思い馳せる焔
赤龍の帰還を喜んだ黄龍は、もう一つの喜ばしい報告を聞いて穏やかに笑った
「そうか・・・シュレイア家の次女はお前を怖がらなかったか」
「不思議な事に、」
「嬉しいか?赤龍。
まぁ聞くまでもない事だな。」
今まで見てきた赤龍の表情の中で一番すっきりした表情を見た黄龍が微笑ましげに言った
「良い子でしたよーレイン殿。
領主の娘にあるまじくもとても気安かったですし。凡庸な顔立ちですけど中身が素晴らしい。」
「樹龍がそこまで評価する娘も珍しいな」
「黄龍様。樹龍は菓子をレインにせびっておりましたよ。厚かましくも。」
「自分が出来ないんで僻んでるだけだろお前は。
それに黄龍様、事実彼女の作った菓子はとても美味しゅうございますよ!あとで紅茶とともに食されませんか?」
「(苛)」
「赤龍がそのように感情を表に出すのも久しき事。是非シュレイアの次女とは会ってみたいものだな
そして、勿論頂こう樹龍」
標高高きこの王宮では、当然のことながら地上より遥かに空に近い
頭上の満点の星空を火龍の宮で、仰ぐ
思い出すのは、たった数日、されど数日のこと。それも実質起きていたのは一日と少し。
寝かされた部屋からはシュレイアの領地が見えた。どこまでも続くような緑
優秀な耳が捉えた、シュレイアの地に生きる人々の今を懸命に生きる命の声
何より、あの家は暖かかった
レインは優しかった
彼女の弟妹兄姉も最初は驚いていたもののすぐに懐いてくれた。時折部屋を訪れては話をねだられた。
思えば、あんなふうに子供に懐かれた事などなかった。
だが彼女の穏やかさや隣にいる心地よさはいかに彼女の弟妹兄姉でも及ぶ事はない
そうして、
シュレイアの地を思えば思うほど、この地が居心地悪い。
最低限にしか寄らせない使用人の、恐る恐るとした顔も
下位の同種も異種も己に対する表情は硬い。
何もしていないのに。だ。
それは、何時も通りなのに・・・
・・・何時も通りな筈なのに、一度温かさを知ってしまった己にこの場所は酷く物悲しくさびしい
たった数日しかいなかったのに、赤龍の心は既にシュレイアの地を求めていた
親愛の情なのか愛情なのかも区別がつかない焔が、知ってしまった暖かく揺れる感情
赤龍はまだ知らない
己のうちに小さく宿ったものの正体を
それがこれより先、自身にどう影響するのかも。