吹き飛ぶほどの大きな歓声が上がった。
ガベイの手からは、銃が弾き飛ばされていた。
ホルスターにも銃はなく、ガベイの手元には一丁の銃も残されていない。
戦う手段を失う事。
それは敗北と同じだった。
「やったぁ!」
そう言って走り寄ってきたニエットが、小さなフランドールを抱き上げて、くるくると回った。
「やった! やったぁ! 勝ったぁ!」
「こら、よせ!」
その行為が余程恥ずかしいらしく、赤面しながらフランドールは怒鳴る。
だが、ニエットはそれを聞かず、フランドールを下ろす気配はなかった。
自力で離れようにも、地に足の付かない状態では抵抗もできなかった。
「どうして……」
そんな中、ガベイは言葉を漏らした。二人がガベイに向く。
「俺を撃たなかった?」
「撃ったさ。そして、当てた」
ニエットに下ろしてもらいながら、フランドールは答える。
「そうじゃねぇ。どうして、わざわざ俺を生かしたのか。それが聞きたいんだ」
フランドールはテンガロンハットを被りなおして、目元を隠した。
「お前、驚いたじゃないか。そいつが俺を狙ってるって事に気付いて」
あの一瞬、彼はフランドールの狙う方向を見て、驚いていた。
こんな物は知らないと、そんな顔をした。
そして、その驚きは本物だったのだろう。
彼の反応は遅れ、狙いまでずれて、放った銃弾はフランドールを傷付ける事もなく通り過ぎた。
フランドールは、誰にも気づかれないような小さな声で呟く。
「お前じゃなかったんだな。そう思った。お前が、そんな事をする人間じゃないとわかった」
彼の態度から、フランドールはその事実を悟った。
こいつは人を闇討ちして、謀殺するような男じゃない。
それがわかれば、もうこいつを殺す事に意味は無い。
「速く、そして正確だ」
ガベイは呟き、男の死体へと目を向ける。
死体の眉間には、寸分違わず中心に弾痕があった。
「お前はこの男を撃ちながらも、俺より早くこちらへも弾いた。完全に、俺の敗北だ」
ガベイは一度うな垂れ、すぐに顔を上げてフランドールを見た。
「やはり、お前と勝負してよかった。お前は間違いなく、あいつに匹敵する凄腕だ。それどころか、むしろお前が本人のように思えてならない。いや、そんなわけはないな」
そんなわけはない。
そんな話、信じられはしない。
当の本人ですら、未だに信じきれていないのだから。
でも、そんな信じられないような今の状況に、フランドールは感謝していた。
長い間、隠されていた真実が、目の前に浮かび上がってきたのだから。
借りを返す人間は、他にいる。
あの時、俺を殺して得をする人間。
それがこいつじゃないのなら、後は一人くらいしか思い浮かばない。
フランドールは踵を返した。
「どこへ?」
「お前の親父を殺しにいく」
ガベイは驚く。
「何故だ?」
「奴はガンマンの誇りと名誉を汚した」
流石に、父親を殺しに行くと聞けば、心中は穏やかじゃないだろう。
ガベイは厳しい顔で、フランドールを睨みつける。
だが、彼から出たのは制止の言葉ではなかった。
「それは、クラークの事を言っているのか?」
「どういう事?」
顔を顰めたニエットが訊ねる。
ガベイが答える前に、フランドールは返した。
「気付いていたんだな。お前は」
ガベイは顔をそらす。
「ああ。クラークは、決闘から逃げる男じゃない。裏があると、俺は気付いていた。それでも、俺にはそれを確かめられなかった。調べた先に誰がいるのか、それに見当がついていたから……」
まさか、この男からそのように信頼されているとは思わなかった。
買いかぶられたものだ、とフランドールは苦笑する。
「とはいえ、あんな男でも俺にとっては、父親だ。銃を向ける事は躊躇われる」
「だから、俺が向けてやる。恨んでくれてもいいぜ」
フランドールは歩き始める。
が、その袖をニエットが掴んで、歩みを止めさせる。
「どういう事か、説明してよ。クラークが何だって言うのよ」
そう言う声は、懇願のようでもあった。
すがる様に、答えを求める様に、彼女は訊ねた。
それに答えたのはガベイだった。
「クラークは卑怯者じゃない。逃げ出したわけじゃない。だからお前は、胸を張って生きればいいんだ」
それを聞いたニエットはフランドールの袖から手を離した。
その頬に、涙が伝う。
「ここから西に三里ほど行った場所に、でかい岩がある。クラークはそこにいる」
そう告げると、フランドールは振り返る事もせずに歩き出した。