肋骨少女
カカッカカッ……
ガタガタ……
馬車を引く馬の蹄と、凸凹の石畳の街道を走る車輪の音と振動が少し喧しく、居心地が悪い。
(まぁ、文句を言っても仕方無いか)
勇者は窓越しに、外の街並みを眺めた。
まだ昼間の筈なのに、人通りも少なく、また薄暗い。
まだ空は淀んだ雲が広がっているらしい。
(不吉な……)
雰囲気からして、何か嫌か感じだ。
勇者は窓から視線をずらし、手を組んで瞼を閉じる。
内心、妙に落ち着いている。
決して驕っていた訳で無いが、たかだか魔物、そこまで手こずる事は無いと思っていた
緊張感が無い訳でも無いが、僅に緩みがある。
しかし、それも仕方無いと言えば仕方無いの無い事だろう、何故なら……
勇者は強いからだ。
いや、決して『強く』は無い、『強すぎる』のだ。
それは決して驕りや傲慢ではなく、自他共に認める『事実』だ。
人気こそ、僅に先代の父に劣ると言うが、それも若干故、実力だけなら、既に先代を越えていると言われている。
…お待ちして下りました、勇者さま…
不意に、誰かに呼ばれた気がした。
しかし、回りには人は居ない。
「呼んだか?」
目を閉じたまま、馬を操る兵士に問うと。
「いえ」
と、不思議そうに答えた。
「……そうか」
と、返すだけで、それ以上は詮索しなかった。
今思うと、この時もう少し何か考えれば…何かしていれば…何か知ろうとすれば、何か結果が、変わっていたかもしれない。
*****
「到着致しました、勇者様」
と、兵士が言う。
「ん……」
勇者は目を開け、小さく返す。
「ぐっすりと寝られてましたね、お疲れですか?」
口元に笑みを含みながら、兵士は言う。
「ん?…うん…まぁ……」
実際は、目を閉じていただけだ。
勇者は任務中には睡眠を取らない。
人間にとって食事、用足し、そして睡眠は最も隙の出来る瞬間だ。
しかし、食事は人間の生命活動には無くてはならない物だ、疎かにすれば、戦闘に支障が出る、それでは元も子も無い。
用足し、も人間の生理現象だ、仕方無い。
続いて睡眠だが、これは本来、人間が生きる上で最も重要な筈なのだが、勇者の場合、肉体の状態が一定であれば、精神増強の『魔法』で難無く誤魔化せる事が出来る。
なので問題無い。
ガチャ
馬車のドアが開く。
「どうぞ」
と、兵士。
「あ、ども……」
と、勇者。
馬車を降りると、鉄格子の門が現れた。
その中央に有る巨大な城を囲む様に、鉄の柵が立ち聳える。
「さあ、こちらです勇者様」
問が開き、暫く兵士に連れられ歩いていくと、城の扉が現れた。
ぎぃい
と、音を鳴らし開くと、長い通路が見える。
(いい加減無駄に広いなぁ……)
自分の国の城もそうだが、勇者は少し呆れた。
*****
「遠路遥々よく来て下さりましたな、勇者殿」
長い迷路を抜け、漸く王の間に到着した勇者。
王は見事に蓄えた白髭を動かしながら、勇者な労いの言葉を掛けた。
「光栄の至りです、ラルジャン王」
ラルジャン、それがこの国の名前であり、王の名だ。
「まぁ、そう固くならずとも…先ずはお疲れでしょう、何か食事でも―――」
「いえ、お構い無く、それよりご用件の方を」
ラルジャンの言葉を遮る様に、勇者は問い掛ける。
辺りの臣下達がムッとした表情になる。
自分達の王の善意に対しての返しを、良く思わないからだろう。
「まぁまぁ、皆の衆、そう怒らずともよい…そうですな、早速お話致しましょう」
*****
「『肋骨を食べる少女』…?…」
と、勇者。
「うむ」
と、頷くラルジャン王。
