二十話 機械仕掛けの姉妹 3
「「くそ、強ぇなあいつ」」
クラークは悪態を吐く。
「彼女は私よりワンランク上の性能を持っています」
「「それでも、技能は人間のものだろうが。勝てない道理は無ぇよ」」
「彼女は本来の用途で機能を活用しています。つまり、彼女は技能の集合体。私のように人格の切り替えをする事無く、常にタイムラグ無しで技能に基づいた動きができます」
「「……なるほどな。そりゃ強ぇはずだ」」
クラークは苦々しげに言う。
「「じゃあ、どうすりゃいい? どうすればあいつに勝てる?」」
「あの……」
エトランゼへの対策に悩むクラークに、フランドールは声をかける。
「このまま、逃げるという選択はありませんか?」
「「ねえよ」」
提案するフランドールに、クラークはきっぱりと言い切った。
「どうしてでしょう?」
「「お前こそなんで逃げようなんて考える? このまま、あの小生意気なくそガキに負けて逃げるのは癪だろうが」」
「わかりません。あなたの語る言葉の意味、その感情の動きも私にはわからない。今最善と思われるのは、ここから逃げる事ではありませんか?」
「「戦いに生きる男だぜ? 飯や酒の他に、勝敗を糧に生きてきた人種だ。この場面で逃げるという選択なんざ考えもしない。そんなもんだ。女のお前には、解からないのも当然かもしれねぇがな」」
ムッとしてクラークは反論する。
「いえ、私は女性である前に心がありません。闘争心も自尊心も、私にはない。私のモデルが男性であったとしても、決してあなたの気持ちはわからなかったでしょう」
淡々と否定の言葉を重ねるフランドール。
「「エトランゼは、お前を破壊しようとする脅威だ。取り除く事は合理的な事じゃねぇのか? お前がそうしないのは、戦力差への不安があるからか? 俺の実力を信じてくれねぇのか?」」
「いえ、そのような事はありません。ただ、リスクは感じています。エトランゼは強い。私のように、人格ごとデータを集めているわけではない。ただ合理的に、必要な技能だけを記録し、的確な時に使う事ができる。今の私にはそれができません」
「「じゃあ何か? 俺が消えれば……技能だけになればお前はあいつと戦うのか?」」
クラークの言葉に、フランドールは押し黙った。
「「お前は、俺の技能だけが欲しいと言っていた。それを無理に曲げて、ついてきたのは俺のわがままだ。そろそろ、そのわがままに終止符を打つ時なのかもしんねぇ」」
クラークは声を落として言う。
「「もし俺が消えたら、あいつに勝てるか?」」
「……技能は一つ。代わり映えはしません。私自身の経験値がない分、むしろ不利になります」
「「そりゃそうだな……」」
「あなたを消し去るなんて……不合理的です」
「「だったら、どうしろっていうんだ?」」
「逃げればいいでしょう?」
論点が最初に戻ってしまい、クラークは溜息を吐いた。
「「逃げの一手は無ぇな。もし、房光と飛爪がいても戦うと言うだろうさ。本当にそういう生き物だからな、男ってやつは」」
「そうですか……」
しばしの沈黙。
「「……わかりました。そこまでおっしゃられるのでしたら」」
間があって、フランドールはそう答えた。
「「へへ、やったぜ」」
「それで、勝算は?」
フランドールが訊ねると、クラークが答える。
「「そこそこ」」
「そうですか」
「「ま、何とかするぜ。やりようは有らぁな」」
クラークの言葉は根拠のない曖昧なものではあったが、自信に満ちていた。
「熱源反応なし。ソナー反応なし。動体も見受けられない。いや、これはただ単に範囲外へ逃れているからか」
エトランゼはかつて町の大通りであった道を歩きつつ、独り言を呟いた。
「旧式のお姉ちゃんにステルスなんて洒落たものがついているはずもないし、ジャミングの形跡も無い。ま、ジャミングされても、私には効かないけどね」
不意に立ち止まり、エトランゼは振り返った。
「これだけ探していないなら、もしかして逃げちゃったか?」
エトランゼは顔を笑みに歪め、その場で大笑した。
「びっくりするねぇ。
