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あなたさえ

闇の中、男が一人微笑んでいる

領主のみ纏う事の出来る戦装束を身に纏い、純白のマントには金の刺繍で領地の紋章が描かれている

とても、見覚えのあるヒト


《・・・・行って来るよ。なに、きっと直ぐに戻る事ができる。我が国の勝利によってね。

君は其の間、どうか領地を守っておいてくれ》


嗚呼、嗚呼、行かないで

私は知っている・・・・!

貴方は帰ってこなかった・・・!貴方が直ぐに戻ると言って戦地に向って、もう四十年以上になるのよ・・・!

私は貴方との約束を守って、待ち続けているのにっ



嗚呼、嗚呼、戦地になど行かないで

私の傍に居てくださいましっ


あの時だって、笑顔で見送ったのは、あの瞬間だけ・・・!


例え、上位貴族であっても、愛しい人を戦地になど送りたくない気持ちは徒人と同じなのよ


それでも、其の心に蓋をして、信じて待つ事しかできない、出来なかった

私は、三領の一角、ヴォルケ領主の妻だから


闇の中男の姿は消え、今度はもっと年若い二十歳そこそこの姿に変わる


父譲りの意志の強い瞳でまっすぐ此方を見る青年


《母様、父様がお戻りになるまで、私もお手伝いいたしますから、領主としてのお仕事、がんばりましょう》


嗚呼、嗚呼、可愛い息子、健気な息子

愛らしく笑う其の笑みが、哀しくて仕方ないのよ


だって貴方は!病に倒れてからは一度も私に顔を見せる事なく、死んでしまったというのだから・・・!


《領主様はお入りになられますな・・・!流行り病に、領主様まで罹られましたら領地はどうなるのです!!》

《私の、息子よ・・・!命の危機にあって会えぬなどそのようなっ》

《・・・母様、母様、きっと良くなりますよ


ですので、父様のためにも母様には元気で居て欲しいのです

どうかこの部屋に近づかないで下さい》

扉越しの、会話を最期に、もう二度と貴方の声を聞く事は出来なかった


《死んだ・・・?》

《はい・・・手を尽くしましたが・・・・

遺体は、条例に則り、灰にして海に》


絶望・虚無感・哀切様々なものが胸中を渦巻き心を蝕む

トレーネ・ヴォルケは何よりも愛する二人の死を受け入れる事は出来なかった

遺体を見ていないのだ、どうして死んだと納得できようか

其れ故に、願った

何時か愛する二人が共に帰ってくる日を

其の日からトレーネ・ヴォルケによる心を伴わない治領は始まった






ドロリとした濃密な闇の中、レインとヴォルケは見えるはずの無いお互いの顔を見ながら相対していた


頬を撫でる空気は冷たく、向けられる憎悪は本物だった



「・・・初めの頃は、領民を慈しみたいと思ったのよ

正しい治領を行って、発展させ、大領地に恥じない領地にしようと

・・・でもねぇ、ダメだったわ

だって、私の傍には愛しい二人がいないのに、何故領民を愛せと言うの

私には二人しか居ないのよ」


陰鬱とした表情でレインを見下ろすヴォルケにレインは静かな面持ちのまま口を開く


「それが、そもそも間違いなのですよ。

領主にとって最も大事なのは領民で、領地。家族であってはダメなのです。」


「おだまり

お前のような年端の行かぬ小娘に、私の気持ちが分かるものか」


「分かりませんわ。そうして剣を向けてくるものの気持ちなど、全く一切」


銀に鈍く光る剣

その切っ先が喉元に当てられていてもレインは動じる事は無く、言葉を紡ぐ


「領主は、領主の一族は・・・特に直系に関して、誓いを立てますね

何においても、黄龍様、八龍様、エーティス、領地領民の為にあれ

その盾となり矛となり、身を粉にする覚悟で任を全うせよ、と

領主は、其の誓いを永世守り続ける

これが与えられた権力に対しての義務です

其れを全うしなくて、自身の望みばかり口にするようではいけないのですよ」


自分の行動に対して、大なり小なり責任と言うものはついて回る

領主となれば特に、だ

其の責任を背負いきれるものでなければ領主として相応しくない

少なくても、シュレイアではそう考えられている

・・・・・そしてレインは、背負うと誓った

自身を受け入れ、敬意を表し、愛してくれる領民のために



「煩い!煩い!!煩い!!!」


「っ」


取り乱すヴォルケが手を動かし、レインの首筋が薄皮一枚切れた

更に大きく振り下ろそうとした、其の瞬間のことである・・・第三者の声が酷く冷たく響いたのは

「そこまでだ」


「「?!」」


「アモイ、その老婆から出てまいれ

そなたが剣を向けさせているのは我が朋友ぞ

朋友に剣を向けるは魔王に剣を向けると同義である」


レインとヴォルケ、二人きりだった空間が急に裂け光が差した

ドロリと辺りを包んでいた濃密な闇の気配は徐々に薄れていく

その光に目を細めていれば、何時の間にヴォルケは倒れ伏し、その横に跪いている女の姿に、初めてレインはヴォルケが魔族による支配を受けていた事を知った


「ご無事ですか・・・?」


「フェルト殿・・・?貴方もいらしていたんですね」


「この状況で、そのような事を仰る・・・大丈夫そうですな」


呆れたように笑いレインを支えたのは魔王の側近の右腕、フェルトである


対して魔王はというと、跪く女をレインが見た事の無いほど熱を持たない眼差しで睨んでいた


「魔王様っ」


「アモイ、エーティスにちょっかいを出す事は百年ほど前に禁じたはずだが?」


「っ」


「厳罰を与えねばならぬようだな

ウェルチ、捕らえておけ」


「御意」


「ひっ」


か細く悲鳴をあげ、女は影に取り込まれた

其の様子を目を瞬かせ見つめたレインは、どういうことかと魔王を見る

僅かばかりの間にイロイロな事が起こっては、流石のレインでも処理し切れなかった

その困惑の眼差しを受け、魔王は頷き空間の裂け目を指差した


「まずは、戻るぞレイン。場の主を捕らえたでな。直この空間は崩れ落ちる」


さあ、と漸く表情を何時ものように緩めた魔王に促され、空間を抜ける


「レインっ」


「レイン様!!」


「父様、桐藍、大丈夫よ」


「無傷と言うわけにはいかなんだ

・・・薄皮一枚、間に合ってよかった。

フェルト、治療しておけよ」


「既に」


「さあ、レイン 治療をうけながら耳は傾けると良い」

そう言ってソファを指す魔王に、レインは疑問符を大量に浮かべながらも頷いたのであった




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