二日目夜
レイン・・・否、レインを構成する大元の日本人の老女にとって、かつて共に人生を歩いた伴侶たる男は、兄であり、同士であり、先生であり、相棒であった
時は世界戦争の最中である
今日一般的となっている恋愛結婚など、殆どなく、基本は見合いであった・・・勿論、例外はあるだろうが、少なくても彼女は三軒隣の五つ上の兄のような人と見合いというには気安い、食事会で、夫婦になることを決めた
そうして六十年以上連れ添い、男との間には子を成した
長く生きた、その過程で命に関わる危険にも数多遭った・・・同じ時代を生きたもの達に例外はなかったろう
・・・決して平坦ではなかった人生だが、勿論、男も子供も更にその子供達も愛したし、今でも頭の片隅に顔を思い浮かべることが出来る
しかし、彼女と男に所謂甘酸っぱい・・・恋愛感情があったかと問われれば、きっと首を傾げたろう
そして早くに結婚し、子を成した彼女に恋愛経験があったかと問えば否とするだろう
故に恋愛とは、彼女にとって不可思議なものだ
そんなレインにとって、この夜会の空気は何処か微笑ましくすらあるようで、定位置の会場の端から若い娘が持つには少し武骨な扇に隠し、口に笑みを刻んでいる
「なんだか雰囲気がここに来て変わりましたね」
「何やったっけ?こういうの。桃色?」
同じく壁の花となっているサラが首をかしげる
「家の思惑は絡むでしょうけど、気になった者同士が一緒になるのが一番ねぇ」
そんな、一歩離れて見ているような言い方に、サラは頷いた
貴族の娘は特に家同士を繋ぐ、言い方は悪いが駒となる事が多い
見合いというより、各家の当主同士が決め婚姻の当日相手を初めて見る、ということも決して少なくはない
それでも、血を分けた愛しい娘だ
幸せになって欲しくない親などそうはいない
故に、年頃の娘とその親にとって、夜会というのは重要な場になる
日替わり所か一日に何度も衣装や髪型を変える娘達は夜会初日に比べ随分、雰囲気を変えている
領主会議の最中でも領主の妻子達は茶会などを開き確実に進展させているようだ
「あ、そういえば、レインの初恋って何時?」
「毎度唐突ねぇ
初恋は、強いて言うならまだかしら。
サラは?」
「私?驚くなかれ、実はキリクさんよ」
「あら。」
レインの物とは対称的に、宝飾で飾られた羽扇の下、にんまり笑うサラにレインは目を丸くした
「貴女達、何時も喧嘩腰だったじゃない。」
「幼いながらの照れ隠しよ。仕方ないじゃない?父の手前公然と仲良く出来ないんだから、少しでも関わろうと思ったら手段は限られるわ」
懐かしそうに笑うサラに、レインも納得したように頷いた
「やっぱり、昔から飛び回っているせい?初恋まだなの」
どうやら、サラの好奇心を疼かせたようで、話題を変える気にはならないらしい
如何に年若く領主になろうとする、才女であっても娘には変わりがない
古今東西、女は噂話が好きで、同じくらい恋愛話が好きなようだ
レインは仕方ないとばかりに軽く息を吐いて頷いた
「あちこち色んな所で色んな人に会うわ
皆、素敵な人よ?そんな人達と関わって、仕事して、ってしてたら、そんか感情浮かぶ余裕、ないわよ」
「そんなもの?」
「そんなものよ。」
少し大袈裟に頷いたレインに、サラは苦笑する
「私もそんな予定ないけど、レインも結婚しなさそうやわ」
「あら、正解。」
「そうね、うん
私達は、領地と婚姻やね」
羽扇に隠してケラケラ笑うサラにレインはうふふ、と笑った
「ご歓談中申し訳ありません
レイン・シュレイア様、少々宜しいでしょうか?」
「アロウェナさん?」
「ほな、私は席外すわ」
「申し訳ありません」
ペコリと頭を下げるアロウェナにサラはフワリと笑って会場の中程に向かっていった
「それでどういう・・・?」
「はい、実は国府に正式な手続きをして、十の国々が入国されたのですが、何れの国も、シュレイア様との面会を望んでいらっしゃいます。
正式にこの領主会議の間は国賓として、客殿にて、過ごされる事になりました
そこで、室を一つ、ご用意致しましたので、明日の会議の前に面会されては如何でしょうか・・・?」
「十とは、また随分・・・」
「内三国は、四大国の国々で、後は近隣諸国でございます。何れの国の方々も、恐らくは高官かと・・・」
「わかりました。明日の朝一、一室お借りできますか?昼までに挨拶と用件を伺いたく思います」
「承りました。各国の方々への連絡もお任せくださいまし」
「では、お願いします」
夜会の会場を後にしたアロウェナは、まっすぐ客殿に向かいながらも思い浮かべるのは、少なからず驚いていたレインの事
様子を見るに、想定外の来訪のようで、果たして各国の用件とはいかなるものかと、考えても仕様のないこととはいえ、気になった




