「お母様の愛は重いのです」と息子に言われました
縦書きを意識して投稿しましたが、やはり読みづらく感じましたので、横書きでも読みやすくするために、編集しました。
言い回しなどを変えましたが、内容に変わりはありません。
とある日の昼下がり。
ノーラ公爵邸の庭の東屋で、景色を眺めながら公爵家の女主アンジェリカがお茶をしていた。
傍らには、直立不動で無表情の執事が控え給仕をしている。
ティーカップをソーサーに戻したタイミングで、執事が書類を渡した。
それを受け取ったアンジェリカは、書類に一通り目を通すと、ほぅと安堵の息を漏らした。
すかさず執事は、お代わりの紅茶を注ぐ。
あたりに爽やかなオレンジの香りが漂う。
うっとりと香りを楽しんだ後に、紅茶を啜るとそっとお皿に盛られているケーキに手を伸ばした。
ところが、フォークに手が届く前に声をかけられ、伸ばされた腕は、上品に膝の上へと戻されるのだった。
「お母様。お話がございます。少々お時間を頂けないでしょうか」
声をかけたのは、小さな紳士だった。緊張しているのか、幾分顔が強張っている。なにか、重大な報告でもあるのだろうかと、ご婦人は口元を綻ばせながら、体ごと子供へと向きなおった。
「まぁ、ラインハルト。御機嫌よう」
おっとりと挨拶をすると、テーブルの上に乗せられた書類と食器に目をやり、ラインハルトは秀麗な顔をしかめた。
「御機嫌よう。お母様」
四歳になる息子は、見るものを魅了するような優雅な動きで挨拶の礼をする。挨拶をせずに自分の話を優先させるという、子供らしい失敗にアンジェリカは秘かに胸をなで下ろした。
というのも、夫にそっくりのラインハルトは、聡明で四歳とは思えないほど、大人びている。仕草、考え方、言葉の選び方全てが母であるアンジェリカよりも、大人だと感じる事があり、さすが夫の息子だと自慢の息子であると同時に心配でもあった。子供でいられるうちは、大いに遊ぶことも大切だとアンジェリカは思っているからだ。
そしてラインハルトは、この国では珍しい銀に煌めく髪に、紫水晶のような瞳の組み合わせに、まるで御伽話から出てきたような幻想的な可愛らしい容姿は、吟遊詩人が即興で唄を作るほど美しいと評判だ。
目の前の席をすすめ、執事がラインハルトのお茶を用意したところで、話を促した。
「それで、お話とはなんでしょうか?」
お茶を礼儀正しく一口すすり、意を決したように顔を上げ息を吸い込んだ。
「お母様。お母様の愛は重すぎます。お茶を飲む暇が……………………いえ、ハッキリと申しましょう。遠征に出ていらっしゃるお父様の浮気を疑い、身辺を探らせる暇があるのなら、まず、ご自分の体型を整えるほうが先でしょう」
アンジェリカは雷に打たれたように、しばらく硬直したがすぐに我を取り戻し、気を取り直そうと貴族の奥方らしく、優雅にケーキのお皿を手にとった。
「お母様、いけません。先ほどから見ていましたが、本日六個目のケーキですよね?食べ過ぎです。だからそんなにコロコロコロコロコロコロコロコロ太るんですよ」
ラインハルトの言葉が刃となり、アンジェリカをバサバサと切っていく。言葉の刃で切られたところで体についたお肉は消えないが、心の傷にはなってしまった。
思わず涙目になってしまう。いつもの優しくて可愛いラインハルトは一体どこに行ってしまったのか。
目の前の、侮蔑の眼差しでアンジェリカを見るこの四歳児は一体、誰なのだろうかと。
「だから、甘いものに現実逃避しようとしてはいけません」
ラインハルトがすっと立ち上がり、アンジェリカの手からケーキが三つのったお皿を取り上げる。
「あぁ、せっかくジュリアード様が送ってくださった、季節の果物で作ってもらったのに」
目と手でケーキのお皿を追いかけ、まるで世界中の不幸を身に背負ったような表情をするアンジェリカに、少し可哀想だと思いながらも、ラインハルトは氷のように冷たい笑顔をわざと浮かべる。
