後編 その後
我が辺境伯爵家は、そもそも大きな傭兵団でしか無かった。
先先代の辺境伯家当主は、辺境伯爵家当主となる前には傭兵団の団長であったが、先代の国王陛下に請われて、この国の防衛のために辺境伯爵家当主に抜擢された。
その理由として、隣国の侵攻に対し、圧倒的な戦果を挙げたことは言うまでもない。しかし、一番の理由は利害関係によるところが大きかった。
先先代の辺境伯爵は、傭兵団の規模が大きくなりすぎていたため、安住の地を欲していた。
一方で、先代の国王陛下は、国土が肥沃な割に軍備が弱い自国に比べ、急激に版図を広げる隣国の脅威に備えるためである。隣国は、肥沃な自国を強く欲しており、侵攻を受けた場合には植民地となることは明らかであった。
但し、通常とは異なる点も多くあった。
先代の国王陛下は、隣国の脅威を非常に重く見ており、このままでは近い将来、隣国の侵攻に対する防衛は困難となると推測していたこと、自国の国民を何よりも大事に思っていたこと及び早く隠居してストレスから解放されたいとの思いから、当初、国王の座を禅譲し、自身が内政を管理するという形での提案をしていた。
辺境伯爵は、傭兵団の団長に過ぎない自分が国王になるなど無理であるとして、この提案を拒否した。そもそも、権力に興味が無く、自身の傭兵団のために土地を欲したのみであるから、面倒な執務がありそうな国王などという立場は不要だったのである。
そこで、軍事に関しては、辺境伯爵が改革を行うと共に、自身の傭兵団員を部隊ごとに配備し、再教育を行うこととし、内政及び外交に関しては、国王が管理し、辺境伯爵領にも代官を配置し、内政ができる人材の教育を行うこととしたのである。
もっとも、それでは近い将来、辺境伯爵家の勢力が強くなりすぎてしまう。
そのため、王家の王子と辺境伯爵家の当主である女性を結婚させ、将来的に王家に辺境伯爵家を吸収させ、軍事を王家の直轄とすることとしたのである。
また、この約束は漏洩を避けるため、公文書の作成をすることなく、辺境伯爵家と王家との間で信義を下にのみ成り立つものとし、互いの信義が成り立たなくなった際には、辺境伯爵家は王国より独立する、あるいは王権を禅譲するものとした。
しかし、当初のもくろみと大きく異なる結果となる要因は多くあった。
王家は男子に恵まれていたが、辺境伯爵家では女児に恵まれなかったのである。
加えて、他の貴族に先代国王が禅譲を持ちかけたことが明らかになるのは問題があったため、王太子と認められたものにのみ伝えられる約束であったが、アスラン王子は未だ立太子する前で今回の事件が発生したことである。
また、軍人が平和な自国内では不要なものと認識されてしまった一方、最前線である辺境伯爵領では高い人気があったうえ、傭兵団の訓練を基にして行った辺境伯爵家の再教育の結果、辺境伯爵家に対する忠誠心過多な軍団が出来てしまったのである。しかも、当主となったレイラ辺境伯爵は小さい子供のころから訓練に参加していたため、軍人らに「お嬢」と呼ばれ、強く慕われていた。
このため、軍事権が辺境伯爵家に著しく偏った状態が出来上がってしまった。
一方で、辺境伯爵領では、教育も一定水準まで上昇し、内政・外交が問題なく行える程度まで人材は整いつつあった。
その結果、王家は辺境伯爵家を必要とするが、辺境伯爵家は王家を必要としない立場の逆転が起きてしまったのである。
「使者殿。当家と王家との間の約定やそれに至る経過については以上で述べた通りだ。その上で御回答させて頂こう。」
使者が初めて聞く内容だったのだろう。驚きを隠しきれていないようだが、回答を得られるとのことで姿勢を正し、落ち着きを取り戻そうとしているように見える。
しかし、その顔色だけは最初から要請を受けることについて確信を得ているようだ。
そこまで王位に魅力は感じないのだがなぁ。
「王都から折角、辺境伯爵領まで使者として御越し頂いて申し訳ございません。しかし、禅譲の申し出を受けたのは光栄ですが、拒否させてもらおう。」
私の回答に唖然とする使者に対して、更に畳み込んだ。
「それにだ。どうせ他の貴族は私に従わんだろう。戦場で命令に従わぬ兵を連れて行くのは自殺行為だ。さらに言えば、いくら辺境伯爵領で軍事・内政の人材が揃いつつあるといっても、現状で王国全てを統治するだけ集めるのは不可能だ。だから、我が家は領内の領民を守ることを優先させてもらう。そういうことだから、お帰り願おう。」
絶望感に苛まれる使者に退室を命じて帰らせる。
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その後、隣国との外交交渉の結果、自領の安堵と不干渉を認めさせることに成功した。
一方、アスラン王子は隣国の侵攻を撃破した余勢を駆って、そのまま辺境伯爵領に攻め入るという計画を立て、出陣したが、敢え無く隣国との戦争に撃破され、討ち死にすることとなったとのことである。




