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黒い幼女は異世界で嗤う  作者: ネクロ・エルダ
13/13

013 生命の価値(その1)

下から声が聞こえる。


「ーーーさい。ーーーて」


私は微睡む意識を外界に向けた。


「起きてください」


私の下から弱々しい獣の様な声が聞こえる。

私は完全に外界に意識を向けると、馬車が止まり周囲は闇の帳が降りていた。

他の同乗者の姿は無く、臀部の下のクッションが薄い呼吸をしているのみである。

空を見上げると燦然と輝く星々。地球と同じ位置の星が何一つとして無い事から別の惑星に来てしまったのだと実感する。


「あの・・・。」


私が空を見上げながら沈黙していると、クッションが申し訳なさそうに話しかけて来た。


「どうしたの?」


「他の人たちは騎士に連れられてあの建物に入って行きました。」


私は首を傾げる。

だから何だというのか。


「荷馬車の鍵は空いてます。早く逃げて下さい。」


良く寝たお陰か今の私は気分が良い。

この(のうなし)に勉強をさせてやる為、私は兎の両肩に手を置き、縦横6列で、各列の合計が111、すべての数の総数が666になるように魔方陣を思い浮かべ、地面に向かいカビドの印を詠唱した後兎の砕けた肩に爪で切傷を付けた。


「いあっ!」


痛みに堪えるようにして兎が身を捩らせる。

直後、兎の肩の切傷を柔らかい光が照らす。光は時間の経過と共に肥大し、兎の全身を包んだ後消滅した。

兎が目を見開く。


「ーーー痛く、ない?足も動く!」


兎は喜びを全身で表現するかのようにその場で跳ね回り、手を振り回す。暫くした後、何かに気付いたのか正座をして私に向き直る。


「ありがとうございます!」


兎は勢い良く頭を下げた後、同じように頭を上げて私と目を合わせる。

その目は輝きに満ちていた。


「私はBランク冒険者のベティーナと言います。騎士達が戻ってくる前に早く此処から逃げましょう。」


「否、私はいかない。必要なら貴方だけで()きなさい。」


私は手でサッサと行けとジェスチャーをした後、その場に寝転がる。

兎は一瞬驚き目を見開いたが、強い視線で私を見つめて来た。


「何か此処でやらなければならないことが有るのですか?私はBランクの中でも上位ランカーです。腕には自信が有ります!」


「否、強いて言うのなら貴方の観察ね。貴方、可愛いから。」


兎が頬を紅くしながら俯く。


「い、居場所が無いなら私と一緒に住みましょう!」


震えた声で(とぼ)けた事を言う兎である。私の拠り所が無いとでも思ったのだろうか。見当違いもいいところだ。私は呆れながらも先を急がせる。


「貴方、自分の言ったことを忘れたの?騎士たちが戻ってくる前に逃げたいのでしょう?早く行きなさい。」


兎はそれでも反論して来たが、私が動く気が無い事を悟ると静かに荷馬車の後方へ向かう。そして、檻の出入口の前で振り向き、


「絶対に助けるから。」


何かを決意した目で私に言った後素早く檻の外へ出た。

私は


「さよなら」


と言い、手を左右に振った。

兎の姿が遠退(とおの)いて行く。兎の後ろ姿を見ていると狭い道の先、丁度目視し難い曲り角の影の中から弓兵がぬっと現れ兎の喉を正面から射抜いた。


「かひゅっ」


目測で50m程も離れているにもかかわらず、喉の潰れた音がはっきりと聞こえた。ゆっくりと兎の身体が崩れ落ちて行く。

私はゆっくり身を起こすと隠れていた弓兵に拍手を送る。


「この暗闇で叫ばれぬよう喉を射抜いたのは見事。随分手慣れていらっしゃるのね。」


小芝居めいて褒めてやると、弓兵が星明かりの中に身を晒した。


「・・・お嬢ちゃん、気付いて居たのかい。」


弓兵が歩きながら兎の元へ向かい、崩れ落ちた兎の首筋にナイフを当てると一気に斬り裂いた。

血の噴水が地面を濡らす。

話し合うには遠過ぎる距離だが声は届くので問題は無い。


「貴方、隠れんぼが下手なのね。頭を隠していても、お尻を隠していないなら直ぐに見つかっちゃうのよ。」


指をさして笑ってやると、弓兵は少し何かを考えた後、


「ご忠告感謝する。」


と顔を顰めながら渋い声で言った。


「どう致しまして。さて、エスコートしてくださる?此処はつまらないわ。」


暗闇の寒さの中、人肌さえ無くなったのだ。野外で星の軌道を眺めるのも良いが、私は今半裸なのだ。今日は暖が取れる屋内が望ましい。

そんな事を考えていると弓兵が苦しそうな声で


「お前は何とも思わないのか?」


と呟く。


「兎が狩人の前に出たら弓を射られるのは当然でしょう?予想した事が目の前で起きた。それだけの事よ。」


私はそれ以上語らず、未だに動かない弓兵を置いて兎に教えられた建物に入って行った。




「お待ちして居りました。」


建物内に入り声が聞こえた方向に目を向けると、私に歩いて近付きながら、背が高く細身の中年男性が鋭い目で此方を見ていた。銀髪は短く刈り込んでおり、黒い執事服を着ている。中の白いYシャツの袖部と胸部に点々とした薄く茶色の汚れが有り、胸部の右が僅かに膨らんでいる。


