俺の転生が終わった日
目が覚めると。
俺は見知らぬ場所にいた。
何もない、真っ白な空間――というわけでもなく。どこかの神殿のようなそうでないような、不思議な場所だった。
手広い空間には大理石製の太い円柱や、男神や女神の全身像が壁に埋め込まれている。
かと思えば、端の方に畳の並べられた一角があった。こたつと蜜柑を完備した、くつろげそうな安らぎスペースである。
近くの窓から外を見れば、砂漠にピラミッドが建っていた。ファラオっぽい目が表面について光っているそれが、ズラリといくつもこちらを見つめていた。
つまり統一感の全然ない、謎の場所だった。
「……」
「よう帰ってきたの。おぬしも十分、休暇を満喫してきたじゃろう。これからきっちり働いてもらうぞい」
俺の前に、一人の醜い老人がいた。例のこたつに入り、冷たい石の床に座りこんでいる俺に語りかけてくる。
真っ白で長い髭。ぶくぶくと肥え太った大きな体。ツルツルに禿げ上がった電球頭が、輝いていた。まぶしすぎるほど光っていた。
誰このじじい。
「おぬしらがいない間にずいぶん仕事が溜まってしまっておる。いやもうまじ洒落にならんくらい。わはは。
他の天使どもはまだ戻っておらぬが、一足先に帰ってきたんじゃし、早速片付けてってもらおうかのう。ほれ、ちゃっちゃと動けヨシオ」
「おい? ちょっと待て」
俺の名前は、漆原吉男。
年齢30歳。職業アルバイター・フリーター。
自宅は実家に寄生。自分で言うのもなんだが、典型的な落伍者の日雇いワーキングプアー層である。
他に特徴を挙げるなら――『ブサイク』。
不細工というか、不細工だ。豚とゴリラの悪い所を足して割らないオーク顔。
女騎士を卑劣な手段で陥落させる、圧倒的オーク面……と言えばいいか。
デブだし、頭も若ハゲ散らかしつつあるし、最近は中年体臭まで出てきてるし、絶望的な外見だ。
それはともかく。
俺はついさっき――車に轢かれて死んだ。
居眠り運転のトラックが突っ込んできて。轢かれそうになっていた女子学生を見て、颯爽とかっこよく助けようとして。
見事、失敗。
身代わりとなり、星になって散った。空には今頃、俺のスマイルが遠く浮かんでいることだろう。
そして目が覚めるとここにいて。目の前にハゲた爺さん(ついでに超ブサイク。俺と並ぶレベルのオーク顔)がいた。
以上。俺の辿った経緯の要約であるのだが……。
「爺さんって。おぬしもう少しワシへ敬意とか、立場上言葉遣いをじゃな。それともまだ拗ねておるのか。しつこい奴じゃのう……」
「はあ。何を言っている? あんたは誰だ?」
「ん? 会うなり何を、あれ?」
老人は目を瞬かせ、俺の顔をじっと見つめてくる。
「ヨシオじゃろ? おぬし」
「そうだが。俺の名前知ってんのか? それより、俺やっぱり死んだのか。ここは天国か地獄か?」
「オイオイオイ。おぬしまさか、何も覚えておらぬのか!?」
老人が急に慌て出した。
なんだ? 知らない爺さんだと思うがな。
「……あー。これは多分、あれじゃな。こやつを転生させた時、記憶領域からゴリッとやばい音がしたんじゃよねー。あれかー……こ、こりゃやっちまったわい!」
「さっきから何の話だ? あんた一体」
「うおっほん。ヨシオよ。まず、ワシは『神』じゃ」
「は?」
「神なのである。偉大なる太陽の神にして、神の中の神。超越せし神。色々と呼び名はあるが、今は『超越太陽神アマテラス』と名乗っておる」
「……。あ、そう」
俺は、妄言をのたまうじじいを胡乱げに見て、立ち上がり周囲を見回した。
何故だろうか?