場所は変わり、応接室の様な部屋に居た。
長方形のテーブルに、王と向かい合わせに座る。
テーブルの中央には、長い蝋燭がメラメラと灯る。
「まぁ、それ自体はあくまで噂なのじゃ」
王の手元の銀のグラスに、燕尾服を着た男が紫色の液体を注ぐ。
勇者のグラスにも注がれ様とされたが、勇者は手で「結構」と遮る。
決して下戸という訳では無かったが、任務中は飲まないと決めている。
「だがここ最近、妙な変死体が上がる様になってな」
と、グラスを傾けながら王は言う。
「妙、とは?」
と、勇者が疑問の声を上げる。
と言うか、死体に妙も何も無いと思うが…
「うむ…死因は、各々《おのおの》其々《それぞれ》だが、皆その…」
と、王は言い難そうに喋る。
「どうしたのですか?」
と、勇者。
「……いや、すまんな、少々おぞましくてな…言うのも少し辛いのじゃ……」
と、俯きながら王は言う。
「しかし、言ってくれないと、何も出来ませんよ?早く仰有って下さい」
と、急かす様に勇者が言う。
勇者としては、早くこの仕事を終え、早く帰りたいのだ。
「貴様!ラルジャン王に指図するのか!?口を慎め!」
「そうだ!勇者だからって、何ださっきからその態度は!身を弁えろ!」
と、後に控えていた家来達が喚き始めた。
(仲の良い事だ)
と、勇者は関心する。
これだけ家来に愛されてるなら、さぞ王も愛を持って接している事だろう。
ウチの王にも見習って欲しい。
つくづくそう思う。
「いいんだお前達!…すまんな勇者殿……」と、王が言うと。
「いえいえ、続けて下さい」
と、勇者。
「……話そう、その死体と言うのがな、皆死に方は様々だが、…皆『肋骨』を喰われておるのじゃ」
「『肋骨』……」
「死に方に決まりも法則も無く、老若男女問わず殺されるのだ、そしてその現場には、『少女』の姿が、毎回目撃される」
「……」
暫く、黙って王の話を聞く勇者。
「いくら調査しても、下手人は出て来ないし、その少女の手懸かりも見つからん……」
「それで、その少女が『魔物』だと? 」
「うむ……」
と、王は深く俯きながら頷いた。
どうも様子が変だ。
「どうかしたんですか?」
と、勇者は訊ねる。
「……いやな…実は……」
と、王が言いかけると。
「お、王様…」
と、後の臣下達が心配そうな声を上げる。
「構わん、勇者殿が身を賭して、我が国の為に戦ってくれるのだ、隠し事はいかん」
と、王が言う。
「隠し事、とは?」
と、勇者。
「…いや、そう大した事では無い、私事だからな、…実はな、その魔物に…儂の娘も殺されたのだ」
と、声を震わせ、王は嘆く様に言った。
「この歳で、儂にとって初めての子供だったのだ、それはもう可愛くてなぁ…本当に幸せじゃった…だが、それも永くは続かなかった、まだ5歳じゃった…ほんの1ヶ月前までは、儂の膝元におったんじゃ…膝の上で、あの天使の様な笑みを浮かべて―――」
だが、殺されてしまった。
と、王は続けて言う。
「突然過ぎた、1ヶ月前の雨の日の夕方、城の廊下で、惨たらしい姿で冷たくなっていた…首の肉を噛みちぎられ、右脇の肋骨を全て喰われて………嫌なくらい、鮮明に覚えておる」
「……」
勇者は掛ける言葉が見つからない。
「頼む勇者殿!…どうか…どうか儂の娘…殺された民の仇を討ってくれ!頼む!… 」
と、テーブルに額を擦り付け、泣きながら、ラルジャン王は懇願した。
「分かりました」
と、勇者は考える事無く承諾した。
「もともと、そのつもりでしたから」
<つづく>