プロローグ:紅蓮の傭兵
この世界に来て、もう二年が過ぎた。
最初に来た時は、前にいた世界では見られなかった、二足歩行の猫や小さな妖精を見かけては大騒ぎをしていた記憶がある。
いや、こんな所で思い出に浸ってるわけにはいかない。少しでも気が揺らげば、それが全てを失敗に終わらせてしまう。
小高い丘の上で、アンチマテリアルライフル《L115A3》を構えた一人の傭兵、牧原ケイは、約二キロ先にいる敵の集団の真ん中にいる、一際大きい敵の頭を照準した。この狙撃の直後、辺り一帯は戦闘地域へと変化する。だがそんなことはどうでもいい。
『スナイプ、撃て』
別部隊の隊長からの無線だ。ケイはすっと息を止め、無造作に引き金を引いた。
轟音と、とてつもない反動。それらを心地よいと思えるのだから、自分は一般人と比べれば相当な変人なのだろう。そんなことを思いながら苦笑するケイに、狙撃成功……という連絡は入らず、代わりとばかりに断続的な銃声が聞こえた。おそらくあと5分もすれば殲滅可能だろう。そう思って立ち上がる。よく考えれば、迂闊だった。
ビシュ!という音を立てて、脇腹を大口径の弾丸が掠めた。その場で崩れ落ちるケイ。身動きが取れず、あまりもの痛みに思わず呻く。
タァーン…
雷鳴にも似た発砲音が、数秒遅れで届いた。おそらくケイの後ろにも狙撃種を配備していたのだろう。
「嵌められた……!」
可能性として、それしか無かった。現に別部隊がこちらへ向かってくるのが見える。無線も繋がらないということは、おそらくそうなのだろう。
ケイは何とか近くの岩陰まで行って隠れると、撃たれたところの応急処置を始めることにした。バックパックから必要な道具を出して、とりあえず止血には成功した。だが予想以上に肉が抉られており、なるべく早く病院で適切な処置を行わなければ、化膿してしまう可能性もある。下手すれば、そのまま今度こそ《本当の死》を迎えることとなる。
どうするか。そう考えたその瞬間、少し遠くで、何かが光るのを見た。それがスコープの反射光だと自分の頭の中で理解した時には、既に狙撃体制に入っていた。
約八〇〇メートル。この距離なら外す心配もない。ケイは狙撃ボルトを引いてまた戻すと、こちらを狙っている敵を照準し、素早く引き金を引いた。
轟音と共に、大口径の弾丸が放たれる。それは音速を超えて、敵へ迫る。そして着弾と同時に敵は木端微塵となった。
「薄汚い傭兵めが。どこにいる」
すぐ近くで、そんな声が聞こえた。ここまで移動するときに、じろじろとこちらを見ていた兵士だった。傭兵にあまりいいイメージを持っていないらしく、かなりの殺気を感じ取った。
(まだ終わってない、か。)
そっとライフルを置いたケイは、腰からサブアームとして隠し持っていた《グロック17》を抜いた。そして岩陰のすぐ後ろにいた、三人の兵士の前に躍り出た。
「何故俺を嵌める?」
そのいきなりの出来事に、動揺して身動きの取れない三人。この隙を見逃すほど、ケイは甘くはい。
まずは左にいる、屈強そうな兵士の頭を照準し、引き金を引く。発射された九ミリ弾は、一瞬にしてその兵士の眉間を撃ち抜き、殺した。薬莢が排出される。そこで我に返った真ん中の兵士の鳩尾に膝蹴りを喰らわせ、倒れかかったところを肘打ちで昏倒させた。最後に、先ほど声を荒げていた兵士の頭に銃口を突き付けた。
「や、やめろ!」
兵士もケイに銃口を向けたが、無駄だと悟ったらしく、武器を捨てて命乞いを始めた。
「俺の質問に答えろ。何故俺を殺そうとした?」
「……」
「質問に答えない、か。なら、こうするまでだ」
パァン!
ケイは躊躇いもなく撃った。弾は兵士の右太腿を貫く。
「ぐあっ!」
「答えろ。何故俺を、殺そうとしたんだ!」
「分かった。答えるから撃つな!」
ケイはその兵士の苦痛の表情に呆れて、銃口を下げた。兵士はほっとしたのか、左手で血が流れ出ている右太腿を押さえながら立ち上がった。
「俺は死ぬ前、海兵隊にいた。だがある時、俺たちは一人の傭兵相手に全滅した。確かそいつのコードネームは……」
「紅蓮の傭兵、だろ」
「そうだ。あんたも知っているということは、相当有名だったみたいだな。俺はこの世界に来てすぐに、そいつを殺そうと努力をした。だが、ここは未知の世界だ。どれだけの広さがあるかは計り知れない。だから俺は、こうしてどこかしらの軍に入っては、一緒に行動するようになった傭兵を専門の仲間と共に狩って行ったんだ。そして今日も、あんたを狩ろうとしたんだ」
「紅蓮の傭兵を殺すために、片っ端から傭兵を狩って行く。そいつは随分、迷惑な話だな」
「これからは、地道に情報を集めていく。仲間がいなくなった今、それしか方法が思い当たらない」
「そうか。ならお前にいくつか教えてやる」
「教えてくれ!」
「まず紅蓮の傭兵は、既に死んでいる。そして、この世界に来ている」
「まさか、見たのか!」
「あぁ。場所も教えてやろうか?」
「頼む!」
兵士は痛みも忘れたのか、血に濡れた左手と、土で汚れた右手を必死に合わせて懇願している。それを見ていたケイは、誰にも聞こえないような声で囁いた。
「……目の前の人間の希望を踏み躙り、殺す。それが俺の、いや傭兵の定め。生きてく為には、これしかない……」
下ろしていた銃口をまた、その兵士の頭の位置まで上げる。呆気にとられている兵士に向かって、冷酷な笑みを浮かべた。
「残念だったな。俺が、お前が追っている紅蓮の傭兵だ。冥土の土産に教えてやる。俺の名前は、牧原ケイだ」
パァン!
先ほどと同じ銃声。だが先ほどと違って、弾は額から後頭部へ抜け、兵士は脳漿を撒き散らしながら死んだ。
裏切った仲間たちを全て殺し、何とか死地から脱出したケイは、よく分からない安堵感を覚えた。同時に、脇腹の痛みが蘇る。
「さてと、帰るか」
ケイは苦笑しながら、辺り一面のジャングルを見渡し、そして溜息をついた。