びっくりするほど無様だねぇ、お姉ちゃん。
妹に負けて、その上しっぽをまいて逃げ出しちゃうなんて、本当にびっくりするよ。
ひっひっひ、それだけ私がお姉ちゃんより優れてるって事だね。
ま、母さんと会わせる前にぶっ壊してやれなかったのは、残念と言えば残念……」
言い終わるより前に、高速で飛来する物体を感知してエトランゼは顔を大きくそらした。
先ほどまで鼻があった位置を小さな鉛玉が通過し、金色の髪のカーテンを穿った。
髪が焼き切れ、何本かはらりと落ちる。
「ああ! 私の自慢の髪が! じゃなくて、狙撃だって?」
エトランゼは目の倍率を上げて、銃弾の飛来してきた方向を見た。
廃墟と化した教会の屋根。
大きな鐘がかかる鐘楼の横に、拳銃を構えたフランドールの姿があった。
「へぇ、フランの言ったとおりだな。房光の銃、すげぇ精度だ」
フランドールは自分の握る銃を見て絶賛する。
今の彼女は、クラークがコントロールしていた。
彼が握っていたのは、房光が所持していた古式拳銃だった。
「しかし……避けられるとはな」
言いながら、フランドールは鐘の影へと隠れる。
先ほどまで立っていたその場所を銃弾が通り過ぎる。
隠れながら遠方のエトランゼを見れば、道の真ん中でスナイパーライフルを構えてこちらへと向けていた。
「どこに隠してやがったんだよ……」
古式拳銃へライフル弾に似た特注の銃弾を込めて、フランドールは鐘から少し身を乗り出す。
見計らっていたかのように、頬を銃弾が掠めて飛んでいく。
お返しとばかりにフランドールも銃撃するが、銃弾はエトランゼの少し後ろに着弾した。
すぐに鐘の裏へ身を隠す。
「ちっ、じっくり狙えないとスナイパーライフルのようにはいかねぇか。あいつの技能レベルと差し引けば、互角か?」
続けざまに、銃弾が鐘を叩く音がする。
「連発式かぁ。むしろ不利かもな。しかし、仮にもロボならもっと精細な撃ち方するもんじゃないか?」
グチを混じえながら、フランドールは再び身を乗り出す。
エトランゼの方に向き……。
しかし、エトランゼの姿はそこになかった。
「あん?」
怪訝に思うのも束の間。
その眼前に、エトランゼの笑顔が現れた。
教会の壁を上り、屋根へと躍り出たようだった。
「なっ……」
絶句するクラークに向かって、エトランゼはアサルトライフルに備え付けた銃剣で斬りかかる。
フランドールの顔が驚きに引きつる。
突きこまれる銃剣。
フランドールは身を捻って避ける。
同時に古式拳銃を軽く上に投げ、腰のリボルバーに手をやる。
古式拳銃がクルクルと宙を舞う間に、エトランゼへ抜き撃ちする。
例によってエトランゼは跳び退いて銃弾を避けた。
しかし、そこには隙が生まれる。逃げるための隙だ。
フランドールは落下してきた古式拳銃を掴み、屋根の上からすべり下りて地面に着地した。
「逃さないよ」
エトランゼも後を追って屋根から飛び降りる。
着地する寸前、発砲音が鳴る。
同時にクラークの持つ銃から発せられた銃弾が、着地寸前のエトランゼの足首を貫通した。
着地と同時に、エトランゼの足首が直角に折れ曲がり転倒する。
「にゃにぃっ!」
エトランゼは驚きに声を上げる。
前方を見ると、銃を構えるフランドールの姿があった。
「見えてても、さすがに空中じゃ避けらんねぇだろ?」
フランドールは言いながら、二発目の銃弾を放った。
銃弾はエトランゼの眉間に向かって突き進む。
足を穿たれたエトランゼには銃弾を避ける術がなかった。
エトランゼは両腕を頭の前でクロスして銃弾を防御した。
が、次いで放たれた銃弾がエトランゼの喉を貫通する。
骨と同じ性質で構成された擬似的な首の骨が的確に射貫かれ、エトランゼの首が力なくダラリと折れ曲がった。
「終わったのか?」
フランドールが拍子抜けした声で呟く。
「思っていたより他愛ないな。まだいくつか作戦を立ててたってのに」
言いながら、フランドールは仰向けに倒れたエトランゼを覗き込む。
「「いえ、恐らくまだでしょう」」
フランドールの声が淡々とした口調で否定する。
「何だと?」
