一話 荒野の墓標 1
前に、出版社に応募した事のある作品です。
かなり昔に書いた話なので、今よりも拙い部分があります。
次に話を投稿するまで時間がかかるだろうからその間を埋めるため、と「おそらく、もうどこにも応募する事がないのだろうな」という感傷があったので投稿する事にしました。
ここにあるのは、砂を運ぶ風、遠く続く果て無い荒野、俺がもたれかかる大きな岩。
俺にとって当たり前過ぎて、みんな見飽きた光景ばかりだ。
それ以外に何も無いのだから、数分見続ければ飽きるのも当然だがな。
だが、俺は『分』なんて単位とは桁違いな時間、ここに居座っている。
伸び行く影、沈み行く夕陽。地平線へと消えるそんな姿を見る時は、ガラにもなく寂しく思っちまう。
何も変わらねぇ。俺にとっての時間っていうのはこんな事の積み重ねだ。
退屈で耐え難い。拷問みたいなもんだ。
自由に動き、好きな時に好きな物を堪能できるのは贅沢な事だ。
でもそれに気付いた時、もう俺にはどうしようもなくなっていた。
沈む真っ赤な夕陽を眺めるのは、好きな事だったはずなのに。
気分次第でこんなに辛いものに変わっちまうなんてな。
くそやろうが……。
意味がない事だとわかっているのに、思わず悪態が出てくる。
そんな時だ。
ざりっざりっ、と風で吹かれるのとは違う砂の音が聞こえて来た。
砂を踏む音だ。
人か。
久し振りだな。
何ヶ月ぶりだろう。
ま、どうせ、俺に気付かず行ってしまうんだろうが……。
気付いたとしても、俺を見ればすぐに逃げ出すさ。
それでも、幾分か気分も紛れるだろうさ。
本当に刹那的だが、ほんの一時だけでも孤独を紛らわせられるならそれだけで構わない。
まだ、その足音の主は俺の視界に入らない。
その足音の主がどんな人間なのか、好奇心をくすぐられる。
顔を傾けてすぐにでも顔を拝んでやりたいところだ。
だが、生憎と俺の体は俺の意思で動くだけの力を残しちゃいねぇ。
それどころか、使い方すら忘れちまった。
足音の主が、ようやく俺の視界に入った。
小さな歩幅で歩くそれは、眼前に広がる荒野とは似つかわしくない姿をしていた。
マントで小柄な体を隠したそいつは、銀髪の少女だった。
この場所にいるだけで違和感を覚える。
それほどに似つかわしくない、綺麗な少女だった。
その銀髪は髪じゃなくて、本当に銀糸でできているんじゃないか? と俺に思わせた。
何故なら、そいつはあまりにも作り物めいて見えたからだ。
整いすぎた顔立ちもさることながら、その一挙一動に寸分の狂いがない事もそう思わせる。
何より、今の俺だからそう思うのかもしれないが……。雰囲気が人とは違う気がする。
不意に、そいつは初めからそうする事を決めていたかのような挙動で、俺に向いた。
正面から見ても、気持ち悪いほどに整った顔立ちだ。
表情が無い事もまた、作り物めいて見せる原因だろう。
まして、この俺を前にしているんだ。
それでもこんな顔をしていられる子供なんて、まともじゃない。
並の男でも顔を背ける今の俺に対して、まじまじと何の理由もなく視線をくれるなんて、気味が悪い。
そうして俺が見返している前で、頑なな印象の唇が開かれた。
「あなたは、どうしてここにいるのですか?」
驚いた。
今の俺に声をかけてくる奴は初めてだ。
「お前、俺が見えるのか? わかってて、声をかけてやがるのか?」
声の出し方……これで合ってたか?
