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黒い幼女は異世界で嗤う  作者: ネクロ・エルダ
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007 欲望の対価(その3)

あらすじ

おじさんが捜している物を先に見つけたので、おじさんにあげました。

ーーリサsideーー


黴臭く湿気が満ちている部屋の質素なベットに、一人の少女が背を丸めて寝ていた。


水を飲む以外、起きようとしない彼女は夢の中を揺蕩(たゆた)う。


彼女の名前はリサ。冒険者の父と宿屋を営む母の間に生まれた宿屋の看板娘である。


美人では無いが、蜂蜜の様な髪色と絶える事のない明るい笑顔を見た者は彼女に好感を抱く。


子犬の様で他人を疑わず、誰にでも気軽に話す事が出来る。いつもニコニコと笑う彼女は周りの人々から大変可愛がられていた。


ーーー私は今日も宿屋『風の音』の仕入れの手伝いをするべく八百屋を営んでいるバンプさんの所へお使いに行く。


朝早く起きなくちゃいけないけど、朝は嫌いじゃない。朝日が照り射すゴルゴダの丘は、早起きの人だけが見れる特別な景色だから。


朝の涼しい風が私の頬を撫でる。大通りを歩きながら、眠気を飛ばすべく、両手を上げて伸びをした。


「んー、気持ちいい。」


「お、リサちゃん。おはよう!今日も元気だなっ!」


重そうな肥料が入った袋を肩で担ぎながら、大きな声で挨拶をしてくれたのは、お花屋さんのアークさん。鍛え抜かれた筋肉と真っ白で長いお髭のお爺ちゃん。

朝日の様な眩しい笑顔と朝日で輝く卵頭(ふもうなだいち)は昨日と変わらない。


「おはようございます!アークさん。今日もご精が出ますね。」


アークさんに釣られて私の声も大きくなっちゃう。


「バンプの所かい?重かったら(わし)を頼りなよ!」


ありがとうございます。けど今日は大丈夫です。と笑顔で返事をすると、そうか、大変だったら遠慮するなよ。と豪快に笑ながらアークさんはお花屋さんの中に消えていった。


花屋さんの店先に飾ってある綺麗な赤い花を見て今日の元気を補充する。綺麗に咲く花の中に少し蕾があるけど、アークさんが持ってた肥料をいっぱい貰って直ぐに花を開くだろう。


今日もいい気分でお手伝い出来そう。

花屋さんを右手にまっすぐ進んで5件先。時間にして約10分。私は目的の八百屋さんに着いた。


「バンプさーん。おはようございます!風の音です。」


店先に姿が見えなかった為、手を口元に添えて少し大きな声でバンプさんを呼ぶ。


すると、直ぐに店の奥から子供の様に背の丈が小さなお爺ちゃんがドカドカと小走りして来た。


「リサちゃんじゃねぇか。いつものかい?」


少し(しわが)れた声で話すバンプさんはドワーフと人間のハーフ。ドワーフは種族的に鍛冶屋さんに向いてるけど、バンプさんは熱い所が苦手だったから鍛冶屋さんは諦めてのんびり八百屋さんをしてるらしい。今年で80歳になるけど背筋がピンと真っ直ぐで、カッコいい。


小柄な身体にゴツゴツした大きな手、ちょっとだけ言葉が荒いけど、誰にでも優しい皆のお爺ちゃん。


私が風の音の手伝いを始めて2年間、ずっとバンプさんの元で同じ野菜を買ってきたから注文は『いつもの』で決まる。


「ほい、もう用意してるから。」


其処には4種類の野菜が木箱に3つ分積まれていた。


宿で出す料理は2、3品だから素材も比例してあまり種類を買わなくて良い。ただ、主なお客さんが冒険者だから、主食になるジャガイモや使用頻度が高い玉ねぎは多めに買い、其処に色が映える人参に安価なキャベツという組み合わせだ。


私はバンプさんにお金を渡したあと、お礼を言って一番下にある木箱の取手を掴み、身体を使って持ち上げる。


「ん、しょっと」


木箱はずしりと重く、自分の足の動きを鈍くする。


はあはあ、と息を切らして宿屋に着く頃には、太陽が完全に顔を出していた。


私はそのまま厨房に行き、重い木箱を置いてから、お母さんと持ってきた野菜の下拵えをする。


ジャガイモと玉ねぎの皮をシャリシャリと剥いて全部剥き終わったのは、1度目の鐘がなる時間(あさのろくじ)だった。


お客さんが次々と起床する。私は手を洗って注文を取りに行き、お母さんはそのまま厨房で注文を捌く。


大体のお客さんが冒険者だから、皆かき込む様にしてご飯を食べた後、直ぐに宿を出て行く。


忙しい時間が終わったらお母さんと一緒にご飯を食べて、やっと私の時間。


私は子供の遊び場で近所の同い年の子達と遊ぶ。


「リサー!今日は僕達のギルド(ひみつきち)を作ろうぜ!」


そう大きな声で言ってニコニコしてるのは、くすんだ赤髪のカイム君。いつも元気で常に動き回っているガーウィ(いのしし)みたいな幼馴染。


「僕達、材料捜して来たんだ。」


「あの廃材置き場でね!」


頭が良くていつも大きな本を持ってる緑髪のフォル君に水色の髪で元気な女の子のミラルちゃん。


中の良い幼馴染が全員揃うと、ギルドを作るため遊び場の角の、低木が重なる様にして生えている場所を切り拓く。鉈で細い幹を切って低木の重なりの中に少し大きめの空洞が出来たのは、お昼前になってからだった。お昼の鐘を合図に各自お昼ごはんに家に戻る。宿屋の入り口を開けて大声で叫ぶ。


