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勇者と少女

「ふう…」

 と、息を吹くと、寒さの為に白く変わり、空に消えていく。

 外はすっかり暗くなっていた。

 空は晴れてまばゆく光る満月が煌々《こうこう》と輝いていた。


(さて、どうしたものか…)

 月光で浮かび上がる自分の陰を眺めながら、勇者は考える。


 魔物(少女?)を見付けて倒す、とは言ったものの、話からして、まだ100%人間じゃない魔物の仕業、と確定された訳では無いみたいだし、何より正体が全くの皆無、分からないのだ。


 とりあえず、勇者は夜の街を歩いた。


 昼間もそうだったが、夜は更に人が少ない、と言うより、居なかった。

 ま、これだけ物騒な事件が続けば、むやみやたらに夜道を歩く人はそう居ないだろう。


 酒場など、夜に繁盛しそうな店も、何処も戸を閉めて無音だ。


「静か過ぎるな」

 あまりの静寂につい声が出てしまう。


 だがしかし、勇者はこう言う静けさが大好きだった。

 あまり騒がしく無く、静かで穏やかに日常を過ごしたいものだ。


 だけど、勇者の『呪縛』は、それを赦さない。


「うわぁぁぁ!」

 と、何処からか男の叫び声が聞こえた。


(早速、お出ましか……)

 勇者は残念そうに、肩をすぼめた。


 早く片付けて、静かにしよう。

 そう思い、近付こうとすると。


「ぎゃっ……」

 短い悲鳴と共に、男の声は途絶えた。


(死んじゃったかな)

 と、勇者は思った。

 軽い、と思われるかも知れないが、仕方無い事だ。

 顔も知らない男の心配など、出来る訳が無い。

 声がした路地裏に着くと。


 ダッ


 何か影が飛び出して来た。


「けっ…チョロい物だぜ!…」

 と、影が喋る。

 良く眼を凝らすと、図体のデカイ男だった。手には血の付いた短剣が握られていた。

 どうやら人殺しか何かの様だ。


(…何だ、小物か)

 勇者は更に落胆した。

 興冷めだ。

 面白くない。

 こんな痴呆ちほうを見付ける為に、わざわざ夜道を歩いている訳じゃない。


「ん?…何だテメェ!」

 と、男が野太い声を荒げて喚く。


「はぁ……」

 と、勇者は溜息をつく。


(うっせ)

 と、心の中でぼそりと呟く。


 この程度の小物、捕まえるのも殺すのも雑作も無い事だが、今回の任務は『魔物の討伐』であり、『小物を捕まえる』では無い。

 第一面倒だ。


「クソッ!…」

 男は突然逃げ出した。

 勇者を見て、憲兵か何かだと、勘違いしたのだろうか?…

 それとも、奴が『魔物』の正体なのか?…


 男は最初居た路地とは反対方向へ走り、仕方無く、勇者も後を追う。


「はぁ…はぁ…おわっ!…くっ…クソがッ…」

 男は走る度に、落ちてる物や石に躓き、ヨタヨタとしている。


(煩いなぁ)

 と、勇者は思った。

 逃げるなら、もう少し静かに逃げて欲しい。

 だが、煩く逃げる割にはそう速く無い。

 もう手の届く距離だ。

 しかし、寸での所で曲り角に当り、するりと逃げられてしまう。


(んん…面倒だなぁ)

 いい加減、本来の仕事に戻りたいのだが…

 渋々、男の後を追い続け様と、角を曲がろうとした刹那。


「な、何だテメェ!」

 と、男が止まり叫んだ。


 勇者も反射的に立ち止まり、壁に背を向ける。

 この位置からだと、男の姿が見えない。

 声と音だけが聞こえる。


「こっ…このガキが!…何訳の分からねぇ事を……」

 と、男が煩く喚き続ける。


(ん?)

 妙だ。

 男の喚く声しか聞こえない。

 勇者の耳がどうかしたのか、それとも、男が幻聴でも聞いているのか?…

 ……多分後者だろう。


「な、何言って…わぁ何しやがる!?やめろぉぉぉ!」

 男の悲痛な叫びは虚しく、悲鳴と音が鳴り渡る。


 肉を鋭い何かでグシャグシャと突き立てる音、骨をバキバキと折る音、ボリボリと咀嚼する音が聞こえた。


「や…やめ…ぎやぁぁぁぁぁぁ…」

 男の絶叫が、段々と消えて行った。


(…真打ち登場ってか?…いや違うか)

