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ベレちゃんの活躍

「ミラクル・ベレー!」

 ベレちゃんは、そう叫んで、ベレー帽を頭上高く飛ばした。するとベレー帽に内蔵されている特殊センサーは、その場の悪の波動をキャッチしようと作動したが、今この場所ではなんにも悪いことが起こっていないので、困ったようにベレちゃんの頭の上に舞い戻ってきた。

「お父さんったら、どうしてこんなものつくったのかしら」

 パナマ山のてっぺんで夕陽をつくづくとながめながらベレちゃんはつぶやいた。そう。ベレちゃんのベレー帽は普通のベレー帽とは違う。埋め込まれている特殊センサーが悪の波動をキャッチすると、その波動の種類に応じて、その場の悪を懲らしめるのに最も役に立つ道具にベレー帽自体を変化せしめるのだ! 名づけて「ミラクル・ベレー」。ただし、まだ開発途上にある試作品(バージョン〇.八八、通称「ハチハチ」)であるために、いたらない点が多い。理論上は、悪の波動は百種類以上(数え方によっては、百五十種類以上)に類別されるが、センサーに最適な素材が未だ発見されていないために、ハチハチではまだ一二種類しか弁別することができない。

 いたらない点はこれだけではない。センサーに最適な素材が未だ発見されていないために、半径百メートル以内の悪の波動しか探知することができないのだ。最適な素材でないくせに、ハチハチのセンサーには律儀なところがある。わずかコンマ一ミリでもずれると、頑として作動しようとしない。そのために、ベレちゃんは多くの人々を見殺しにしてきている。

 いたらない点はこれだけではない。センサーに最適な素材が未だ発見されていないために、悪の波動をキャッチしても、その場に真に有用な道具にベレー帽が変化しないことが多いのだ。この前も、レイプされそうになっている女性がいたので、ベレちゃんは「ミラクル・ベレー」と大声で叫んで(いちいちそう叫ばなくてはならないのもいたらない点のひとつである)、ベレー帽を投げあげたが、落ちてきたのはコンドームひとつであった。ハチハチの無駄に律儀なところは、そのコンドームが、最高級の極薄コンドームであった点と、コンドームが入っている袋の端に取り出しやすいように切れ目が入っていた点だ(この二点を即座に見抜いたベレちゃんは只者ではないと言うべきだろう)。コンドームでは悪人をとっちめることができないと賢明にも判断したベレちゃんは勇猛果敢にレイプ犯人に飛びかかったが、あっけなく取り押さえられ、犯された。処女喪失。ベレ子十四歳、去年の夏の出来事である。

「あーあ。なんでお父さんはこんなものつくったんだろうなあ。ねえ、お母さん」

 ベレちゃんのお父さんのチロリアン博士がミラクル・ベレーの製作者である。十八歳で国立最先端科学研究所の研究職に就き、将来を嘱望されていたが、わずか半年で辞職。その後は、このボーシ村でひとり研究の日々を送っている。二十歳のときに村のマドンナ、ムギワラさんと結婚したが、ベレちゃん出産のときに死亡。その後ずっと独身で通している現在三六歳の働き盛りだ。

「ベレちゃん! こんなところにいたのか」

 ベレちゃんはぼんやり振り向いた。同級生のキャップ君とハット君が立っている。心配になって探しにきてくれたのだ。

「おれの言ったとおりだろ。ベレちゃんは何かあると、パナマ山に来るんだ」

 キャップ君が自慢げに言う。

「僕だってそれくらいわかっていたさ。次はここを探そうと思っていたのさ。君が先に口を開いたにすぎないよ」

 ハット君も負けずに抗弁する。

「ありがとう、ふたりとも。そろそろ帰ろうと思ってたの。じゃあ、行こうか」

 三人は歩き出した。

 パナマ山から流れ出しているヤマタカ川に沿って歩く三人。沈みゆく夕陽が川を、三人を、真っ赤に照らし出している。

「チロ博士が早く晩めしをつくってくれって言ってたぜ」

 キャップ君が拾った木の枝を嬉しそうに振り回しながら言った。

「どうしよう。まだご飯も炊いてないわ」

 ベレちゃんは少し疲れたようすだ。

「僕の家は今日はカレーなんだ。うちのお母さんのカレーはとってもおいしいんだよ。そうだ、うちにカレーを食べにおいでよ」

 ハット君が目を輝かせながら誘ったが、ベレちゃんは、悪いわ、という表情で首を横に振った。

「おれんちは、肉じゃがさ。うちのお母さんの肉じゃがは天下一品だぜ。おれんちに来たほうがずっといいよ」

 キャップ君が負けじと誘い文句を口にしたが、ベレちゃんは寂しそうにうつむくだけだった。

 キャップ君とハット君は、その後、自分の母親がつくる卵焼きがいかに優れているかについて、延々と舌戦を繰り広げていた。ベレちゃんはそんなふたりを見てさらに胸が締めつけられるのあった。


