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ちょっと鬱かもしれない。そうでもないかもしれない。
いざとなれば誰かが助けてくれる。そう思ってた。
何をするにも不器用で、頑固で、努力するのも億劫。それが僕。
昔から続けているサッカーも、実を言えばお父さんが「これやってみないか?」と持ってきたサッカージュニア教室の広告を見て、それでも渋っていた僕に、やはりお父さんが「やろう」と言ったから。それか原因というか、きっかけというか。
僕は、楽しければ良い。辛く苦しい練習なんて最低限で良い。そう思ってたんだ。
なのに、たまたま試合に買って大喜びしたお父さんが「もっと強いチームでやろう」とか言って来て、僕は首を横に振ることもできずただ頷いて、キツい練習の毎日を送ることになる。
ちょっと遠い場所にある、Jリーグのジュニアチームに入団した。
小学校で、放課後残って遊びたい。と思っても練習があるから早く帰らなきゃいけない。学校が終わったらいち早く校門から飛び出して、母親が運転する車に乗り込む。
ジャージとかに着替えるのも車の中で。揺られ、吐き気を催しながら。
こんな生活、いつまで続くんだろう。
サッカーを始めて良かったことと言えば、体力がついたこと、校外にも友達ができたことくらいで、遊びたい盛りの小学生にとってそんなの大したメリットじゃない。
五年、六年となり、それなりに勝ち進み、果ては県で一番強いと言われていたジュニアチームに勝利した。
嬉しかった。ああ、嬉しかったよ。
でもやっぱり、こんな勝利一つに費やされた時間のことを考えると、僕は泣きたくなった。
僕には、スポーツとか勝負事とか、向いてないのかもしれないな。
やがて、所属していたチームは潰れることになってしまった。
平日の練習はなくなり、徐々にその土日の練習も消え、自然消滅となるそうな。
僕は、念願の『暇』を手に入れることになった。
はずだった。
まただ。またお父さんだ。
「チームがなくなるんなら、スポーツ少年団とかどうだ?」
はぁ? ふざけるな。
何度そう言おうと思ったことか。
それに考えてもみろ。
Jリーグのジュニアチーム。つまりそれなりに上手いとか強いとか言われるチームから編入してくる奴を、少年団の人たちは快く受け入れてくれると思う?
──逃げて来たのか。
そう言われるんじゃないのか。
受け入れてくれたとして、言われなかったとして。
僕は下手くそなんだ。そんな奴がJのチームから降りて来てみろ。
──なんだあれ。あれがJのチームなのかよ。
あ、これどっちみち結果は同じじゃないか。
はーぁ、憂鬱だ。
だがこんなことをお父さんに言えるはずもなく、僕はまたしても言うことを聞いてしまうのだ。
あと半年で小学校卒業という時期に編入してきた僕を、少年団のみんなはどう思っただろうか。
──下手くそ。
──だっせぇ。
────ここでなら一番になれるとでも思った?
ああ、マズい。心臓が痛い。
長距離を走った後特有の痛み。それに加え、精神的に傷付けられたそのダメージ。
こんな生活、いつまで続くんだろう。
時が経てば、幾らかは仲良くなれるよ。それは本当だ。
少年団のみんなとも仲良くなれたし、僕のことをどう思っているのかなんて、しょっちゅう考えることもなくなった。
だけど、やっぱり時々思い出して。
その度に、人生をやり直したいと思う。
小学校を卒業し、中学校に入学した。
全校生徒が120人程度の小さい学校だ。
大体が小学校からの繰り上がりで、顔見知り。
中学校にサッカー部はない。やったね。今度こそ、楽な部活に──とはいかないことを、すでに知っている。
実は、中学校にサッカー部がないことを知ったお父さんがまた、中学のクラブチームの広告を持ってきた。
新聞に載ったり、結構強いところらしい。
どうしよう、やりたくない、って言うべきか。
だがまたしても僕は逆らえず、首を縦に振った。
こうして中学でもサッカーをすることになる。
生徒は強制入部。
というので、楽にサボれる卓球部に入部した。
一応先生に、校外活動としてサッカーをしていることを伝え、練習がある日は授業が終わるや否や学校を飛び出した。
またしてもこの繰り返し。練習がない日は卓球部に参加するが、いかんせん参加日数が少ないため素振りと筋トレから抜け出せない。
サッカーの方でも、僕は下手くそでサブチームに入れられている。
──ああ、もうウンザリだ。
体力だけはある僕は、夏の駅伝の選手に選ばれた。
この学校に陸上部なんかはなく、毎年生徒の中から選抜されるのである。