 とにかく目的の相手を発見したと、勇者は確信した。

 勇者が男が居る路地に入ると。

 目の前には、血の海に沈む男の姿があった。

 腹や背中が血塗れになり、左脇の皮が剥がされ、肋骨が、無くなっていた。


「……」

 勇者は無言で、剣の柄を握る。


「居るんだろ?」

 と、ダメ元で問い掛ける。

 しかし、反応は無い。


 しゅらん


 音を鳴らし、鞘から剣が抜かれる。

 勇者は構えを取りながら、周囲を警戒する。

「…出て来いよ、魔物さん?」


 …うふふ…


 不意に、声がした。

 幼い女の子の声だ。


 …わたしから呼んだりはよくしますが、呼ばれたのは初めてだよ…


 少女の声が響く。

 姿は見えない。


「正体を現せ」

 と、勇者。


 …それはできないよ…


 と、少女の声。


「恐いのか?」

 と、勇者は軽く挑発を掛ける。


 …恐いよ?…


 と、少女の声。


「困ったな」

 と、勇者はわざとらしく頭を抱えた。


「お前を殺さないと、目的が果たせないんだよ」


 …殺すとは、またずいぶん物騒だね…


 と、少女の声がケラケラと笑う。


「お前に言われたくないなぁ」

 と、勇者は呆れた様に言う。


 …さっきからお前お前って、酷くない?…


「じゃあ姿を見して、名前を言って、俺に殺されろ」

 と、勇者。


 …どれも嫌だよ、うふふ…


 少女の声は楽しそうに笑う。


 …それに、わたしは誰も殺して無いよ…


「え?」

 少女の声の答えに、勇者は少し驚く。

 しかし、剣に込める力は緩め無い。


 …わたしは『ごはん』を食べただけだよ…


 と、無邪気に笑いながら、少女の声は言う。…本気で言っているなら尚恐ろしい。


「……」

 勇者は黙っていた。

 怒りに震えて…何て、ベタな事は無い。


(あー…やっぱり)

 勇者は瞳を閉じる。


「やっぱり…殺るか」

 と、ぼそり呟いた。


 …ん?どーした?…


 ぶん


 と、音が鳴り勇者の剣がくうを舞う。

 しかし手応えは無い。


 …うっひゃー危ないなー…


 台詞でも読んでいるのかと、錯角する程の棒読みが飛んで来た。


 …ちょっと指切っちゃったよー多分ねー…

「……嘘っぽいね」

 と、勇者は苦笑を漏らしながら言う。


 …嘘だもん…


 と、即答。


(まったく、嘗められたものだ)

 流石に怒りを覚える。


 …そんな怒らないでよ…


「……」


 …まぁね、貴方たちから見れば、わたしは人間を殺したのかも知れないわ、でもわたしは殺して無いわ、わたしがしたのはただの『食事』よ…


 相変わらず姿は見えない。

 声だけが反響する。

 かき

「食事、か」


 …そうよ食事よ?人間が家畜を屠殺とさつして食す様に、わたしも食べるのよ…


「……じゃあ、こんどは俺がお前を『喰って』やるよ」

 勇者は全神経を張り詰め、声のする方に斬撃を放つ。


 鋭い剣線が一閃。


 しかし、剣は虚しく虚空こくうを斬る。


 …うふふ、危ない危ない、でもそんなんじゃわたしを殺す事は出来ないよ…


 と、全方向から少女の声が喧しく鳴り響く。徐々に声の音が大きくなっていった。

 徐々に近付いて来る。


(何処だ?…何処に居る!?)