少女に問い掛けてすぐ、不安に思う。
「はい、わかっています。見えています」
ははは。嬉しいじゃねぇか。
一時の、すれ違う様な邂逅じゃねぇ。
俺は今、誰かと話をしているんだ。
こんなに嬉しい事はないぜ。
「それで、あなたはどうしてここにいるのですか?」
淡々とした抑揚のない声。
再度の問い掛けに、俺は思い出す。
悲観に暮れた長い時間の中、忘れそうになっていた事を。
いや、それでも俺は忘れようとしていなかったんだ。
でなければ、俺がここに繋ぎとめられているわけがない。
あいつに復讐するまでは、まだ終われないんだ。
「殺してやりたい奴がいる」
そんな物騒な言葉にも、少女は眉一つ動かさなかった。
「でしたら、その願い、私に叶えられるかもしれません」
それどころか、そんな申し出までしてきやがった。あまつさえ――。
「その代わり、私の願いも叶えてください」
願いなんてものを持っていなさそうな面をして、そいつは要求を返してきた。
インストール開始。約四十秒後に完了予定。
……
…………
………………
インストール完了。
モニカタウン。
荒野の只中にある町。
荒野を渡る者達に一時の憩いを与える場所。
一本の大通りを挟み、十件足らずの民家と一軒の宿場が建ち並ぶ寂れた街並み。
旅人を待ち受ける木製の簡素な門。
環境の厳しいこの地に住む者達が、肩を寄せ合い助け合って造った町。
しかし今は、無法者達が集う硝煙の香る町。
町に辿り着いた少女は町の入り口、看板に刻まれる掠れたモニカタウンという文字を目にして、穴の開いたテンガロンハットを指で小さく上げた。
看板をぶら下げた、みすぼらしい骨組みだけの門をくぐる。
入り口の付近には、半ばが砂に埋もれた機械の残骸が捨て置かれていた。
流線型のボディを持つ銀色の機械には、同じく銀色の薄い翼がついている。
これはかつての戦争で使われた飛行機械。
その成れの果てである。
今の世界では本体の製造はおろか、動力となる合成燃料すら作られていない。
特殊な処置を施された機体には一切の錆が浮いていない。
これからも、この機体は地球の一部として取り込まれる事もなく、ずっとここにあり続けるのだろう。
もう稼動する事もなく、朽ちる事もない遺物だ。
時代に逆らうような風情のこの町で、これだけがかつての科学文明を思い出させる名残だった。
彼女は何の感慨も懐かずに飛行機械を一瞥し、街へと入っていく。
そしてまっすぐ、宿場へと向かった。
キィとウエスタンドアを彼女は押し開ける。
金属の擦れる小さな音に店の客は一斉に少女を見た。
お世辞にも紳士的には見えない客達が、思わぬ人物の来店に目を好奇の色に染めた。
美しい銀糸髪の上には、穴の一つ開いたぼろぼろのテンガロンハット。
小柄な体は薄汚い皮のマントに覆われている。
その裾からチラリとのぞく金色は、ホルスターに収まった銃。
それも一丁ではなく、腰の両側に二丁ぶら下がっていた。
土地柄のせいもあり、埃っぽい店内はそこそこの広さがあった。
テーブルがいくつもあって、どれもむさ苦しい男達が囲っている。
ビールの注がれたジョッキを片手に、馬鹿笑いする男達。
トランプの絵柄を睨んで、ポーカーに興じる男達。
皆一様に、銃を腰にぶら下げている。
上品という言葉とは無縁で、むしろ真逆に位置しているような場所。
しかし、活気のある場所だ。
無遠慮な視線もお構い無しに少女はカウンター席へとまっすぐ向かい、椅子に座った。
グラスを磨くマスターが、ちらりと少女を見た。
「ウイスキーをくれ」
少女は小さな声で注文の品を告げた。
しかし、マスターは一瞥くれただけで、少女の注文を無視する。
すると、少女はスッと紙幣を二枚、カウンターに置いて差し出した。
「安物じゃないのを頼むぜ。混ぜ物なしのな」
言うと、マスターは驚いた顔で少女を見た。
だが、その驚きもすぐに消え、マスターは酒棚へと向かった。
一本の酒ビンをどかして奥に隠された酒ビンを取り出す。
マスターは一言も語らず、その酒とグラスを少女の前に置く。
ビンには、銀板のネームプレートがかかっていた。
不器用な文字が板に刻み付けられている。
プレートに刻まれていたのはクラークという名前だった。
「他人のキープボトルを出していいのか?」
「もう、帰ってきやしねぇよ」
ぼそりと呟くような声で、マスターは答えた。
「そう思うなら、どうしてとっておいたんだよ」
マスターは背を向けた。
言いたくない事なのかもしれない。
少女も返事を期待していなかったのか、ボトルをグラスに傾けた。
