レインの過去 老女の記憶
戦争描写?というほどでもありませんが、苦手な方はご注意を
レインの前世は、92歳まで生きた老女だ
その人生は、同じ時代を経験した者にとっては特出する点もないありふれたものであった
彼女は、日本という世界史の後半に現れた小さな国の近畿地方の田舎で、農家の八人兄弟の下から三番目に生まれた
物心ついた頃には一回目の世界大戦が始まったので、裕福とは程遠く、小学校には通えたもののそれ以上の学校へは女ということもあり通うことは出来なかった
母を手伝い、下の子の面倒を見て、畑を世話し成長した
彼女が18の年、三軒隣の幼馴染みの青年とお見合い結婚し、翌年の暮れには第一子が誕生・・・母となった
相変わらず、裕福とは言えない生活ではあったが、家族が幸い欠ける事はなく、ありふれた日常を幸福に感じていた
彼女が30を過ぎ、二回目の世界大戦が始まり、真夜中にサイレンが鳴ることも増え、戦闘機が焼夷弾を落とすことも増えた
夫は従軍し戦地に発ち、彼女は6人の子供を抱え、終戦まで苦しい生活を生きた
終戦後、夫は片足を負傷し、杖なしでの生活が営めなくなっものの、彼女自身や子供達は怪我なく戦後の復興の時代を生き続けた
子は育ち、孫が生まれ、ひ孫が生まれ、皆思い思いの道に進む
現代しか知らぬ人間が増え、辛く哀しい時代を生きた人間が減る
それは、喜ばしいと彼女自身は思う
孫やひ孫には今ある日常を大事に、幸せになってもらいたいのだ
態々、辛く凄惨な過去を、語るつもりはなかったし、実際伝えたことは無かった
この考えには賛成、不賛成あるだろうからあくまでも彼女自身の考えで、夫や子に強要する事もなかった
過去は過去
現代は現代
忘れろとも、風化させよとも、学ぶなとも言わないが、引き摺るものではない、と考えたのだ
彼女の魂をもつレインが、治領に心血を注ぐのは、イチの教えを守るためだけではない
彼女は餓えを知り、無力を知り、力によって何が失われたかを魂に刻んだ
民衆の心を知るからこそ、最低限の生活を守ろうと消えぬ記憶を活用しているのだ
「私は、多くの知識を夫や娘、息子、孫やひ孫から得ました。
幸い、誰も必要ないと言う人間はいなくて・・・だから、農民が知らぬような多岐に渡る知識を得ることが出来ましたし、私自身、知識を増やすことは嬉しく楽しかったので、本を読みあさり、旅行し見学し、と充実しておりました。」
赤龍にしてみれば、思ってもみなかった告白だ
眉間にシワを寄せ、理解しようと、整理しようと瞳を閉じる
パラレルワールドという単語も、仏教も、輪廻転生という考えもない故に、余計に理解には時間が掛かるだろうとレインは暫く口をつぐんだ
・・・頭が可笑しいと言われることも覚悟して、レインは記憶の海に沈む
命を、無駄にする人間は嫌いだった
あの時代あっという間に、こぼれ落ちていった命を知るから余計に
子供や夫は無事だったが、八人兄弟の内、三人は戦死、実の父もまた、戦死して結局骨の欠片も戻らず、愛用していた万年筆と、最期の地だった戦地の砂が小袋に入れられ戻ってきた
物言わぬ骸ですら無かった悔しさ切なさ哀しさは、今でも忘れることは出来ない
平和を愛しく思う
平和を守れる力を嬉しく思う
だから、レインは老女の記憶をフル活用するのだ
躊躇いは、今はない
赤龍には、拒絶しないで欲しいと願う
・・・それは、家族以外で初めてこの話をしたからだろう
桐藍(右腕)にも話していない過去の話
思い出せば、少し涙が出そうになる哀しくて温かく、懐かしい記憶
賛否分かれると思いますが・・・( ̄▽ ̄;)
250617杖なしの生活→杖なしでの生活