駅伝なんて嫌だ。あんな走るだけの達成感も爽快感も何もない、ただ疲れるためだけの競技に参加しなくちゃならないなんて。
結局僕は駅伝でもサブチームで走り、アンカーという手番でそれなりのタイムを弾き出した。
区間賞三位。
この賞に何の意味があるのだろう。
地区の区間賞なんて、精々学校で表彰されておしまい。
むなしい夏が始まった。
サッカーの方では、夏合宿というものがある。
そこで僕は吐いて死んでの繰り返しで、心底逃げ出そうかと思った。
冬、三年生の卒業。
無事卒業式を終え、家でゴロゴロしていた時──あの震災が起きた。
避難所で、オロオロしたり泣いたりしている人をたくさん見た。
高台から見える黒い海を眺めていると、同級生が話しかけて来た。
「私の家、流されちゃったなぁ……」
僕はその顔を見ることはできず、海を見やったまま言った。
「僕の家の方は、大丈夫かな……」
なんて奴だ。
今目の前に、家を失った子がいるのに。
津波だ。これでしばらくサッカーしなくて済む。
うちの家は流されてない。安心だ。
他の人のことなんて──どうでもいいや。
こんな時でも僕は、僕のことしか考えていなかった。
震災の混乱も落ち着き、学校なんかが再開した。
その後一年は、僕にとっては変わらない日常が続いた。
家を失った人は、そうは行かなかったんだろうけど。
ああ、そうそう。サッカーの方では三年生が引退して、僕も晴れてスタメン入り……つまり、メインチームへと昇格しましたとさ。
三年。初夏の郡陸上大会。
一年時の駅伝で結果を出した僕は、次の年から郡陸の長距離選手に選ばれてしまった。
そして今年も。
だが運悪くと言うか、郡陸が、サッカーの地方大会がかかった試合の日と重なってしまった。
当然、学校行事を優先させた。それが当たり前だから。
お父さんもこれには納得した。
なに、僕なんかいなくても、あのチームなら勝てるさ。
そして、惜しくも地区大会で終わった郡陸。
次の日からまたサッカーに参加……なのだが。
「おまえサブチームで練習してろ」
まるで突き放すような口調。
おかしい。僕は何かしたか? いやしてないはずだ。
監督のその一言に狼狽えながらも、僕はサブチームと共に練習をして、その日を過ごした。
メインチームのみんななら何か事情を知っているかもと聞いてみるも、みんな目を逸らして話そうとしない。
練習を終えた後、監督に呼ばれた。
「おまえが郡陸で頑張ってた頃、うちはめでたく勝ち、地方大会に進出した」
「はぁ……おめでとうございます」
「……おまえさぁ、地方大会のかかった試合と郡陸、どっちが大事なわけ?」
「……? いや、そりゃあ……」
学校行事なんだから郡陸。と言おうとしたら。
「言い方を変える。──サッカーと学校、どっちが大事なのよ?」
────。
責めるような言い方。
こんなの決まってる。無論学校だ。
何を置いても、学生の身分で一番なのは学校の他ない。
なのに、なんだよ、これ。
うちには、サッカー一筋のやつ以外いらないってのかよ?
ああ、そりゃそうか。
勝ちにこだわってんだもんな、このチーム。
けどさ、僕以外の奴が、その試合と陸上大会が被ったら……あんたは同じこと言ったの? 監督。
──あーぁ、運悪いなぁ……。
僕は次の日、そのチームをやめた。
お父さんは何も言わなかった。
僕が「あのチームをやめたい」と言っても、何も言わなかった。僕の顔から何か察したのだろうか。
そりゃそうか。こんだけ腐ったオーラ出してりゃな。
こうして僕は、めでたくフリーになりましたとさ。
卓球部はとっくの昔に引退の時期を迎えている。
本当の意味での引退だ。
あとは、夏に残る駅伝のみだ。
駅伝の一週間前、僕は倒れた。
オーバーワークに、熱中症と脱水症が重なったためらしい。
初めて救急車に乗って、病院に連れて行かれて点滴打たれて。
──倒れるまで走って疲れて、なにやってんだろ。
その日のうちに僕は病院を出て、次の日からは駅伝の練習を控えた。
というか、走れなかった。
本来のタイムとは程遠い、遅いタイム。
肺が苦しい。足が前に出ない。視界がボヤける。
しばらく練習を休めと教師に言われた。
なんてことだ。駅伝大会まで一週間なのに。
そこまで来て理解した。
──ああ、何年もかけて作り上げられた体力を、僕はたった一日で失ったんだな。
本番は、散々だった。
駅伝が終わってしばらくした頃、にわかにラブレターか流行り出した。
どうせリア充どもの遊びだろう。僕には関係ない。そう思っていた。
するとどうだろうか。僕の筆箱にも入っているではありませんか。
一体いつの間に、誰が入れたのか。
くだらない、どうせ『このラブレターを信じるか否か』の賭けでもやっているのたろう。つまり僕はそのための道具。