その疑問に答えが返る前に、下を向くエトランゼの顔と隠し持たれたダブルデリンジャーの銃口がフランドールへと向けられた。
間もなく放たれた銃弾を不意打ちでありながらクラークは体を捻ってかわし、後ろへ跳んだ。
その隙に立ち上がったエトランゼは、腰のホルスターから二丁の拳銃を取り出してフランドールへと連射する。
「やってくれるじゃないかぁ! このクソ野郎!」
エトランゼは口汚く罵る。
シリンダーの中身を全て撃ちつくし、エトランゼは外套に隠された腰の後ろへと右手を回す。
次に右手が前に突き出された時には、手の中にショットガンが納まっていた。
「なんて、こったよ」
それを見て、フランドールは焦りと呆れの混じった声を出した。
エトランゼのショットガンが火を吹くのと同時に、クラークはその場から飛び退いて避けると、そのまま家屋と家屋の間にある路地へ逃げ込んだ。
「おい! あいつ首折れてたろうが!」
あまりにも不可思議な状況に、クラークは動揺を隠せずに叫ぶ。
「「バイオロイドだからです」」
その疑問にフランドールの声がすぐさま答えた。
「「バイオロイドは人を模して造られているため、血液に代わる液体が体内を循環しています。これは血液と同じ役割を果たし、そして修復用のナノマシンが傷口を修復します。つまり、人間にとって致命的な傷ですら彼女にとっては致命傷にならないのです」」
「なんじゃそりゃ!」
「「逃げますか?」」
フランドールの声は訊ねる。
「逃げねぇよ! 何とかしてやるよ、こんちくしょうめ!」
走りながらフランドールは叫んだ。
「だったら相手してやんじゃんよ」
フランドールの叫びに呼応する形でエトランゼの声が聞こえ、それと同時に走り向かう先へとエトランゼが背を向けて降り立った。
振り返りざまに、サブマシンガンを一文字に掃射する。
フランドールはスライディングしてすべり込みながら身を低くした。
銃弾の列が、クラークの頭上を通り過ぎていく。
エトランゼはサブマシンガンを指に引っ掛けて、両腕を左右に開いてポーズを取った。
「いやいや、私とした事がちょっと頭に血が上っちゃったな。びっくりするほどに口汚く罵っちゃって、本当にびっくりしたと思うけど、まぁこんな可愛らしい私を嫌いにならないでほしいな」
「銃弾ばら撒き放題の女のどこが可愛いんだよ! そんな要素どこにもねぇよ!」
「はは、君も口汚いな」
「まぁいい。ここで決めてやる」
クラークが拳銃を向けたため、エトランゼは再びサブマシンガンを向け返す。
拳銃の撃鉄が親指で引き上げられる。
しかし、エトランゼにそのまま撃つ気はなかった。
エトランゼは相手に向かって走った。
数発銃撃され、その一発が右肩を掠めたが構わず走って、距離を詰める。
今、フランドールの体を支配しているのはクラークだ。
銃撃を得意とする反面、接近戦に対しては咄嗟の反応ができない。
エトランゼはそう分析していた。
だから、接近戦を仕掛ける事にしたのだ。
何発か撃たれる事は覚悟の上だ。
それでも、銃弾はこの身に致命傷を与えられない。
強引に近づければ、こちらのものだ。
そのはずだった。
武術技能の行動をエトランゼはトレースする。
踏み込みからの直突き。
高名な武術家の技能であるこの技は、人を一撃で死に至らしめる威力を有していた。
当たれば、常人なら即死だ。
しかし、その応酬もまた人を一撃で死に至らしめる威力を持っていた。
「動作模倣……タイプ飛爪」
抑揚のない声が告げるのと同時に、エトランゼの左胸へと強烈な拳がめり込んでいた。
バイオロイドにとって心臓にあたる循環ポンプが圧され、循環液が体中を駆け巡る。
本来、想定されていない速度で流れる循環液に、予定外の圧力を受けた体中の擬似血管が破裂する。
いくつかの血管が弾け、エトランゼは口から赤い液体を吹き出した。
「くっ!」
エトランゼは呻きながら、後ろへ跳んで逃れる。
しかし彼女は苦しいと思うよりも、驚きで頭がいっぱいになった。
「なんて衝撃だ。私は人間より強くできてるんだけどな」
よろけながら、エトランゼは言う。
こんな攻撃をどうしてクラークが放てたのか。