「おかーさん。ご飯食べよ!」


私の宿屋では基本的に昼間はお客さんに料理を出していないからお母さんと2人で食べる。

今日はお客さんの残りのスープと親切な冒険者さんから貰ったミップル(うさぎ)のお肉と野菜を焼いたもの、それにカチカチの酸っぱい黒パンだった。


お母さんと話しながらご飯をゆっくり食べた後、私は走って遊び場に向かう。

他の皆はもう来ていた。


「みんな、ごめんね。もう少し早く来れば良かったね。」


皆のギルド(ひみつきち)なんだから、皆で一緒になって作りたい。


「おうっ!気にするな。始めたばかりだしよ。」


カイム君がそう言うと、フォル君にミラルちゃんも気にしないでね。と優しく言ってくれた。


さて、張り切って行くぞーと言って腕を捲り上げ、ちょっと広めの空間にボロボロの小さい机や木の板を置いて行く。受付とギルドボードだ。


最後に木の板を低木の中にある空洞と遊び場の丁度境界線になる場所に、ドアの様に立て掛けたら作業は終了。日が暮れて来たので、家に帰る事になった。


家に帰って手を洗い、ご飯を食べたら、お客さんの注文を取る。

ウチの宿は小さい。部屋数は6部屋しかないし、収容人数は8人。だけど、作りたての夕食を選べるのはゴルゴダの宿屋の中でもウチだけ。


温かい食事の大切さを冒険者のお父さんが教えてくれたから、ウチではお客さんの注文を取ってから作り始める。


作りたての料理は普段から保存食を食べている冒険者の中で、かなり評判が良い。


「おい、今日のメニューは何がある。」


男にしてはやや高めの声と共に、すらっとした冒険者にしては細めの腕が上がる。黒目黒髪と無精髭、1枚の藍色の布を黒い帯で締めた様な服に、足首まである灰色のスカート。腰には自身の半身以上の長さの少し反った剣を提げている。


「はーい、今日のメインはミップル焼きか肉団子か川魚の香草焼きで、スープはシチューか塩スープ。それにサラダと黒パンが付きます。」


返事をしながら、声の聞こえた方向に行くと、3ヶ月位前からずっと宿に居るクウガさんが食堂の中で調理場に一番近い席に座っていた。


「では川魚にシチューで。」


「出来たてをお持ち致しますので少しお待ちくださーい。」


「うむ。」


私はお母さんに注文を伝えた後、クウガさんに水を持って行く。


夕食は夕方日が暮れてから1刻(2時間)まで。過ぎたらご飯は食べられないから、ウチに泊まっている冒険者さんは早い時間に夕食を食べにくる。


クウガさんに夕食を運び終わった頃に、次々と食堂に人が入ってくる。


基本的に筋肉隆々たる冒険者さんが多いけど、偶にクウガさんみたいな変わったお客さんも来る。


今日は腰巻き以外装備していない中肉中背なお客さんが来た。お腹を出したままで寒く無いのかな?


お客さんの注文を捌き終わったら、今日のお仕事は終わり。


直ぐにベットに入って疲れを癒す。目を閉じて今日の出来事を思い返す。

明日も良い事があるといいな。




---それが13歳の時。


「ゴホッゴホッゴホッ」


咳が止まらない。

ベットの横にある桶には血が入っている。永久に続く咳で喉が弱くなり、喉の奥が深く裂けたのだ。


裂傷による傷口はお医者様や神父様には治す事が出来なかった。理由は簡単で傷口が見えないから。


喉の傷を治すために回復薬も色々試したが、効果は現れなかった。


私は絶望した。空気を吸う度。水を飲む度。食事をする度に喉の裂傷が火傷の様に痛む。


「おぇ」


血は止まらず、咳き込む毎に唾液に混じって血が出て来る。寝ている間にも咳が出るからどうしようもない。深く咳込むと血の塊が喉から沸き上がる。


「痛いよぅ」


私は静かに泣く。2年間。この病に患ってからずっと、ずっと咳が止まらない。


1年立つ前に喉が裂け、それ以降、食事や水、空気でさえも『痛い』物になった。始めは我慢しながら食事を取っていたが、痛みに耐えられなくなりある日から水だけの食事になった。


最近は水でさえも痛いので、何も飲み込まないようにしている。

今は空腹で立ち上がれない。

けど、もう痛いのは嫌だ。

私の『痛い』は治らない。お医者様や神父様に見てもらっても治す手立てが無かったから。


最初は風邪だと思っていた。少しすれば良くなるって。


最初は皆お見舞いに来てくれた。大丈夫かって心配してくれた。


最初はお母さんも優しかった。

早く元気になってねって。


最初は・・・最初は。


「あぁ、・・・死にたい。」


こんな事、思わなかった。


ガタン、と何かが倒れる音がする。ベットの上で仰向けに寝ていた私は部屋のドアの方に顔を向ける。


其処には倒れたお母さんが居た。

さっきの言葉を聞かれたのだろう。私は眠りに落ちる。食事を取らなくなってから目を開けるのも気怠い。夢の中で私は美味しいものを食べて、皆と遊んで、お母さんもこんなに(やつ)れていないのだ。

ミップル


薄いピンクのうさぎ。長い耳にモフモフしっぽが特徴。Eランクの魔物であり、主に草原や山に生息する。人間に対して敵対意識は無く、非常に弱い。食用に適する。


別名【草原の肉】


この展開は全部サイコロが悪いと思いました。

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