「だ・か・ら、いくらお父様が送ってくるといえども、食べ過ぎです。お母様、周囲の貴族になんといって笑われているかご存じですか?僕はもう、我慢なりません。貴女は公爵家の恥です。それに、これ以上体型を崩すとお父様に嫌われますよ」
ポカンと口を開け、貴族の嗜みも忘れてアンジェリカは息子の顔を凝視した。
今、息子はなんといったのだろうかと、首を傾げる。
夫のジュリアードはアンジェリカの為に遠征先から色々な食べ物を送ってくる。美味しそうに食べるアンジェリカが一番好きだからと。だから、送られるものを食べて、嫌われるなんてと、アンジェリカには理解できなかった。
しかも、公爵家の恥だとまで息子に言われてしまうとは。アンジェリカの何がいけないのだというのだろう。
そんな、なにも理解していなさそうなアンジェリカに、ラインハルトの怒りが炸裂した。
「いいですか、お父様はこの国の公爵です。そしてお母様は公爵夫人。いまのところ、王家の信頼も厚く、貴族の中でも一番影響力を持つのはお父様です。なにより、あの男ながらも女神に称えらる美貌は、もう、そこにあるだけで犯罪と言っていいと僕は思うのです」
「そうよねぇ、ラインハルトはお父様に似て本当に良かったわよねぇ」
のんびりと相槌を打つ母親をキッと睨みつけた。
「その、誰もが、憧れ、政敵までを虜にするお父様の美貌の横に、ぶくぶくの贅肉たっぷりのお母様が並んで言い訳がないでしょうがっ!」
言い切られた。息子に、夫に相応しくないと、言い切られてしまった。
「影で豚とか、雌豚とか、風船とか、起き上がりこぼしの起き上がれないヤツとか言われているんですよっ!!悔しくないのですかっ!プライドはどこにいったのですかっ!!」
確かにドレスで転んだら、自力で起き上れる自信はアンジェリカにはなかった。
「うふふふふふ。起き上りこぼしって、うまいこと言うわねぇ」
「気にしてくださいっ!笑うトコじゃありませんっ!このままだと、愛人が湧いて出てきますよ。そうなったらお終いです。お母様に勝ち目は万が一つもありません。いいのですか?お父様が他所の女にかっ攫われても」
「それは絶対に嫌ですっ。そんな事になったら私、生きていけません」
ジュリアードが浮気などする男ではないと思っていても、アンジェリカは心配だった。なにしろ軍に在籍するジュリアードは遠征が多い。他国から攻めらているわけではないが、牽制の意味があるのだろう。国境近くで軍の演習を定期的に行うのだ。一度の遠征で三カ月から半年ほど家に戻らない。
寂しさと心配とで、アンジェリカはいけないと思いつつ、つい手の者にジュリアードを影ながら護衛をさせるという名目で、逐一ジュリアードの行動を報告させているのだ。
ちなみに、報告書にはジュリアードが使った食器やら、スプーンやら櫛やらも添付されている。
アンジェリカの大切なコレクションだ。
そんなコレクションをしているから、ラインハルトに『愛が重い』などと言われるのだが、アンジェリカは気づいていなかった。
例え夫が遠征で留守にしてようとも、アンジェリカの一日はジュリアードで始まり、ジュリアードで終わる。捨てられたら生きていけない。
何かを決意したように、息子を見るアンジェリカに、ラインハルトは満面の笑みを浮かべた。
「やる気になりましたね。よろしい。今日、この時からダイエットを始めましょう。任せて下さい。僕が無理のないメニューを作成しました。この通りに実行すれば痩せられます。そして、四カ月後にお父様をびっくりさせましょう」
母と手を取り合って、ラインハルトは空を指さす。
「あの空の向こうにお父様がいます。お母様、二人でお父様に捨てられないように、全力を尽くしましょう」
母と子の心が重なった瞬間だった。
ラインハルトは、いわゆる天才と呼ばれるお子様だった。
齢四歳にしてプライドが高く、計算高い彼にとって、太った醜い母親は唯一の汚点だった。
皆がラインハルト褒め称えるその裏で、母親の悪口を言う事が許せなかった。