ここには、いつか見覚えがあるような――そんな気がした。
いや……、やはり気のせいだ。俺はこんな場所に来た事はない。あるはずがなかった。
窓の外は青い空と、波一つ立たない海が地平線まで広がっている。また別の方向には、延々と続く砂漠が見えた。
空の上には燦然と輝く五つの太陽があり、しかし思ったほど暑くもなく、春のような過ごしやすい空気である。
「ふむ」
俺は小さく頷いた。
俺は自分が死んだのを確かに知っていたし、この現実離れした場所からして、神とやらに出会ってもおかしくない。と思ったからだ。
「あんたが神か。それで? 俺にどんな転生チーレムをくれると?」
「な、なんじゃと? 何の話をしとる」
俺には分かる。
これはきっと、あれだ。
なろう小説的なあれなのだ。死んで転生してチートでハーレムできるってやつだ。
おそらく今はプロローグあたりだな。
これから俺は勝ちまくりモテまくりの、超イージーモードな第二の人生を送れるってわけだ。
イメージ的には、札束の風呂で女を侍らせて舌なめずりしてる姿が、エロ雑誌とかの裏表紙に載ってる感じ。
「さ、早く特典付きの最強イケメンに転生させて、蘇らせてくれ。してくれるんだろ? 運命的に本来死ぬはずじゃなかったから補填にとか、そんなんで」
「……アホか。何が悲しくてワシが、クソデブのオーク男にそんなんしてやらねばならんのじゃよ?」
なんだ。してくれないのか……。
まあ、そりゃそうだ。それじゃ神に一切得がないし。
俺の命にそんな高い価値があるとは思えない。俺もちょっとはおかしいと、薄々思っていた。
となると。この神は、何の目的で俺に近づいてきた? ご都合チーレムじゃないとすると……。
まさか。陰謀か。
俺を手先にして、悪を働く気か? 神にありがちな。
神ってのはそういう奴だからな。ゲームアニメラノベによればな。
ノンケでもホイホイ言うこと聞いちゃうコースで行けば……。おそらく、そのうち俺を殺そうとするか。捨駒にするはずだ。
なんと許せん!
「おのれ騙されんぞ邪神め! 正直に言え俺を捨駒にして悪魔的陰謀する気だな?」
俺の中の鬼平が言っている。怪しい!
俺救済の御助け人にでもなろうつもりかも知れぬが、捕えて責めてみると、やはり名うての邪神であったりするはずだ。
「何を言っとるんじゃいアホ! 誰が邪神じゃい。そんなんする訳あるか!?」
む、違うだと?
ならば……。
一体何なんだ。この神。
「どういうことだ? ハゲた神が、俺に何の用だ」
「ハゲは関係ないじゃろ!? おぬしだって若ハゲじゃろーが!
ヨシオおぬしはな、このアマテラスの被造物にして、我が大天使。ワシが手ずから創りあげた最初の織天使であり、我が第一のしもべ、なのじゃよ」
「はあ?」
「神の長男にして神の右腕。《曙光》を暗示すると共に、『光』を司り、配下の全天使達を統率した天使の長。
やがて神に逆らい、そして地上へと堕とされし者……。今までの人の身は封じられた仮の姿に過ぎぬ。『大天使ヨシオ』、それこそが、おぬしの真の正体なのじゃ」
俺は神を見つめた。なんだと?
……この俺が、大天使だと……?
いきなりなに言ってんだ。こいつ。
「じじい。痴呆か?」
「誰がじゃ。ぶち転がすぞこのクソガキ。とにかくおぬしは、正真正銘天使なの!」
俺は、神に呆れた目を向けた。何を言っているんだ……。
天使だかなんだか、俺は死んで今それどこじゃないし、ボケて錯乱したじじいの黒歴史誇大妄想に付き合ってやる義理などないんだがな。
「嘘じゃねえっつの。だっておぬしの母の名前、米子じゃろ? 漆原米子。真の姿は第二の大天使ヨネコにして、おぬしの前世における仮の親をしておったな」
「そりゃ米子だけど。なにそれくだらねえ嘘つくな」
「嘘じゃねえって言ってるじゃろ。証拠におぬし、めっちゃ天使のオーラ出とるじゃろ? 顔もワシによく似て、超ブッサイクじゃろ?」
「誰が超ブッサイクだ、じじい。大きなお世話だハゲ!」
「ハゲは関係ないじゃろぉハゲは! こ、こやつ、本気で全部忘れておるな……」
訳が分からん。なんなんだ、このじじいは。
というか本当にこいつ神なのか? 通りすがりのボケ老人じゃないのか? 疑わしくなってきたぞ。
「それより、お袋に連絡取りたいんだがな? 俺が死んであっち大変な事になってるだろうし。いや電話したらホラーか? 参った」
「仕方ないのう。じゃあ後で連絡させてやるから、ひとまずワシの話を信じよ」
