003 信仰と洗礼と幼女(その3)
「こんにちは、羊さん」
若鮎の様な少女の声が耳に響く。私が感覚を拡げると、辺りには何の物質も存在しなかった。
「ここは何処だ?」
「無限の中核。原初の混沌。我らが神の住まう所さ。」
私は顔を顰める。
「おや、本当にわからないのかな?感覚をもっと拡げてみなよ。」
私は言われた通りに感覚を拡げてていく。それと同時に私の存在が希薄になって行く。
此処には方向が無く時間が無く光が無い闇に包まれた空間だった。
では、先ほどから聴こえるこの声は何なのだ?
「あぁ、君の考えていることは解るよ。僕が何処に居るのかだろう?」
私は肯定する。
「君は普段地を這う微生物に気を付けて生活して居ないだろ?けど偶に顕微鏡で微生物達の行動を覗き込む。僕たちも同じさ。偶に君達の事を覗いているんだ。」
他の子達は、余り興味を示さないんだけどね。と優しく笑ながら言う。
どうやら今まで私はプレパラートの上で生活してきたらしい。他の子達は、余り興味を示さない、という事はこの声の主は研究者タイプなのだろうか。どうも頻繁に覗きをしている風な口調だ。
「その考えで大体合ってるよ。さて、僕がずっと見て来た限り君は他の微生物達より僕達にとって随分役に立つ微生物だったんだ。それを他の子達に教えてあげたら凄く喜んでね。」
私が役に立つ?乳酸菌の様な物なのだろうか。
「君は本当に可愛いね。実に自分の身の程を弁えてるよ。ただ其れ(微生物だったの)は今までの君の話さ。僕や他の子達も君のことを大変気に入ってね。さっき皆に会ってきただろ?」
ーーーあの大きな怪物達の事だろう。食べられるか潰されたり燃やされたりした覚えしかない。本当に気に入られてるのかは大変に謎である。
「あれは君のことが好きだから自分の一部として取り込もうとしたんだよ。そうすればずっと一緒に居られるだろ?誰だってそうするさ。僕だってそうする。」
では、なぜ私は此処に居るのだろうか、この何もない空間に。
「まぁ話を聞いてよ。我らが神に君を献上する予定だったのさ。僕の研究結果としてね。ーーーけど」
先程までの優しげな声が突然忌々しげな事を話す様な口調に変わる。私は黙って続きを促す。
「彼奴らが君を受け入れた迄は良かったんだ。けど彼奴らは君に自身の力を埋め込んだ。君は微生物から、僕や他の子達と同じに成ってしまったんだ。僕達は同じ存在に直接干渉出来ない。だから君を捧げ物に出来なくなった。」
つまり、献上予定の 研究結果を他の子に自慢してたら台無しにされたと。流石に同情を禁じ得ない。社会人的に考えて。
しかし、今私はこの声の、神の住まう所に居るのだ。何らかの形で彼らの神にお会いするのだろう。
「神は僕達と同じ存在を束ねてるから挨拶だけでもしないと困っちゃうんだよね。」
一応君は僕の研究結果だからね。と笑いながら話す。
「じゃあ早速行こうか。」
「ちょっと待って欲しい。」
私は大切な事を聞き忘れていた為、彼女?を呼び止める。
「ん、どうしたの?」
「貴方の名前を教えて欲しい。私は内原 大と言う」
姿は見えないが、私は少し驚いた様な雰囲気を感じ取る。
「あぁそう言えば名乗って無かったね僕の名前は・・・ルラとでも呼んで欲しい。真名は君には発音出来ないだろうから。」
「わかったよルラ。よろしく。」
私はなるべく優しげな声で名前を呼ぶ。折角だから仲良く成りたいと言う期待を込めて。
「うん・・・よろしくね」
どうやら私の事を覗いていた研究者さんは少し恥ずかしがり屋らしい。