008 欲望の対価(その4)
あらすじ
夢オチ
ふわりと温かい陽射しに吸い込まれるような蒼空。微かに流れる涼しい風に綿あめの様な雲がゆっくりと当てもなく流されて行く。
ああ、なんと幸せな事か。
この雄大な空の下で何も考えずに、何者にも縛られずに、風が鳴らす木々の葉が擦れ合う音と柔らかな雲が空と下界の境界線に向かいゆっくりと行進して行く様を見届ける事が出来るのは。
ああ、なんと幸せな事か。
雄大な自然に囲まれて微かに流れる自然の音楽を耳を澄ませて聴きながら、自身の歩幅と共に流れる一瞬毎に変わり続ける景色を眺める事が出来るのは。
「それに比べて此処は」
空を見上げていた私は、視界を下界に向ける。
倒された木材に深く抉れた土地。倒壊した恐らく木造である家々からは、火が付き黒い煙が上がっている。
私は溜息を一つ付き、がっくりと肩を落とす。
「はぁ、折角いい気分だったのに。地獄に落とされた気分だ。」
やはり下界は穢れに満ちているのだろう。このまま美しい蒼空に向かって飛んで行きたい気分だが、残念な事に私は地を這う身。
「悲しいことだ」
耳を澄ますと子供の泣き声、女の悲鳴、男の怒号。ねっとりと渦巻く炎は只々暑く、風が微かに焼けた肉と生臭い血の匂いを運んでくる。
此処はあの美しい空とは対極の場所だった。
私は地を這い、助けを求めるように手を伸ばして来る小さい男の子の頭を踏み砕き足に付いた脳漿を地面になすり付けると騒音の聞こえる方へ歩き始める。
私は騒音の中を暫く歩き続け、大通りに出た辺りで地獄の様な景色を見たことで暗くなった気分を紛らわせる為に歌を歌い始める。
「ああ、神に逆らう愚者達よ。其れでも神は汝らを愛している。」
何らかの力を持った言葉が周りに響く。静かな鈴の鳴る様な声は、自賛しても良い水準では無いだろうか。
「神を讃え、愛し賜え。然すれば汝らへ天の門が開く。」
聖歌が第二節に入ったところで、周りから音が消えた。子供の泣き声も女の悲鳴も男の怒号も炎の燃え滾る音も。まるで、私の周囲だけが切り離された様だ。
煩くなくて大変結構である。私は満足したが、ふと中途半端と言うのは良くないと思った為に、そのまま歌い上げる。
「血を流し身を焼き魂を焦がせ。思いも寄らない身を裂く程の悲鳴を上げる事で汝らの声は天の門を叩く。御身の魂を神に捧げよ。然すれば汝ら天の住人とならん。エイメン。」
やはりこの様な景色の中ででは聖歌がよく似合う。炎の熱さと煩い悲鳴が消えると同時に私の周りにいた命が消えて行くのを感じた。
「へくちっ」
炎の熱に対応していたため、身体が急に冷える。寒さを誤魔化すために両腕を摩るが快適な温度とは程遠い。
「ああ、思い出した。」
私は全裸だったのだ。成る程道理で寒い訳である。道中無人だったとはいえ、ここまで全裸であったことに気付かないとは。
炎が何故消えたかは定かでは無いが、結果として消さずにしておくべきだったかもしれない。然して寒くはないが薄着1枚でも拝借しようか。住民は何処か遠いところに行ってしまったのだ。誰も文句は言うまい。と考えていると、耳が微かな声を拾った。
「ぁぁぁ」
恐らく、年頃の少女の声であろう。声は幼く高い音域にある。
私の体は自然と声の聞こえた方に向かって行った。
私はそのまま、てくてくと歩いて行くと、恐らく宿屋であろう。ベッドが10台と大量の料理が散乱している場所に着いた。呻き声が聞こえたのはこの辺りだ。キョロキョロと辺りを見回すと予想通り15歳程の少女が血塗れでベッドの下に挟まれていた。ベッドの脚が空を向き、白いシーツが真っ赤に染まっている。それに少女の辺り一面が血の海である為、何とも目立つ。
「・・・うぅぅ」
少女は自身の下半身を潰したベッドから逃げるように呻き、腕のみを使い這いずろうとするが、ベッドに強く挟まれているのであろう。中々抜け出せないでいる。私は少女の近くに寄ると、少女の頬に手を当てる。十分に温かい。まだそれ程血色が悪くなっていない事から、見た目程多くの血を失っているわけではなさそうだ。私は安堵の溜息を付く。
「ふぅ、よかった。」
私はそのまま少女の下半身を潰しているベッドを押し上げようとするが、びくともしない。少女は呻き声は上げるものの対した反応を示さなくなった、気絶してしまったのであろう。
「さて、私の地力では重い物を動かせないと。」
ならば、無理矢理引き抜くか。と考えて少女の両手首を持ち思いっきり引っ張る。ゴキリと骨のなる音が少女の両腕から聞こえた。
少女は抵抗少なくベッド下から引きずり出す事ができた。両足首から下が完全に潰れ、砕けた骨が肉を突き破ってはいるものの、生命を直ちに脅かす程ではない。
少女の足元の近くに何かつっかえになるものがあった様だ。この少女は随分不幸じゃあないかと思いながら、少女を助けるためにつっかえになったモノに感謝を告げる為、ベッドの下を覗く。
其処には、女性の姿があった。赤い血に塗れ、痙攣を繰り返す肉塊。辺りには脳漿が飛び散り、頭蓋からはみ出した太い神経とその先にある歪んだ目玉は灰色に濁っている。予想通り私が少女を見つけた時の血の海は彼女のものだったのだろう。明らかに1人分の血の量で無い事は確かであった為予想は付いていた。そしてコレはほぼ間違いなく少女の母親だろう。
私は偶然身の回りに起きた悲劇を悦びながら、放って置いた少女の元へ向かう。
「君が生きていて良かった。丁度寒かったのだよ。」
私は少女の着ている血に塗れた衣類を剥ぎ取る。少女の肩が外れていた為、上着を脱がす事に苦労は無かったが、ズボンは少女の血により過度に湿り気を帯びて居た為に破棄する。少女との体格差上、膝より少し上に上衣の裾がある為、情的にも問題は無いだろう。しかし、
「まだ寒いなぁ」
炎が強く照らし黒煙に霞む町の中で歩いていた私には、蒼空の中にある太陽の陽射しでは最早満足出来ない。
「仕方ない。」
便利な道具と言うものは人間を腐らせ堕落させる物だと感じながらも、それ等の依存性は強い。使えるなら使うべきと言い訳をしながら私は力を行使する。
私は拳を胸の前に持って行くと、右手の人差し指を伸ばして呟く。
「火種」
力を行使すると人差し指の先に小さな火が灯る。炎は指先3センチ程上空に停滞し青色に燃えている、ライターを持たずに火を灯せるのなら何とも便利な事である。
私は少女を潰していたベッドに近付いて火を付けた、その後脚が少女の右半身の脇腹に向くようにして、少女の上に座る。向かいには段々と火力を増すベッドがある。
少女の上に腰を下ろすと、私の体重によってぷにゅりと少女特有の柔らかい肉が潰れる。裸の少女の肌は触り心地が良いが、人として少し痩せているのでは無いだろうか。
焚き火代わりのベッドから次第に肉の焦げた匂いが辺りを支配し始める。
「温かい」
この場は私にとって快適な温度になった。