あの人格には格闘技能などなかったはずだ。
エトランゼは知らなかった。
クラークの射撃技能を。
彼が、決して的を外さない精密射撃と神速の抜き撃ちを得意としている事を。
この距離で、彼が銃弾を外す事などありえない。
それが本当に、彼だったならば。
「お姉ちゃん、か」
エトランゼはそれがクラークではない事に気付いた。
今はフランドールが体をコントロールしていたのだ。
「お人が悪いね。お姉ちゃん。こんな可愛らしい妹を謀って、あまつさえ手痛いしっぺ返しをくれるなんて」
エトランゼはペッと、赤い液体を口から吐き出したかと思えば、ショットガンをフランドールに向けて躊躇いなく撃った。
それを見越していたかのように、フランドールはエトランゼへ向かって迫っていた。
散弾が末広がりに散らばるより早く接近し、その範囲外へと逃れたのだ。
そのまま、エトランゼへと攻撃を仕掛ける。
フランドールは刀に手をかける。
もう一度、動作模倣による攻撃がくる。
エトランゼはそう判断して後ろに跳び、再びショットガンを撃つ。
しかし、フランドールは刀で斬りつけず、さらなる踏み込みを以ってエトランゼの懐にまで迫っていた。
「なっ!」
「残念、俺だぜ」
刀を持っていない方の腕から放たれるフックが、エトランゼの頬を抉った。
刀から手を放し、拳銃へ手をかける。
すかさず銃撃。
銃口から銃弾の軌道を計り、エトランゼは顔を傾ける。
今まで頭のあった場所を銃弾が通り抜けた。
「甘いよ!」
エトランゼはパンチを放って反撃する。
が、クラークは予めわかっていたかのように難なく後退してかわし、地面を蹴りつけて砂を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた砂がエトランゼの目を直撃する。
視界を失い、目標を失ったエトランゼの鼻をクラークの右ストレートが穿った。
「わりぃな。こちとら喧嘩も得意なんだ」
クラークの不敵な声が聞こえ、次には腹部へとボディブローの重い一撃が叩き込まれる。
内臓器官が抉るように潰され、先程の動作模倣によるダメージもあって一瞬機能が停止する。
「く……かはっ……」
声にならない空気の音がエトランゼの口から漏れる。
それを打ち消すように銃声が二発、響き渡る。
エトランゼの両太腿を銃撃する音だった。
エトランゼはその場に膝を折って座り込む。
「……はは、とても痛いじゃないか」
その言葉には余裕があった。
事実、焦りはなかった。
そんな彼女の鼻先に、クラークは銃口を突き付ける。
もう、エトランゼには手が残されていない。
それは事実上の決着を意味していた。
「甘いのはそっちだぜ。俺にはクロスレンジができないと思っただろ? 残念だが、俺にもそういう技能があるんだぜ。戦いの世界に身を置き、生き残ってきた人間が、戦いの距離にえり好みをするわけ無ぇだろ」
「価値なんてないよ。そんなもの。一番いい所以外、必要ないからね」
「かもしれねぇな。だが、使いこなせてねぇんだよ。お前。経験の違いだな」
「ふふふ」
この期に及んで、エトランゼは笑う。
フランドールは、銃口をエトランゼの額につけた。
「お前、さっき撃たれた時に頭を庇ったな? つまり、頭を撃たれれば流石に死ぬって事だ。違うか?」
それは的を射ていた。
流石にバイオロイドとはいえ、システムの全てを仕切る大脳コンピューターを撃ち抜かれてしまえば人格を構成するデータもナノマシンの制御もできなくなる。
それはバイオロイドにとっての死を意味していた。
「正直、馴染みの顔を撃つのは気が引けるが……。ま、そっちから仕掛けてきたんだ。覚悟はできてんだろ?」
「まさか、私はこんな所で死にたくないね」
「諦めろよ。今からどう逃げようが、お前の額をぶち抜く自信はあるぜ」
「やってみなよ」
そう言うと、エトランゼはにやりと笑った。
フランドールはその様子をいぶかしんだが、エトランゼは特に何かをするわけでもなかった。
「じゃあな、クソガキ。もう、二度と会う事もないだろうぜ」