『アンジェリカ様に似なくて良かったわね』と遠まわしに言われるのはもっと許せなかった。
そして、ここ最近どうも父がご執心らしい女性いると、噂でだが聞いてしまっていた。
天才で、計算高くとも、ラインハルトを愛してやまない母を、ラインハルトもまた愛していたのだ。
過去の肖像画を見れば、父に並び痩せて美しい母が晴れやかに笑っている。
この肖像画を見つけた時には、執事のセバスチャンに何度も本当にアンジェリカなのか、偽装され、美化されているのではないのかと確認したほどだ。
セバスチャンは嘘をつかない。結果、なんの偽装も細工もされていならしい。父と結婚した頃の母は本当に美しい伯爵令嬢だったのだという。
痩せれば美しくなる。それが判明したのだ。これはもう、ダイエットさせるしかない。
この先年をかさね、ドンドン肥えていけば、父が母を見限るのは明白だった。
父に見限られた母が、どんな状態になるのかは、火を見るよりも明らかだ。
そんな母を見たくはない。
その一心でラインハルトは自分の才能をダイエット計画に注ぎ込んだのだった。
その日から、四歳児の怒声が屋敷に響き渡る事となったのだった。
「まだ三分も歩いていません。休まずに歩きなさい」
「なんですかその手に持ったものは、返しなさい。食べてはいけません」
「三食栄養バランスを考えあります。その他は口にしてはいけません」
「走れっ、走れっ。腕を大きく上げてっ!あと屋敷を十周ですっ!」
「起き上がれない起き上がりこぼしなど、起き上がりこぼしではありません!」
「食うなっっていってんだよっ!その一口がデブの元だっていってんだろうがよっ!」
などなど、ラインハルトは何故か母に甘い屋敷に務める者達にも、このままじゃ母の為にならないからと言い含め、すぐに挫折する母を徹底的に鍛えなおしたのだった。
「もういやぁぁぁ。ラインハルトの鬼ぃぃぃぃぃ」
「鬼で結構です。ほら、足を動かす」
涙を流しながら訴えるアンジェリカは、少しづつ痩せていき、ラインハルトの指導の下、とうとう結婚当時のドレスに腕が通せるようにまでなった。
「あら?あらあらあらあら!やったわ!ラインハルトっ!元の体型に戻ったわよっ!」
肖像画で身に着けていたドレスに身を包み、アンジェリカは満面の笑みを浮かべる。
今のアンジェリカを見て、起き上がりこぼしの起き上がれないヤツなどというものはいないだろう。
長いようで短い四カ月だった。そしてとても充実した四カ月だった。
子供のラインハルトがゲッソリ痩せてしまい、医者を心配させたのは計算外だったけれど。
「お母様、よく辛抱なさいました。これは僕からのプレゼントです。セバスチャンに言って新調させたドレスですよ。これを着てお父様を一緒に迎えましょう」
昔のサイズで最先端のデザインのドレスを作らせておいたのだ。
これで、父も母を見直すに違いない。
ラインハルトは、父が帰ってくるまでに、母のダイエットが間に合ったことに心の底から安堵したのだった。
そうして、父の帰還の日がやってきた。
先触れでその日に帰還すると通達があり、屋敷中が主を迎える為に準備を整え、忙しく支度をする。
どの使用人の顔も久しぶりの主の帰還に浮き足立ち、美しくなった妻に驚き喜ぶであろう主の様子を想像してしまうのか晴れやかに微笑んでいる。そんな中、この家の執事セバスチャンただ一人は、いつも通りの無表情を貫いていた。その無表情が、ともすれば仕事がおろそかになりそうなくらいに浮かれた空気を引き締めているのだった。
ラインハルトも、今日ばかりは自分が立てたダイエット計画の成功と、変貌をとげた母に父が喜ぶ姿を見る事ができると意味もなくいつもより早起きをしてしまった。
今は、母の支度が整うのを母の部屋の応接ソファで待っていた。
例え実の子供であろうと、女性の身支度を見ることはならないと侍女に言い含められてしまい、仕方なく隣の部屋で待機中なのだ。