 勇者はがむしゃらに、声のする方へ声のする方へと剣を振るう。


 しかし、何度振っても、渇いた空気を斬る音しか聞こえない。


 …だからそんなんじゃ殺せないってば、しょうがないなぁ、じゃあわたしがお手本見してあげるよ…


 と、少女の声。


 …殺すっていうのはね…


 ぐさっ


 勇者はハッ、とした。

 胸に、冷たい感触が襲う。


 …こういう事だよ…


 少しばかり目線を下げると、勇者の左胸に、鉛色の、何か鋭い物が生えていた。

 それが剣なのか槍なのか、牙なのか角なのか…分からないが、今確かな事は。


 自分が刺されている事だ。


「ぐっ…」

 これはヤバイ。

 今まで、数々の死線を越えてきた。

 何度も死にかけた。

 だが、今回は本当にヤバイ。


 心臓の鼓動が鳴る度に、血が溢れ、激痛が走る。


「…まだだ…まだ終わらない!!…」

 気力を振り絞り、消えそうな声をあげる勇者。


 …いや、違うよ、終わりだよ…


 と、少女が冷たい声で言う。


 ズン


「んぐ!?」


 突然、苦しみが襲う。

 さっきまで、普通に呼吸出来てた筈なのに、突然出来ない、いや、しに難く成った。


「がっ…な、何だ…これ…?」


 …お腹、触ってみなよ…


 恐る恐る、勇者は腹に手を添える。

 ……妙に凹む。

 脇の方に指が当たると……


「!?」

 悪寒がした。

 折れてる、何て生易しい物じゃ無い。


 ない


 完全に、肋骨が全て無くなっていた。



「う……」

 堪らずその場に倒れこむ勇者。

 胸の出血も激しい。

 血が際限無く流れ、石畳の地面の凹凸を浮き彫りにする。


 頭も、はっきりしない。

 大量の出血と、この呼吸の難くさで、脳に酸素が行き渡らない。

 意識が、薄れて行く。

 これでは魔法も使え無い。


「………………」

 辺りが白くなる。


 …肋骨って、人間とか、生き物にとっては、スッゴく重要な骨なんだよ?肺とかの内臓を守ったりと、んで、今の貴方みたいに、無いと正常にこれが出来なくなるの、胸式呼吸は出来ないし、腹式呼吸も結構キツかったり、ってあれ?聞こえてる?死んじゃった?…


 少女の声の問いに、勇者は反応しない。


 …ありゃりゃ、つまんないの、もっと面白いと思ったのに…


 と、残念そうにする少女の声。


 …ま、いっか、それじゃあバイバイ…
























































「勝手に終わらせんなよ」


 …あれま…


 と、勇者の声に、驚く少女の声。


「まだ…終われない…終わらせられ無い…」勇者は必死に立ち上がろうともがく。

 足が血で濡れた地面に滑って転ぶ。

 それでももがく。


 …なんで、そんな必死なの?諦めちゃえば?…


 と、少女の声は、言う。


「なんでも何も…決まってんだろ…俺は…」剣を地面に突き立 て、杖代わりに体重を掛ける。

 体を起こそうとする。

 そして、空に向かって高らかに吼えた。


「俺は…勇者だからだ」


 単純過ぎる、でも、これ以上無い位、最高の理由。


 ……


 少女の声は黙ってしまっていた。

 驚いているのか、呆れて絶句しているのか。

「だから…俺は…戦って戦って…お前ら魔物共を…一匹残らず排除するんだ」

 と、勇者は何処に居るかも分からない少女を睨みながら叫ぶ。


「これは空想でも、妄想でも、理想でもない…決定事項だ」


 ……


「ぜ…絶対…お前…だ―――」

 勇者は言葉の途中で、倒れてしまった。


 もう…意識が朦朧として…指一本動かせない。


(…ここで…ここで終わるのか?…)


 俺は………


 白かった景色から、白が消えた。

 つまり、暗闇に、なった。
























 








 ズン
































「……ん?」

 急に、少しばかり、意識ははっきりし始めた。

 目を開けると、さっき迄の暗がりからは一転、明るくなっていた。

 腹部を触ると、何故か肋骨は戻っていた。

 胸の傷も塞がっていた。


「夢、だったのか?…」

 しかし、辺りは一面、血の海が出来ていた。それが、昨日の戦いが、夢じゃ無い事を証明している。


 朝焼けの陽光が辺りを照らし、可愛らしい雀達の鳴き声が、心地好く響く。

 もうすっかり朝になっていた。


「おーい、居ないのか?…」

 と、勇者は問い掛けるが、応答は無い。


「……はぁ」

 勇者は溜息をつく。

 呆れたからではない。

 悔しい、落胆の溜息だ。


 初めてだ。

 倒せなかった相手は……

 初めて負けた。


「……はぁ」

 もう一度、息を漏らす。

 目を閉じて、暫く考えた。

 これからどうするべき、か。


 ……………


「ふん」

 と、笑みを溢す勇者。


 考えても仕方無い。

 次だ、次。

 次こそは勝つ。

 次こそは―――


「喰ってやる」


 勇者はそう呟き、立ち上がった。


(あ、この時間、医者やってるかな?)

 勇者はふと考え、少し心配になる。


「…まぁ、何とかなるさ……」


 勇者は剣を収め、早朝の街を歩き出した。







最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

初ファンタジー…

難しかった(笑)

出来映えはどうでしょう?


共作、惑星コーネリアスにて書かせてもらいました。検索してみてください。


とにかく、読んでくださった方、ありがとうございました!

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