フランドールは銃爪にかかる指へ力を込めていった。
が、その力が一瞬で消える。
銃口がエトランゼの眉間から下ろされた。
「申し訳ありませんが、どうかここで勘弁してくださいませんか?」
苛立ち紛れの顔が、感情の見出せない無表情へと変わっていた。
今、体のコントロールがフランドール本人へと変わったのだ。
「「なんで止めるんだよ?」」
納得いかないという感情がこめられた声で、クラークは問い詰める。
「彼女は、母の所有物です。母の財産に損害を与えるわけにはいきません」
「「お前もそうだろうが。なのに、こいつはお前をぶっ壊そうとしたんだぞ?」」
クラークに言われて、フランドールは黙り込んだ。
「お姉ちゃんか……。いいの?」
エトランゼは笑みを崩さずに、軽い調子で訊ねた。
「あなたが機能停止する事態を母は望まないでしょう」
「だよね。私、愛されてるからね。くくく、お姉ちゃんは相変わらずだなぁ。心のない人形だもんねぇ。人の感情も、それに伴う理も、何もかもその薄っぺらな胸の中にないんだよね」
エトランゼは馬鹿にするようにケタケタと笑った。
「ねぇ、ついでに手を貸してよ。可愛い妹を助け起こしてよ」
エトランゼは何の警戒もせずにフランドールへと手を伸ばした。フランドールも何気なくエトランゼへ向けて手を伸ばした。
もう少しで手が触れ合うという所で、フランドールはエトランゼの手を強かに打ち据えた。
「そいつだけは意地でもさせねぇよ。こんな姉を敬わねぇバカ妹は、地べたに這いずってりゃいいんだ。それに、お前だって胸は薄いだろうが」
無理やりにコントロールを奪ったクラークは、エトランゼにそう吐き捨てた。
そんな様子に、エトランゼは驚いてぽかんと口を開けていた。
エトランゼは事態を理解して、軽い笑みを浮べる。
「いけない人だな。そんな事したら、お姉ちゃんのシステムがダメージを受けちゃうよ」
「ちっ」
指摘され、苛立たしげに舌打ちをすると、クラークはエトランゼに背を向けた。
「フラン。お前が何を言われようが何も思わないのは知ってるがな。俺はあいつに腹が立つ。ぶっ壊してやりたかった」
「「私はそれを望みません」」
「そりゃあ、お前が母親の命令を遵守しているだけだろ」
「「いいえ。可愛い妹を手にかけたくなかったのです」」
「心が無ぇくせによく言うぜ」
クラークは、フランの口から出た言葉をただの方便だと思った。
「何より、可愛いか? あの妹」
懐疑的な声で訊ね返したクラークの耳に、断続的な重低音が聞こえて来た。
音のする方を見ると、小さな体に似つかわしくない巨大なバイクに跨るエトランゼの姿が目の前にあった。
「や、遅かったね」
何事もなかったかのように笑顔で挨拶してくるエトランゼに、フランドールはとても渋い顔を返していた。
「お前、足撃たれて動けないんじゃなかったのか?」
「ちょっとだけよ?」
と言いながら、エトランゼは撃たれた太腿をクラークに見せた。
銃弾が深くえぐり込まれていたはずのそこは、ただ服の布地に焦げ穴が開き、健康的な太腿がのぞいているだけだった。
傷など見当たらない。
「これくらいなら、すぐに治るんだよ。私達は、ね。お姉ちゃんは旧式だから、ちょっと機能が低下しているかもしれないけど」
挑発する心積もりがあるのか、ただ何気なく言っただけなのか、エトランゼの態度はクラークの癇に障った。
「んじゃ、先に行くよ。とは言っても、すぐに顔を合わせる事になるだろうけど」
「ええ。そうですね」
フランドールがコントロールを取り戻して答える。
その返事に対して、エトランゼは微かに笑って応えるだけだった。
マフラーから排気ガスと轟音を吐き出して、バイクは走り出す。
最高速度までアクセルを回したバイクは、すぐさま遠ざかっていき、土煙だけしか見えなくなった。
「「どういう事だよ。さっきの?」」
クラークは訊ねる。
「もうすぐ、目的地なのですよ」
「「目的地?」」
「母の住まい。私達の実家、と言うべきなのでしょうか」
「「それはつまり、旅の終わりが近いって事か?」」
「はい。私達の別れの時、です」