セバスチャンに淹れて貰った新鮮な果物のジュースを飲みながら、自室から持ってきた本を読んでいた。なにしろ女性の身支度は時間がかかるものなのだ。一冊目の本が読了に近づいているが、まだ母が出てくる気配はなかった。
そうして、二冊目の半分を過ぎた頃、ようやく支度を終えた母が姿を現しその出来上がりに、ランハルトは満足するのだった。
一通りアンジェリカを褒め倒し、彼女の気分を上昇させたところで、屋敷の気配が一気に慌ただしくなる。父が帰ってきたに違いない。
腰を浮かせ、父への元へと走り出そうとするアンジェリカを止め、ラインハルトは腕を差し出した。
息子からのエスコートの申し出に、アンジェリカはくすりと笑うと小さな紳士の腕に手を添え、ゆっくりと玄関へと夫を出迎えに向かうことにする。
二階から玄関ホールへと降りる大階段に着くと、ジュリアードがセバスチャンと話す姿が見える。
「ジュリアード様!」
久しぶりの夫の姿に、感極まってアンジェリカが走り出した。
アンジェリカの声に、階段を見上げたジュリアードが驚きの表情に変わり、裾を踏みそうなドレスで駆け下りて来るアンジェリカを抱き留めようと、大きく手を広げ階段へと足を踏み出した。
「アンジェリカ、あぁ、元気だったかい?」
まるで御伽話に出て来る、主人公のように、アンジェリカとジュリアードが抱擁し合う姿に、ラインハルトも屋敷に務める者達も微笑みを浮かべる。
「よく、顔を見せてごらん。随分と痩せたね。一瞬、結婚当時に戻ったかと思ってしまったよ」
アンジェリカの頬に手を当て、愛おしそうにアンジェリカを見つめそっと再会のキスを交わした。
「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです。えぇ、ラインハルトも私も元気ですわ。ラインハルトのおかげで痩せられたんですよ?」
「なんだって?そうか、ラインハルトが…………」
「えぇ、ダイエットの計画を立てて、何度もくじけそうになった私を支えてくれましたの。私達の息子は本当に、しっかり者なんですのよ」
「あぁ、そうだね。私からもよくお礼を言わねばならないようだね」
そう言って、母に続いて階段を下りてきたランハルトに目を向ける。
ゾクリ。
優しい微笑みを浮かべるジュリアードに、なぜかラインハルトは寒気を感じる。
「後で私の部屋に来なさい。お前にも土産がある。そこで渡そう」
声音も、表情も変わらない。とても穏やかでとても優し気で。
けれどもランハルトは全力でこの場から逃げ出したい衝動に駆られれた。
自分でも説明のつかないその悪寒に襲われながら、ぎこちない仕草で頷くのが精いっぱいだった。
そんなラインハルトをよそに、ジュリアードはアンジェリカを促して居間へと向かうかと思いきや、何故か寝室のある二階に上がっていく。
嬉しそうに頬を染めたアンジェリカに続こうとラインハルトが階段に足をかけると、そっとセバスチャンに止められた。
「なんだい?父上の部屋に呼ばれたんだけど」
「ラインハルト様はお勉強のお時間です。旦那様は後でと仰いましたでしょう?後ほど私がお呼びいたしますので、それまでは予定どおりお勉強をなさってください」
そう諭され、離れにある図書室を指示される。
アンジェリカを見上げれば、階段の上で「お勉強がんばってね」と手を振られた。
おとなしく家庭教師が待つであろう、図書室へむかいながら先ほどの悪寒はなんだったのだろうと首を傾げるのだった。
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久しぶりの親子そろっての晩餐はとても楽しかった。ジュリアードが遠征先での出来事を沢山話してくれたのだ。アンジェリカも楽しそうで、ラインハルトも嬉しくなり、アンジェリカとのダイエット奮闘記を披露したりしたのだった。
その後、就寝の為に部屋に向かおうとした所で、セバスチャンに父の部屋へ案内された。
先ほどのダイエット奮闘記に声を上げて笑ってくれた父に褒められるのだろうと、そうしてもっと父のいない間のアンジェリカの様子を話そうと、意気揚々と扉を開けた。
