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最後に

作者: 今井翔太

「心肺蘇生を中止する」

その言葉で、俺は気がついた。

緑色の壁、横たえられた死体。「21時16分、山下侑貴さん死去」の声。

その死体が他ならぬ俺のものであることを理解するのに、少し時間がかかった。どうやら、日課のランニング中に、心臓発作を起こしたようだった。

俺がまだここにいる理由は-絶対とは言えないが-おそらく母のことにある。俺が3つの頃から15年間、女手ひとつで育ててくれた母。その中で、本当に母と向き合った時間は、果たしてどれだけあっただろうか。孝行のしたい時分に親はなし、なんて言うけれど、まさか俺がお先することになるなどとは思ってもみなかった。

体裁だけのために、母を罵った。小学生の頃、片親を理由にいじめられると、その怒りは母に向いた。それでも、母を恨むことはしなかった。しかし、行き場のない怒りを母に向けると、母は決まって悲しい顔をした。俺も悲しかった。


俺が自宅に帰ると、そこには俺が横たえられていた。母は一人で泣いていた。俺には何もできなかった。母を一人にしたくなかった。俺はいるが、何もできない。存在さえ主張出来ない。ただただ歯がゆかった。


俺の葬儀が始まった。俺の目に映っていたのは母だけだった。親類は、成仏できたかな、と口々に言ったが、今の俺はとてもそんな気分になれない。そもそも、成仏の仕方も分からない。俺の死体は焼かれた。そして、今日も日が暮れた。何も伝えられなかった。


ある日、俺はいつものように家で、母に話しかけようと考えていた。しかし、声が届くかも分からない。その時だった。母が突然、口を開いた。

「侑貴、そこにいるんだろう?」

「えっ」

「もう私は大丈夫だから、ゆっくりお休み」

俺は驚いたが、幼い頃に戻ったような、なんとも言えぬ心地よさを感じた。今なら伝えられる。そう思って、思いきって声を振り絞った。

「母さん。…ごめんな」

母の表情が少し緩んだ。そして、天から眩しい光が差し込んできて、俺は成仏することができた。

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