そんな少女の右肩に、無骨な手がかかる。
「おう、嬢ちゃん。あんた、この町のもんじゃねぇな。旅人か?」
少女は自らの肩へ触れた男に顔を向ける。
むさ苦しい髭面の男が、卑しい笑みを作っていた。
次いで、少女を挟んだ反対側の椅子が軋む。
見ると口元をスカーフで隠した男が座っていた。
こちらは無言だが、そのスカーフの下では口元を歪ませている事だろう。
ちらりと見ただけで、少女にはそれがうかがい知れた。
「一人旅ってのは大変だよな。それもこんな可愛らしい嬢ちゃんだけじゃ、どんな危険があるかわかったもんじゃねぇ。どうだ? 俺が旅のお供をしてやってもいいぜ」
男のその言葉が、純粋な心配や善意であるはずはない。
真意は別にある。
それも、悪意に近い思惑だ。
さきほど、少女が出した金を見て、まだ持っていると踏んだのだろう。
こんな小娘からなら、簡単に金をふんだくれると。
その思惑に少女は気付いていた。
少女はほくそ笑む。
不似合いではあるが、元が良い少女の顔は歪な可憐さを笑みにのせていた。
「こう見えて、俺は頼りになるぜ。なんせ――」
「失せろ」
少女は低く声を絞り出し、そう告げた。
「あん?」
鋭く強かな拒絶の言葉に、男はめんを食らって怪訝な顔をする。
そんな男へ畳み掛けるようにして、少女は続ける。
「息が臭せぇからその汚ねぇ面をどっかに消せって言ってるんだ」
流石に今度は男も少女の辛辣な言葉を理解し、怒りに顔を歪める。
そして、男は女子供であろうとも、容赦しない人間らしかった。
躊躇もなく拳を振り上げて、少女の顔目掛けて振り下ろそうとした。
マントで隠された少女の腰付近で、カチリと小さく音が鳴った。
ゆっくりと、力を込めて引き上げられた撃鉄の音だった。
男の拳が顔に届くまでのわずかな時間。
男よりも後に動いたにも関わらず、少女の手に握られた銃が男の太腿を射貫いた。
男が野太い悲鳴を上げて、無様に倒れる。
だが、少女はそこで動きを止めなかった。
銃をそのまま反対側の椅子に腰掛けた男へ向ける。
そのわずかな合間に、左手の底で再び銃の撃鉄を上げ、発射の準備を整える。
銃口が向けられた時、スカーフの男はナイフを抜き放ったところだった。
少女は銃を弾く。
吐き出された銃弾は男の持つナイフの刃をへし折った。
ほんの一瞬の出来事。
店の客が、一発目の銃声でそちらを見た時には全てが終っていた。
そして、誰にも何があったのか知りえなかった。
撃たれた当人達でさえも……。
何が行われたのか正確に把握できているのは、銃を撃った少女一人だけだ。
流れるような動きは恐ろしいまでに速く、しかし、狙い通りに銃弾を当てる正確さを持っていた。
神業と言っても差し支えのない早撃ちだった。
「三度は言わねぇぜ。失せな」
向けた銃口をそのままに、少女はスカーフの男に告げる。
スカーフの男は変わらず無言であったが、冷や汗を垂らして驚愕していた。
少女に怯えた目を向けて、若干身を震わせている。
やがて男は怯えを吹き飛ばすように小さく悪態の言葉を吐き、足を撃たれた男を支えて店から逃げるように出て行った。
そんなやり取りがあったにも関わらず、店の客は特に騒ぐでもなく、驚く事もなかった。
この町では、そんな事など日常の一部でしかないのだ。
「悪いな。騒がせた」
少女が謝ると、マスターはさして怒る様子もなく、むしろ軽く笑って見せた。
「ここじゃあ、日常茶飯事だよ。まぁ、いつも荒事は外で済ませてもらうんだが。おまえさんの場合、言う暇もなかったな」
マスターは、拭いていたグラスを置いて少女に語りかける。
「凄まじい早撃ちだった。若いのに、たいしたもんだよ」
「やけにお喋りだな。……あんた、もっと無口だと思ったのに」
「そうだな。いつもは、こうじゃないんだが……。昔、あんたみたいにクイックドロウを得意とした男がこの町にいたんだ」
少女は興味があるのかないのか、わからない表情でグラスを傾けた。
「つい、懐かしくてな」
「俺も早撃ちが得意だった。それだけで、か……」
「そうだな、単純だな。これも縁かねぇ」
マスターはどこか寂しそうに苦笑する。
その視線は、少女の前のボトルへ向けられていた。
「マスター、今の銃声は何ですか?」
聞こえたその声に、少女はそちらを見る。そして、大きく目を見開いた。
その眼差しには、驚きの色が滲んでいた。
給仕服に身を包んだ女性が、奥の厨房から現れた。
切りの良い所で切ったら、主人公の名前が謎のままになりました。
タイトルからご想像ください。