しかし、ソコはもう、別次元と称して良い空間だった。
思わず回れ右して逃げ出そうとすると、無表情のセバスチャンにズイッと部屋へ押し込まれる。
部屋に入るだけで悪寒が走るほど、部屋が冷気に包まれていた。
まだ秋が始まったばかりなのに、この寒さはどうしたことが。
窓辺に立って外を見ている、父から発せられているこの重苦しい空気が、気温を下げているとしか思えなかった。
くるりとこちらを向いたジュリアードは、怒気を含んだ瞳をラインハルトに向ける。
なにか、失敗をしたことは理解したが、何をしたのか見当がつかないラインハルトは震えあがった。
戦場に身を置くジュリアードの怒気は、殺気を含まずとも相手を萎縮させ慄かせるには充分だった。
一礼して退室しようする、セバスチャンの袖を逃がさないように握りしめる。二人きりになりたくはなかった。
逡巡を見せるセバスチャンに、ジュリアードは鷹揚に頷いてみせ、同室を許可した。
自分を見て怯えている、ラインハルトに対するせめてもの情けだった。
パタリと扉が閉まる。
「ラインハルト、お前はとんでもない事をしでかしてくれた。どうしてくれる、国王から舞踏会の招待状が届いてしまったではないか」
静かに切り出されたが、天才と呼ばれるラインハルトであっても、なにがとんでもない事なのか分からなかった。
国王からの招待状が届かないほうが問題があるのではないか。ノーラ家は公爵の位を頂いているのだから。
理解していない息子に対しため息をつくと、苛立ちながらも言葉を続けた。
「国王はアンジェリカにご執心なのだ。せっかく太らせて関心を逸らすのに成功したのに。お前は余計な事をしてくれた」
聞き捨てならない言葉に、恐怖を忘れてラインハルトは声を上げた。
「太らせたって、お父様はわざとお母様に甘いものを食べさせていたのですかっ!」
「当たり前だろう。なんの為に遠征先から果物や菓子を大量に届けさせているのだと思っているんだ」
あっさりと頷き、ラインハルトを睨みつける。
確かに、必要以上に食糧を母に送る父に不信感があったりはしたが、ラインハルトはどちらかというと太らせてそれを理由に大っぴらに愛人をつくる為だと思っていた。
「なぜそんな事をしなければならない。お前も見ただろう。アンジェリカは美しい。まるでヴァーリウスの乙女のようだろう?いや、それ以上に美しい」
美の女神に例え出した父に、ラインハルトは冷静に突っ込みたくなった。そんなわけねーだろうと。しかし、父の母自慢は止まらない。
「本当は屋敷に閉じ込めて、誰にも見せたくないんだ。ずっと私だけを見つめて、私だけと話して、私とアンジェリカ二人しかこの世にいなくてもいいと思う」
俺の事はどうでもいいって?と四歳にしてちょっとグレたくなった。
「だが、アンジェリカが体型を崩せば、他の男は見向きもしなくなるだろう?舞踏会に行ってもいらぬ心配をしなくて済むし、国王にアンジェリカを差し出すように言われなくて済むだろう!お前のせいで、また国王にアンジェリカを差し出すように命令された挙句に、年単位の遠征に行かされたらどうしてくれるんだっ!」
大きく叫んだ後に、さらにジュリアードは言い切った。
「私はアンジェリカを愛している。例えアンジェリカが太っていようと、痩せていようと、若かろうが、年を取っていようが、彼女が彼女であればそれでいいんだ」
どうやら、アンジェリカの脂肪の重さは、ジュリアードの愛の重さでもあったらしい。
いくら大人びていようと、ラインハルトはまだ四歳。
夫婦の愛の形が、夫婦の数だけあることを未だ知らない。
たとえ、周囲から見て常軌を逸していたとしても、本人同士が良いのならそれでいいのだ。
その晩、お仕置きだと理不尽に叩かれた尻を撫でさすりながら、涙目で母の寝床に潜り込み、寝室を訪れた父に小さな復讐を果たしたのだが、ラインハルトは知る由もなかったのだった。
お付き合い頂きありがとうございました。