非行方不明者捜索願
この世界の何処か、【奴】が佇んでいた。【奴】はそれを眺め、独りごちた。
『・・・さて、これで配置は終わった。一体どうなるだろうな?』
ここはアリウス王国、そしてその首都エリマ。その中心にそびえ立つ城、通称『魔王城エリマ』の執務室で、彼サンディ・タートロスはため息を吐いていた。
「・・・あーあ、相変わらず仕事が多い・・・」
その声に、彼の家臣ティル・レイライトが呆れた声で応える。
「主様が早めにやっておかないのが悪いんですよ。いつも言ってるじゃないですか、後に溜めると面倒になるって。」
そう、彼は今まさに執務中。書類の束を脇に、内容を確認してはサインを書く・・・の繰り返しを続けているのだ。
しかしやはり疲れる時は疲れる。彼は万年筆を置いて椅子に寄りかかった。
「・・・ちょっと休もう。手首が痛い、腱鞘炎になる・・・」
「はいはい、まあいいでしょう。お茶淹れてきますね♪」
ティルはそう言って部屋を後にし、後には手首をぐるぐる回しているサンディだけが残された。
「・・・それにしても、いつもより多くないか・・・?」
未処理の書類を一枚手に取り、文章を眺める。その内容を簡潔に纏めると、『行方不明者の発生、それに伴う捜索願』。先程から処理している書類の殆どが似たような内容で、彼は正直飽き飽きしていた。
更に、この書類には不思議な点があった。
「・・・この人達、別にいなくなってなんかないんだよな・・・」
彼が捜索願を受理したところ、捜索願を出されている全ての人が行方不明になっておらず『普通に生活していた』のだ。
「それ、私も不思議に思ってるんですよね。」
「お、おかえり。」
ぶつぶつと呟いていると、ティルがティーポットなどを載せたカートを押して帰ってきた。そしてティーカップを手に取り紅茶を注いでいく。
「いまいち理由が分からないんですよね・・・はい、どうぞ♪」
紅茶を注ぎ終わり、サンディにティーカップを手渡して自らの紅茶を注ぎ始める。
「ん、ありがと・・・相変わらず美味いな、ティルの紅茶は。」
「いえいえ、それほどでも♪・・・コーヒーは絶望的ですけどね・・・」
自虐的に呟くティル。彼女の淹れたコーヒー(飲んだ人曰く「ただの泥」)のせいでコーヒー嫌いになった人がいるとかいないとか。
紅茶を啜りながらサンディは再び思案する。
「・・・何で行方不明じゃない人の捜索願なんか・・・?」
「うーん・・・・・・あっ!」
何か思い当たる節があるのか、ティルが声を上げた。
「どうした、何か思い出したのか?」
「・・・いえ、最近城下町でちょっとした噂を聞きつけたんです。もしかしたら、それに関係あるかなーと・・・」
ぴくりと眉を動かすサンディ。『噂』に興味を惹かれたようで、ティーカップを置いて尋ねる。
「噂って、どんな噂なんだ?ホラー系か?」
「ええ、その通りです。夜中、それも丑三つ時に1人で出歩いていると、『もう1人の自分』に魂を奪われちゃうとか・・・!」
嬉々とした声で語るティル。間違っても嬉々とした声で語る内容ではない。
それを聞き、軽く考え込むサンディ。
「へぇ・・・でも、何でそれが書類と関係するんだ?」
「ええ、実はですね・・・」
彼女は先ほどとは打って変わって真面目な口調になり、こう口にした。
「・・・魂を奪った後、『もう1人の自分』がその人に成り替わっちゃうんですって。」