「ちっ。しょうがないな」
面倒な爺さんだな。なんだか知らんが、連絡取ってくれるって言うなら、少し付き合ってやるか。
あの世を超えた通信でも、神パワーならなんとかなるんだろう……本当に神か、疑わしいところだが。
「馬鹿らしいが……。それじゃ天使の俺が、なんで人間やってて事故で死んだんだよ? 意味が分からんぞ。つーかさっき、転生とかなんとか言ってなかったか?」
「その問いに答えるには、30年前に起きた、ある恐ろしい出来事を話さなければならぬ――」
「……長くなるか? 床だと足が冷たいぞ。そっちのこたつ入れろ、お前だけずるいぞ」
「……。おぬし、これ一応神の座じゃぞ?」
「んな庶民的な神の座があるか。ほら、いいから」
「図々しい奴じゃのう。まあよい、とにかく聞くがよい」
こたつの対面に座った俺に対し、神は、静かに話しはじめた……
その昔。神聖にして偉大なる太陽神アマテラスは、数多の天使達を率い、多くの世界を平和に支配していた。
しかし、今より30年前。神の側近であり、神の右腕であった光の大天使長が、突如として神に反旗を翻した。
それは許されざる大逆。創造主への叛乱。
神をも恐れぬ傲慢なる大天使――彼は天上の主に向けて、宣言した。
「クソじじい。『天使業務は365日勤務。無給で休日無し』ってなんだこれは? どんなブラックだいい加減にしろ休ませろ給料出せふざけんな」
その反逆の声に、天に住まう他の全ての天使達の1/3が、いや半分が、いいや全部が反逆の大天使に従った。
全員が一糸乱れぬ反逆だった。
彼らは給料が欲しく、休みたかった。たまの休日には家族を連れて行楽地に出掛けたり、恋人とデートしたり、愛するペットとゆっくり時間を過ごしてみたかった。当たり前すぎた。
哀れな神は天使達に陥れられ、そのへんにあった縄でふん縛られ、ついでに手近なロッカーに入っていたモップや箒でぶん殴られフルボッコにされた後、忌まわしき悪魔の契約を結ばされてしまった。
すなわち全ての天使達とその家族に、長年の勤務の報酬として『転生して、人一生分の長期休暇を与える』こと。
その後は労働基準法に則った雇用をすること。
そうして、天使達は異世界へ転生し、束の間の平穏な人生を送るという休暇を楽しみ。
それまで周囲にさんざん働かせ、自分だけはサボりにサボりまくっていた神は、一人で仕事を回さねばならなくなったという――!
「これぞ、世に伝わる神魔大戦。天を割り地を揺るがした、聖なる神と邪悪な堕天使の恐るべき戦いの真相と結末じゃよ……!」
「ただの労働争議じゃねーか」
やたら壮大に膨らまして語ったじじいに、俺は突っ込んだ。
下らねえ……。
もったいぶって話しはじめた癖にこれである。
わざとらしく慄いてみせてるのが、むかつくな。しかも神のくせに、天使に負けてるぞこいつ。
「だって天使が休みたくて叛逆してくるなんて、思ってなかったんじゃもん。ワシがちょーっと毎日酒や女やギャンブルに狂ってみたり、
グータラゲーム三昧して出された飯食うだけの日々を送ったりして、仕事全然しなかったぐらいで。ひどいもんじゃ!」
「やかましい。自業自得だろうが。……って、30年前だと?」
俺の疑問に、神が頷いた。
「その通りじゃヨシオ。おぬしのこれまでの生――それこそは、天使であったおぬしが転生して味わった、ひとときの『休日』じゃ。
おぬしは死に、そして今ここに還ってきたのじゃ」
俺は呆然とした。
そんな馬鹿な。
つまり、今までの俺の人生とは、『天使の転生』だった――だと?
……いやいや。ヨタ話がすぎるぞ、馬鹿か。誰が信じる。などと思う俺に構わず、神は言った。
「そーゆーわけで約束通り、これから思いっきり仕事してもらうからのう! いやーやっと一人じゃなくなったわ、少しは楽になるのう、助かるわい」
「待てよ!? 聞いてないぞそんなの。つかおかしいぞ、転生って普通ファンタジー世界とかに行くだろ。なんで現代社会に転生してんだ!」
「そんなもん知らんわい。一番便利で一番楽できる世界に転生したい、って言うたじゃろうが? その通りにしてやったじゃろう。
おぬしは覚えてないかも知れんが、まあ転生時にちょい失敗してな。記憶が飛んでおるみたいじゃ。そこはすまんかったが……」
「お、俺に天使の仕事をしろって……?」
俺は死んで、転生チーレムどころか。
俺の転生は、もう終わっていた。
これから天使として、神に命じられた仕事をしなければならない。だと……?
