2妖精さん拾いました
あれからバルバロイさんが住む集落に案内された。崖に囲まれた中にバルバロイさん達の住まいはあった。木造だ。
バルバロイさんは私にバルバルバルバルと言っている。取り敢えずにこにこしておく。
巨人の家は何から何まで大きい。庭にラクダと蝸牛を足してそのままにしたへんてこりんな生物がいた。なにこれ、なにこれ?
「バルバルバルバル」
玄関でかー。部屋もでかー。家具もでかー。食器もでかー。でかーでかー言っている私に何か白濁の汁が並々と注がれた木のコップをバルバロイさんが渡してきた。
生臭い香りが……くいくいと飲め的なジェスチャーをするバルバロイさん。まぁじでぇ?
意を決して鼻を摘んで白濁を一気に飲み干す。あれこれ美味い。牛乳だ飛び切り濃厚な、うまいんですけどこれ。
これまた大きな椅子に座って寛ぐ。お代わりした濃厚牛乳をちびちび飲む。机を挟んだ対面に腰を降ろしたバルバロイさんがそんな私をいい笑顔で見ている。
さてさてこれからどうしたものか……ここ日本じゃなさそうだしバルバロイさんは言葉が通じないし、あの宇宙服の人にもう一度会えないかなー?
ボディーランゲージは偉大だ。紙と書く物を借りた私はバルバロイさんに宇宙服の人を描いて見せて、会いたい的な事を伝えると明らかに怒り出した。怖い……ゴリラみたいだ。
しかしまあバルバロイさんは親切だ。またまたお姫様抱っこで来た道を戻った先にある湖に案内された。この辺りに宇宙服の人が居るっぽい。
「バルバルバルバルバルバル」
バルバロイさんは名残惜しげに私の手を握って上下に何度も振った後、帰って行った。
うわあ途端に心細くなってきたんですけど、しかも湖からゴポゴポと音が、なんか凄い波打ってるんですけど!?
「おお――……おああ!?」
タコとイカを合体させて更に巨大化させた様な怪物が湖から飛び出してきた。
走る走るそりゃもう必死に走る。今更自分が裸足だと気付く。痛い痛い、絶対足の裏切れてる血が、血が!
真っ直ぐ森に逃げ込めば良かったのに何故に湖の縁でイカタコ怪獣と鬼ごっこをしているのか?
方向転換して草むらに逃げ込む。触手がばっさばっさと草を切り裂いて私に迫る中、唄が聴こえたかと思うと草むらから飛び出した妖精が火の玉を私の後ろにいるイカタコ怪獣に放つ。
焼け石に水状態だと意外に冷静な頭で考えていると草むらから何十匹も妖精が飛び出して火の玉をイカタコ怪獣に叩き込む! こ、これはもしかしたら……。
「ですよねー!? わああああ、ふわあああ!!」
表面が少し焦げて食欲をそそる良い匂いを振り撒きながらイカタコ怪獣が怒りの雄叫びを上げながら逃げ遅れた妖精を叩いて掴んで千切って噛んで飲み込みながら私と妖精を追い掛けて来る。
「死ぬ死ぬ、これ死んじゃう! バルバロイさんバルバロイさん助けてバルバロイさ――」
ズドンと重たい音が聴こえて思わず耳を塞いだ私の頭や背中に柔らかい物が降り注いだ。
「また会ったね。やあ僕だ」
見上げると宇宙服の人がショットガンみたいな物を肩に担ぎながら私に手を伸ばしてきた。
「これ美味しいですよ」
三笠と名乗った宇宙服の人に粉々になったイカタコ怪獣の成れの果ての良い塩梅に焼けた切れ端を進めるがやんわり拒否された。これ美味いのに、くっちゃくちゃ。
「……あれから君の事を心配していた。奴と一緒で無事だったのかい?」
「バルバロイさんの事ですよね? 良い人ですよバルバロイさん」
バイザーで表情が分からないが私の話をあまり信用してはいないのが何と無く雰囲気で分かる。ふむう。
「君は何者だ? どうしてあの場所に入院患者みたいな格好で――いた?」
改めて見た病院で着せられる薄っぺらい白い服を下着も無しに着ている自分の姿はあんな場所にいなくても凄い変だ。
私が答え倦ねいていると三笠さんは先程捕まえてビンに詰めていた一匹の妖精に視線を移して歩き出す。
「良い検体を手に入れた。これで捗ればいいが……君はどうする?」
先に進む三笠さんの背中を見ながら私は考える。端的に私は自分に関する記憶のみ喪失している……たぶん。
自分が何者かーとか普通は知りたいと思うところだけどそういった欲が湧いてこない。
何に対してだか分からないが都合が良すぎる気がする。ふむう。
「あのー日本って分かりますか? 地球とか……」
「ああ、うん」
……会話が途切れた。あれー? えーとうーん。
「ここは地球ですか? 日本には帰れますかね?」
日本に関して知っている事が多かったので聞いてみたが三笠さんの歯切れは悪い。
「さて僕はここで失礼するよ。君も……ええと」
「あっレアと言います。仮の名ですけど」
「……ふむ仮の名ね。うんレア、それじゃあね」
ショットガンを担ぎ直した三笠さんは重力を感じさせない跳躍で大きな木の枝に飛び移りながら私の前から立ち去った。
えとここはバルバロイさんに名前を勘違いされた場所の近くだ、たぶん。確かこっちがバルバロイさん家のある方角、かな?
「痛っ!」
感で歩き出した私の頭に何か落ちてきた。地面に転がったそれを見てみる。
「あっ妖精だ」
私をイカタコ怪獣から守ろうとした妖精とは違って七色の髪が綺麗な水色の衣服を着た西洋人形みたいな妖精さんだ。
片手がだらりと垂れ下がり足も片方が有り得ない向きに曲がってしまっている。所々血で汚れている。
もしかしたらイカタコ怪獣との鬼ごっこに巻き込まれたのだろうか? それにしては湖からは大分距離が離れているけど。
弱々しく羽根を震わせる水色妖精さんを掬う様にして持ち上げると顔を上げた妖精さんが何やら話し掛けてきたのだが、勿論何を言っているのか分からない。
取り敢えずバルバロイさんに相談しようそうしよう。