後ろには其れに続く家政婦風の若い少女が2人。両者共に背は私より頭1、2つ分程高く150センチ程、一方は肩にかかる程の短い銀髪で犬の様な耳が頭部から出ており、もう一方は軽くウェーブの掛かった長い黄土色の髪。両者共やや大きめのメイド服で皺1つ無く、形も崩れて居なかった。


室内を見渡すと、明るいシャンデリアに毛の長い赤絨毯が見え、室内奥の暖炉には火が灯っており、夜の闇を寄せ付けないでいた。


男は私の正面5、6歩程度の所で止まる。私は男と対面する形となった。


「ご主人様からの命令ですので、お客様を部屋に案内致します。」


中年特有の少し落ち着いた様な声で随分な嫌味を放つ。

・・・ちょっと腹立たしい。


ご主人様は(お前は)呼吸をしろと(言われた事しか)命じた(できない)の?」


顔を覗き込んでやった。

男は暫くの間呆気にとられていたが、言葉の意味に気付くと顔を赤くし、拳を握り締めた。


「こ、このっ!」


「お客様、お部屋へ案内致します。」


中年が拳を振り上げた瞬間に間に割り入ったのは黄土色の髪の少女。怒り震えていた中年は少女の言葉に我に帰ったのか


「さっさと連れていけ!205号室だ!」


と言葉を吐いて奥の部屋に大股で歩いて行った。・・・お前が案内するのではないのか。


「女中奴隷のリリスです。」


中年男が入って行ったドアを見ていると黄土色の髪の少女が話しかけて来た。


「同じく、アベルタです。」


銀髪犬がそれに続いた。


「女中奴隷?」


どうにも分からない単語が出てきたので聞き返す。


「女中が所持する奴隷の事です。お嬢様が御滞在中は私リリスとアベルタで身の回りをお預かり致します。」


リリスが一礼するとそれに習いアベルタも慌てて一礼した。


「それでは部屋までご案内致します。」


リリスが先導しそれに続く。2階に上がると中程にある部屋に通された。

部屋は15畳程で一人で寝るには大きいベッドと机と椅子のみで調度品等は一切無い。壁に掛けられた透明で不恰好な硝子が3つ黄色く光っている。

私は部屋に入るなりリリスの横をすり抜け、すぐさまベッドへ向かい腰掛ける。ソファーが無いので仕方ない。


リリスとアベルタがそれに対面する形で控える。


「お嬢様、本日はどうなさいますか?」


部屋に窓は無いが外は暗闇。何かしらの行動を起そうにも面倒臭さが勝り身体を動かす気になれない。

・・・しかし、自分の身が愛しいならこの部屋から早く出なければならない事は明らか。ならば、


「私が眠くなるまで質問に答えて貰おうか。」


リリスは少し固まった後、小さくはいと言った。


「お前等に下されている命令を全て答えなさい。」


「これから来る客人のお世話をしろ。とだけ言われました。」


リリスは顔を僅かに伏せながら、答えた。

よし、ある程度此処がどういう場所か把握できた。


「奴隷は何処に集められる?」


「地下にある檻の中です。月末に行われる競売に掛けられるまで出る事は出来ません。」


「ふむ、奴隷に食事はどの程度与えられる?」


「水は1人当たり1日にコップ1杯、3日に1度小さいパンが檻の中に1つ投げ入れられます。」


もう充分である。


「結構、全体が見えてきた。つまりこの部屋は奴隷と主人が性交する為の部屋で、奴隷は常に飢えているし日常的な暴力に対する恐怖の為に対した抵抗は出来ないな。お前等は急拵(きゅうごしら)えの女中奴隷で地下に居た。身近に居た者を人質を取られている。主に奴隷の管理をするのはあの中年男か。」


リリスとアベルタは目を見開いた。


「な、何故そこまで解るのですか?」


「何を言うか。お前達は痩せ細っている所を見るに暫くの間真面な食事にあり付けていない事は明らかだし、そのくせ服装は身長に合っておらず皺一つ無いのだから急拵えの女中である事は直ぐに解る。部屋は窓と調度品が見つからない事から客人用の部屋ではないし、何よりベッドが大きい。奴隷の存在と声が漏れないように作られた部屋で私的空間に違いない。下働きの兵士共は一々奴隷を部屋に連れて行く必要も無く事に及べるのだから此処は主人の為の性交部屋だ。」