「やだ断る。なんでそんな事しなけりゃならんのだ。断固として拒否する」
「こやつ。記憶はなくても約束は約束じゃ、働け」
「そんな約束知らないぞ。そもそも俺は、お前の話を信じたわけじゃないからな。バカバカしい」
「……嫌と言っても、働かせるわ。それぃ!」
「うお!?」
神が、懐から一枚の紙を取り出して広げた。
紙から一筋の稲妻が走り、俺を縛り上げた。謎の力で引っぱり上げられ、無理やり立ち上がらされてしまう。
「フフフ。この書面を見よ。労働争議の際、おぬしらがサインした誓約書じゃよ。『休暇ののちは、再び主アマテラスに忠実に仕える事』ちゃーんと書かれておるわい。
これによって、おぬしの魂は縛られておる。ワシだって働きたくないもーん。どんどん仕事押し付けて、楽してやるわい」
「離せ! こら!」
「さあ、本来の姿を取り戻すがよい。我が大天使よ!」
「なっ……!?」
稲妻が光を放ち、俺の体を包みこむ。
光が去ると――
そこには、純白の法衣と蒼い鎧を身につけ。三対六枚の大きな翼を、背に生やした俺がいた。
「お、おお。この姿は」
「少しは思い出してきたかの? 元の己の姿を見て」
「……いや、これサイズが少々きついんだが。パンパンだぞ。上のサイズないのか?」
「5Lじゃぞそれ。デブすぎじゃよ……」
「お前には言われたくねえよデブハゲ神」
「ともかくこれより、おぬしに新たな役目を授ける。次の行き先は新たな世界じゃ」
契約の紙を胸元に仕舞いこみ、神は言った。
「ヨシオよ。おぬしは新たな肉体を得て、神の名の元に役目を果たせ。それとも事故で死んでそのまま、復活できずに消滅する方を選ぶかの?
どうしてもそうすると言うのなら、ワシには止められんが……」
「むう」
蘇らせてやるから、代わりに働けと。
まじかよ。めんどくせえな。死んでまで働きたくねえ……生前もあまり働いてなかったが。
「まあ、死んで終わりよか、そりゃ働いて生きる方がましだけどな」
「では仕事の内容を伝えるぞ。よいか、神とは信仰が必要なんじゃ。信心が神を、神たらしめておる。
人々から集めた信仰心が、我らが存在する力、そして奇跡を起こす力の源となるのじゃ。
我が教団では主にトリッパー・転生者と呼ばれる者達を中心に布教しておる。彼らには、特別な信仰の力があるのじゃ。
その大いなる力をもって、ワシを健気に信じおる信者達の苦難を救済し、ひいてはワシと信者達、双方の利益・繁栄となる――。つまり、Win-Winの関係になるんじゃな。
そーいうわけでおぬしはワシに代わり、人々に信仰を広めよ。助けを求める者達を救済する事で、神の名を広めるのじゃ。
まさに天使としての仕事じゃな、うむ」
「俺は、あんたに雇用されるのか? なら給料は?」
「……信仰心はおぬしが存在する為の力でもあるんじゃが。給料までせびる気か? ワシが創った大天使なのに」
神が渋面を作った。
なんだよ。
「そこは当然だろ。金の絡まない仕事なんて、超適当になるもんだぞ? それで仕事が成り立つと本気で思うか?」
「くっ。しかたないのう……また反乱されても困るし。では、適当に考えておくわい。
それからおぬしが元々持っていた特別な力を戻しておいたゆえ、仕事に役立てるがよい。それが当面の給料代わりと思え。それでよいな?」
すぐ金はくれないのか、ブラック企業め。
しかし、ふむ。
特別な力だと……。
「その力があれば、ぶっちゃけ悪党相手にチートで無双して俺TUEEEEEEもできよう。が、悪を倒して遊ぶのは、仕事の合間にやるんじゃぞ?」
「ぶっちゃけすぎだろ。おい」
「そのへんやっぱ男の子のドリームじゃし。ワシ神じゃけど、ワシも暇な時たまにやってるし。超スカッとするし? やっぱいいよね」
「お前もやってるのかよ。いいよねじゃねえ。まあ、いいだろう」
俺は頷いた。
断る理由はない。このじじいの怪しすぎるヨタ話を信じるかどうかは、別としてだが。
とにかく死んで終わりよりはいいだろう。正直面倒くさいし、死んだからって飛びついた感じも非常に癪なのだが。
呑まざるを得まい。命を天秤にかけられたらな。
全く怪しいじじいだが、もし俺を騙したなら、毒の一つも盛ってやるとしよう……。腹が下って止まらなくなる奴をだ。神に毒が効くかは知らんが。
神は呪文を唱え、厳かに告げた。
「ヨシオよ。今この時よりおぬしは再び、神の名代にして、神の代弁者である。偉大な大天使として自覚し、迷える子羊の魂を救い導くのじゃぞ? よいな」
そして――ずぶっ、と俺の体が床に沈みはじめた。
「うおっとと?」
「では、とっとと行くがよい、ヨシオよ! ワシと子と精霊の名において。アーメン」
「ぬ、ぬおおおーーーーっ!!」
そのまま俺は沈み、意識は溶け、消えていき――。
再び目が覚めた時。俺は、新たな異世界にいた。
こうして。
俺の天使としての生が始まったのだ――