「カンカンちゃん!」

 絶叫が響きわたった。三人は声のほうに駆け出す。見ると、ひとりの男が三歳くらいの子どもにナイフを突きつけ、女に向かって脅し文句を言っている。

「やい。金を出せ。そのカバンに百万円入っているのはわかっているんだ。子どもを殺されたくなかったら、おとなしく言うことを聞け!」

 ベレちゃんはこの時をおいてほかにない、と思った。今こそ必殺技のミラクル・ベレーを使うときだ。しかし、人が見ている。気取られてはまずい。このことは秘密なのだ。ベレちゃんはそっとその場を離れ、木の陰に隠れた。

「ミラクル・ベレー!」

 ベレちゃんはここぞとばかりに絶叫した。

「あ、ベレちゃんの声だ」

 丸わかりであった。

「な、なんだ。今の声は」

 強盗が少し怖じ気づいた。

 その時、ベレちゃんが木陰から姿を現した。どうやら照れ笑いをしているようだ。

「あ、あのー」

 ベレちゃんは手をうしろに組んでもじもじしている。

「なんだ、お前たちは!」

 強盗はようやくベレちゃんたち三人に気がついた。

「この子どもがどうなってもいいのかっ!」

「カンカンちゃん!」

 お母さんが泣き叫ぶ。

「お願いです。息子を、カンカンを助けてください」

「警察に知らせなくては」

 ハット君が冷静に進言した。

「お前ら、一歩でもここから逃げたりしたら、こいつの命はないんだぜ」

 強盗があせってわめいた。

 ベレちゃんがうしろに組んでいた手を前に出した。何か持っている。

「ベレちゃん、その小瓶は……」

 キャップ君は唖然とした表情だ。強盗もわけがわからない。と、その瞬間、

「これでも喰らえ!」

 と、今まで穴があったら入りたいような感じだったのとはうって変わって、意気揚々とベレちゃんは小瓶に入った水を強盗の顔めがけてぶちまけた。強盗はわけがわからない。

「な、なんだ、この水は?」

「聖水よ!」

 ベレちゃんは鼻息も荒く断言した。完全に開き直っている。

「聖水? 何言ってんだ、このブス」

 強盗は顔から水をしたたらせながら語気を荒げた。ベレちゃんはむっとせずにはいられない。心密かに、あたしって、結構かわいいわよね、と思っていたから尚更だ。

「なんだと、このインポ野郎!」

 下品だ。しかし、ベレちゃんは聖水の瓶を怒り心頭に達して、強盗に投げつけた。瓶は強盗のこめかみに運良くヒットだ。強盗はかなりの痛さに、子どもを放り投げてうずくまってしまった。しかし、運が悪い。放り投げられた先は、なんと、川だったのだ。あれよあれよという間に、子どもは流されていく。

「カンカンちゃ〜ん」

 ベレちゃんは子どもを助けようと役目を終えて元に戻ったベレー帽を再び空高く投げた。

「ミラクル・ベレー!」

 しまった、人に見られている。でも、まあ、いいか。ベレー帽が落ちてきた。しかし、すっぽりとベレちゃんの頭に収まっただけで、何も変化がない。そうだった。この場合、悪の波動は出ていないのだ。子どもが川に落ちたのは単なる事故だ。事故というのは、誰が悪いというわけでもない。だから、ベレー帽は変身しないのだ。もう遙か遠くへ流されてしまったカンカン。為す術もなく立ちすくむ四人。強盗はもうどこかへ逃げてしまった。母親は泣いている。ベレちゃんは慰めなくてはと思い、母親に優しい言葉をかけた。

「大丈夫。子どものひとりやふたり。またつくればいいじゃないですか」

 どうもベレちゃんはピントが狂っている。キャップ君とハット君も、うんうん、とうなずいているので、このふたりもおかしいみたいだ。母親は、ベレちゃんにビンタを喰らわせていずこへと去っていった。ベレちゃんはわけがわからない。

「気にすんなよ、ベレちゃん。ああはしても、また子どもをつくるさ、あの人」

 キャップ君がベレちゃんの肩を叩いて慰めた。

「そうさ。まだ若いんだもの」

 ハット君も対抗して、慰めようとした。

「ふたりとも、ありがとう。あたし、夕飯つくんなきゃいけないから、帰るわ。またね」

 ベレちゃんの駆けていく後ろ姿を見送るふたり。この時、彼らは、ベレちゃんの処女を奪うのはおれだと決意していたのであった。

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