リリスとアベルタは棒立ちで俯く。それは子供に情けない姿を見られた屈辱からか、性交部屋に自身より幼い女の子を連れて来た事への罪悪感か。


「・・・で、では何故私達が人質を取られていると。」


申し訳なさそうに僅かに顔を上げるリリス。


「急拵えとは言え女中を命じられるのは教養がある程度高い者だけだ。しかし、此処に女中は居ない。奴隷を保管しておく倉庫の様な物で内密性が高いからだ。ならば今居る者で、となるが此処には男性のみ。後付けだがね、あの中年は客人が来る事とその客人が女である事しか知らなかったな。女奴隷で身分の高い者を選ぼうとした。まさか紳士が淑女の身の回りを預かるなど出来ないだろう。しかし、そんな者が素直に云う事を聞く筈がない。基本的に身分の高い者は自己犠牲を尊ぶ傾向にある。自分より国を、他人をだ。ならば手っ取り早いのは人質だ。あの中年は左手にメリケンサックを嵌めて人質が出血するまで殴ったな。シャツに血が飛び散った跡が有ったし右胸が僅かに膨らんでいた。自身の左手の拳の皮が捲れるまで殴った後、其の儘左手でメリケンサックを右胸の内ポケットに落としたのだろう。」


アベルタは十分に理解していないのか小首を傾げているがリリスは顔を上げ、視線を右上に向けた。何かを考えている様である。暫くの間思考に耽り私に顔を向けた時にはもう焦りの色は無かった。


「では何故客人としての態度を取らなかったのですか?あの様な態度さえ取らなければ貴方はあの男に怒りを向けられることは無かったでしょう。」


リリスがやや叱り口調で私に言葉を向ける。そのまるで幼子に言い聞かせる様な口調は私の苦手とするものであった。


「む、この建物に入った時点であの中年の役割など直ぐに解った。あの様に正しく制服を着て髪を短く刈り込むのは立場を重んじ仕える為に育てられた者だ。であるにも関わらずシャツに血痕があるのは奴隷を管理する人間であると容易に想像が付く。清潔が求められる人間が自身から奴隷の檻(きたないばしょ)などに向かう筈があるまい。そして、立場を重んじる人間が奴隷を輸送する檻に入れられたモノを果たして客人と思うだろうか。私はあの中年を試したのだよ。主人の命令が優先されるか奴自身の常識が優先されるかをね。彼奴は後者だった。客人である私に対して簡単に怒りを向けた。つまり奴の中で私の立ち位置は運ばれて来た奴隷だ。どうだ?簡単な話だっただろう。」


リリスは目を伏せた後、ゴクリと喉を鳴らし、直ぐに顔を上げて私の表情を見逃すまいと私に目を合わせ質問する。


「・・・貴方は何者です?唯の子供がそんな、そんな事をあんなにも短い時間で考えられる筈がありません。」


「・・・呆れた、唯の動物でも本能的な部分で分かることを一々噛み砕いて説明してやっただけだ。」


やれやれだぜ。とオーバーリアクションで両手を上げる。小芝居めいているがこの程度の相手なら充分通用する。


「さて、最後は何故かお前が質問する形になったがどうでも良い。私は寝る。」


ベッドに横になると、伸びをした後、私の身体には十分過ぎる大きさのベッドでゴロゴロと転がった。そこそこ高価な筈のベッドであるにも関わらずスプリングが入っていない所を見るにこの世界は物的な豊かさが無いのだろう。寝ると言いながらも暫くの間ゆっくりと寝返りを繰り返しているとアベルタから声を掛けられた。


「お嬢様、私達を助けては頂けませんか?」


「アベルタ!」


リリスが発言を制するがアベルタは止まらない。


「先程の話を聞いても、私には良くわからなかったけど、お嬢様はこの状況をどうにでも出来ると言っている様に聞こえました。自身の事を奴隷と変わらないと言ったのにです。」


何かを考えながら話して居るのだろうか。その口調はゆっくりとして言葉を選んでいるかのようだ。


「私達も奴隷です。今はお嬢様のお世話をする事になってるけど、お嬢様が此処から居なくなったらきっと直ぐに売られてしまいます。ご飯も殆ど無くていっぱい殴られて乱暴されて。・・・そんな生活私は嫌です!」


溢れる感情を制御出来なくなったのか最後はまるで悲鳴の様な声で訴えてきた。


「では、私と同じ背丈の少女と炭を生贄として捧げよ。」


「え?」


目を丸くしてアベルタが聞き返す。


「お前等を助けてやろう。お前達をその叫び声から救ってやる。ただし、生贄を捧げよ。求めるなら、捧げよ。私に(かしず)(こうべ)を垂れて捧げよ。自身の求めるモノが欲しいなら私の求めるモノを捧げよ。」


リリスは焦り、アベルタを睨み付けた。アベルタはまだ何を言われたのか理解していない様子だったが、時間が経つに連れて自身の愚かさに気付いた。


「あ、わ、私」


目を見開き、口を両手で隠しながら動揺する様は実に愉快である。


「・・・あはっ」


思わずして嘲笑(ちょうしょう)が口から漏れた。

アベルタは涙目になっているし、リリスは顔を顰めて拳を握り締めている。


「残念だったね」


嘲笑を隠さずに優しく声を掛けてやるとアベルタはそのまま崩れ落ちた。

久しぶりの投稿でした!

不定期な投稿ですが、読者様と一緒に時間を潰せて嬉しいです。

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