誰にも見られていないところで、中身も読まずに破り捨てた。
翌日、また入っていた。
しつこいな、と思いつつ、またも破り捨てた。
それは一週間続き、流石に辟易としていた。
一体誰が。
その答えはすぐにわかった。とある噂のおかげで。
僕がA子に酷い仕打ちをしている、と。
なんの話だ。なんでA子の名前が出てくる。
その噂が広まった翌日。珍しくも女子が僕に話しかけて来た。
「ちょっと来て」
連れて行かれた人気のない階段で、その女子は目を鋭く光らせ、あからさまにイライラした様子で言う。
「なんでA子に酷いことするの」
またその名前かよ。
なんだよ、なんなんだよ。折角サッカーやめて、スポーツも何もかもできなくなるまで体力が落ちて、そこまでして手に入れた平和を、なんでそこまで壊したがるんだよ。
「酷いことって……なに」
僕が何をしたって言うんだ。
「ラブレター」
女子はただその単語一言で済ませようとしている。
ラブレターと言ったらあれしか心当たりがない。
「A子、頑張って勇気振り絞ってあれ書いたんだよ。あんたの筆箱に入れたんだよ。なんであんな風に破り捨てたの」
なんだ、見られてたのか。
っていうか何、あれA子が書いたの? 罰ゲームとかじゃねえの。
それなら悪いことしたかもな、謝っておこうか。
「イタズラだと思ったんだよ……僕のこと好きな奴なんているとは思わなかったし。そういうことなら謝っておく」
「……そうして」
ただの勘違いだったからか、僕が存外素直だったからか、女子は割とあっさり引き下がった。
そのまた翌日。
僕はA子に謝った。A子も納得してくれて、そしてラブレターのことは忘れて、これからも普通の友達で構わないと言ってくれた。
助かる。こんな後味の悪い告白はお互いのためにも忘れた方が良いだろうから。
だがA子は最後に言った。
「今度は必ず、直接告白してみせるから」
……柄にもなく照れちまったじゃねえか。
こんな僕でも、愛されてるんですって奥様。
そうして、やっと訪れた平和をまたしても噂が断ち切る。
また僕の噂。
いつの間にやらA子のラブレターの件は広まっていて、その上僕が破り捨てたという事実も流れていた。
A子は学校に来なくなり、僕も居心地の悪い中で過ごした。
──大丈夫。あいつらは僕とは関係ない奴らなんだ。ただの雑音だ。気にするな。
学校卒業まで半年あるかないか。我慢できる。
そしてまた一つ、噂が生まれる。
A子の告白を断った僕には、他に好きな子がいる。それは二年のB香だ。
いつ僕が告白を断ったことになったのか。いつ僕に好きな子ができたのか。なぜいもしない好きな子の名前があがるのか。
噂には尾ひれがつく。だけどこれはつきすぎだろう。
B香というのは二年の女子で、それなりに話もしていた。
ああなるほど、それが、好きな子はB香である、という噂の原因か。
それを理解した僕はB香から距離を置き、B香の方もあまり近付いて来なくなった。
B香はどう思っただろうか。僕に好かれているだなんて噂を流されて。
A子はどう思っただろうか。僕には他に好きな子がいるだなんて噂を流されて。
僕が他人のことを考えず、自分のためだけに手に入れた平和は、誰かを傷付けるだけじゃなく、僕自身も狭苦しい空間へと縛り付けた。
僕が何年も強く望んだ平和は──こんなんじゃない。
僕自身にできることはなく、卒業までその噂は僕、B香、そしてA子について回った。
A子は卒業式にも参加せず、その後どうなったのか、僕は知らない。
卒業式が終わった後、B香は少しだけ目に涙を浮かべ、
「ごめんなさい。……ごめんなさい。──ごめんなさい」
と何度も謝った。
それから一年が経ち、僕は中学の知り合いが誰もいない高校の二年生になった。
本当の僕を閉じ込めて、人当たりの良い、それでいてどこかバカな自分を演じていた。
解ったのだ。こんな自分を演じることが、自分が長年望んだ平和を手に入れるための一番の方法だと。
友達もたくさんできた。
みんな良い人で、これぞまさしく青春というようなこともたくさんした。
そうだ。これが平和だ。僕がうんと欲しがった──平和だ。
だというのに、僕の心はちっとも晴れなくて、辛くて苦しくて。
なんでだろう。平和なのに。僕は、自分を押し殺してでも手に入れたかった平和に、満足していない。
こんな生活、いつまで続くんだろう。
僕は今日もまた、自分を押し殺す。
歪んだ平和に、手を届かせるために。
僕自身サッカーをしていたけど、
はっきり言うと楽しくはなかった。
悪いことばかりでやめたいばかり。
くるしいし辛いし。
なのに中三まで続けていた僕はM?
いつまでも、救われると思ってたんだろうなぁ




