龍の力
赤龍を微笑ましく見ていると扉をノックする音
「失礼いたします。レイン=シュレイアで御座います。部屋に入ってもよろしゅうございますか?」
「これは失礼した。今開けましょう」
私の背丈より高い扉を開けば両手にお茶と茶菓子を持ったレインがニコリと笑った
「有難うございます。樹龍様」
「いいえ。此方こそ。」
色々な含みを込めたが、きっと彼女は茶を淹れた事に関する礼だと思うだろう
テーブルに運んできたものを置いた彼女は、実に慣れた手つきで茶を入れ、初めて見る、多分茶菓子(だろう。甘い匂いもするし。)を切り分け皿に乗せた
「赤龍様ももう起き上がれますか?」
「あぁ。大丈夫だ」
「御二方のお口に合うかはわかりませぬが、これはチーズケーキと申しまして、ここ、シュレイアの領地の特産を使った濃厚で癖のある菓子にございます」
耳慣れぬ名だ。それにこのような白い菓子など見た事がない。
「これが、シュレイアの特産なのか?」
「はい。
シュレイアは見ての通り田舎ではありますが、農業や牧畜、畜産が盛んなのです。
これは乳牛からとれるミルクを加工して作りましたチーズが入ってるんですよ。まぁそれだけではありませんが。
商人から、王都では砂糖漬けの果物が菓子の主流と伺ってましたので、珍しいかと思い持ってまいりました。お口に合えばいいのですが・・・」
彼女の言葉に視線を<ちーずけーき>に移す。
白い菓子は不思議だが、鼻をくすぐる香りに負けた。
フォークで切り分け口に入れると口の中が濃厚な香りと風味豊かな味わいで一杯になった
・・・・・・・・・・これは美味い!
「赤龍様、お口に合いましたか?」
「あぁ。美味い。」
「・・・あの、樹龍様は・・・なにやらキラキラした瞳でチーズケーキをご覧になっているようですが」
「・・・。樹龍は無類の甘党だ。紅茶に砂糖を10杯は入れる。」
「・・・それは最早紅茶ではないのではありませぬか?」
「俺もそう思う。それに王都で主流の果実の砂糖漬けは味に差異なく単調で樹龍も随分飽いていた。この様な菓子は初めての味故感極まっているのであろう。」
幸せな(特に樹龍にとって)ティータイムも終わり
樹龍は此処に来た目的の二つ目に取り掛かる事にした
「レイン殿。
燃え朽ちた東の森に案内頂けるでしょうか?私は赤龍の迎えもですが、東の森の再生の為に派遣されたのです」
「そうでしたか・・・わかりましたわ。すぐに支度をしてまいります。
赤龍様、暫し屋敷で御一人となられますが」
「構わない。頼む樹龍。」
「はい。勿論です。」
「では樹龍様、少しばかりお待ちくださいませ」
礼をしたレインは踵を返し、早足で部屋を出て行った
「・・・ところで赤龍」
「なんだ?」
「領主の館なのにメイドや執事、それに勿論領主の一家はいないのか?」
「・・・・・・領主殿は集落に行って今年の実りを確認して、領主の奥方殿は果樹園で同じく実りの確認を。レインの兄弟姉妹達は皆厩舎や牛舎やら鶏舎やらに出ていない。
メイドも執事も自分の事は自分で出来るからと最初から雇っていないようだ。」
「いやはや・・・通りで茶を淹れるのが手慣れているわけだ。
にしても本当に面白い領主一家だね。つくづく、興味深い。
今まで表に出て来てくれなかった事が悔やまれるほどだ。」
樹龍がしみじみ言えば、赤龍はどういう意味かと眉根を寄せる
それに答えようと樹龍が口を開けたその時、タイミングが良いんだか悪いんだか扉が開き、彼女が入ってきた。
先ほどまでの中流階級の娘が着るような女性らしいドレスではなく、彼女いわく<ツナギ>に。
お嬢様がこれでいいのだろうか。俺の考えを見越した赤龍は、この家では作業着として少なくても子供は皆袖を通しているとこっそり教えてきた。それで良いのか領主一家!
気を取り直して東の森にやってきた私とレイン殿。
「盛大に燃え尽きたのですねぇ」
森の<も>の字もないようなありさまに火龍の力の片鱗を見る
「再生できるのでしょうか・・・」
「大丈夫。
私は再生をつかさどる八龍が一、樹龍。
力を使うため龍に姿を変えますのでお下がりください」
彼女が下がったのを見届けて、人型から本性に戻る
碧の鬣を風に揺らせる巨大な龍に。
空に昇った私は広大な森だった所に息を吹きかける
私の息が掛かった所から順に焦げた黒が生命の緑に変化していく。
燃え朽ちたかつての木の根元から黄緑の双葉が生え瞬く間に成長し、若葉は樹となっていく。
自然が数十年、数百年かけて育んだ命を龍の力で一気に再生させる。
理の外にある力。それが龍の力だ。
1時間しないうちに燃え朽ちた森だったものは確かに元通り再生を遂げた
そのうちこの森を棲みかにしていたであろう逃げ出した動物も戻るだろう。
納得した所で彼女の元に人型に変わって戻る
「八龍様って凄いんですねぇ・・・・これでまた薬草がとれます。領地の者を代表して感謝を・・・。
有難うございます樹龍様」
掛け値なしの褒め言葉に照れ、真っ直ぐ私を見て礼を言った彼女に此方こそ有難うと内心でつぶやいた。
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