ラン・イン・ザ・ダーク(前編)
何故ティルが子供達と一緒にいるのか、それは彼女がサンディへの報告の後、夜食を食べ終わったあたりまで遡る。
夜食と言っても、彼女のそれは本来夜食と呼ぶような軽食ではない。カツ丼やラーメンに炒飯、時にはステーキさえ食べることもある。高カロリーで量の多い物を深夜に食べるので、間違っても食っちゃ寝をしてはいけない。
なので彼女は夜食後に城の周りや人気の絶えた城下町を走る事に決めている。腹ごなしにもなるし、それに彼女の能力上のメリットもあるからだ。
そんな理由もあり、ティルは1人城下町を走っていた。日中は人の声や熱気に包まれているのとは対照的に、ひんやりとした夜の闇に包まれている城下町は新鮮でもあり恐ろしくもある。と、彼女の耳に何処からか子供達の笑い声が届いた。幽霊の類かと一瞬心臓が跳ねたが、その声は聞き覚えのある子供達の物だと分かりほっと胸をなで下ろす。
「・・・こんな時間に子供達だけで遊んでるんですかね?もしそうだとしたら、ちょっと注意しなきゃいけませんね・・・」
子供達が遊ぶのは結構な事だが、流石にこんな夜遅くに遊んでいるのは看過出来ない。そう思い、彼女は声のする方に足を進めた。
しばらく走っていると、こぢんまりとした公園に着いた。複合遊具というのか、複数の遊具が組み合わさった遊具がある小さな公園である。ゆらゆらと揺れる灯りに照らされた遊具の上には複数の子供達の姿が見て取れ、遊具から少しばかり離れたところには子供達の保護者らしき人影が3人ほど集まっているのが分かった。保護者同伴と分かり一安心したティルだが、ふと疑問に思う事があった。こんな時間に子供を連れて何処かに行く用事でもあったのか。勿論あったのだろうが、こんな遅くになる程の用事となると少しは耳に入れておきたい。事情を知っておけば、有事の際に素早く対応できるからだ。ティルは保護者3人に近づき、声をかけた。
「こんばんは、そこなお三方。」
「あら、ティルちゃんじゃない。どうしたの、こんな夜中まで?」
ティルもそれなりに名は知れており、時折買い物ついでに市民と立ち話をすることもある。今回の都市伝説も、その立ち話の時に聞いたものだ。
「食後のランニングです。今日は唐揚げ定食だったので、いつもより長めにランニングをと。」
「相変わらずよく食べるわね、ティルちゃんは♪」
「そのぶん太らないように対策するのも大変ですけどね。・・・ところで、そちらはこんな時間まで何を?」
「私たちは儀式に参加してたのよ。フェザー教って知ってるかしら?」
フェザー教、と聞いたティルは微かに眉をひそめた。フェザー教といえば、今ちょうど情報を集めているところではないか。
「あ、はい。最近よく噂を聞くので、どんな宗教なのかなーと・・・」
「あら、ティルちゃんも興味あるの?それなら、明日の儀式に参加してみると良いわ!」
「よろしいのですか?」
「ええ、百聞は一見にしかずと言うし。でも、明日は私達用事があるのよ・・・それで、ついでに子供達のお守りを任せてもいいかしら?」
「ええ、お任せください!」
と、話を聞いた子供達が遊具から降りて駆け寄ってきた。彼女もよく子供達と遊んでおり、割と子供ウケがいい。
「あ、ティルおねーちゃんだ!何してるの?」
「ふふふ、明日の儀式に参加するというお話をしてたんです♪」
そのまま子供達を交えて少し雑談をし、最後に軽く注意をしてから彼女は子供達と別れて城への帰路を辿り始めた。
(いやはや、まさか儀式に潜入・・・もとい、参加出来るとは。運が良かったです♪)
・・・嬉しそうに城へと戻っていく姿を【奴】に見られていた事を、彼女は知らない。
扉を潜ると、そこは普通の民家と大差なかった。玄関があり、廊下の先にはリビングと思しき部屋も見える。彼女の前に連なっている人々が次々とリビングに入っていくのを見て、ティルは怪訝な顔をした。
(・・・この家、外から見たらそんなに大きくなかったのに・・・あんなに人は入れない筈ですよね?)
しかし、その疑問も子供達の後についてリビングに入った途端に解消される。リビングに設置されている本棚、それが脇にずらされており、その奥に薄暗い通路が見えたのだ。外に通路らしきものが無かったのを見る限り、どうやら地下に続く階段らしい。
「おねーちゃん、こっちこっち!」
子供達はその階段の前におり、ティルに手招きしている。どうやら不安げな顔をしているのはティルだけのようだ。
「・・・はい、今行きます!」
鬼が出るか蛇が出るか。ここまで来たからにはもう後には引けないと思い、ティルも子供達と共に階段を降りていった。
何となくキリのいいところで終わらず、かと言ってキリのいいところまで続けると明らかに長くなりすぎるので前後半に分けました。はい。